第三十六話「凍てつく世界、最後の希望」
港に到着した時、船が凍りついていた。
「これは……」
海が、凍っている。
氷の海。
「どうする……船が使えない……」
「トーマス船長!」
俺は、船長を探す。
彼は、船の上で途方に暮れていた。
「ケン……見てくれよ、この有様だ」
「すみません、急いで王都へ戻らないと……」
「無理だ。この氷じゃ、船は動かせない」
トーマスが、首を振る。
「……なら、氷の上を歩くしかない」
「歩く!?」
「ああ。この氷、厚いだろ?」
グスタフが、氷を踏む。
「十分、人が乗れる」
「でも、王都までどれくらい……」
「歩いて、十日はかかる」
ダミアンが、計算する。
「そんなに時間がない……」
「なら、急ぐしかない」
氷の海を、歩き始めた。
滑りやすい。
転ばないように、慎重に進む。
「寒い……」
リーゼが、震える。
「大丈夫?」
「うん……でも、どんどん寒くなってる」
確かに、気温が下がっている。
氷龍王の影響が、広がっている。
「急がないと……」
二日間、歩き続けた。
疲労が、限界に近い。
食料も、残り少ない。
「このままじゃ……」
その時、空から何かが降ってきた。
「何だ!?」
氷の塊。
いや――
氷の魔物だ。
「また、魔物か!」
氷でできた、鳥のような魔物。
十体以上。
「戦闘準備!」
全員が、武器を構える。
魔物が、襲いかかってくる。
「【イースト・ウェポン】!」
俺は、剣に魔法を纏わせる。
魔物を斬る。
ガシャン。
砕ける。
「よし!」
だが、次々と新しい魔物が現れる。
「きりがない……!」
「【ファイアボール】!」
クラリスの火球が、魔物を溶かす。
「【聖なる光】!」
エミリアの光が、魔物を消滅させる。
全員で戦う。
何とか、撃退する。
「はあ、はあ……」
「大丈夫か、みんな!」
「ああ……何とか……」
だが、体力が限界だ。
「このままじゃ、王都に着く前に……」
その時。
遠くから、馬の蹄の音が聞こえた。
「誰だ!?」
氷の上を、馬が走ってくる。
いや、馬ではない。
氷の馬だ。
そして、その上に――
「アレク!?」
アレクが、氷の馬に乗っていた。
「ケン! 無事だったか!」
「アレク、どうして……」
「迎えに来たんだ」
アレクが、馬から降りる。
「王都で、北の大陸の異変を聞いた」
「それで、お前たちを探しに来た」
アレクの後ろに、氷の馬が何頭もいる。
「これに乗れ。王都まで連れて行く」
「助かる……!」
氷の馬に乗って、王都へ向かう。
速い。
普通の馬より、ずっと速い。
「この馬、どうやって手に入れたんだ?」
「魔法使いに作ってもらった」
アレクが、説明する。
「氷の上を走れる馬をな」
「さすがだ……」
「だが、王都も大変なことになってる」
アレクの表情が、暗くなる。
「雪が降り続いて、街が凍り始めている」
「……そうか」
「氷龍王の影響が、ここまで来ている」
「ああ。このままでは、世界中が凍る」
「だから、急がないと」
三日後。
王都に到着した。
街は、雪に覆われていた。
建物も、氷で覆われている。
「こんなに……」
「ああ。毎日、寒くなっている」
アレクが、案内する。
「王宮へ行こう。国王が待っている」
王宮で、国王と王女に会った。
「ケン・サトウ、よく戻った」
国王の声が、弱々しい。
彼も、寒さで体調を崩しているようだ。
「氷龍王のことは、聞いた」
「はい」
「倒す方法を、探さねばならん」
国王が、咳をする。
「図書館を、使ってくれ」
「すべての古文書を、調べろ」
「……ありがとうございます」
王宮の図書館。
ミレーユ、ダミアン、クラリス、そして俺。
四人で、古文書を読み漁る。
「何か、手がかりは……」
一日目。
何も見つからない。
二日目。
まだ、何もない。
三日目。
ようやく――
「あった!」
ミレーユが、叫ぶ。
「氷龍王に関する記述!」
「本当か!」
俺たちは、ミレーユの周りに集まる。
古い羊皮紙。
そこには、こう書かれていた。
『氷龍王フィンブルヴェトは、古代最強の魔獣。
その力は、世界を凍らせるほど。
千年前、英雄アルテミスがこれを封印した。
だが、封印は永遠ではない。
いつか、目覚める日が来る。
その時――
氷龍王を倒す方法は、ただ一つ。
【生命供犠の魔法陣】
アルテミスの血を引く者が、己の命を捧げる。
その生命力で、龍を消滅させる。
代償は――術者の死。
だが、これ以外に方法はない。』
沈黙。
重い、沈黙。
「……嘘だろ」
ロイドが、呟く。
「命を捧げる……?」
「そんな……」
エミリアが、震える。
「ケンさんが……死ぬ……?」
「……」
俺は、何も言えなかった。
やはり、そうなのか。
やはり、俺が死ぬしかないのか。
「待て」
ダミアンが、言う。
「他に方法があるはずだ」
「もっと調べよう」
それから、さらに三日間調べた。
だが、他の方法は見つからない。
「くそ……本当に、これしかないのか……」
ダミアンが、机を叩く。
「そんな……」
リーゼは、ずっと泣いていた。
「ケンが死ぬなんて……嫌だ……」
「リーゼ……」
「絶対、嫌……」
俺は、リーゼを抱きしめる。
「ごめん……」
「謝らないで……」
リーゼが、俺を見る。
「別の方法を、探そうよ」
「きっと、あるはず」
「……ああ」
だが、心の中では――
もう、覚悟していた。
これしか、方法はない。
なら、やるしかない。
その夜。
俺は一人で、バルコニーにいた。
街を見下ろす。
雪が、降り続けている。
寒い。
とても、寒い。
「これが、最後の景色になるのか……」
足音が、聞こえた。
振り返ると――
セラフィナだった。
「一人?」
「ああ」
「……話してもいい?」
「もちろん」
セラフィナが、隣に来る。
「ケン、本気で死ぬつもり?」
「……ああ」
「なぜ?」
「他に方法がないから」
俺は、空を見上げる。
「世界を救うには、誰かが犠牲にならないと」
「なら、私が行く」
「え?」
「私も、アルテミスの血を引いている」
セラフィナの目が、真剣だ。
「私が、犠牲になればいい」
「それは――」
「私は、もう十分生きた」
セラフィナが、微笑む。
「悪いこともたくさんした」
「これが、償いになる」
「セラフィナ……」
「だから、お前は生きろ」
「リーゼと、幸せになれ」
セラフィナの目に、涙が浮かぶ。
「それが、私の願いだ」
「……でも」
「いいから」
セラフィナが、俺の肩を叩く。
「これは、私が決めたことだ」
翌朝。
みんなを集めて、話し合った。
「セラフィナが、生命供犠の魔法を使うと言っている」
「何ですって!?」
ロイドが、驚く。
「セラフィナ、本気か!?」
「ええ」
セラフィナが、頷く。
「私が行く」
「でも……」
「いいの。これは、私の選択」
セラフィナの目が、決意に満ちている。
「……わかった」
ダミアンが、頷く。
「では、準備を始めよう」
「待って!」
エミリアが、叫ぶ。
「わたしも、アルテミスの血を引いています」
「エミリア……?」
「わたしが行きます」
「エミリア、何を……」
「わたし、まだ若いから」
エミリアが、微笑む。
「生命力が、一番強いはず」
「だから、わたしが行った方が、成功率が高い」
「エミリア……」
「それに――」
エミリアの目に、涙が浮かぶ。
「ケンさんとセラフィナさんには、生きてほしい」
「二人とも、大切な人がいるから」
「……」
みんなが、黙り込む。
誰が行くべきか。
答えは、出ない。
その時、扉が開いた。
フロストが、入ってきた。
体中、傷だらけだ。
「フロスト!」
「無事だったのか!」
「ああ……何とか……」
フロストが、咳をする。
「氷龍王は、まだ北の大陸にいる」
「だが、もう抑えきれない」
「あと、数日で……こちらに来る」
「そうなれば……」
「王都が、終わる」
フロストの目が、真剣だ。
「急げ。生命供犠の魔法陣を、準備しろ」
「でも、誰が……」
「それは……」
フロストが、俺たち三人を見る。
ケン、セラフィナ、エミリア。
「三人で、相談して決めろ」
「……」
その夜。
俺たち三人だけで、話し合った。
「どうする……」
セラフィナが、呟く。
「誰が行くか……」
「……わたしが行きます」
エミリアが、言う。
「いや、俺が行く」
俺も、言う。
「いいえ、私が」
セラフィナも。
三人とも、譲らない。
そして――
誰も、答えを出せない。
「……明日、決めよう」
ダミアンが、言う。
「今は、休め」
その夜。
俺は、リーゼと二人きりだった。
「ケン……」
リーゼが、俺を抱きしめる。
「行かないで……」
「リーゼ……」
「お願い……行かないで……」
リーゼが、泣いている。
「あたし、ケンなしじゃ生きられない……」
「……ごめん」
俺も、涙が止まらない。
「本当に、ごめん……」
二人で、朝まで抱き合っていた。
翌朝。
王宮の広場に、魔法陣が描かれていた。
生命供犠の魔法陣。
複雑な、文様。
「これが……」
ミレーユが、最終確認をしている。
「準備、完了です」
「……」
俺たち三人が、魔法陣の前に立つ。
「誰が、行く?」
ダミアンが、聞く。
沈黙。
そして――
俺が、前に出ようとした。
その時。
「待て」
グスタフの声。
「グスタフさん……?」
「一つ、提案がある」
グスタフが、前に出る。
「三人で、同時に魔法を使え」
「同時に……?」
「ああ。一人の命ではなく、三人の命を少しずつ使う」
グスタフの目が、真剣だ。
「そうすれば、誰も死なずに済むかもしれない」
「でも、そんな方法……」
「やってみる価値はある」
ダミアンが、頷く。
「確かに、その方法なら……」
「でも、リスクは?」
「三人とも、寿命が縮む」
ミレーユが、説明する。
「おそらく、それぞれ十年から二十年」
「……」
「それでも、死ぬよりはマシだ」
グスタフが、言う。
「どうする?」
俺は、セラフィナとエミリアを見た。
二人も、頷く。
「やりましょう」
「ええ」
「……わかった」
俺たち三人が、魔法陣に立つ。
中心に、俺。
左に、セラフィナ。
右に、エミリア。
「準備はいいか?」
ダミアンが、確認する。
「ああ」
「では、始める」
魔法陣が、光り始める。
俺たちの体から、生命力が流れ出す。
「ぐっ……!」
痛い。
体が、引き裂かれるような痛み。
「耐えろ!」
ダミアンの声。
俺たちは、必死に耐える。
生命力が、どんどん流れ出す。
そして――
魔法陣から、光の柱が天に向かって立ち上った。
その光は、北の大陸へ向かう。
「行った……!」
数分後。
遠くで、爆発音が聞こえた。
氷龍王のいる場所。
「……効いたのか?」
しばらく、待つ。
そして――
雪が、止まった。
「雪が……」
「止まった……?」
気温も、少しずつ上がり始める。
「やった……?」
「成功したのか……?」
その時、フロストが戻ってきた。
「氷龍王は……」
フロストが、微笑む。
「消滅した」
「本当か!?」
「ああ。お前たちの魔法で、完全に消えた」
「やった……!」
歓声が、上がる。
世界を、救った。
誰も死なずに。
だが、代償はあった。
俺たち三人の寿命が、縮んだ。
どれくらい縮んだかは、わからない。
だが、体が重い。
疲労が、すごい。
「ケン、大丈夫?」
リーゼが、心配そうに見る。
「ああ……何とか……」
「よかった……」
リーゼが、俺を抱きしめる。
「生きててくれて……」
「ああ」
数日後。
王都で、祝賀会が開かれた。
世界を救ったことを、祝って。
「ケン・サトウ、セラフィナ・ノクターン、エミリア・フォン・エルデンハイム」
国王が、俺たちを呼ぶ。
「お前たちの功績を讃え、最高の勲章を授ける」
金色の勲章。
それを、首にかけられる。
「ありがとうございます」
拍手。
盛大な、拍手。
だが、俺の心は晴れない。
まだ、何か引っかかる。
「本当に、これで終わりなのか……?」
その夜。
バルコニーで、空を見ていた。
星が、綺麗だ。
だが、心が落ち着かない。
「ケン」
ダミアンが、来た。
「一人か?」
「ああ」
「何を考えている?」
「……わからない」
俺は、空を見上げる。
「氷龍王は倒した。世界も救った」
「でも、何か……足りない気がする」
「足りない……?」
「ああ。まるで、これで終わりじゃないような……」
ダミアンも、空を見上げる。
「……実は、俺もそう思う」
「え?」
「何か、まだ隠されている気がする」
ダミアンの目が、真剣だ。
「氷龍王は、なぜ目覚めた?」
「封印が弱まったから……」
「だが、なぜ弱まった?」
「……」
「それに、世界魔法陣から信号が来たのも、不自然だ」
ダミアンが、考え込む。
「まるで、誰かが意図的に……」
その時。
遠くで、光が見えた。
「何だ!?」
北の空。
そこに、巨大な光の柱が立っている。
「あれは……」
「北の大陸……?」
「まさか……」
嫌な予感がする。
とても、嫌な予感。
「すぐに確認しに行く」
ダミアンが、決断する。
「ケン君、準備を」
「はい」
翌朝。
再び、北の大陸へ向かうことになった。
今度は、少数精鋭。
俺、ダミアン、ロイド、セラフィナ、エミリア。
そして、フロスト。
「リーゼ、ごめん」
「また、行くの……?」
「ああ。でも、すぐ戻る」
「……気をつけてね」
リーゼが、俺にキスをする。
「必ず、帰ってきて」
「約束する」
北の大陸に到着すると――
信じられない光景が広がっていた。
氷龍王の棺があった場所。
そこに――
巨大な門が、開いていた。
黒い門。
その向こうから、何かが見える。
「これは……」
「異世界への門だ」
フロストが、顔を青ざめる。
「まさか……氷龍王は、囮だったのか……?」
「囮……?」
「ああ。本当の目的は――」
フロストが、門を見る。
「この門を開くことだった」
「門の向こうには、何が……?」
その時。
門から、声が聞こえた。
「フフフ……ようやく開いたな」
低く、不気味な声。
「千年待った甲斐があった」
門から、一つの影が現れる。
黒いローブを纏った、人影。
「私の名は――【深淵の王ヴォイド】」
男が、顔を上げる。
その顔は――
闇そのものだった。
「さあ、この世界を――闇に染めよう」




