第二十八話「帰郷、そして新たな始まり」
村に帰って、一週間。
俺は、久しぶりに工房でパンを焼いていた。
「やっぱり、これだな……」
生地をこねる感触。
発酵する香り。
焼き上がるパンの音。
すべてが、懐かしい。
「ケンさん、この生地どうですか?」
エミリアが、ボウルを持ってくる。
「完璧だよ。よく発酵してる」
「えへへ」
エミリアが、嬉しそうに笑う。
「あのね、ケンさんがいない間、あたしとリーゼお姉ちゃんで頑張ったんです」
「聞いたよ。村のみんなから」
「最初は大変でした。でも――」
エミリアの目が、輝く。
「楽しかったです」
「そうか。良かった」
リーゼも、工房に入ってくる。
「ケン、お昼ご飯できたよ」
「ありがとう」
三人で、工房の隅で昼食を取る。
リーゼの作った、野菜スープとパン。
「美味しい」
「本当?」
「ああ。リーゼの料理、上手くなったな」
「えへへ」
リーゼが、照れる。
「ケンがいない間、練習したの」
「そうなんだ」
「うん。ケンが帰ってきたら、美味しいもの食べさせたかったから」
リーゼの笑顔が、眩しい。
平和だ。
本当に、平和だ――
午後、村の広場で村人たちと話す。
「ケン君、西の大陸はどうだった?」
ハインリヒが、興味津々で聞く。
「暑かったです。砂漠だらけで」
「砂漠か……想像もつかないな」
「でも、美しかったです。特に、夜空が」
「そうか」
ハインリヒが、微笑む。
「いい経験だったんだな」
「ええ」
「それで、黄昏の会は?」
グスタフが、真剣な顔で聞く。
「神殿を破壊しました。リーダーのアルカードも、おそらく――」
「死んだか」
「はい。神殿の崩壊に巻き込まれました」
「なら、もう安心だな」
「……いえ」
俺は、首を振る。
「組織は、まだ残っています」
「そうか……」
グスタフの表情が、曇る。
「油断はできないな」
「ええ。でも、今は大丈夫だと思います」
俺は、村を見回す。
平和な光景。
笑顔の村人たち。
「この平和を、守りたいです」
「ああ。俺たちも、守る」
グスタフが、拳を握る。
「お前一人に、任せない」
「ありがとうございます」
夕方。
俺とリーゼは、村の丘に来ていた。
夕日を見ながら、二人で座る。
「ねえ、ケン」
「うん?」
「旅の間、怖かった?」
「……ああ、怖かった」
正直に答える。
「何度も、死にかけた」
「そっか……」
リーゼが、俺の手を握る。
「でも、帰ってきてくれた」
「ああ。約束したから」
「ありがとう」
リーゼが、俺の肩に頭を乗せる。
「ねえ、ケン」
「うん?」
「結婚の話、覚えてる?」
「……ああ」
「いつにする?」
「え?」
「結婚式」
リーゼが、顔を上げる。
「あたし、もう待てない」
「リーゼ……」
「だって、ケンがまたどこかに行っちゃうかもしれないでしょ?」
リーゼの目に、涙が浮かぶ。
「だから、早く結婚したい」
「……わかった」
俺は、リーゼを抱きしめた。
「じゃあ、来月にしよう」
「本当!?」
「ああ。村のみんなを呼んで、盛大に」
「やった!」
リーゼが、嬉しそうに飛び跳ねる。
「あたし、お嫁さんになれるんだ!」
「ああ」
俺も、嬉しかった。
リーゼと結婚できる。
こんなに幸せなことはない――
その夜、村の酒場で。
グスタフ、アレク、ハインリヒが集まっていた。
「聞いたぞ、ケン」
アレクが、ニヤニヤしながら言う。
「結婚だってな」
「はい」
「おめでとう!」
「ありがとうございます」
「いやあ、ついにか」
グスタフが、酒を注ぐ。
「お前も、一人前だな」
「まだまだです」
「謙遜するな」
ハインリヒが、涙ぐんでいる。
「娘が、嫁に行くなんて……」
「村長……」
「いや、嬉しいんだ。本当に」
ハインリヒが、俺の手を握る。
「リーゼを、頼むな」
「はい。必ず、幸せにします」
「……ありがとう」
乾杯。
みんなで、笑い合う。
幸せな時間。
これが、ずっと続けばいいのに――
翌朝。
王都から、使者が来た。
ダミアンの使いだ。
「ケン・サトウ様ですね」
「はい」
「ダミアン殿下からの、緊急の手紙です」
使者が、封筒を渡す。
「緊急……?」
急いで、開封する。
『ケン君へ
緊急の知らせだ。
黄昏の会に、新しいリーダーが現れた。
名は、セラフィナ。
アルカードの妹だ。
彼女は、兄の意志を継ぎ、
さらに過激な活動を始めている。
すでに、三つの村が襲撃された。
被害は甚大だ。
すぐに王都に来てほしい。
君の力が、必要だ。
ダミアン』
「……!」
手が、震える。
まだ、終わっていなかった。
黄昏の会は、まだ動いている。
「ケン?」
リーゼが、心配そうに見る。
「どうしたの?」
「……リーゼ」
俺は、リーゼの手を握る。
「ごめん。また、行かなきゃいけない」
「え……?」
「王都に。黄昏の会が、また動き始めた」
「そんな……」
リーゼの顔が、青ざめる。
「でも、結婚式……」
「延期させてくれ」
「……」
「すまない。でも――」
「わかってる」
リーゼが、涙を拭う。
「わかってるよ。ケンは、そういう人だから」
「リーゼ……」
「でも、約束して」
リーゼが、俺を見つめる。
「必ず、帰ってきて。そして、結婚式を挙げる」
「ああ。絶対に」
俺は、リーゼを抱きしめた。
「待っててくれ」
「うん……」
その日の午後、王都へ向かう準備をした。
エミリアが、泣きながら別れを惜しむ。
「ケンさん、行っちゃうんですか……」
「ごめん、エミリア」
「でも、危険なんですよね……」
「大丈夫。必ず、帰ってくる」
俺は、エミリアの頭を撫でる。
「エミリアは、工房を頼むよ」
「……はい」
エミリアが、涙を拭う。
「わたし、頑張ります」
「いい子だ」
グスタフも、見送りに来た。
「ケン、今回は俺も行く」
「え?」
「お前一人じゃ、心配だ」
グスタフが、剣を確認する。
「それに、黄昏の会には恨みがある」
「……ありがとうございます」
「礼はいらん。家族だからな」
夕方、王都へ向かう馬車に乗り込む。
リーゼが、最後まで手を振っている。
「行ってらっしゃい!」
「ああ! すぐ戻る!」
馬車が、動き出す。
村が、遠ざかっていく。
(必ず、帰る)
心の中で、誓う。
(リーゼとの約束を、果たすために)
三日後、王都アルヴェリオンに到着した。
すぐに、ダミアンの屋敷へ向かう。
「ケン君、よく来てくれた」
ダミアンが、疲れた顔で迎える。
「状況は、聞きましたか?」
「ええ。三つの村が襲撃されたと」
「ああ。それだけじゃない」
ダミアンが、地図を広げる。
「襲撃のパターンから、次の標的が予測できる」
地図に、いくつかの印。
「この五つの村が、危ない」
「五つ……」
「ああ。そして――」
ダミアンの指が、一つの印を指す。
「その中に、ベルガルド村がある」
「!」
「セラフィナは、君を狙っている」
ダミアンの目が、険しい。
「村を人質に、君を誘き出すつもりだ」
「そんな……」
「だから、先手を打つ」
ダミアンが、作戦図を広げる。
「村に、騎士団を派遣する。そして、罠を張る」
「罠……?」
「ああ。セラフィナが来たら、一網打尽にする」
ダミアンの声が、低くなる。
「今度こそ、黄昏の会を壊滅させる」
その夜、王宮で会議が開かれた。
国王、アナスタシア王女、ロイド、そして俺たち。
「作戦を説明する」
ロイドが、地図を指す。
「まず、ベルガルド村に騎士団五十名を派遣」
「次に、周辺の森に伏兵を配置」
「そして、ケンが囮になる」
「囮……?」
「ああ。お前が村にいることを、わざと漏らす」
ロイドの目が、鋭い。
「セラフィナが来たら、包囲して捕らえる」
「危険じゃないですか?」
「危険だ。だが、他に方法がない」
アナスタシアが、心配そうに言う。
「ケン、無理しないでね」
「はい」
「あなたは、私たちの希望だから」
アナスタシアの目が、優しい。
「死なないで」
「……わかりました」
国王が、立ち上がる。
「では、作戦開始は明日」
「全員、準備せよ」
「はっ!」
翌朝、ベルガルド村に戻った。
だが、今回は一人ではない。
騎士団五十名が、同行している。
「これで、村を守れる」
ロイドが、村の防衛線を確認する。
「だが、油断するな」
「はい」
村人たちには、事情を説明した。
「みんな、危険なんです」
ハインリヒが、真剣な顔で言う。
「黄昏の会が、また来るかもしれない」
「だが、今回は騎士団がいる」
グスタフが、村人たちを励ます。
「必ず、守る」
「……わかりました」
村人たちも、覚悟を決める。
「俺たちも、戦います」
「この村は、俺たちの家だ」
その決意が、嬉しかった。
その夜。
リーゼと、二人で話す。
「怖い?」
「……ううん」
リーゼが、首を振る。
「ケンがいるから、大丈夫」
「ありがとう」
「でも、ケン」
リーゼが、俺を抱きしめる。
「絶対、死なないでね」
「ああ」
「約束だよ」
「約束」
二人で、しばらく抱き合う。
温かい。
この温もりを、守りたい――
三日目の夜。
ついに、来た。
「敵襲!」
見張りの騎士が、叫ぶ。
「黒装束の集団、五十名以上!」
「来たか!」
ロイドが、剣を抜く。
「全員、配置につけ!」
村人たちも、武器を持つ。
そして――
森の中から、黒装束の集団が現れた。
その先頭には――
一人の女性。
長い銀髪。紫の瞳。
美しいが、冷酷な顔。
「セラフィナ……」
「ようこそ、ケン・サトウ」
セラフィナが、不敵に笑う。
「待っていたわ」
「お前が、アルカードの妹か」
「ええ。そして、黄昏の会の新しいリーダー」
セラフィナの目が、光る。
「兄の仇を、取りに来たの」
「……」
「さあ、覚悟しなさい」
セラフィナが、手を上げる。
「全員、攻撃!」
黒装束たちが、一斉に襲いかかってきた。
戦闘、開始――
だが、これは罠だ。
俺たちの、罠。
「今だ! 包囲しろ!」
ロイドの号令。
森から、騎士団が飛び出す。
黒装束たちを、包囲する。
「何!?」
セラフィナの顔が、変わる。
「罠だったの!?」
「ああ」
俺は、剣を構える。
「お前たちを、一網打尽にする」
「フフフ……」
だが、セラフィナは笑った。
「甘いわね」
彼女が、指を鳴らす。
すると――
空から、何かが降ってきた。
黒い鳥。
いや、鳥ではない。
魔物だ。
「これは……!」
「私の使い魔よ」
セラフィナが、笑う。
「さあ、楽しみましょう」
魔物たちが、騎士団を襲う。
形勢が、逆転した。
「くそ、やられた……!」
これは――
セラフィナの、罠だった――




