第二十話「首領アルカード、命を賭けた交渉」
「交渉?」
俺は、アルカードを睨む。
「人を誘拐しておいて、交渉もクソもないでしょう」
「フフフ……怒るな、若者よ」
アルカードが、優雅に手を振る。
「これは、ビジネスだ。お互いに利益のある取引をしようではないか」
「俺には、あなたたちと取引する気はありません」
「そうか?」
アルカードが、指を鳴らす。
すると、リーゼの首に短剣が突きつけられた。
「ケン……!」
リーゼの声が、震える。
「やめろ!」
「では、取引する気になったか?」
「……条件を聞きましょう」
「賢明だ」
アルカードが、ゆっくりと立ち上がる。
「条件は、簡単だ」
彼が、俺に近づいてくる。
「お前の力――生命魔法を、我々に捧げろ」
「捧げる……?」
「そうだ。我々黄昏の会のために、その力を使え」
アルカードの目が、狂気を帯びる。
「古代魔法文明の復活。それが、我々の目的だ」
「古代魔法文明を、復活させて何をするんですか?」
「世界を、作り直す」
アルカードの声が、低くなる。
「今の世界は、腐っている。貴族は堕落し、民衆は愚かだ」
「それを、変えると?」
「ああ。我々が支配する、新しい世界を作る」
「……それは、支配欲じゃないですか」
「支配欲?」
アルカードが、笑う。
「違う。これは、使命だ」
「使命……」
「そうだ。選ばれた者だけが、世界を導ける」
アルカードが、手を広げる。
「お前も、その選ばれた者の一人だ、ケン・サトウ」
「俺は、そんなものに興味ありません」
「本当にか?」
アルカードが、俺の前に立つ。
「お前の力があれば、飢えをなくせる。病気を治せる。世界を、楽園にできる」
「それは――」
「だが、今のお前は中途半端だ」
アルカードの目が、鋭くなる。
「第二段階の力では、足りない」
「……!」
「第三段階――創造の力。それを手に入れろ」
「それは、禁忌の力です」
「禁忌? 笑わせるな」
アルカードが、鼻で笑う。
「古代文明が滅んだのは、力の使い方を間違えたからだ」
「だから、危険なんじゃないですか」
「いや、違う」
アルカードが、懐から古い本を取り出す。
「我々は、研究した。古代文明の失敗を分析した」
本のページをめくる。
「そして、わかった。正しい使い方を」
「正しい使い方……?」
「ああ。第三段階の力は、確かに強大だ。だが、制御できる」
アルカードの目が、輝く。
「この本に、その方法が書かれている」
「……信じられません」
「なら、証明しよう」
アルカードが、手を掲げる。
すると――
何もないところから、小さな光が生まれた。
光が、形を成していく。
それは――花だ。
「これが、創造魔法だ」
アルカードが、花を俺に差し出す。
「無から有を生み出す。究極の力だ」
「……あなたも、使えるんですか」
「一部だけな。完全な創造魔法は、お前にしかできない」
「どうして、俺に?」
「お前の発酵魔法は、生命の本質に触れている」
アルカードが、真剣な顔になる。
「それは、創造魔法の核心だ。お前なら、第三段階に到達できる」
「でも――」
「考えてみろ」
アルカードが、リーゼとエミリアを指差す。
「この二人を救うため、お前は村の畑を蘇らせた」
「……はい」
「それは、素晴らしいことだ。だが、小さすぎる」
アルカードの声が、大きくなる。
「もっと大きな視点で考えろ。世界中の飢えを、一度に解決できるとしたら?」
「それは……」
「創造魔法があれば、可能だ」
アルカードが、俺の肩を掴む。
「お前一人が犠牲になれば、何億人もが救われる」
「犠牲……?」
「ああ。創造魔法を使えば、お前の命は短くなるだろう」
アルカードの目が、冷たい。
「だが、それでいいじゃないか。お前は、英雄として死ねる」
「……」
頭が、混乱する。
アルカードの言うことは、一理ある。
でも、何かが違う。
何かが、決定的に間違っている。
「ケン!」
リーゼの声。
「騙されないで!」
「リーゼ……」
「この人たちは、嘘つきよ!」
リーゼが、必死に叫ぶ。
「世界を救うなんて、嘘! ただの支配欲よ!」
「黙れ」
アルカードが、手を振る。
リーゼの口が、見えない力で塞がれる。
「邪魔をするな」
「やめてください!」
「ケン・サトウ」
アルカードが、俺を見た。
「決めろ。我々に協力するか、それとも――」
彼が、再び指を鳴らす。
エミリアの首にも、短剣が突きつけられる。
「この二人を、殺すか」
「……!」
「選べ。今すぐに」
時間が、止まったように感じる。
リーゼとエミリアの命。
それとも、俺の自由。
どちらを選ぶ――
「待ってください」
俺は、深呼吸する。
「一つ、質問があります」
「何だ?」
「あなたたちは、本当に世界を救う気があるんですか?」
「当然だ」
「なら、どうして暴力を使うんですか?」
俺は、アルカードを見た。
「誘拐、脅迫、暗殺。そんな方法で、世界は救えません」
「……」
「本当に世界を救いたいなら、正々堂々とやればいい」
俺の声が、部屋に響く。
「人々を納得させ、協力を得る。それが、正しい道でしょう」
「理想論だな」
アルカードが、冷笑する。
「この世界は、そんなに甘くない」
「甘くないからこそ、正しい道を進むべきです」
「……面白い」
アルカードが、笑い始めた。
「お前、本当に面白い若者だな」
「……」
「だが、残念だ」
アルカードの表情が、変わる。
「お前は、我々には従わない。それがわかった」
「はい」
「なら――」
アルカードが、手を上げる。
「殺せ。全員を」
「待て!」
俺は、叫んだ。
「取引します! 俺が協力します! だから、二人を解放してください!」
「遅い」
アルカードが、冷たく言う。
「お前の心は、もう決まっている。従うフリをしても、いずれ裏切る」
「そんな……!」
「さらばだ、ケン・サトウ」
黒装束の男たちが、短剣を振り上げる。
その瞬間――
ガシャン!
窓ガラスが割れた。
そして――
「させるかぁぁぁ!」
グスタフが、飛び込んできた。
「グスタフさん!」
「待たせたな、ケン!」
グスタフの剣が、黒装束の男たちを弾き飛ばす。
「騎士団、突入!」
ロイドの声。
扉が破られ、王国騎士たちが雪崩れ込んでくる。
「くそ、裏切ったか!」
アルカードが、舌打ちする。
「全員、迎撃しろ!」
一斉に、戦闘が始まる。
俺は、リーゼとエミリアのもとへ走る。
「待ってろ、今助ける!」
縄を切る。
「ケン……!」
リーゼが、俺に抱きつく。
「怖かった……本当に怖かった……」
「もう大丈夫」
「ケンさん……」
エミリアも、泣いている。
「ありがとうございます……」
「二人とも、無事でよかった」
その時――
「逃がすか!」
アルカードが、魔法を放ってきた。
黒い稲妻。
「【イースト・シールド】!」
俺は、発酵の壁で防ぐ。
だが、威力が強い。
壁が、破られる。
「ぐっ……!」
「ケン!」
グスタフが、俺を庇う。
「大丈夫か!?」
「はい……」
「アルカード、貴様……!」
ロイドが、剣を構える。
「王国への反逆罪で逮捕する!」
「逮捕? 笑わせるな」
アルカードが、マントを翻す。
「我々は、法を超えた存在だ」
彼が、両手を広げる。
「【古代魔法・時空転移】!」
空間が、歪む。
黒い渦が、現れる。
「逃げる気か!」
「次に会う時は、お前たちを殺す」
アルカードが、渦に飛び込む。
黒装束の男たちも、次々と渦に入っていく。
「待て!」
ロイドが、剣を投げる。
だが、間に合わない。
渦が、消える。
「くそ……逃げられたか……」
ロイドが、悔しそうに歯ぎしりする。
戦いが終わった。
修道院の中は、めちゃくちゃだった。
「怪我人は?」
「騎士が三名、軽傷です」
「よし。撤収するぞ」
ロイドが、指示を出す。
俺は、リーゼとエミリアを連れて外に出た。
「二人とも、本当に無事でよかった」
「ケン……」
リーゼが、俺を見上げる。
「ありがとう。助けに来てくれて」
「当たり前だろ。家族だから」
「家族……」
リーゼの目に、涙が浮かぶ。
「ねえ、ケン。あのね――」
「リーゼ?」
「あたし、ずっと言いたかったことがあるの」
リーゼが、深呼吸する。
「あたし、ケンのこと――」
「待って」
俺は、リーゼの言葉を遮った。
「今じゃない」
「え……?」
「ちゃんと、落ち着いた時に聞きたい」
俺は、リーゼの手を握った。
「だから、今は休もう」
「……うん」
リーゼが、微笑む。
「わかった。でも、逃げないでよ」
「逃げないよ」
ベルガルド村に戻ったのは、夜だった。
村人たちが、心配そうに待っていた。
「リーゼ! エミリア!」
ハインリヒが、娘を抱きしめる。
「無事だったか……よかった……」
「父さん……心配かけてごめんなさい」
「いや、いいんだ。無事なら、それでいい」
村人たちも、安堵の表情。
「よかった……」
「本当に、よかった……」
その夜、村では小さな祝宴が開かれた。
リーゼとエミリアの無事を祝って。
「乾杯!」
「乾杯!」
焚き火を囲んで、みんなで笑う。
平和な時間が、戻ってきた。
祝宴が終わり、俺は一人で工房にいた。
今日の出来事を、整理している。
アルカードのこと。
創造魔法のこと。
そして――
「ケン」
リーゼが、入ってきた。
「まだ起きてたの?」
「ああ。ちょっと、考え事」
「そっか」
リーゼが、隣に座る。
「ねえ、ケン」
「うん?」
「さっき、言えなかったこと」
リーゼが、俯く。
「今、言ってもいい?」
「……ああ」
俺は、覚悟を決めた。
「聞くよ」
「あのね」
リーゼが、顔を上げる。
その目には、真剣な光。
「あたし、ケンのことが好き」
「……」
「ただの仲間としてじゃなくて」
リーゼの頬が、赤くなる。
「男の人として、好き」
「リーゼ……」
「答えは、今じゃなくていい」
リーゼが、微笑む。
「でも、知っててほしかった。あたしの気持ち」
「ありがとう」
俺は、リーゼの手を握った。
「嬉しいよ。本当に」
「ケンは……どう思ってるの?」
「わからない」
正直に答えた。
「でも、リーゼは大切だ。すごく」
「……それで、十分」
リーゼが、俺の手を握り返す。
「待ってるから。ケンが答えを出すまで」
「ごめん」
「謝らないで」
リーゼが、優しく笑う。
「これは、あたしの気持ちだから」
二人で、夜空を見上げる。
星が、綺麗だった。




