第三十四話「炎の神殿、灼熱の番人」
三日間、雪原を歩き続けた。
凍える寒さ。
時折、吹雪に見舞われる。
だが、俺たちは諦めない。
「もうすぐだ」
ダミアンが、励ます。
「あと少し」
そして――
目の前に、信じられない光景が広がった。
「これは……」
雪原の真ん中に、溶岩の川が流れている。
熱気が、立ち上っている。
「氷の大陸なのに……溶岩……?」
「不思議だな」
グスタフが、汗を拭う。
「急に、暑くなってきた」
溶岩の川の先に、神殿が見える。
赤い石でできた、巨大な建造物。
「あれが、炎の神殿か……」
「ええ。間違いないわ」
ミレーユが、確認する。
「でも、どうやって渡る?」
溶岩の川は、幅が三十メートル以上ある。
橋は、見当たらない。
「泳ぐわけにもいかないし……」
「待って」
エミリアが、前に出る。
「わたし、やってみます」
「エミリア?」
「光の魔法で、道を作ります」
エミリアが、両手を広げる。
「【聖なる架け橋】!」
金色の光が、川の上に現れる。
それが、固まって――
光の橋になった。
「すごい……」
「急いで渡りましょう。長くは持ちません」
全員、光の橋を渡る。
下から、熱気が上がってくる。
「熱い……!」
「急げ!」
ギリギリで、全員が渡り切る。
橋が、消える。
「はあ、はあ……」
エミリアが、膝をつく。
「エミリア、大丈夫?」
「はい……ちょっと、魔力を使いすぎました……」
「無理するな。少し休もう」
十分ほど休憩してから、神殿に近づく。
巨大な門。
炎の文様が、刻まれている。
「開くかな……」
俺が門に手を触れると――
門が、ゆっくりと開いた。
「また、招かれているのか……」
中に入ると、熱気が一気に増す。
「暑い……!」
リーゼが、額の汗を拭う。
「こんなに暑いなんて……」
「防寒具を脱いだ方がいいな」
全員、防寒具を脱ぐ。
それでも、暑い。
廊下を進むと、広いホールに出た。
そこには――
炎の海が広がっていた。
「何だ、これは……」
床全体が、炎で覆われている。
その奥に、一つの台座。
そこに、誰かが立っていた。
「……ようこそ」
低く、力強い声。
炎の中から、人影が現れる。
赤い髪。金色の瞳。
全身から、炎のオーラが立ち上っている。
「私の名は、イグニス」
男が、名乗る。
「炎の神殿の番人だ」
「番人……フロストと同じか」
「ああ。兄弟だ」
イグニスが、微笑む。
「フロストは、冷静で理性的」
「私は、情熱的で直情的」
彼の目が、俺たちを見る。
「さて、お前たちに試練を課そう」
「また、試練か……」
「当然だ。鍵を渡すわけにはいかない」
イグニスが、拳を握る。
「ただし、フロストとは違う」
「何が違うんだ?」
「フロストの試練は、知恵と心」
イグニスが、笑う。
「私の試練は――力だ」
「力……」
「ああ。単純明快だろう?」
イグニスが、炎を纏う。
「私と戦え。そして、勝てば鍵を渡す」
「わかった」
俺は、剣を抜く。
「受けて立つ」
「いい目だ」
イグニスが、構える。
「では、始めよう」
イグニスが、最初の攻撃を放つ。
「【炎の拳】!」
巨大な炎の拳が、飛んでくる。
「散開しろ!」
全員、横に跳ぶ。
炎の拳が、床を叩く。
ドカン!
衝撃波が、広がる。
「強い……!」
「【イースト・ストーム】!」
俺は、発酵の嵐を放つ。
だが――
イグニスの炎で、蒸発する。
「効かない……!」
「炎の前では、お前の魔法は無力だ」
イグニスが、笑う。
「【ファイアボール】!」
クラリスが、火球を放つ。
だが、イグニスは素手で受け止める。
「炎で、炎を攻撃するか」
イグニスが、火球を吸収する。
「無意味だ」
「くそ……!」
「【聖なる槍】!」
エミリアの光の槍が、イグニスを貫く――
と思ったが。
イグニスの体を、すり抜ける。
「何!?」
「私の体は、半分炎だ」
イグニスが、説明する。
「物理攻撃も、魔法攻撃も、通じにくい」
「じゃあ、どうすれば……」
ロイドとグスタフが、剣で斬りかかる。
だが、やはり効果は薄い。
「無駄だ」
イグニスが、二人を吹き飛ばす。
「ぐあっ!」
「ロイド! グスタフさん!」
セラフィナが、暗黒魔法を放つ。
「【シャドウボール】!」
影の球が、イグニスに命中する。
すると――
イグニスが、少し怯む。
「これは……」
「効いた!?」
「ほう、暗黒魔法か」
イグニスが、興味深そうに見る。
「炎と相性が悪いな」
「なら――」
セラフィナが、さらに攻撃する。
「【ダークネスウェーブ】!」
暗黒の波が、イグニスを襲う。
イグニスの炎が、少し弱まる。
「いいぞ、セラフィナ!」
「でも、これだけじゃ倒せない……!」
その時、俺に閃きがあった。
「待てよ……炎には、酸素が必要だ」
「酸素……」
「なら、酸素を奪えば……!」
俺は、イグニスの周りに発酵魔法を放つ。
「【イースト・バキューム】!」
微生物を急速に増殖させ、酸素を消費させる。
すると――
イグニスの炎が、弱まった。
「な、何だ……?」
「酸素を奪った!」
「今だ、みんな!」
全員の攻撃が、イグニスに集中する。
剣、魔法、すべて。
イグニスが、防戦一方になる。
「くっ……やるな……!」
だが、その時――
イグニスが、笑った。
「だが、これで終わりではない」
「何!?」
「【炎獄解放】!」
イグニスの体から、膨大な炎が噴き出す。
俺たちを、吹き飛ばす。
「うわあああ!」
全員が、壁に叩きつけられる。
「ぐあっ……」
「これが、私の真の力だ」
イグニスの体が、完全に炎になる。
人の形をした、巨大な炎。
「さあ、どうする?」
絶望的な状況。
イグニスの力は、圧倒的だ。
このままでは、勝てない。
「どうする……どうすれば……」
その時、リーゼが立ち上がった。
「ケン」
「リーゼ……?」
「あたしに、考えがある」
「考え……?」
「炎は、水に弱い」
リーゼが、水筒を取り出す。
「でも、これだけじゃ足りない」
「なら、どうする?」
「ケン、あなたの魔法で水を作れない?」
「水を……作る?」
「うん。生命には、水が必要でしょ?」
リーゼの目が、輝く。
「だから、作れるはず」
「……やってみる」
俺は、集中する。
創造魔法の知識。
その中に、確かにあった。
水を作る方法。
「【クリエイション・ウォーター】!」
空中に、水が現れる。
大量の水。
「やった!」
「みんな、この水を使って!」
クラリスが、水を操る魔法を使う。
「【ウォーターボール】!」
水球が、イグニスを襲う。
ジュウウウウ!
蒸気が、上がる。
イグニスの炎が、弱まる。
「くっ……水魔法か……!」
「【アイスランス】!」
クラリスが、さらに氷の槍を放つ。
水と氷の攻撃。
イグニスの炎が、どんどん小さくなる。
「やめろ……!」
だが、止まらない。
全員が、水を使った攻撃を続ける。
ついに――
イグニスの炎が、消えた。
「はあ、はあ……」
イグニスが、人の姿に戻る。
膝をつく。
「負けた……」
戦いが終わった後。
イグニスは、台座に座っていた。
「見事だった」
「……」
「まさか、水を創造するとは」
イグニスが、俺を見る。
「お前、本当にアルテミスの後継者だな」
「そうみたいです」
「フロストから聞いていたが、実際に見ると驚く」
イグニスが、立ち上がる。
「約束通り、鍵を渡そう」
彼が、台座の後ろから、赤い宝石を取り出す。
「これが、炎の鍵だ」
俺は、それを受け取る。
温かい。
でも、熱すぎない。
「ありがとうございます」
「礼はいらん。お前たちは、正当に勝ち取った」
イグニスが、微笑む。
「だが、一つ忠告がある」
「何ですか?」
「次の神殿――西の風の神殿は、さらに難しい」
「難しい……?」
「ああ。番人のエアロは、私やフロストより強い」
イグニスの目が、真剣だ。
「そして、狡猾だ」
「気をつけます」
「もう一つ」
イグニスが、俺に近づく。
「お前の創造魔法、使いすぎるな」
「……はい」
「さっきの水の創造、お前の寿命を削った」
イグニスが、俺の胸に手を当てる。
「感じるか? 体の中の、生命力の減少を」
言われて、気づく。
確かに、体が重い。
疲労が、普通ではない。
「創造魔法は、諸刃の剣だ」
イグニスが、警告する。
「使うたびに、お前の命が削られる」
「……わかっています」
「なら、いい」
神殿を出る前に、少し休息を取った。
イグニスが、部屋を用意してくれた。
「ケン、大丈夫?」
リーゼが、心配そうに見る。
「ああ、ちょっと疲れただけ」
「嘘。すごく顔色が悪い」
リーゼが、俺の額に手を当てる。
「熱もある」
「大丈夫だって」
「無理しないで」
リーゼの目に、涙が浮かぶ。
「ケンが倒れたら、あたし……」
「ごめん」
俺は、リーゼを抱きしめた。
「心配かけて」
「……うん」
エミリアも、心配そうだ。
「ケンさん、創造魔法、もう使わない方がいいんじゃ……」
「でも、必要な時もある」
「それでも……」
「大丈夫。ちゃんと、考えて使うから」
翌朝、神殿を出発した。
イグニスが、見送ってくれる。
「気をつけろ」
「はい」
「それと――」
イグニスが、小さな炎の玉を渡す。
「これは?」
「私の魔力の欠片だ。フロストと同じものだ」
「危険な時、それを砕け」
イグニスが、微笑む。
「私が、駆けつける」
「ありがとうございます」
西へ向かう。
風の神殿を目指して。
雪原を歩く。
だが、今度は風が強い。
「風が、すごいな……」
「これは、風の神殿の影響かもしれない」
ミレーユが、推測する。
「近づくほど、強くなるはず」
「厄介だな……」
二日間、風と戦いながら歩き続けた。
そして――
目の前に、巨大な竜巻が現れた。
「あれは……」
「風の神殿だ」
ダミアンが、指差す。
竜巻の中心に、白い神殿が見える。
「どうやって近づく……?」
「あの竜巻、入ったら吹き飛ばされるぞ」
グスタフが、険しい顔をする。
その時、竜巻の中から、声が聞こえた。
「フフフ……よく来たな」
軽やかな、男の声。
「私の名は、エアロ」
竜巻の中から、人影が現れる。
いや、現れたというより――
風そのものが、人の形になった。
銀色の髪。青い瞳。
体が、透けている。
「風の神殿の番人だ」
「エアロ……」
「さあ、試練を始めよう」
エアロが、手を上げる。
すると――
周囲の風が、さらに強くなった。
「うわっ!」
全員が、吹き飛ばされそうになる。
「掴まれ!」
何とか、地面にしがみつく。
「これが、私の試練だ」
エアロが、笑う。
「この風の中を進み、神殿に辿り着け」
「そんな……無理だ……!」
「無理かどうかは、やってみないとわからない」
エアロの声が、風に乗って聞こえる。
「では、頑張れ」
そう言って、エアロは神殿の中に消えた。
俺たちは、風と戦いながら進む。
一歩進むのも、大変だ。
「くそ……進めない……!」
「みんな、ロープで繋がろう!」
ダミアンの提案。
全員が、ロープで体を繋ぐ。
一人が飛ばされても、他のメンバーが支える。
「よし、行くぞ!」
少しずつ、進む。
だが、風はどんどん強くなる。
「もう、限界だ……!」
その時、俺に閃きがあった。
「待てよ……風を止めるんじゃなくて……」
「利用すればいい」
「利用……?」
「ああ。風に乗るんだ」
俺は、みんなに説明する。
「風は、竜巻の形で回転している」
「なら、その流れに乗れば……」
「中心に、入れる!」
「なるほど!」
ダミアンが、理解する。
「やってみよう!」
俺たちは、風の流れを読む。
そして――
風に身を任せる。
体が、浮く。
回転する。
だが、中心に向かって進んでいる。
「成功だ!」
数分後、俺たちは竜巻の中心に到着した。
そこは、静かだった。
風が、ない。
「ここが、竜巻の目か……」
神殿の門が、目の前にある。
「さあ、行こう」
神殿の中に入ると、エアロが待っていた。
「よく来たな」
彼が、拍手する。
「試練、クリアだ」
「これで、終わり?」
「ああ。風の試練は、これだけだ」
エアロが、微笑む。
「お前たちは、風の性質を理解した」
「抵抗するのではなく、受け入れる」
「それが、風を制する方法だ」
エアロが、台座から青い宝石を取り出す。
「これが、風の鍵だ」
「……簡単すぎないか?」
ロイドが、疑う。
「イグニスは、戦ったのに」
「それぞれの試練は、違う」
エアロが、説明する。
「イグニスは戦士。だから、戦いで試す」
「フロストは賢者。だから、知恵で試す」
「私は風。だから、流れで試す」
エアロが、鍵を渡す。
「受け取れ」
「……ありがとう」
鍵を受け取った後、エアロが言った。
「残るは、南の大地の神殿だけだ」
「ああ」
「だが、そこが最も危険だ」
「危険……?」
「ああ。番人のテラは――」
エアロの表情が、暗くなる。
「私たち四兄弟の中で、最強だ」
「最強……」
「ああ。そして、最も厳しい」
エアロが、俺を見る。
「覚悟しておけ」
「……わかった」
「それと」
エアロが、小さな風の玉を渡す。
「これは、私の魔力の欠片だ」
「危険な時、砕け」
「……ありがとう」
神殿を出て、南へ向かう。
最後の神殿。
大地の神殿。
そこに、最後の鍵がある。
「あと一つ……」
俺は、拳を握る。
「頑張ろう」




