第二十一話「答え、そして新たな旅立ち」
リーゼの告白から、三日が経った。
俺は、いつものようにパンを焼いている。
だが、心は落ち着かない。
「リーゼの気持ち……」
嬉しかった。
でも、同時に戸惑いもある。
俺は、リーゼに何を返せるだろう?
「ケンさん、生地が焦げそうです」
エミリアの声で、我に返る。
「あ、ごめん」
慌てて、窯から取り出す。
「最近、ぼんやりしてますね」
エミリアが、心配そうに見る。
「何かあったんですか?」
「いや、何も」
「嘘です。顔に書いてあります」
エミリアが、にっこり笑う。
「リーゼお姉ちゃんのことですよね」
「!」
「わかりますよ。二人とも、最近変な空気ですもん」
エミリアが、パン生地をこねながら言う。
「リーゼお姉ちゃん、ケンさんのこと好きなんですよね」
「……エミリアは、どう思う?」
「わたしですか?」
エミリアが、少し考えてから――
「嬉しいです」
「嬉しい?」
「はい。だって、二人とも大好きな人ですから」
エミリアの笑顔が、眩しい。
「二人が幸せなら、わたしも幸せです」
「エミリア……」
「ケンさんは、リーゼお姉ちゃんのこと、どう思ってるんですか?」
「それが……わからないんだ」
俺は、正直に答えた。
「リーゼは大切だ。でも、それが恋愛感情なのか、家族としての愛情なのか……」
「なら、考えてみてください」
エミリアが、真剣な顔になる。
「リーゼお姉ちゃんがいない世界を、想像してみてください」
「え?」
「もし、リーゼお姉ちゃんが遠くに行っちゃったら。二度と会えなくなったら」
エミリアの言葉に、胸がギュッと締め付けられる。
「ケンさん、どう感じますか?」
「……耐えられない」
自然と、言葉が出る。
「リーゼがいない世界なんて、考えられない」
「それが、答えじゃないですか」
エミリアが、優しく微笑む。
「好きなんですよ、ケンさん。リーゼお姉ちゃんのこと」
「……そうか」
ようやく、わかった気がする。
俺は、リーゼを愛している――
その日の午後。
王都から、ダミアンが訪ねてきた。
「久しぶりだな、ケン君」
「ダミアンさん。どうしたんですか?」
「重大な知らせがある」
ダミアンの表情が、険しい。
「少し、話せるか?」
「はい」
工房の奥の部屋に案内する。
グスタフも同席する。
「何があったんですか?」
「古代遺跡で、新たな発見があった」
ダミアンが、古い羊皮紙を広げる。
「暁の塔とは別の遺跡――『黄昏の神殿』だ」
「黄昏の……」
「ああ。黄昏の会の名前の由来になった場所だ」
ダミアンが、説明を続ける。
「そこで、第三段階の魔法についての記録が見つかった」
「第三段階……創造魔法」
「そうだ。そして――」
ダミアンが、俺を見た。
「その発動方法も、記されていた」
「!」
「だが、問題がある」
ダミアンの声が、重くなる。
「発動には、膨大な代償が必要だ」
「代償……?」
「ああ。使用者の生命力を、大量に消費する」
ダミアンが、羊皮紙を指差す。
「一度使えば、寿命が十年縮む。複数回使えば――」
「死ぬ……」
「その通りだ」
沈黙。
部屋に、重い空気が流れる。
「だが、それだけの力がある」
ダミアンが、別の資料を見せる。
「創造魔法を使えば、一瞬で荒れ地を森に変えられる。砂漠を、緑の大地にできる」
「そんなことが……」
「ああ。飢饉も、貧困も、一気に解決できる」
ダミアンの目が、熱を帯びる。
「だが、代償は大きい。使用者の命と引き換えだ」
「……」
「ケン君、聞きたい」
ダミアンが、真剣な顔で言う。
「もし、お前が創造魔法を使えるようになったら――使うか?」
「わかりません」
俺は、正直に答えた。
「多くの人を救えるなら、使いたい。でも――」
「でも?」
「俺が死んだら、悲しむ人がいる」
リーゼの顔が、浮かぶ。
エミリアも、グスタフも、村の人たちも。
「その人たちを、悲しませたくない」
「……そうか」
ダミアンが、微笑む。
「それでいい。今は、使う必要はない」
「でも、いずれ必要になるかもしれない……」
「その時は、その時だ」
グスタフが、肩を叩く。
「今から悩んでも、仕方ねえ」
「……そうですね」
「それと――」
ダミアンが、もう一つの情報を出す。
「黄昏の会の動きについてだ」
「アルカード……」
「ああ。奴は、黄昏の神殿を探している」
「神殿を?」
「そうだ。そこには、創造魔法の完全な知識が封印されている」
ダミアンの表情が、暗くなる。
「もし、アルカードがそれを手に入れたら――」
「世界が、危ない……」
「ああ。だから、先に見つけなければならない」
ダミアンが、地図を広げる。
「黄昏の神殿は、西の大陸にあるとされている」
「西の大陸……」
「ああ。海を越えた、はるか遠くだ」
ダミアンが、俺を見た。
「ケン君、一緒に来てくれないか」
「え?」
「神殿を探す探検隊を組織する。お前の力が、必要だ」
「でも、村は……」
「村は、俺たちが守る」
グスタフが、断言する。
「それに、お前がいない間も、パンは作れる。エミリアもいるしな」
「グスタフさん……」
「行ってこい。これは、お前にしかできない仕事だ」
「……わかりました」
俺は、決意した。
「行きます。黄昏の神殿へ」
「ありがとう」
ダミアンが、握手を求めてくる。
「出発は、一週間後だ。準備をしておいてくれ」
「了解です」
夕方。
俺は、リーゼを呼び出した。
村の丘の上。
二人で、夕日を見る。
「綺麗だね」
リーゼが、呟く。
「ああ」
「それで……話って何?」
リーゼが、俺を見る。
「まさか、告白の返事?」
「……半分は、そう」
「半分?」
「うん。もう半分は――」
俺は、深呼吸する。
「俺、旅に出ることになった」
「旅……?」
「ああ。西の大陸に、黄昏の神殿を探しに行く」
リーゼの表情が、変わる。
「それって……危険なんじゃ……」
「危険だ。でも、行かなきゃいけない」
「どうして?」
「黄昏の会が、神殿を狙ってる。先に見つけないと、世界が危ない」
リーゼは、しばらく黙っていた。
そして――
「いつ、戻ってくるの?」
「わからない。半年か、一年か……」
「そんなに……」
リーゼの目に、涙が浮かぶ。
「でも、必ず戻ってくる」
俺は、リーゼの手を握った。
「約束する」
「……本当?」
「ああ。だって――」
俺は、リーゼの目を見た。
「好きな人が、ここにいるから」
「え……?」
「リーゼ、俺も君が好きだ」
ようやく、言えた。
「ずっと、わからなかった。でも、今ははっきりわかる」
俺は、リーゼを抱きしめた。
「君がいない世界なんて、考えられない」
「ケン……」
リーゼが、俺の胸で泣く。
「嬉しい……すごく、嬉しい……」
「ごめん。待たせて」
「ううん。待った甲斐があった」
二人で、しばらく抱き合う。
温かい。
心が、満たされる。
「ねえ、ケン」
「うん?」
「旅から戻ってきたら――」
リーゼが、顔を上げる。
「結婚しよう」
「結婚……」
「ダメ?」
「いや、ダメじゃない」
俺は、微笑んだ。
「むしろ、したい」
「本当?」
「ああ。絶対に戻ってくる。そして、リーゼと結婚する」
「約束だよ」
「約束」
二人で、小指を絡める。
夕日が、二人を照らす。
この瞬間が、永遠に続けばいいのに――
一週間後。
出発の日。
村の広場に、村人たちが集まっていた。
「ケン君、気をつけてな」
ハインリヒが、手を握る。
「必ず、無事に帰ってこい」
「はい」
「パン、待ってるからな」
「任せてください」
エミリアが、お守りを渡してくる。
「これ、新しいお守りです」
「ありがとう、エミリア」
「絶対、無事に帰ってきてくださいね」
「ああ、約束する」
グスタフが、前に出る。
「ケン、俺からも餞別だ」
彼が差し出したのは、新しい剣。
「これは……」
「村の鍛冶屋に作らせた。お前専用の剣だ」
剣を抜くと、美しい刃が輝く。
「大事に使えよ」
「……ありがとうございます」
そして、最後に――
リーゼが、前に出た。
「ケン」
「リーゼ」
「これ」
彼女が渡したのは、小さな布袋。
「中に、お守りと――」
リーゼが、照れくさそうに笑う。
「あたしの髪の毛を入れた」
「髪の毛……」
「昔の風習なの。大切な人の髪を持っていると、守られるって」
「ありがとう。大切にする」
俺は、それを首にかける。
「じゃあ、行ってくる」
「うん。待ってる」
リーゼが、俺を抱きしめる。
「絶対、無事に帰ってきてね」
「ああ」
馬車に乗り込む。
ダミアン、ロイド、クラリス、ミレーユ、ガレス。
探検隊のメンバーが揃っている。
「では、出発する」
ダミアンの号令。
馬車が、動き出す。
村人たちが、手を振る。
リーゼも、エミリアも、グスタフも。
「行ってきます!」
俺は、大きく手を振った。
馬車が、村から遠ざかっていく。
見慣れた景色が、小さくなっていく。
「さあ、新しい冒険の始まりだ」
ダミアンが、地図を広げる。
「まずは、港町ブリストルへ。そこから船で、西の大陸を目指す」
「どれくらいかかりますか?」
「順調なら、三ヶ月。だが――」
ダミアンの目が、険しくなる。
「黄昏の会も、必ず来る。覚悟しておけ」
「わかってます」
俺は、新しい剣を握った。
リーゼとの約束。
村との約束。
必ず、無事に帰る。
そして――
黄昏の会を、止める。
「行くぞ、ケン」
ロイドが、励ますように肩を叩く。
「ああ」
馬車は、西へ向かう。
新たな冒険が、始まった――
その頃、黄昏の神殿では――
「報告します。ケン・サトウが、神殿を探しに出発しました」
「フフフ……予想通りだ」
アルカードが、玉座で笑う。
「泳がせておけ。どうせ、神殿には辿り着けない」
「しかし、ダミアン殿下がついています」
「構わん。我々には、切り札がある」
アルカードが、立ち上がる。
「彼を待っているのは――絶望だ」
邪悪な笑い声が、神殿に響いた――




