第二十三話「霧の島の謎、そして出会い」
温かい。
柔らかい布団の感触。
ゆっくりと、目を開ける。
「……ここは?」
見慣れない天井。
木造の小屋のようだ。
「目が覚めたのね」
声がして、顔を向ける。
そこには――
十五、六歳くらいの少女が座っていた。
銀色の髪。碧眼。
透き通るような白い肌。
「あなた、三日も眠ってたのよ」
「三日……!?」
体を起こそうとして――
激痛。
「動かないで。まだ体が回復してない」
少女が、俺を寝かせる。
「あなた、すごい魔法使いなのね」
「すごくは……ない」
「嘘。島全体を蘇らせるなんて、普通じゃできない」
少女が、微笑む。
「あたしの名前は、ルナ。この島に住んでる」
「ルナ……俺は、ケン・サトウ」
「知ってる。ダミアンさんから聞いた」
ルナが、水を持ってきてくれる。
「飲んで。喉、渇いてるでしょ」
「ありがとう」
水を飲む。
冷たくて、美味しい。
「ダミアンさんたちは?」
「みんな無事。村の人たちと、復興作業を手伝ってる」
「そうか……よかった」
「あなたのおかげで、島は救われた」
ルナの目が、潤む。
「本当に、ありがとう」
「いや、当然のことをしただけだ」
「当然なんかじゃない」
ルナが、首を振る。
「この三年間、誰も助けてくれなかった。王国に助けを求めても、無視された」
「無視……?」
「ええ。この島は小さくて、戦略的価値がないから」
ルナの声が、悲しげだ。
「見捨てられたの。あたしたちは」
「……」
「でも、あなたは違った」
ルナが、俺の手を握る。
「見返りも求めず、命を賭けて助けてくれた」
「そんな大げさな……」
「大げさじゃない」
ルナが、真剣な顔で言う。
「あなたは、英雄よ」
その日の午後。
ようやく体が動くようになり、外に出た。
「ケン君!」
ダミアンが、駆け寄ってくる。
「大丈夫か!?」
「はい、もう大丈夫です」
「無茶しすぎだ」
ダミアンが、呆れた顔をする。
「クラリスが言ってたぞ。あと少しで死んでたって」
「すみません……」
「謝るな。お前のおかげで、島は救われた」
ダミアンが、周囲を見渡す。
畑には、青々とした作物が育っている。
村人たちが、笑顔で働いている。
「見ろ。みんな、生き返ったようだ」
「よかった……」
「ただし、問題がある」
ダミアンの表情が、険しくなる。
「この島が呪われた原因だ」
「原因……?」
「ああ。調査した結果、人為的なものだとわかった」
ダミアンが、小さな黒い石を取り出す。
「これを見てくれ」
「これは……?」
「魔力吸収石だ。畑の地下に、大量に埋められていた」
「誰が……?」
「三年前、この島に黒い船が来たそうだ」
ダミアンの目が、鋭くなる。
「黒装束の男たちが、夜中に畑を掘り返していたという目撃情報がある」
「黄昏の会……」
「おそらくな」
「でも、なぜこんなことを?」
「実験だろう」
ミレーユが、近づいてくる。
「魔力吸収石の効果を、試していたんだ」
「実験……そのために、島の人々を……」
怒りが、込み上げる。
「許せない……」
「ああ。だが、これで一つわかった」
ダミアンが、地図を広げる。
「黄昏の会は、各地で実験を繰り返している」
地図に、いくつもの印がつけられている。
「これらは全て、原因不明の不作が報告された場所だ」
「こんなにたくさん……」
「ああ。黄昏の会の活動範囲は、思っていたより広い」
ダミアンが、真剣な顔で言う。
「一刻も早く、黄昏の神殿を見つけなければならない」
夕方。
村の広場で、宴会が開かれた。
島民たちが、俺たちを歓迎してくれる。
「ケン様、どうぞ!」
老人が、魚料理を差し出す。
「ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそ」
老人が、涙を流す。
「本当に、ありがとう。命の恩人だ」
「喜んでもらえて、嬉しいです」
食事を楽しんでいると、ルナが隣に座った。
「ケン、少しいい?」
「うん」
「あのね、お願いがあるの」
ルナが、真剣な顔になる。
「あたしを、連れて行って」
「え?」
「西の大陸への旅。あたしも、一緒に行きたい」
「でも、危険だぞ」
「わかってる。でも――」
ルナが、拳を握る。
「あたし、この島にいても何もできない」
「何もできないって……」
「あたし、特別な力を持ってるの」
ルナが、手を開く。
すると、手のひらに小さな光が浮かんだ。
「これは……?」
「予知の力」
「予知……?」
「ええ。未来が、少しだけ見える」
ルナの目が、真剣だ。
「そして、あたしには見えた。あなたたちの未来が」
「俺たちの……?」
「ええ。あなたたちは、大きな危険に遭遇する」
ルナの声が、震える。
「でも、あたしがいれば、助けられる。そう、感じるの」
「……」
「だから、お願い。連れて行って」
ルナの目には、強い決意が宿っていた。
「ダミアンさんに、相談してみる」
「本当?」
「ああ。でも、決めるのはダミアンさんだ」
「わかった。ありがとう」
その夜。
ダミアンに、ルナの願いを伝えた。
「予知の力……か」
ダミアンが、腕を組む。
「確かに、役に立つかもしれない」
「でも、危険です」
「ああ。だが――」
ダミアンが、窓の外を見る。
「あの子の目を見たか?」
「はい」
「強い意志が、宿っていた」
ダミアンが、微笑む。
「あれは、止められない。無理に止めても、勝手についてくるだろう」
「……そうかもしれません」
「なら、正式に仲間にした方がいい」
ダミアンが、決断する。
「よし。ルナを、探検隊に加えよう」
「本当ですか!?」
「ああ。ただし、条件がある」
「条件?」
「戦闘訓練を受けること。ロイドに師事してもらう」
「わかりました」
翌朝、ルナにそのことを伝えた。
「本当!?」
ルナの顔が、輝く。
「やった! ありがとう、ケン!」
「でも、訓練は厳しいぞ」
「平気。何でもやる」
ルナが、拳を握る。
「絶対、足を引っ張らない」
「頼もしいな」
その日から、ルナの訓練が始まった。
「構えろ!」
ロイドの厳しい声。
ルナが、木剣を構える。
「その構え、なってない! もっと腰を落とせ!」
「はい!」
「遅い! もう一度!」
ロイドの指導は、容赦ない。
だが、ルナは弱音を吐かない。
「すごいな、あの子」
ガレスが、感心する。
「普通の女の子なら、泣いて逃げ出すぞ」
「ルナは、強い」
「ああ」
訓練を見守りながら、俺も考える。
予知の力。
それは、どれほど正確なのか。
そして、俺たちの未来に何が待っているのか――
一週間後。
船の修理が完了した。
「これで、航海を再開できる」
トーマスが、満足げに頷く。
「マストも新しくなったし、帆も張り替えた」
「食料も、十分に積み込んだ」
ミレーユが、確認する。
「島民たちが、たくさん分けてくれた」
「ありがたいな」
出発の日。
島民たちが、港に集まった。
「ケン様、本当にありがとうございました」
老人が、深く頭を下げる。
「いえ、当然のことを」
「我々は、あなたを忘れません」
「また、いつか戻ってきます」
「待ってます」
ルナも、島民たちに別れを告げる。
「みんな、元気でね」
「ルナ、無理するなよ」
「気をつけてな」
涙ながらの別れ。
だが、ルナの表情は明るい。
「行こう、ケン」
「ああ」
船に乗り込む。
錨を上げる。
船が、ゆっくりと動き出す。
島が、遠ざかっていく。
「ありがとう、霧の島……」
ルナが、小さく呟く。
航海、再開。
今度は、ルナも加わった探検隊。
「さあ、西の大陸まで、あと二ヶ月だ」
トーマスが、舵を取る。
「順調に行けば、な」
「今度は、嵐に遭いませんように」
クラリスが、祈るように言う。
その夜。
俺は甲板で、星を見ていた。
「ケン」
ルナが、隣に来た。
「眠れないの?」
「少し、考え事を」
「村のこと?」
「……ああ」
「大丈夫。きっと、みんな元気にしてる」
ルナが、微笑む。
「それに、あなたは必ず帰れる」
「どうしてわかる?」
「予知で見たから」
ルナが、俺の手を握る。
「あなたは、大切な人たちのもとに帰る。そういう未来が見えた」
「……ありがとう」
「でも――」
ルナの表情が、曇る。
「その前に、大きな試練がある」
「試練?」
「ええ。とても危険な」
ルナの手が、震える。
「あたし、怖い。でも、一緒に戦う」
「ルナ……」
「あなたを、守りたいから」
ルナの目が、真剣だ。
「ありがとう。でも、無理はしないで」
「うん」
二人で、しばらく星を見る。
穏やかな時間。
だが、この平穏も――
長くは続かなかった。
翌日。
見張りの船員が、叫んだ。
「船だ! 後方から、船が近づいてくる!」
「何!?」
全員、後方を見る。
確かに、一隻の船が猛スピードで近づいてきている。
黒い帆。
骸骨の旗。
「海賊だ!」
トーマスが、叫ぶ。
「全員、戦闘準備!」
「海賊……!」
「このあたりの海域は、海賊が多いんだ」
ガレスが、剣を抜く。
「覚悟しておけ」
海賊船が、どんどん近づいてくる。
速い。
このままでは、追いつかれる。
「ケン」
ルナが、俺を見た。
「これが、あたしが見た未来」
「これが……」
「ええ。でも、大丈夫」
ルナが、微笑む。
「あなたたちなら、乗り越えられる」
「……わかった」
俺は、剣を抜いた。
「みんな、準備はいいか!?」
「おう!」
ロイドが、応える。
「来いよ、海賊ども!」
海賊船が、横付けになる。
そして――
数十人の海賊が、ロープで乗り移ってきた。
「よお、お嬢ちゃんたち!」
リーダーらしき男が、不敵に笑う。
「大人しく、金目の物を出しな!」
「断る!」
ロイドが、前に出る。
「俺たちは、王国騎士団だ。覚悟しろ」
「王国騎士団?」
海賊のリーダーが、笑う。
「そんなもん、知ったこっちゃねえ!」
「やれ、野郎ども!」
一斉に、海賊たちが襲いかかってきた。
戦闘、開始――




