第二十五話「西の大陸上陸、新天地の試練」
蛇の島を出てから、三週間。
ついに、その日が来た。
「陸地だ!」
見張りの船員が、叫ぶ。
「前方に、大陸が見える!」
「本当か!?」
全員、甲板に出る。
地平線の向こうに――
陸地の影が見える。
「あれが、西の大陸……」
俺は、息を呑んだ。
「長かったな……」
ダミアンが、感慨深げに呟く。
「三ヶ月の航海。よく頑張った」
「これから、本番ですね」
「ああ」
船は、ゆっくりと大陸に近づいていく。
やがて、港町が見えてきた。
「あれが、『オアシスの港』――サンドポートだ」
トーマスが、説明する。
「西の大陸で最大の港町だ」
「大きいですね……」
確かに、大きな町だ。
だが、王都とは雰囲気が全く違う。
建物は、白い石造り。
屋根は、平らで青いタイル。
人々の服装も、軽装で色鮮やかだ。
「暑そうだな……」
ガレスが、汗を拭う。
「この大陸は、砂漠が多い。気温も高い」
ミレーユが、説明する。
「覚悟しておいた方がいい」
午後、サンドポートに入港した。
「ようやく、陸地だ……」
ルナが、安堵の息を吐く。
「長い船旅だったね」
「ああ。だが、お疲れ様」
港は、活気に満ちていた。
様々な国の船が停泊し、商人たちが荷物を運んでいる。
言葉も、服装も、みんな違う。
「国際的な港なんだな」
「ええ。ここは、東西の交易の中継地点です」
ダミアンが、説明する。
「だから、様々な文化が混ざり合っている」
上陸すると、すぐに税関の役人がやってきた。
褐色の肌に、白いターバン。
「ようこそ、サンドポートへ」
役人が、流暢な共通語で言う。
「入港税をお支払いください」
「いくらだ?」
「銀貨十枚です」
「わかった」
ダミアンが、支払う。
「それと、滞在目的は?」
「観光と、学術調査だ」
「学術調査……?」
役人が、疑わしそうに見る。
「古代遺跡の調査です」
ミレーユが、書類を見せる。
「王立学術院の許可証があります」
「なるほど……」
役人が、書類を確認する。
「わかりました。一ヶ月の滞在を許可します」
「ありがとう」
役人が去った後、ダミアンが言った。
「さあ、宿を探そう」
町を歩くと、すぐに文化の違いを感じた。
建物は、風通しを重視した作り。
窓が大きく、中庭がある。
噴水が、あちこちにある。
「水が、豊富なんだな」
「ええ。この町は、地下水脈の上に建っています」
ミレーユが、説明する。
市場を通ると、見たこともない食材が並んでいる。
色鮮やかなスパイス。
奇妙な形の果物。
乾燥した肉。
「これ、何ですか?」
ルナが、店主に聞く。
「ああ、それはデーツだよ。甘くて美味しいよ」
店主が、一つ試食させてくれる。
「わあ、本当に甘い!」
「気に入った? 安くしとくよ」
「じゃあ、ください」
ルナが、デーツを買う。
俺たちも、いくつか食材を買った。
パン作りに使えそうなものを。
「この香辛料、面白いな」
サフラン、カルダモン、シナモン。
王国では見たことのない種類だ。
「これを使えば、新しいパンが作れるかも」
宿は、『砂漠の星亭』という中規模の宿だった。
「いらっしゃいませ」
宿の主人が、笑顔で迎える。
中年の女性。ふくよかで、優しそうだ。
「部屋は、いくつ必要ですか?」
「四部屋、お願いします」
「かしこまりました」
部屋は、清潔で快適だった。
ベッドも、柔らかい。
「ここなら、ゆっくり休めそうだ」
荷物を置いて、休憩する。
久しぶりの陸地。
体が、まだ揺れている気がする。
「船酔い、まだ残ってるかな……」
ベッドに横になると、すぐに眠ってしまった。
目が覚めたのは、夕方だった。
ノックの音。
「ケン君、起きてるか?」
ダミアンの声。
「はい、今」
ドアを開けると、ダミアンと他のメンバーがいた。
「夕食を取りに行こう。この町の料理を味わいたい」
「いいですね」
全員で、町の食堂へ。
『黄金のラクダ亭』という店。
中に入ると、異国情緒あふれる内装。
カラフルなクッション、ランプ、絨毯。
「いい雰囲気ですね」
「ああ」
席に着くと、店員が料理を運んできた。
羊肉のケバブ。
クスクス。
野菜のタジン。
そして、平たいパン。
「これは……」
パンを一口。
モチモチして、香ばしい。
「美味しい……」
「気に入った?」
店員が、笑う。
「これは、ピタパンって言うんだ」
「ピタパン……」
俺は、このパンに興味を持った。
発酵の仕方が、王国のパンと違う。
「作り方を、教えてもらえますか?」
「もちろん。明日、厨房に来なよ」
「ありがとうございます!」
食事の後、ダミアンが真剣な顔で言った。
「明日から、本格的に準備を始める」
「準備……?」
「ああ。死の砂漠へ向かうための」
ダミアンが、地図を広げる。
「サンドポートから砂漠まで、徒歩で五日」
地図には、険しい道が示されている。
「そして、砂漠を横断するのに、十日から二週間」
「それは……大変ですね」
「ああ。水、食料、装備。すべて揃えなければならない」
ミレーユが、リストを作り始める。
「水は、一人一日三リットル必要」
「食料は、乾燥したものを」
「テント、寝袋、調理器具……」
どんどんリストが増えていく。
「それと、ガイドが必要だ」
ロイドが、言う。
「砂漠を知らない者だけでは、危険すぎる」
「ガイド……どこで見つけられますか?」
「冒険者ギルドだ」
ダミアンが、立ち上がる。
「明日、行ってみよう」
翌朝。
俺たちは、サンドポートの冒険者ギルドへ向かった。
大きな建物。
中に入ると、荒くれ者たちが集まっていた。
冒険者、傭兵、商人。
みんな、危険な仕事をする者たちだ。
「受付は、あそこか」
カウンターに向かう。
受付の女性が、笑顔で迎える。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
「砂漠のガイドを探しています」
「砂漠ですか……」
受付の女性が、眉をひそめる。
「最近、砂漠は危険ですよ」
「危険?」
「ええ。盗賊団が増えているんです」
女性が、声を低くする。
「それに、黒装束の集団も見かけるとか」
「黒装束……」
黄昏の会か。
「それでも、行くんですか?」
「ええ」
「わかりました。では――」
女性が、掲示板を指差す。
「あそこに、ガイドの募集が貼ってあります」
「ありがとう」
掲示板を見ると、いくつかの張り紙がある。
「砂漠ガイド、一日銀貨五枚」
「熟練の案内人、安全保証」
どれも怪しい。
「どれがいいか、わからないな……」
その時、後ろから声がかかった。
「砂漠のガイドを探してるのか?」
振り返ると――
二十代後半くらいの男が立っていた。
褐色の肌。黒い髪。鋭い目。
砂漠民族の服装。
「ああ、そうだ」
「なら、俺に任せな」
男が、不敵に笑う。
「この砂漠で、俺の右に出る者はいない」
「本当か?」
「ああ。俺の名は、ザイード」
ザイードが、胸を叩く。
「砂漠の民、ベドウィン族の戦士だ」
「ベドウィン族……」
「ああ。代々、砂漠で生きてきた」
ザイードの目が、真剣だ。
「水の在り処も、危険な場所も、全て知ってる」
「……信用できるのか?」
「信用は、実績で示す」
ザイードが、腰のベルトを見せる。
そこには、いくつものメダルが付いている。
「これは、ギルドの証だ。百回以上、砂漠を案内した証」
「百回……」
「ああ。一度も、依頼人を死なせたことがない」
ザイードが、自信たっぷりに言う。
「どうだ? 雇わないか?」
ダミアンが、俺を見る。
「どう思う、ケン君?」
「……雇いましょう」
俺は、ザイードの目を見た。
嘘をついている感じがしない。
「よし、決まりだ」
ザイードが、握手を求めてくる。
「いい選択だ。後悔させない」
「報酬は?」
「一日、銀貨十枚。それと、危険手当」
「わかった」
ダミアンが、契約する。
「では、明日から準備を始めよう」
「了解」
その日から、砂漠への準備が始まった。
ザイードの指示で、装備を揃える。
「まず、服だ」
ザイードが、砂漠用の服を見せる。
軽くて、通気性がいい白い布。
「砂漠では、白い服が基本だ。熱を反射する」
「なるほど」
「それと、これ」
ザイードが、ターバンを渡す。
「頭と顔を覆う。砂嵐から守るためだ」
「わかりました」
次に、水筒。
大きくて、丈夫な革製。
「水は、命だ。絶対に無駄にするな」
ザイードの目が、厳しい。
「一滴でも、大切にしろ」
「はい」
さらに、ラクダを手配する。
「徒歩では、砂漠は越えられない」
ザイードが、七頭のラクダを連れてくる。
「これが、お前たちの相棒だ」
「ラクダ……初めて、近くで見ます」
ルナが、恐る恐るラクダに触る。
「大人しいですね」
「ああ。よく訓練されてる」
ザイードが、ラクダの頭を撫でる。
「こいつらは、俺の家族が育てたんだ」
「家族……?」
「ああ。俺の村は、ラクダの飼育で有名なんだ」
ザイードの目が、優しくなる。
「いつか、お前たちも村に来るといい」
「ぜひ」
準備が整ったのは、三日後。
出発の朝。
宿の主人が、見送ってくれた。
「気をつけてね」
「ありがとうございます」
「砂漠は、容赦ないわ。でも――」
主人が、微笑む。
「あなたたちなら、大丈夫」
「……ありがとうございます」
町を出る。
ザイードが、先頭を歩く。
「さあ、行くぞ」
ラクダに乗り、砂漠へ向かう。
最初は、草原だった。
だが、徐々に草が減っていく。
土が、砂に変わっていく。
「ここから、砂漠だ」
ザイードが、立ち止まる。
目の前には――
果てしない砂の海。
「すごい……」
見渡す限り、砂。
波打つ砂丘。
灼熱の太陽。
「美しいな……」
「ああ。だが、美しいだけじゃない」
ザイードが、真剣な顔で言う。
「この砂漠は、命を奪う」
「……」
「油断するな。常に警戒しろ」
ザイードが、ラクダを進める。
「行くぞ」
砂漠への旅が、始まった。
初日は、順調だった。
気温は高いが、まだ耐えられる。
ザイードのペース配分が、完璧だ。
「一時間歩いたら、十分休憩」
「水を飲み、体力を回復させる」
その繰り返し。
夕方、最初の野営地に到着した。
「ここで、夜を明かす」
ザイードが、テントを張る場所を指示する。
「砂丘の陰。風が弱い」
「わかりました」
全員で、テントを張る。
そして、夕食の準備。
「砂漠では、火が貴重だ」
ザイードが、説明する。
「薪がないからな。乾燥した動物の糞を使う」
「糞……」
「驚くな。これが、砂漠の常識だ」
火が起こると、簡単な料理を作る。
乾燥した肉と野菜のスープ。
そして、ピタパン。
「美味い……」
温かい食事が、体に染みる。
夜。
砂漠の空は、信じられないほど美しかった。
無数の星。
天の川。
流れ星。
「綺麗だな……」
「ああ。砂漠の夜空は、特別だ」
ザイードが、隣に座る。
「俺は、子供の頃からこの空を見てきた」
「いい思い出ですか?」
「ああ。父親と、よく星を見たもんだ」
ザイードの目が、遠くを見る。
「父親は、もういない。砂嵐で、死んだ」
「……すみません」
「謝るな。砂漠で生きる者の宿命だ」
ザイードが、立ち上がる。
「さあ、寝ろ。明日も、長い一日だ」
二日目。
気温が、さらに上がった。
「暑い……」
ルナが、汗を拭う。
「大丈夫か?」
「うん……何とか」
「水を飲め。脱水症状になるぞ」
ザイードが、水筒を渡す。
砂漠の太陽は、容赦ない。
じりじりと、体を焼く。
「これが、あと八日も続くのか……」
途中、砂嵐に遭遇した。
「伏せろ! 顔を覆え!」
ザイードの指示。
全員、ラクダの陰に隠れる。
砂が、激しく吹き付ける。
呼吸が、苦しい。
「耐えろ! すぐに過ぎる!」
十分ほどで、砂嵐は去った。
「はあ、はあ……」
「みんな、無事か?」
「ああ……何とか……」
砂まみれになりながら、立ち上がる。
「これが、砂漠か……」
厳しい。
想像以上に。
三日目。
ついに、最初の試練が訪れた。
「待て」
ザイードが、立ち止まる。
「何かいる」
「何が……?」
「盗賊だ」
ザイードの目が、鋭くなる。
「囲まれてる」
砂丘の陰から――
十数人の男たちが現れた。
武装した、盗賊団。
「よお、旅の人」
リーダーらしき男が、笑う。
「通行料を、払ってもらおうか」
「通行料だと?」
ロイドが、剣を抜く。
「盗賊風情が、何を言う」
「おいおい、物騒だな」
リーダーが、手を上げる。
「俺たちは、商売してるだけだ」
「商売……?」
「ああ。この砂漠を通るなら、金を払え。さもなくば――」
リーダーの目が、光る。
「命をもらう」
緊張が、走る。
戦闘は、避けられない――
その時。
「待て」
ザイードが、前に出た。
「お前たち、ジャバルの一味か?」
「……!」
リーダーの顔が、変わる。
「お前、ザイードか!?」
「ああ」
「なんで、お前がこんなところに……」
「仕事だ」
ザイードが、盗賊たちを睨む。
「この人たちは、俺の客だ。手を出すな」
「だが、ザイード――」
「ジャバルは、俺の命の恩人だ」
ザイードの声が、低くなる。
「その恩義に免じて、見逃せ」
盗賊たちが、顔を見合わせる。
「……わかった」
リーダーが、引き下がる。
「今回だけだ。次はないぞ」
「ああ」
盗賊たちは、去っていった。
その夜、俺はザイードに聞いた。
「ジャバルって、誰ですか?」
「盗賊団の頭目だ」
ザイードが、火を見つめる。
「昔、俺が砂漠で遭難した時、助けてくれた」
「盗賊に……?」
「ああ。意外だろう」
ザイードが、苦笑する。
「でも、奴は義理堅い。一度恩を受けたら、決して裏切らない」
「そうなんですか……」
「砂漠は、複雑だ」
ザイードが、空を見上げる。
「善人も悪人も、みんな必死に生きてる」
「……」
「だから、簡単に判断するな」
ザイードが、俺を見た。
「お前の旅も、きっと同じだ」
「同じ……?」
「ああ。善悪は、そう単純じゃない」
ザイードの言葉が、胸に響く。
黄昏の会も、もしかしたら――
いや、今は考えるのをやめよう。
四日目。
オアシスに到着した。
「やっと……水だ……」
ルナが、喜ぶ。
小さな泉。
周りには、ヤシの木。
「ここで、水を補給する」
ザイードが、水筒を満たす。
「明日からが、本番だ」
「本番……?」
「ああ。ここから先は、死の砂漠の中心部」
ザイードの表情が、険しい。
「最も危険な場所だ」
「何が危険なんですか?」
「まず、気温。日中は五十度を超える」
「五十度!?」
「ああ。それと、サソリや毒蛇」
ザイードが、続ける。
「そして――魔物だ」
「魔物……」
「ああ。砂の魔物。サンドワームって呼ばれてる」
ザイードの目が、真剣だ。
「奴らは、砂の中を泳ぐ。そして、突然現れて襲いかかる」
「どうやって、戦えば……」
「逃げろ」
ザイードが、断言する。
「戦うな。勝てない」
「……わかりました」
オアシスで一晩休み、翌朝出発する。
いよいよ、死の砂漠の中心部へ――




