第四十八話「平和な日々と、新たなる来訪者」
ベルガルド村での生活が、再び始まった。
朝、早起きして工房へ向かう。
パンを焼く準備。
小麦粉、水、塩、そして――
発酵魔法。
「【イースト・アクティベート】」
生地が、ふっくらと膨らむ。
いい感じだ。
「やっぱり、パン作りは楽しいな」
窯に入れる。
三十分後――
香ばしい匂いが広がる。
完成だ。
「できた!」
リーゼが、工房に入ってくる。
「おはよう、ケン」
「おはよう」
「わあ、いい匂い」
リーゼが、パンを見る。
「美味しそう」
「食べてみる?」
「うん!」
焼きたてのパンを、リーゼに渡す。
リーゼが、一口食べる。
「んー! 美味しい!」
「よかった」
その日から、俺は再び村でパン屋を始めた。
朝、パンを焼く。
昼、村人に売る。
夜、新しいレシピを考える。
平和な日々。
穏やかな日々。
「ケン君、このパン、いつもより美味しいね」
ハインリヒが、言う。
「ありがとうございます」
「何か、変えたのか?」
「いえ、特には」
だが、心の中では思う。
旅を経験して、俺は少し変わった。
パンに込める想いが、変わった。
平和の大切さを知った。
だから、パンにも――
その想いが込められている。
エミリアは、教会で働いていた。
子供たちに、読み書きを教える。
光の魔法で、病人を治療する。
「エミリア先生!」
子供たちが、慕っている。
「はい、何ですか?」
「魔法、見せて!」
「いいですよ」
エミリアが、光の魔法を放つ。
優しい光。
子供たちが、歓声を上げる。
「すごーい!」
「わたしも、魔法使いになりたい!」
「頑張れば、なれますよ」
エミリアが、微笑む。
セラフィナとロイドは、冒険者ギルドで働いていた。
依頼を受けて、魔物を退治する。
「今日の依頼は?」
セラフィナが、ギルドマスターに聞く。
「森の魔物退治だ」
「わかった」
二人で、森へ向かう。
魔物は、大したことなかった。
オーク、数体。
簡単に倒せる。
「楽勝だったな」
ロイドが、笑う。
「ああ。でも、油断は禁物よ」
「わかってる」
グスタフとダミアンは、村の防衛隊を組織していた。
村人たちに、剣の使い方を教える。
「もっと腰を落として!」
グスタフが、指導する。
「はい!」
村人たちが、必死に練習する。
「いいぞ。その調子だ」
「ダミアン、お前はどう思う?」
「悪くない」
ダミアンが、頷く。
「あと一ヶ月もすれば、形になる」
「そうか。よかった」
クラリスとミレーユは、魔法の研究をしていた。
俺の工房の一角を借りて、実験室を作った。
「この魔法陣、もう少し調整が必要ね」
ミレーユが、言う。
「どこを?」
「ここの部分。エネルギーの流れが、不安定」
「なるほど」
クラリスが、魔法陣を書き直す。
「これでどう?」
「試してみましょう」
魔法陣が、光る。
成功だ。
「やった!」
二人で、喜ぶ。
ヴォイドは、村の外れに小屋を建てて、一人で暮らしていた。
時々、村人が訪ねてくる。
最初は警戒されていたが――
徐々に、受け入れられてきた。
「ヴォイドさん、これ」
老婆が、食事を持ってくる。
「ありがとう」
「お一人じゃ、大変でしょう」
「いえ、大丈夫です」
ヴォイドが、微笑む。
千年ぶりの、人との触れ合い。
温かい。
ルシファーも、村に溶け込んでいた。
彼は、村の時計塔を管理していた。
時の管理者として、時計の修理が得意だった。
「ルシファーさん、時計が止まっちゃって」
村人が、時計を持ってくる。
「見せてください」
ルシファーが、時計を分解する。
内部を調べ、修理する。
十分後――
「直りました」
「ありがとう!」
村人が、喜ぶ。
そんな平和な日々が、一ヶ月続いた。
ある日、村長が提案した。
「そろそろ、収穫祭だ」
「今年も、盛大に祝おう」
収穫祭。
村の一大イベントだ。
一年の収穫に感謝し、みんなで祝う。
「いいですね」
俺は、賛成する。
「何か、手伝えることは?」
「ケン君には、パンを頼みたい」
「わかりました」
祭りの準備が始まった。
村人総出で、広場を飾り付ける。
提灯を吊るし、屋台を作る。
俺は、大量のパンを焼く。
リーゼとエミリアが、手伝ってくれる。
「ケン、生地ができたよ」
「ありがとう」
「わたしは、窯の火加減を見てます」
「頼む」
三人で、協力する。
楽しい。
こういう時間が、一番好きだ。
祭りの前日。
広場の準備が、ほぼ完成した。
美しい飾り付け。
屋台も、たくさん並んでいる。
「明日が、楽しみだな」
ロイドが、言う。
「ああ」
「久しぶりの祭りだ」
その夜、みんなで集まって酒を飲んだ。
工房で、宴会。
「乾杯!」
「明日の成功を祈って!」
楽しい時間。
笑い声が、絶えない。
翌日、収穫祭が始まった。
朝から、村は賑やかだった。
屋台が開き、人々が集まる。
音楽が流れ、踊りが始まる。
「ケン君、パン売れてるか?」
ハインリヒが、聞く。
「はい、すごく売れてます」
焼いたパンが、次々と売れていく。
嬉しい。
「ケン、こっちも足りない!」
リーゼが、叫ぶ。
「わかった! 今焼く!」
大忙しだ。
だが、楽しい。
昼過ぎ、広場で催し物が始まった。
子供たちの演劇。
村人たちの歌。
そして――
エミリアの光の魔法ショー。
「【聖なる花火】!」
空に、光の花火が上がる。
美しい。
村人たちが、歓声を上げる。
「すごい!」
「エミリアちゃん、本当に上手だね!」
エミリアが、照れくさそうに微笑む。
夕方、村長のスピーチ。
「みなさん、今年も無事に収穫を迎えられました」
「これも、皆さんの努力の賜物です」
「そして――」
村長が、俺たちを見る。
「ケン君たち、英雄のおかげでもあります」
「彼らが、世界を守ってくれた」
「だから、私たちは平和に暮らせる」
拍手。
村人たちが、俺たちに拍手してくれる。
「ありがとう、ケン君!」
「ありがとう、みんな!」
嬉しい。
だが、少し恥ずかしい。
夜になると、焚き火が焚かれた。
その周りで、みんなが踊る。
音楽に合わせて。
「ケン、一緒に踊ろう」
リーゼが、手を引く。
「ああ」
俺も、踊りの輪に加わる。
楽しい。
幸せな時間。
こんな日々が、ずっと続けばいい――
だが、その時。
村の入り口から――
一人の男が歩いてきた。
黒いマント。
フードで顔を隠している。
杖を持っている。
村人たちが、ざわつく。
「誰だ……?」
「旅人か……?」
男が、広場に近づいてくる。
そして――
フードを取った。
その顔は――
老人だった。
長い白髭。
深い皺。
だが、目は鋭い。
「村長殿はおられるか?」
老人の声が、響く。
「私だが……」
村長が、前に出る。
「何か、御用ですか?」
「ああ。重要な話がある」
老人が、周囲を見回す。
そして、俺を見つける。
「そして――ケン・サトウ殿もおられるか?」
「……俺だが」
俺は、警戒しながら答える。
「お前は、誰だ?」
「私の名は、メルキオール」
老人が、名乗る。
「賢者だ」
「賢者……?」
「ああ。世界を旅し、知識を集める者」
メルキオールの目が、真剣だ。
「そして、今――」
「重大な情報を持ってきた」
メルキオールは、村長の家に案内された。
俺たち主要メンバーも、同席する。
ケン、リーゼ、エミリア、セラフィナ、ロイド、グスタフ、ダミアン、クラリス、ミレーユ、ヴォイド、ルシファー。
「では、話してくれ」
村長が、促す。
「何の用だ?」
「魔界のことだ」
メルキオールが、言う。
全員が、緊張する。
「魔界の王が、動き始めている」
「……知っている」
ルシファーが、言う。
「ベルゼブブを倒した時、予想していた」
「ああ。だが、問題はそれだけではない」
メルキオールが、地図を広げる。
「魔界の王は、七人の配下を持っている」
「七人……」
「ああ。七大魔王と呼ばれる、強大な魔族たちだ」
メルキオールが、説明する。
「ベルゼブブは、その一人だった」
「つまり、あと六人いる……」
「そうだ」
メルキオールの目が、険しい。
「そして、彼らが――」
「この世界に、侵攻してくる」
沈黙。
重い、沈黙。
「いつだ?」
俺が、聞く。
「いつ、来る?」
「わからない」
メルキオールが、首を振る。
「だが、近い」
「おそらく、半年以内」
「半年……」
「ああ。準備する時間は、ある」
メルキオールが、俺たちを見る。
「だから、今のうちに力をつけろ」
「訓練をし、仲間を集め、戦略を練れ」
「そして――」
「魔界の侵攻を、防げ」
メルキオールは、さらに情報を教えてくれた。
七大魔王の名前。
それぞれの能力。
弱点。
「ベルゼブブは、闇の魔王だった」
「残りの六人は――」
「炎の魔王、アスモデウス」
「氷の魔王、レヴィアタン」
「雷の魔王、バアル」
「毒の魔王、ベリアル」
「幻の魔王、アザゼル」
「そして――」
「最強の、破壊の魔王、サタン」
メルキオールの声が、重い。
「サタンは、魔界の王に次ぐ力を持つ」
「非常に危険だ」
その夜、俺たちは話し合った。
「どうする?」
ロイドが、聞く。
「魔界と戦うのか?」
「戦うしかない」
俺は、答える。
「彼らが来るなら、守らなきゃいけない」
「この世界を」
「そうだな」
グスタフが、頷く。
「逃げるわけにはいかない」
「でも、六人の魔王……」
エミリアが、不安そうに言う。
「勝てるでしょうか……」
「わからない」
俺は、正直に答える。
「でも、やるしかない」
ヴォイドが、口を開いた。
「私も、協力する」
「ヴォイド……」
「魔界は、私も敵だ」
ヴォイドの目が、決意に満ちている。
「かつて、私は虚無の王だった」
「だが、今は違う」
「私は、この世界を守る」
「お前たちと一緒に」
「……ありがとう」
ルシファーも、頷く。
「私も、全力で戦う」
「魔界への復讐のためにも」
翌朝、メルキオールが去る前に――
俺は、一つ聞いた。
「メルキオール殿」
「何だ?」
「なぜ、俺たちに教えてくれるんですか?」
「……」
メルキオールが、しばらく黙っていた。
そして――
「私には、娘がいた」
「過去形……?」
「ああ。魔界に、殺された」
メルキオールの目に、悲しみが浮かぶ。
「だから、私は魔界を憎んでいる」
「そして、魔界を止められる者を探していた」
「それが、お前たちだ」
メルキオールが、俺の肩に手を置く。
「頼む。世界を守ってくれ」
「……わかりました」
俺は、頷く。
「必ず、守ります」
メルキオールが去った後。
俺たちは、訓練を再開した。
半年後に備えて。
毎日、剣の訓練。
魔法の訓練。
戦術の勉強。
体力作り。
「もっと速く!」
グスタフが、檄を飛ばす。
「はい!」
全員が、必死に訓練する。
平和な日々は、終わった。
また、戦いの日々が始まる。
だが、その合間に――
俺は、リーゼと二人で過ごす時間を大切にした。
夕方、村の丘で。
二人で、夕日を見る。
「綺麗だね」
リーゼが、呟く。
「ああ」
「こんな景色を、守りたいね」
「……ああ」
リーゼが、俺の手を握る。
「ケン、怖い?」
「……ああ、少し」
俺は、正直に答える。
「六人の魔王と戦うなんて」
「考えただけで、怖い」
「でも――」
俺は、リーゼを見る。
「お前を守りたい」
「この世界を守りたい」
「だから、戦う」
「……うん」
リーゼが、微笑む。
「あたしも、ケンと一緒に戦う」
「ずっと、一緒だよ」
「ああ」
その夜、星を見ながら――
俺は、思った。
これから、どんな戦いが待っているのだろう。
勝てるのだろうか。
みんなを、守れるのだろうか。
不安だ。
だが――
仲間がいる。
リーゼ、エミリア、セラフィナ、ロイド、グスタフ、ダミアン、クラリス、ミレーユ、ヴォイド、ルシファー。
みんながいる。
だから、大丈夫。
きっと、乗り越えられる。
そう信じて――
俺は、明日への準備を始めた。
遠い魔界では。
玉座の間。
魔界の王が、六人の魔王を召喚した。
「行け」
王の声が、響く。
「人間の世界を、滅ぼせ」
「御意」
六人の魔王が、頭を下げる。
そして――
それぞれが、動き始めた。
人間の世界へ。
破壊のために。
征服のために。
新たな戦いの、幕が上がろうとしていた――




