第二十六話「死の砂漠、そしてサンドワームの脅威」
オアシスを出て、五日目。
砂漠の中心部に入った。
「暑い……」
気温は、体感で五十度を超えている。
呼吸するたびに、熱い空気が肺に入る。
「水を飲め。少しずつでいい」
ザイードの指示。
だが、水は限られている。
あと三日分しかない。
「大丈夫か、ルナ」
「うん……何とか……」
ルナの顔が、真っ赤だ。
「クラリス、冷却魔法を」
「わかったわ。【クールエア】」
冷たい空気が、ルナを包む。
「はあ……助かる……」
「でも、魔力の消費が激しい」
クラリスが、額の汗を拭う。
「全員には、使えない」
「交代で使おう」
ダミアンが、提案する。
「一人ずつ、順番に」
「わかりました」
砂漠は、容赦なく体力を奪う。
一歩一歩が、重い。
「まだか……神殿は……」
「あと三日だ」
ザイードが、地図を確認する。
「耐えろ」
その日の午後。
ザイードが、突然立ち止まった。
「待て」
「どうした?」
「……来る」
ザイードの顔が、緊張する。
「サンドワームだ」
「!」
「全員、ラクダから降りろ。今すぐだ」
慌てて、ラクダから降りる。
「どこだ? どこにいる?」
ロイドが、剣を抜く。
「わからない。砂の中だ」
ザイードが、砂に耳を当てる。
「……南から来る」
その瞬間――
砂が、爆発した。
巨大な何かが、飛び出してくる。
「うわあああ!」
それは――
巨大な芋虫のような生物。
体長、十メートル以上。
口には、無数の牙。
「サンドワーム!」
「逃げろ! 散開しろ!」
ザイードの叫び。
全員、バラバラに走る。
サンドワームが、地面に叩きつけられる。
ドシン!
砂が、舞い上がる。
「くそ、でかい……!」
ガレスが、斧を構える。
「やるしかねえ!」
「待て、ガレス!」
ザイードが、止める。
「戦うな! 奴の皮膚は、鋼鉄より硬い!」
「じゃあ、どうする!?」
「走れ! とにかく走れ!」
だが――
サンドワームは、素早い。
再び砂に潜り――
別の場所から飛び出す。
「ルナ、危ない!」
サンドワームが、ルナに向かう。
俺は、ルナを突き飛ばす。
「きゃっ!」
サンドワームの牙が、俺のすぐ横を通過する。
「ケン!」
「大丈夫!」
だが、サンドワームは諦めない。
また砂に潜る。
「くそ、このままじゃ……」
その時、俺の頭に閃きが走った。
「待てよ……奴は、砂の中にいる」
「砂の中……」
「なら!」
俺は、地面に手を当てる。
「【イースト・グロース】!」
砂の中に、発酵魔法を放つ。
だが、対象は作物ではない。
微生物だ。
砂の中の微生物を、急速に増殖させる。
「何をしてる!?」
ダミアンが、叫ぶ。
「砂を、変える!」
微生物が増殖すると、砂の性質が変わる。
粘性が増し、固まりやすくなる。
まるで、湿った砂のように。
「【イースト・バインド】!」
さらに、粘着性を高める。
すると――
砂の中で、サンドワームの動きが鈍くなった。
「効いてる……!」
「今だ! 攻撃しろ!」
ロイドが、剣を振りかざす。
サンドワームが、砂から頭を出す。
動きが、明らかに遅い。
「【アイスランス】!」
クラリスの氷の槍が、サンドワームに突き刺さる。
だが――
弾かれる。
「やっぱり、硬い……!」
「口の中だ!」
ザイードが、叫ぶ。
「口の中は柔らかい!」
「わかった!」
ガレスが、斧を投げる。
サンドワームの口に――
命中。
「ギャアアアア!」
サンドワームが、悲鳴を上げる。
そして――
砂の中に逃げていった。
「……行ったか?」
「ああ。もう来ないだろう」
ザイードが、安堵の息を吐く。
「よくやった、ケン」
「いえ……」
「お前の魔法がなければ、全滅してた」
ダミアンが、肩を叩く。
「ナイスだ」
その夜、野営地で。
「ケン、さっきの魔法、すごかったね」
ルナが、目を輝かせる。
「砂を変えるなんて、思いつかなかった」
「たまたま、閃いただけだよ」
「でも、助かった」
ルナが、微笑む。
「ありがとう。命を救ってくれて」
「当然のことだ」
その時、ザイードが近づいてきた。
「ケン、少しいいか」
「はい」
「お前の魔法、面白いな」
ザイードが、座る。
「生命を操る魔法……初めて見た」
「そうですか」
「ああ。砂漠では、そんな魔法は珍しい」
ザイードの目が、真剣だ。
「だが、注意しろ」
「注意?」
「その力、使いすぎるな」
「……どうして、そう思うんですか?」
「直感だ」
ザイードが、空を見上げる。
「強すぎる力は、必ず代償を求める」
「代償……」
「ああ。俺の父も、強力な魔法使いだった」
ザイードの声が、低くなる。
「だが、その力を使いすぎて、若くして死んだ」
「……」
「お前も、気をつけろ」
ザイードが、立ち上がる。
「大切なものを、失う前に」
そう言って、ザイードは去っていった。
六日目。
さらに過酷な一日だった。
気温は、さらに上昇。
水も、残り少ない。
「あと一日分しかない……」
ミレーユが、不安そうに言う。
「大丈夫だ。明日の夕方には、オアシスに着く」
ザイードが、断言する。
「信じろ」
「……はい」
だが、その日の午後。
ダミアンが、倒れた。
「ダミアンさん!」
「すまん……少し、めまいが……」
「熱射病だわ」
クラリスが、診察する。
「体温が、危険なレベルまで上がってる」
「どうすれば……」
「冷やすしかない。だが、水が……」
「俺の分を使ってくれ」
ロイドが、水筒を差し出す。
「いや、それは……」
「構わん。俺は、まだ大丈夫だ」
ロイドの目が、真剣だ。
「ダミアン殿下を、見殺しにはできない」
「……ありがとう」
クラリスが、ダミアンを冷やす。
しばらくして、ダミアンが目を覚ました。
「すまない……心配をかけた……」
「無理しないでください」
「ああ……」
だが、これで水はさらに減った。
本当に、明日オアシスに着けるのか――
七日目。
朝から、不吉な予感があった。
「おかしい……」
ザイードが、眉をひそめる。
「何がですか?」
「砂の色だ」
確かに、砂の色が変わっている。
黄色から、赤茶色に。
「これは……」
「砂嵐の前兆だ」
ザイードの顔が、険しくなる。
「まずい。大きな砂嵐が来る」
「どれくらいで?」
「数時間以内だ」
「オアシスまでは!?」
「あと六時間……」
ザイードが、歯ぎしりする。
「間に合わない」
「どうする?」
「とにかく急ぐ。全速力だ」
ラクダを走らせる。
だが、砂漠でのラクダの速度には限界がある。
そして――
午後三時。
遠くに、黒い壁が見えた。
「来た……」
ザイードが、絶望的な顔をする。
「砂嵐だ」
巨大な砂の壁が、猛スピードで近づいてくる。
「全員、ラクダを盾にしろ!」
「テントは!?」
「張る時間がない! 伏せろ!」
全員、ラクダの陰に隠れる。
そして――
砂嵐が、襲ってきた。
轟音。
視界ゼロ。
呼吸困難。
「耐えろ……! 耐えるんだ……!」
ザイードの声が、かすかに聞こえる。
だが、砂が容赦なく襲いかかる。
顔を覆っても、砂が入ってくる。
目が、痛い。
喉が、痛い。
(このままじゃ……死ぬ……!)
その時――
ルナの声が聞こえた。
「ケン……魔法を……」
「魔法……?」
「砂を……固めて……壁を……」
そうか!
俺は、必死で魔法を唱える。
「【イースト・ウォール】!」
周囲の砂に、発酵魔法をかける。
微生物を増殖させ、砂を固める。
すると――
砂の壁ができた。
簡易的だが、砂嵐を防いでいる。
「すごい……!」
「みんな、この壁の内側に!」
全員、壁の内側に避難する。
砂嵐は、まだ続いている。
だが、壁のおかげで、直撃は避けられる。
「持ちこたえろ……!」
俺は、必死で魔法を維持する。
魔力が、急速に減っていく。
体が、悲鳴を上げる。
(まだだ……まだ、諦めない……!)
一時間。
二時間。
砂嵐は、容赦なく続く。
俺の意識が、朦朧としてくる。
「ケン、無理しないで!」
ルナの声。
「大丈夫……まだ……やれる……」
だが、限界が近い。
視界が、暗くなる。
(リーゼ……エミリア……)
村のみんなの顔が、浮かぶ。
(俺は……帰らなきゃ……)
その時――
砂嵐が、止んだ。
「……終わった?」
恐る恐る、顔を上げる。
空が、見える。
青い空。
「終わった……!」
「やったぞ、ケン!」
ガレスが、俺を抱きしめる。
「お前のおかげだ!」
「いや……みんなで……」
だが、次の瞬間――
俺の意識は、途切れた。
目が覚めると、天井が見えた。
いや、天井ではない。
テントの布だ。
「……ここは?」
「目が覚めたか」
ザイードの声。
「オアシスだ。何とか、辿り着いた」
「オアシス……」
「ああ。お前が倒れた後、俺たちが運んだ」
ザイードが、水を持ってくる。
「飲め。脱水症状を起こしてる」
「……ありがとう」
水を飲む。
冷たくて、美味しい。
「お前、すごいな」
ザイードが、微笑む。
「あの砂嵐を、魔法で防ぐなんて」
「いえ……ルナのアドバイスがあったから……」
「謙遜するな」
ザイードが、肩を叩く。
「お前は、英雄だ」
その夜、オアシスで祝宴が開かれた。
「乾杯!」
「乾杯!」
砂嵐を乗り越えたことを祝って。
そして、生きていることを祝って。
「ケン、ありがとう」
ダミアンが、握手を求めてくる。
「君がいなかったら、俺たちは死んでいた」
「いえ、みんなのおかげです」
「それでも、だ」
ダミアンが、真剣な顔で言う。
「君の力が、俺たちを救った」
「……」
「これからも、頼むぞ」
「はい」
ルナが、隣に座る。
「ケン、大丈夫?」
「ああ、もう元気だよ」
「よかった……」
ルナが、安心したように微笑む。
「あのね、予知で見たの」
「何を?」
「あなたは、もっと強くなる」
ルナの目が、輝く。
「そして、世界を救う」
「世界を……救う?」
「うん。そういう未来が見えた」
ルナが、俺の手を握る。
「だから、諦めないでね」
「……ああ」
翌朝、出発の準備をしていると――
ザイードが、興奮した様子で戻ってきた。
「見つけた!」
「何をですか?」
「黄昏の神殿だ!」
ザイードが、砂丘の向こうを指差す。
「あそこに、見える」
全員、砂丘を登る。
そして――
目の前に、巨大な遺跡が現れた。
「あれが……」
黒い石で作られた、巨大な神殿。
砂に半分埋もれているが、その威容は圧倒的だ。
「黄昏の神殿……」
ダミアンが、息を呑む。
「ついに、見つけた」
「ああ」
俺たちは、神殿に向かって歩き始めた。
長い旅の、終わりが見えてきた。
だが、同時に――
新たな戦いの、始まりでもあった。
神殿の入口に着くと、巨大な扉があった。
古代文字が、刻まれている。
「何て書いてあるんですか?」
「えっと……」
ミレーユが、文字を読む。
「『創造の力を求める者よ。汝の覚悟を問う』」
「覚悟……」
「『この扉を開けば、汝の運命は変わる。それでも、進むか』」
沈黙。
全員が、扉を見つめる。
「どうする?」
ロイドが、聞く。
「引き返すなら、今だ」
「いや」
ダミアンが、断言する。
「進む。ここまで来たんだ」
「俺も、賛成だ」
ガレスが、頷く。
「あたしも」
クラリス、ミレーユも同意する。
「ケン君は?」
ダミアンが、俺を見る。
「行きます」
俺は、拳を握った。
「リーゼとの約束があります。必ず、帰らなきゃいけない」
「そのためには、黄昏の会を止める必要がある」
「ええ」
「……わかった」
ダミアンが、扉に手をかける。
「では、行こう」
全員で、扉を押す。
ギギギ……
重い音を立てて、扉が開く。
中は――
暗闇。
だが、怯まない。
俺たちは、神殿の中へ――
足を踏み入れた。




