第二十七話「黄昏の神殿、そして真実」
神殿の中は、予想以上に広かった。
松明の光が、石壁を照らす。
壁一面に、古代文字と壁画。
「すごい……」
ミレーユが、興奮した様子で壁画を調べる。
「これは、古代魔法文明の全歴史だ」
「全歴史……?」
「ええ。創世から、滅亡まで」
壁画には、様々な場面が描かれていた。
最初の魔法使い。
魔法の発展。
繁栄する都市。
そして――
崩壊。
「ここを見て」
ミレーユが、一つの壁画を指差す。
「これが、生命魔法の始まりよ」
壁画には、一人の魔法使いが描かれている。
手から、緑色の光が放たれている。
「最初の生命魔法使い――アルテミス」
「アルテミス……」
「彼は、微生物を操ることを発見した」
ミレーユが、説明を続ける。
「発酵、腐敗、分解。すべての生命現象を理解した」
「それが、第一段階……」
「ええ。だが、彼は止まらなかった」
次の壁画。
アルテミスが、植物を急成長させている。
「第二段階――成長魔法」
さらに次の壁画。
アルテミスが、光から何かを創り出している。
「第三段階――創造魔法」
ミレーユの声が、震える。
「彼は、無から生命を創り出した」
「……」
「最初は、小さな虫。次に、植物。そして、動物」
壁画は、どんどん進んでいく。
「彼の力は、神に等しかった」
だが――
最後の壁画は、悲劇を描いていた。
アルテミスが、倒れている。
周囲の大地は、荒れ果てている。
「創造魔法は、使用者の生命力だけでなく――」
ミレーユが、壁画を見つめる。
「大地の生命力も吸い取った」
「大地の……」
「ええ。彼が魔法を使うたびに、周囲の植物が枯れ、動物が死んだ」
「それが、古代文明の滅亡の原因……」
「そう。アルテミスだけではない」
ミレーユが、別の壁画を見せる。
「彼の弟子たちも、創造魔法を使った」
壁画には、複数の魔法使いが描かれている。
「そして、大陸全体の生命力が枯渇した」
「……」
「だから、生き残った者たちは、この魔法を封印した」
ミレーユが、俺を見る。
「ケン君、わかる? なぜ私たちがここに来たのか」
「……はい」
「この魔法を、二度と使わせないため」
「ええ」
「黄昏の会は、この力を復活させようとしている」
ダミアンが、前に出る。
「だが、させない。絶対に」
さらに奥へ進むと、広いホールに出た。
中央に、大きな魔法陣。
そして、その上に――
透明な結晶が、浮いていた。
「これは……」
「生命の核だ」
ミレーユが、息を呑む。
「創造魔法の源。すべての生命エネルギーが、ここに集約されている」
「これが、黄昏の会の目的……」
その時――
拍手の音が、ホールに響いた。
「よくぞ、ここまで来た」
奥から、一人の男が現れた。
アルカード。
「お前……!」
ロイドが、剣を抜く。
「ようこそ、我が神殿へ」
アルカードが、不敵に笑う。
「待っていたぞ、ケン・サトウ」
「待っていた……?」
「ああ。お前が来ることは、わかっていた」
アルカードが、魔法陣の前に立つ。
「そして、お前をここに導いた」
「導いた……まさか!」
ダミアンが、気づく。
「海賊も、砂嵐も――すべて、お前の仕業か!」
「半分は正解だ」
アルカードが、笑う。
「海賊は、確かに私が雇った。だが、砂嵐は自然現象だ」
「なぜ、そんなことを……」
「試すためだ」
アルカードの目が、俺を捉える。
「ケン・サトウ、お前の力を」
「俺の……力?」
「ああ。お前が、本当に創造魔法を使えるかどうか」
アルカードが、一歩前に出る。
「そして、確信した。お前は、使える」
「……」
「砂嵐の時、お前は砂を操った」
アルカードの声が、熱を帯びる。
「あれは、第二段階を超えている。第三段階の片鱗だ」
「違う! あれは――」
「言い訳は無用だ」
アルカードが、手を上げる。
「さあ、ケン・サトウ。この生命の核を使え」
「使う……?」
「ああ。これを使えば、お前は完全な創造魔法を習得できる」
アルカードの目が、狂気を帯びる。
「そして、世界を作り変えられる」
「断る!」
俺は、叫んだ。
「そんな力、必要ない!」
「必要ない?」
アルカードが、笑う。
「では、聞こう。お前の村は、どうだ?」
「村……?」
「ああ。飢饉で苦しんでいる村は、まだたくさんある」
アルカードが、続ける。
「お前の力があれば、すべて救える。一瞬で」
「それは……」
「だが、今のお前では無理だ。第二段階では、数が限られる」
アルカードの声が、誘惑的になる。
「創造魔法を使えば、世界中の飢えを、一度に解決できる」
「……」
「さあ、選べ」
アルカードが、生命の核を指差す。
「この力を取るか、それとも――」
彼の目が、冷たくなる。
「無力なまま、人々が死ぬのを見るか」
沈黙。
アルカードの言葉が、重い。
確かに、創造魔法があれば――
すべての飢えを、解決できる。
病気も、治せる。
荒れ地も、緑に変えられる。
だが――
「ケン」
ダミアンが、俺の肩に手を置く。
「惑わされるな」
「でも……」
「確かに、その力は魅力的だ」
ダミアンの目が、真剣だ。
「だが、代償が大きすぎる」
「代償……」
「ああ。お前の命、そして大地の生命」
ダミアンが、アルカードを睨む。
「それに、この男を信じられるか?」
「……いえ」
「ならば、答えは明白だ」
ダミアンが、剣を抜く。
「戦うぞ」
「待て」
アルカードが、手を上げる。
「戦う前に、もう一つ教えてやろう」
「何を……」
「ケン・サトウ、お前の正体だ」
「正体……?」
「ああ。お前は、ただの人間ではない」
アルカードの言葉に、全員が固まる。
「お前は、アルテミスの末裔だ」
「何……!?」
「そうだ。お前の血には、アルテミスの血が流れている」
アルカードが、不敵に笑う。
「だから、お前は生命魔法を使える」
「そんな……」
「証拠がある」
アルカードが、古い羊皮紙を取り出す。
「これは、アルテミスの家系図だ」
羊皮紙を広げると――
確かに、長い家系図が描かれている。
「そして、最後に――」
アルカードが、一番下を指差す。
「ケン・サトウ」
「……!」
俺の名前が、書かれていた。
「嘘だ……」
「嘘ではない」
アルカードが、羊皮紙を仕舞う。
「お前は、選ばれた者だ。創造魔法を使う運命にある」
「運命なんかじゃない!」
俺は、叫んだ。
「俺は、自分の意志で決める!」
「ほう……」
「俺は、創造魔法を使わない!」
俺は、拳を握る。
「第二段階までで、十分だ!」
「愚かな……」
アルカードの表情が、変わる。
「ならば、力ずくで取らせてもらう」
彼が、魔法を発動する。
「【シャドウバインド】!」
影が、俺を縛る。
「くっ……!」
動けない。
「ケン!」
ダミアンたちが、助けようとする。
だが――
アルカードの部下たちが、現れた。
黒装束の男たち、二十人以上。
「くそ、待ち伏せか!」
ロイドが、剣を構える。
「全員、戦闘態勢!」
激しい戦闘が、始まった。
ロイドとガレスが、黒装束たちと戦う。
クラリスが、魔法で援護する。
だが、敵は多い。
「くそ、きりがない!」
その間に、アルカードは俺を生命の核へと引きずっていく。
「やめろ!」
「無駄だ」
アルカードが、俺の手を核に触れさせる。
その瞬間――
膨大なエネルギーが、流れ込んできた。
「うわあああああ!」
体が、熱い。
燃えるように熱い。
情報が、頭の中に流れ込んでくる。
創造魔法の知識。
使い方。
すべてが、わかる。
「そうだ、受け入れろ!」
アルカードが、叫ぶ。
「お前の運命を!」
「やめろ……やめてくれ……!」
だが、止まらない。
力が、溢れてくる。
俺の体が、変わっていく。
(だめだ……このままじゃ……)
その時――
「ケン!」
ルナの声。
「目を覚まして!」
「ルナ……?」
「あなたは、あなた自身よ!」
ルナが、俺の手を握る。
「運命なんかに、負けないで!」
「ルナ……」
彼女の手が、温かい。
その温もりが、俺を現実に引き戻す。
「そうだ……俺は、俺だ……」
俺は、力を振り絞る。
「【イースト・リリース】!」
体内の魔力を、一気に解放する。
アルカードの影が、弾け飛ぶ。
「何!?」
「俺は……」
俺は、立ち上がる。
「俺の意志で、生きる!」
俺は、生命の核から手を離す。
そして――
核を、破壊しようとする。
「させるか!」
アルカードが、俺に向かってくる。
だが――
「【イースト・エクスプロージョン】!」
生命の核の表面で、発酵を爆発させる。
ドカン!
核に、ヒビが入る。
「やめろ! それを壊せば――」
「知ったことか!」
俺は、さらに魔法を放つ。
ヒビが、広がる。
そして――
パリン!
核が、砕けた。
「ああああああ!」
アルカードが、絶望の叫びを上げる。
核から、光が溢れ出す。
神殿全体が、揺れ始める。
「まずい、崩れる!」
ダミアンが、叫ぶ。
「逃げろ! 今すぐ!」
「みんな、こっちだ!」
ロイドが、出口へ向かう。
全員、必死で走る。
天井から、岩が落ちてくる。
壁が、崩れる。
「急げ!」
ギリギリで、出口から飛び出す。
そして――
ドガガガガ!
神殿が、完全に崩壊した。
砂漠の上。
俺たちは、崩れ落ちる神殿を見ていた。
「終わった……」
ダミアンが、呟く。
「ああ、終わった」
「アルカードは……?」
「おそらく、中に」
沈黙。
神殿の瓦礫から、煙が上がる。
「ケン、大丈夫?」
ルナが、心配そうに聞く。
「ああ……何とか」
「よかった……」
ルナが、安堵の息を吐く。
「本当に、よかった……」
「ルナ、ありがとう」
俺は、ルナを抱きしめた。
「君が、俺を救ってくれた」
「……えへへ」
ルナが、照れる。
「あたし、役に立てた?」
「ああ。すごく」
その夜、砂漠で野営した。
焚き火を囲んで、みんなで話す。
「ケン君、本当に大丈夫か?」
ダミアンが、心配そうに聞く。
「創造魔法の知識を、受け取ってしまったんだろう?」
「……はい」
「今でも、使える?」
「おそらく。だが――」
俺は、拳を握る。
「使いません」
「本当に?」
「ええ。約束します」
俺は、みんなを見回す。
「第二段階まで。それ以上は、使わない」
「……わかった」
ダミアンが、微笑む。
「信じるよ」
「ありがとうございます」
クラリスが、聞く。
「ねえ、アルテミスの末裔って、本当なの?」
「わかりません」
正直に答えた。
「でも、もしそうだとしても、関係ありません」
「関係ない?」
「ええ。俺は、俺です」
俺は、空を見上げる。
「過去がどうであれ、未来は自分で決める」
「……かっこいいこと言うじゃない」
クラリスが、笑う。
「気に入ったわ」
翌朝、サンドポートへの帰路についた。
ザイードが、先導してくれる。
「よくやったな、ケン」
「いえ、ザイードさんのおかげです」
「謙遜するな」
ザイードが、肩を叩く。
「お前は、本物の英雄だ」
「英雄なんて……」
「いいや、英雄だ」
ザイードが、真剣な顔で言う。
「世界を救った。それは、紛れもない事実だ」
「……ありがとうございます」
帰路は、往路よりも順調だった。
水も十分あり、天候も穏やか。
一週間で、サンドポートに到着した。
港町に戻ると、トーマス船長が迎えてくれた。
「無事だったか!」
「ええ、何とか」
「よかった。心配したぞ」
トーマスが、握手してくる。
「船は、いつでも出航できる」
「ありがとうございます」
その夜、宿で休息を取る。
久しぶりの、柔らかいベッド。
「ああ、生き返る……」
ルナが、幸せそうに言う。
「砂漠は、もう嫌」
「同感だ」
ガレスも、笑う。
「だが、いい経験だった」
「ええ」
ダミアンが、地図を広げる。
「さあ、次はどうする?」
「次……?」
「ああ。黄昏の神殿は破壊した。だが、黄昏の会は滅んでいない」
ダミアンの目が、険しい。
「アルカードは死んだかもしれない。だが、組織は残っている」
「……そうですね」
「それに、まだ謎がある」
ミレーユが、ノートを開く。
「黄昏の会の真の目的。なぜ、彼らは創造魔法にこだわるのか」
「単なる権力欲じゃないのか?」
「それだけじゃない気がする」
ミレーユが、真剣な顔で言う。
「もっと深い理由がある。私には、そう思える」
「……」
「だが、今は考えるのをやめよう」
ダミアンが、立ち上がる。
「まずは、王国に帰る。そして、報告だ」
「はい」
三日後、船で王国へ向かった。
西の大陸に、別れを告げる。
「また、来るかもな」
ザイードが、港で手を振る。
「その時は、歓迎するぞ」
「ありがとう、ザイード」
「いや、こちらこそ」
ザイードが、微笑む。
「いい旅だった」
船が、港を離れる。
西の大陸が、遠ざかっていく。
「さらば、砂漠……」
帰路は、往路よりも早かった。
風に恵まれ、二ヶ月で王国の港に到着した。
「ついに、帰ってきた……」
懐かしい景色。
懐かしい空気。
「ああ、帰ってきた」
港に降りると――
「ケン!」
聞き覚えのある声。
振り返ると――
「リーゼ!」
リーゼが、走ってきた。
「ケン! 無事だったのね!」
「ああ!」
俺は、リーゼを抱きしめた。
「ただいま」
「おかえり……」
リーゼが、泣いている。
「心配した……本当に、心配した……」
「ごめん。でも、約束通り帰ってきた」
「うん……」
エミリアも、駆けてくる。
「ケンさん!」
「エミリア!」
「お帰りなさい!」
グスタフも、笑顔で迎えてくれる。
「よく帰ってきたな」
「ただいま、グスタフさん」
「どうだった、旅は?」
「長い話になります」
「なら、村でゆっくり聞かせてくれ」
「はい」
ベルガルド村に帰ると、村人たちが歓迎してくれた。
「ケン君、お帰り!」
「無事でよかった!」
祝宴が、開かれた。
久しぶりの、村の料理。
久しぶりの、笑顔。
「ああ、帰ってきたんだ……」
心から、そう思った。
長い旅だった。
でも、終わった。
いや――
まだ、終わっていない。
黄昏の会は、まだ存在する。
だが、今は――
この幸せな時間を、楽しもう。




