第三十五話「大地の神殿、最強の番人」
南へ向かって、五日が経った。
景色が、変わり始めた。
雪が減り、代わりに岩が増えてくる。
「ここは……」
「岩の平原だ」
ミレーユが、地図を確認する。
「大地の神殿は、この先にあるはず」
足元の地面が、固い。
岩だらけの、荒涼とした土地。
「寒さは、少しマシになったな」
「ああ。でも、歩きにくい」
岩の間を、縫うように進む。
そして――
巨大な山が見えてきた。
「あれが……」
「大地の神殿だ」
山全体が、神殿になっている。
いや、神殿が山になっている、というべきか。
圧倒的な、存在感。
「すごい……」
「こんな大きな神殿、見たことない……」
近づくと、山の麓に巨大な門がある。
石でできた、分厚い門。
「開くのか、これ……?」
俺が門に触れると――
ゴゴゴゴゴ……
地面が、揺れる。
門が、ゆっくりと開いていく。
「……入れるようだ」
門の中は、広大な空間だった。
天井は高く、柱が何本も立っている。
すべて、石でできている。
そして、最奥に――
巨大な玉座。
そこに、一人の男が座っていた。
筋骨隆々。
褐色の肌。
岩のような、硬そうな体。
「……」
男は、黙って俺たちを見ている。
その視線だけで、圧倒される。
「……お前たちが、来訪者か」
重く、低い声。
大地が震えるような、声。
「私の名は、テラ」
男が、立ち上がる。
身長は、三メートル近い。
「大地の神殿の番人だ」
「テラ……」
「鍵を求めて来たのだろう」
「……ああ」
「なら、試練を受けてもらう」
テラが、一歩前に出る。
地面が、その足音で揺れる。
「だが、私の試練は――他の者たちとは違う」
「何が違う?」
「命を懸ける試練だ」
テラの目が、俺を見る。
「死ぬ覚悟がなければ、挑むな」
「……」
「どうする?」
沈黙。
重い、沈黙。
俺は、仲間たちを見る。
みんな、不安そうだ。
だが、引き返すわけにはいかない。
「やる」
俺は、答えた。
「試練を受ける」
「……覚悟したな」
テラが、頷く。
「なら、始めよう」
テラが、地面を叩く。
すると――
床が開き、巨大な闘技場が現れた。
「ここで、戦え」
「戦う……誰と?」
「私だ」
テラが、闘技場に降りる。
「一対一。武器は何でもいい」
「一対一……?」
「ああ。お前一人だ、ケン・サトウ」
テラの目が、真剣だ。
「他の者は、見ているだけだ」
「待って!」
リーゼが、前に出る。
「それじゃ不公平だわ!」
「不公平?」
テラが、リーゼを見る。
「世界を救う者は、時に一人で戦わねばならない」
「それが、現実だ」
「でも……」
「リーゼ」
俺は、リーゼの肩を掴む。
「大丈夫。俺一人でやる」
「ケン……」
「信じて」
「……わかった」
リーゼが、涙を拭う。
「でも、無理しないで」
「ああ」
俺は、闘技場に降りた。
テラと、向かい合う。
距離は、十メートル。
「準備はいいか?」
「ああ」
俺は、剣を抜く。
「来い」
「フン」
テラが、拳を構える。
武器は、持っていない。
素手だ。
「始めろ」
テラの声と同時に――
地面が、爆発した。
「うわっ!」
俺は、横に飛ぶ。
テラの拳が、地面を叩いていた。
そこに、巨大なクレーター。
「一撃でも食らえば……死ぬ……!」
「遅い」
テラが、もう目の前にいた。
「速い!」
拳が、迫る。
避ける。
ギリギリで。
拳が、俺の頬をかすめる。
それだけで、皮膚が裂ける。
「ぐっ……!」
「【イースト・エンハンス】!」
俺は、剣に魔法を纏わせる。
そして、テラに斬りかかる。
だが――
剣が、弾かれる。
「硬い……!」
「私の体は、岩だ」
テラが、笑う。
「お前の剣では、傷一つつかない」
「くそ……!」
テラの連続攻撃。
拳、肘、膝。
すべてを、避ける。
だが、体力が持たない。
「はあ、はあ……」
「もう限界か?」
「まだだ……!」
俺は、発酵魔法を使う。
「【イースト・ストーム】!」
発酵の嵐が、テラを包む。
だが――
効いていない。
「無駄だ」
テラが、嵐を払いのける。
「魔法も、通じない」
「なら……これは!」
俺は、創造魔法を使おうとする。
だが――
「やめろ」
テラの声。
「創造魔法を使えば、お前は死ぬ」
「……!」
「お前の体は、もうボロボロだ」
テラの目が、俺を見抜く。
「これ以上、命を削れば――本当に死ぬぞ」
「……」
「どうする?」
俺は、迷う。
創造魔法を使えば、勝てるかもしれない。
だが、死ぬかもしれない。
「諦めるか?」
「……諦めない」
俺は、剣を構え直す。
「創造魔法を使わずに、勝つ」
「フン」
テラが、再び攻撃してくる。
俺は、必死に避ける。
そして、考える。
どうすれば、勝てる?
テラの弱点は?
「待てよ……」
岩は、硬い。
だが――
関節がある。
膝、肘、首。
そこを狙えば……!
俺は、タイミングを計る。
テラの拳が来る。
避けて――
テラの膝の裏に、剣を突き刺す。
ズブリ。
「ぐっ……!」
テラが、膝をつく。
「やった……!」
「……ほう」
テラが、笑う。
「弱点を、見つけたか」
「ああ」
「だが――」
テラが、立ち上がる。
傷が、治っている。
「まだ、終わりではない」
「嘘だろ……」
「私は、大地だ」
テラが、地面に手を当てる。
「大地と繋がっている限り、何度でも再生する」
「そんな……」
絶望的だ。
どうやっても、勝てない。
その時――
リーゼの声が聞こえた。
「ケン! 諦めないで!」
「リーゼ……」
「あなたなら、できる!」
エミリアも、叫ぶ。
「ケンさん、頑張って!」
セラフィナ、グスタフ、みんなが応援してくれる。
「……そうだ」
俺は、立ち上がる。
「諦めるわけには、いかない」
みんなが、信じてくれている。
なら、俺も信じる。
自分の力を。
「テラ」
「何だ?」
「お前は、大地と繋がっているんだな」
「ああ」
「なら――」
俺は、地面に手を当てる。
「俺も、繋がる」
「何……?」
「【イースト・コネクション】!」
俺は、発酵魔法で大地と繋がる。
微生物のネットワーク。
それを通じて、大地の流れを感じる。
「これは……」
「見えた……大地のエネルギーの流れ……」
そして、わかった。
テラにエネルギーを送っている、ポイント。
「あそこだ!」
俺は、そのポイントに向かって走る。
テラが、追ってくる。
「待て!」
だが、間に合わない。
俺は、そのポイントに剣を突き刺す。
すると――
テラの体が、崩れ始めた。
「ぐっ……!」
「やった……!」
テラが、膝をつく。
もう、再生しない。
「これで……終わりだ!」
俺は、最後の力を振り絞る。
テラの首に、剣を突きつける。
「降参しろ」
「……」
テラは、しばらく黙っていた。
そして――
笑った。
「ハハハ……! 見事だ……!」
戦いが終わった後。
テラは、玉座に座っていた。
「お前は、合格だ」
「……」
「大地と繋がり、その流れを読んだ」
テラが、満足そうに頷く。
「それが、大地を制する方法だ」
彼が、台座から茶色の宝石を取り出す。
「これが、大地の鍵だ」
「……ありがとう」
俺は、鍵を受け取る。
重い。
そして、温かい。
「これで、三つの鍵が揃った」
ダミアンが、確認する。
「炎、風、大地」
「ああ。あとは――」
「フロストの氷の鍵だ」
テラが、言う。
「それで、四つ揃う」
「四つ揃えば、封印を強化できる」
「……ああ」
だが、その時。
神殿が、揺れた。
「何だ!?」
「これは……」
テラの顔が、青ざめる。
「まずい……!」
「何が起きた!?」
「氷龍王が――目覚め始めている」
「何!?」
「封印が、さらに弱まっている」
テラが、立ち上がる。
「急げ。フロストの神殿へ戻れ」
「時間が、ないのか!?」
「ああ。あと数日で、完全に目覚める」
テラの目が、真剣だ。
「それまでに、封印を強化しないと――」
「世界が、終わる」
俺たちは、急いで神殿を出た。
北へ。
フロストの神殿へ。
全速力で走る。
「急げ!」
「はい!」
だが、疲労が溜まっている。
特に、俺の体は限界だ。
「ケン、大丈夫!?」
リーゼが、心配そうに見る。
「ああ……何とか……」
だが、足がもつれる。
倒れそうになる。
「ケン!」
グスタフが、俺を支える。
「無理するな」
「でも、急がないと……」
「わかってる。だが、お前が倒れたら意味がない」
グスタフが、俺を背負う。
「俺が運ぶ」
「グスタフさん……」
「礼はいらん。行くぞ」
三日後。
ようやく、フロストの神殿に到着した。
フロストが、門で待っていた。
「よく戻った」
「フロスト……」
「三つの鍵を、手に入れたな」
「ああ」
俺は、三つの鍵を見せる。
「そして、これが私の鍵だ」
フロストが、白い宝石を取り出す。
「四つの鍵が、揃った」
フロストが、俺たちを氷龍王の棺へ案内する。
「ここで、儀式を行う」
「儀式……?」
「ああ。四つの鍵を使って、封印を強化する」
フロストが、棺の周りに四つの台座を配置する。
「それぞれの鍵を、台座に置け」
俺たちは、鍵を台座に置く。
炎、風、大地、氷。
四つの鍵が、光り始める。
「始めるぞ」
フロストが、呪文を唱え始める。
古代語。
意味は、わからない。
だが、力強い。
鍵の光が、どんどん強くなる。
そして――
棺に、光が流れ込む。
棺のヒビが、治っていく。
「成功だ……!」
だが、その時。
突然、棺が激しく揺れた。
「何!?」
「まずい……!」
フロストの顔が、絶望に染まる。
「間に合わなかった……!」
「どういうことだ!?」
「氷龍王が――目覚める!」
ガシャン!
棺が、砕け散った。
中から――
巨大な龍が、現れた。
全身が白い鱗で覆われている。
氷の龍。
その瞳は、青く光っている。
「ギャアアアアアア!」
咆哮。
神殿全体が、揺れる。
「氷龍王フィンブルヴェト……!」
フロストが、叫ぶ。
「ついに、目覚めてしまった……!」
龍が、俺たちを見下ろす。
その視線だけで、凍りつきそうだ。
「……アルテミスの末裔か」
龍が、話した。
低く、重い声。
「千年ぶりだな、人間よ」
「……」
「私を封印したアルテミス」
龍の目が、俺を見る。
「お前が、その後継者か」
「……ああ」
「なら、お前を殺す」
龍が、口を開ける。
冷気が、集まる。
「逃げろ!」
フロストの叫び。
だが、間に合わない――
その瞬間。
「【聖域展開・極大】!」
エミリアの結界が、俺たちを守る。
龍のブレスが、結界にぶつかる。
ギリギリで、防ぐ。
「エミリア!」
「今のうちに、逃げて!」
「でも、お前は!」
「わたしは、大丈夫です!」
エミリアの目が、決意に満ちている。
「みんなを、守ります!」
だが、結界にヒビが入り始めた。
「くっ……!」
「エミリア、無理するな!」
その時、三つの光が現れた。
イグニス、エアロ、テラ。
三人の番人が、駆けつけた。
「兄貴!」
イグニスが、叫ぶ。
「加勢する!」
「【炎の障壁】!」
「【風の盾】!」
「【大地の壁】!」
四人の番人の力が、合わさる。
龍のブレスを、完全に防ぐ。
「今だ、逃げろ!」
フロストが、俺たちに叫ぶ。
「お前たちは、逃げるんだ!」
「でも……!」
「いいから行け!」
フロストの目が、真剣だ。
「氷龍王は、私たちが食い止める」
「お前たちは――世界を救う方法を、探せ」
「世界を救う……方法……?」
「ああ。封印は、もう効かない」
フロストが、言う。
「なら、別の方法で倒すしかない」
「その方法を、探してくれ」
「……わかった」
俺たちは、神殿を出た。
背後で、激しい戦いの音が聞こえる。
「フロストたち……」
「大丈夫。彼らは強い」
ダミアンが、言う。
「それより、急ごう」
「どこへ行く?」
「王都だ」
ダミアンが、決断する。
「古文書を調べる。氷龍王を倒す方法を」
港へ向かう途中。
俺は、空を見上げた。
暗い雲が、広がっている。
そして――
雪が、降り始めた。
「雪……?」
「いや、これは……」
ミレーユが、雪を手に取る。
「氷だ。冷たすぎる」
「氷龍王の影響か……」
「ああ。世界が、凍り始めている」
絶望的な状況。
だが、諦めるわけにはいかない。
「急ごう。時間がない」




