第三十一話「覚悟と決断、そして――」
王都から村に戻った夜。
俺は、リーゼに全てを話した。
「……そう」
リーゼは、静かに聞いていた。
涙も流さず、怒りもせず。
ただ、静かに。
「リーゼ……」
「ケン、決めたの?」
「まだ……」
「嘘」
リーゼが、俺を見た。
「もう、決めてるでしょ」
「……」
「わかるよ。あたしには」
リーゼの目に、涙が浮かぶ。
「ケンは、やるつもりなんでしょ」
「リーゼ……」
「世界を救うために、死ぬつもりなんでしょ」
リーゼの声が、震える。
「あたしとの約束、忘れたの?」
「忘れてない」
「なら、どうして……」
「だからこそだ」
俺は、リーゼの手を握った。
「リーゼと、幸せに暮らしたい。結婚して、子供を作って、一緒に歳を取りたい」
「なら――」
「でも、世界が滅べば、その未来もない」
俺の声も、震える。
「百年後、この世界から魔力が消える。そうなれば、文明が崩壊する」
「百年後なら、あたしたちは死んでる」
「ああ。でも、俺たちの子供は生きている」
「……」
「その子供たちに、滅びゆく世界を残したくない」
俺は、リーゼを抱きしめた。
「だから、俺は――」
「やめて」
リーゼが、俺を押しのける。
「そんな綺麗事、聞きたくない」
「リーゼ……」
「あたしは、ケンと一緒にいたい。それだけ」
リーゼが、泣き出す。
「世界なんて、どうでもいい。ケンさえいれば、それでいい」
「リーゼ……」
「ねえ、逃げよう。二人で」
リーゼが、必死に訴える。
「どこか遠くへ。誰も知らない場所へ」
「……できない」
「どうして!?」
「逃げても、世界は変わらない」
俺は、首を振る。
「魔法陣は、壊れ続ける」
「じゃあ、他の人に任せればいい!」
「他に、誰がいる?」
俺の声が、強くなる。
「アルテミスの血を引く者は、俺とセラフィナとエミリアだけだ」
「……」
「俺たちにしか、できない」
「そんな……」
リーゼが、床に座り込む。
「そんなの、ひどすぎる……」
彼女の嗚咽が、部屋に響く。
俺も、辛い。
こんなに辛いことはない。
だが――
「リーゼ、もう少しだけ、時間をくれ」
「時間……?」
「ああ。別の方法を、探す」
俺は、リーゼの涙を拭う。
「誰も死なずに済む方法を」
「……本当に、あるの?」
「わからない。でも、諦めたくない」
「……」
「だから、待ってて」
リーゼは、しばらく俺を見ていた。
そして――
「一ヶ月」
「え?」
「一ヶ月だけ、待つ」
リーゼの目が、真剣だ。
「それで見つからなかったら――」
「リーゼ……」
「あたしも、一緒に死ぬ」
「何を言って……」
「本気よ」
リーゼが、立ち上がる。
「ケンが死ぬなら、あたしも死ぬ」
「馬鹿なことを言うな!」
「馬鹿じゃない」
リーゼが、俺を抱きしめる。
「あたしは、ケンなしでは生きられない」
「リーゼ……」
「だから、絶対に別の方法を見つけて」
リーゼが、俺の顔を見る。
「約束して」
「……ああ、約束する」
翌朝。
セラフィナとエミリアを呼んで、話し合った。
「別の方法……」
セラフィナが、腕を組む。
「本当に、あるかしら」
「探さなきゃ、わからない」
「でも、時間がない」
「一ヶ月ある」
「一ヶ月!?」
セラフィナが、驚く。
「そんな短期間で、見つかるわけない」
「見つける」
俺は、拳を握る。
「必ず」
「……わかったわ」
セラフィナが、頷く。
「私も、協力する」
「わたしも!」
エミリアも、目を輝かせる。
「絶対、見つけます」
「ありがとう」
その日から、必死の調査が始まった。
古文書を読み漁る。
世界中の遺跡を調べる。
魔法の理論を研究する。
一週間が過ぎた。
二週間が過ぎた。
だが、答えは見つからない。
「くそ……何もない……」
俺は、図書館で頭を抱えていた。
山積みの本。
だが、どれも役に立たない。
「ケン君、休憩しよう」
ダミアンが、お茶を持ってくる。
「いえ、まだやれます」
「無理するな。倒れるぞ」
「……」
「少し、外の空気を吸おう」
ダミアンに連れられて、王宮の庭に出た。
夕日が、美しい。
「綺麗だな……」
「ああ」
しばらく、二人で黙っていた。
そして――
「ケン君、聞いてもいいか」
「何ですか?」
「本当に、死ぬ覚悟はあるのか?」
「……わかりません」
正直に答えた。
「怖いです。死ぬのが」
「そうか」
「でも、やらなきゃいけない」
俺は、空を見上げる。
「誰かがやらなきゃ、世界が滅ぶ」
「……」
「だから、俺がやる」
「立派だ」
ダミアンが、微笑む。
「だが、無理はするな」
「はい」
「君には、大切な人がいる」
ダミアンの目が、優しい。
「その人たちのためにも、生きろ」
「……ありがとうございます」
三週間目。
ついに、一つの手がかりが見つかった。
「これを見て!」
ミレーユが、興奮した様子で叫ぶ。
「何ですか?」
「古代の記録に、こんな記述があった」
ミレーユが、羊皮紙を広げる。
「『世界魔法陣の修復には、三つの方法がある』」
「三つ!?」
「ええ。一つ目は、私たちが知っている方法。アルテミスの血を引く者が、命を捧げる」
「二つ目は?」
「『時の結晶を使う』」
「時の結晶……?」
「時間を操る、伝説の魔石らしいわ」
ミレーユが、説明する。
「これを使えば、魔法陣の時間を巻き戻して、修復できる」
「でも、どこにあるんですか?」
「わからない。伝説だから」
「……」
「でも、三つ目がある」
ミレーユの目が、輝く。
「『星の涙を集める』」
「星の涙?」
「流れ星が落ちた場所に、稀に見つかる魔石よ」
「それを、どうする?」
「百個集めて、魔法陣に捧げる」
ミレーユが、続ける。
「そうすれば、魔法陣は自己修復する」
「百個……」
「ええ。途方もない数だけど――」
ミレーユが、地図を広げる。
「過去の記録から、星の涙が見つかった場所を特定した」
地図には、いくつもの印がついている。
「これらの場所を回れば、集まるかもしれない」
「どれくらい時間が?」
「全力で回れば……半年」
「半年……」
一ヶ月の期限には、間に合わない。
だが――
「やりましょう」
エミリアが、前に出る。
「半年なら、まだ間に合います」
「でも、リーゼとの約束が……」
「リーゼお姉ちゃんも、わかってくれますよ」
エミリアが、微笑む。
「だって、これは希望ですから」
「……そうだな」
俺は、決意した。
「星の涙を、集めよう」
その夜、リーゼに報告した。
「星の涙……」
「ああ。これを集めれば、誰も死なずに済む」
「でも、半年かかるのね」
「……ああ」
「わかった」
リーゼが、微笑む。
「待つよ。半年でも、一年でも」
「リーゼ……」
「だって、希望が見えたもの」
リーゼが、俺を抱きしめる。
「ケンが生きてくれるなら、それでいい」
「ありがとう」
翌日、出発の準備を始めた。
今回のメンバーは、俺、セラフィナ、エミリア、ダミアン、ロイド、ミレーユ。
そして――
「俺も行く」
グスタフが、剣を担いでいる。
「グスタフさん……」
「お前一人じゃ、心配だ」
「でも、村は……」
「村は、俺がいなくても大丈夫だ」
グスタフが、笑う。
「それより、お前を守る」
「……ありがとうございます」
リーゼも、見送りに来た。
「行ってらっしゃい」
「ああ」
「絶対、帰ってきてね」
「約束する」
俺は、リーゼにキスをした。
「待っててくれ」
「うん」
最初の目的地は、北の山脈。
『凍てつく峰』と呼ばれる、険しい山だ。
「ここに、星の涙が三個あるらしい」
ミレーユが、地図を確認する。
「登山、大変そうだな……」
「ああ。でも、行くしかない」
一週間かけて、山を登る。
凍える寒さ。
切り立った崖。
だが、諦めない。
そして――
山頂近くの洞窟で、見つけた。
「あった!」
青白く光る、小さな石。
「これが、星の涙……」
美しい。
まるで、星のかけらのようだ。
「一個目、ゲット」
エミリアが、嬉しそうに言う。
「あと、九十九個」
「長い旅になるな……」
二ヶ月後。
俺たちは、三十個の星の涙を集めていた。
順調だ。
このペースなら、予定通り半年で集まる。
だが――
ある日、問題が起きた。
「敵襲!」
ロイドの叫び。
黒装束の集団が、襲ってきた。
「黄昏の会……!」
「セラフィナを、裏切り者として狙ってきたのね」
セラフィナが、剣を構える。
「覚悟しなさい」
激しい戦闘が始まった。
だが、敵は強い。
そのリーダーは――
「久しぶりね、セラフィナ」
黒いローブの男。
「お前は……マルクス!」
「ああ。覚えていてくれて光栄だ」
マルクスが、不敵に笑う。
「裏切り者には、死を」
「させるか!」
俺は、マルクスに向かう。
だが――
「遅い」
マルクスの剣が、俺を捉える。
避けられない――
その時。
「【聖なる盾】!」
エミリアの魔法が、俺を守る。
「エミリア!」
「大丈夫ですか、ケンさん!」
「ああ」
「フン、小娘が」
マルクスが、エミリアに向かう。
「邪魔をするな」
「させない!」
セラフィナが、マルクスを阻む。
二人の剣が、ぶつかり合う。
「セラフィナ、お前は組織を裏切った」
「裏切ったんじゃない。目が覚めたのよ」
「同じことだ」
マルクスの攻撃が、激しくなる。
セラフィナが、押される。
「くっ……!」
「死ね!」
マルクスの剣が、振り下ろされる――
その瞬間。
「【イースト・エクスプロージョン】!」
俺の魔法が、マルクスの足元で爆発する。
「ぐわっ!」
マルクスが、吹き飛ばされる。
「今だ、セラフィナ!」
「ありがとう!」
セラフィナの剣が、マルクスを貫く。
「ぐあ……」
マルクスが、倒れる。
「覚えておけ……黄昏の会は……まだ……終わって……ない……」
そう言い残して、息絶えた。
戦いが終わった後。
俺たちは、傷を手当てしながら話し合った。
「黄昏の会は、まだ活動している」
ダミアンが、険しい顔をする。
「これから、もっと襲撃が増えるだろう」
「でも、止まれない」
俺は、星の涙を見る。
「この旅を、完遂しなきゃ」
「ああ」
「みんな、覚悟はいいか?」
全員が、頷く。
「よし、行こう」
それから、さらに三ヶ月。
数々の困難を乗り越え――
ついに、百個目の星の涙を手に入れた。
「やった……!」
エミリアが、喜びの声を上げる。
「集まった……全部で百個……!」
「長かったな……」
グスタフが、疲れた顔で笑う。
「だが、やり遂げた」
「ああ」
俺は、星の涙を見つめる。
これで、世界を救える。
誰も死なずに。
「帰ろう。王都へ」
王都に戻ると、すぐに世界魔法陣のもとへ向かった。
そして――
百個の星の涙を、魔法陣に捧げる。
すると――
魔法陣が、光り始めた。
「これは……!」
光が、どんどん強くなる。
そして、魔法陣のヒビが――
消えていく。
「治ってる……!」
「本当に、修復されている……!」
ダミアンが、感動の声を上げる。
光が、収まる。
魔法陣は、完全に修復されていた。
「やった……」
俺は、その場に座り込んだ。
「やった……世界を、救った……」
「お疲れ様、ケン君」
ダミアンが、肩を叩く。
「君のおかげだ」
「いえ、みんなのおかげです」
その夜、王宮で盛大な祝宴が開かれた。
国王も、王女も、みんなが祝福してくれる。
「ケン・サトウ」
国王が、俺を呼ぶ。
「君の功績を讃え、爵位を授ける」
「いえ、そんな……」
「遠慮するな」
国王が、微笑む。
「君は、世界を救った英雄だ」
「……ありがとうございます」
だが、俺にとって一番嬉しいのは――
爵位ではない。
生きていること。
リーゼと、約束を果たせること。
「早く、村に帰りたい……」
翌朝、ベルガルド村へ向かった。
半年ぶりの、帰郷。
「見えた……村だ……」
懐かしい景色。
そして――
「ケン!」
リーゼが、走ってくる。
「リーゼ!」
俺は、馬から降りて、リーゼを抱きしめた。
「ただいま」
「おかえり……」
リーゼが、泣いている。
「よく、帰ってきてくれた……」
「ああ。約束したから」
「うん……」
二人で、しばらく抱き合う。
幸せだ。
本当に、幸せだ。
「ねえ、ケン」
「うん?」
「結婚式、いつにする?」
「明日にでも」
「本当!?」
「ああ。もう、待てない」
俺は、リーゼにキスをした。
「愛してる」
「あたしも」
一週間後。
ベルガルド村で、盛大な結婚式が開かれた。
村人全員が集まり、祝福してくれる。
ダミアン、ロイド、クラリス、ミレーユ、ガレス。
セラフィナ、エミリアも。
みんなが、笑顔だ。
「では、誓いの言葉を」
司祭が、俺たちに言う。
「ケン・サトウ、あなたはリーゼ・シュミットを妻とし、生涯愛することを誓いますか?」
「誓います」
「リーゼ・シュミット、あなたはケン・サトウを夫とし、生涯愛することを誓いますか?」
「誓います」
「では、キスを」
俺は、リーゼにキスをした。
拍手と歓声が、響く。
「おめでとう!」
「幸せになれよ!」
幸せだ。
こんなに幸せなことはない。
世界を救い、愛する人と結ばれた。
これ以上、何を望むだろう――
披露宴の最中。
突然、空が暗くなった。
「何だ……?」
外を見ると――
巨大な黒い渦が、空に現れていた。
「これは……」
「まさか……」
セラフィナの顔が、青ざめる。
「黄昏の会の……最終兵器……」
「最終兵器?」
「ええ。伝説の……【黄昏の門】」
黒い渦が、どんどん大きくなる。
そして、その中から――
何かが、現れようとしている。
「来る……!」
新たな脅威が、今――
降臨しようとしていた。




