第十九話「暗雲、迫る陰謀」
王国特別農業顧問に任命されて、二週間。
俺は、王国各地を回っていた。
「ここが、次の村か」
馬車から降りると、痩せ細った村人たちが迎えてくれた。
「王国特別農業顧問、ケン・サトウ様ですか?」
「はい。畑の様子を見せてください」
村長に案内され、畑へ。
ここも、深刻な不作だった。
「このままでは、冬を越せません……」
村長の声が、震えている。
「大丈夫です。必ず、救います」
俺は、畑の中央に立った。
「【グロース・リバース】」
緑色の光が、畑を包む。
枯れかけの作物が、生き返る。
「【グロース・アクセル】」
さらに、成長を加速させる。
十分ほどで、畑は豊かな実りに変わった。
「すごい……」
「本当に、魔法だ……」
村人たちが、涙を流して喜ぶ。
「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!」
「いえ、当然のことです」
だが――
体が、重い。
魔力の消耗が、激しい。
「ケン様、大丈夫ですか?」
護衛の騎士が、心配そうに聞く。
「ええ……少し、疲れただけです」
「今日はもう休んでください」
「でも、次の村が――」
「明日にしましょう。今のあなたは、限界です」
騎士の言う通りだった。
ここ二週間、毎日三つの村を回っている。
体が、悲鳴を上げている。
「……わかりました」
村の宿で、休息を取る。
ベッドに倒れ込むと、体中が痛い。
「これが、十二村目か……」
あと何村残っているんだろう。
ダミアンの報告では、五十村以上が深刻な飢饉状態だという。
「まだまだ、先は長い……」
ノックの音。
「ケン様、お食事をお持ちしました」
「どうぞ」
入ってきたのは、クラリス。
彼女は、健康管理のために同行してくれている。
「また無理したでしょう」
クラリスが、呆れた顔をする。
「三つの村を一日で回るなんて、無茶よ」
「でも、待っている人がいますから」
「それでも、あなたが倒れたら意味がないわ」
クラリスが、手を俺の額に当てる。
治癒魔法で、体調を確認している。
「……やっぱり。魔力が枯渇しかけてる」
「まずいですか?」
「かなりね。このペースだと、あと一週間で倒れるわ」
「一週間……」
「明日は、休みなさい」
「でも――」
「命令よ」
クラリスの目が、厳しい。
「私は、国王陛下からあなたの健康管理を任されてる。従ってもらうわ」
「……わかりました」
クラリスが、溜息をつく。
「あなた、自分の命を大切にしなさすぎよ」
「それは――」
「村に、大切な人がいるんでしょう?」
クラリスが、微笑む。
「リーゼとエミリア。二人のためにも、ちゃんと生きて帰りなさい」
「……はい」
クラリスが部屋を出ていく。
一人になると、急に寂しくなった。
「リーゼ、エミリア……」
二人は、元気だろうか。
村は、無事だろうか。
手紙を書こう――
そう思った時、ドアが激しくノックされた。
「ケン様! 大変です!」
「どうしました!?」
ドアを開けると、護衛の騎士が血相を変えていた。
「ベルガルド村から、緊急の伝令が!」
「村から!?」
騎士が、一通の手紙を渡す。
開封すると――
『ケンへ
大変なことが起きた。
リーゼとエミリアが、消えた。
三日前の夜、二人が工房から出たまま、戻ってこない。
村中を探したが、見つからない。
黒装束の男たちを見たという証言がある。
おそらく、誘拐だ。
すぐに戻ってきてくれ。
グスタフ』
「……!」
手が、震える。
リーゼが。
エミリアが。
誘拐された――
「ケン様!」
騎士が、俺を支える。
「大丈夫ですか!?」
「すぐに、村に戻ります!」
「しかし、夜道は危険です!」
「構いません! 今すぐ!」
俺は、荷物を掴んで飛び出した。
馬を全速力で走らせる。
夜の闇の中、ベルガルド村へ。
「待ってろ、二人とも……!」
頭の中が、真っ白だ。
リーゼの笑顔。
エミリアの声。
すべてが、フラッシュバックする。
「絶対に、助ける……!」
馬が、疲労で倒れそうになる。
だが、止まれない。
止まれない――
明け方、ようやく村に着いた。
「グスタフさん!」
工房に駆け込むと、グスタフが待っていた。
「ケン……!」
「詳しく聞かせてください! 何があったんですか!?」
「落ち着け。順を追って話す」
グスタフが、椅子を勧める。
「三日前の夜。リーゼとエミリアは、いつものように工房でパンを焼いていた」
「はい」
「日が暮れて、二人は帰ろうとした。だが――」
グスタフの拳が、震える。
「工房の外で、黒装束の男たちが待ち伏せしていた」
「黄昏の会……!」
「ああ。目撃者の話では、十人以上いたらしい」
「村人は、助けようとしなかったんですか!?」
「したさ。だが――」
グスタフが、苦しそうに顔を歪める。
「相手は、魔法使いがいた。村人たちを、魔法で眠らせた」
「くそ……!」
「俺が気づいた時には、もう遅かった」
グスタフが、壁を殴る。
「すまん……俺が、守れなかった……」
「グスタフさんのせいじゃありません」
俺は、拳を握った。
「悪いのは、黄昏の会だ」
「ああ……」
「手がかりは?」
「これだ」
グスタフが、一枚の紙を渡す。
『ケン・サトウへ
二人は預かった。
命に別状はない。
だが、返してほしければ――
お前が、我々のもとに来い。
北の山、廃墟の修道院で待つ。
一人で来ること。
仲間を連れてきたら、二人は殺す。
三日以内に来なければ、同じく殺す。
黄昏の会』
「……」
怒りが、込み上げる。
全身が、震える。
「ケン、罠だ」
グスタフが、肩を掴む。
「一人で行ったら、お前も捕まる」
「わかってます」
「なら――」
「でも、行きます」
俺は、グスタフを見た。
「リーゼとエミリアを、見捨てられません」
「だが――」
「大丈夫です。俺には、力がある」
俺は、手を見る。
生命魔法。
第二段階の力。
「これを使えば、何とかなります」
「ケン……」
「それに――」
俺は、微笑んだ。
「俺には、仲間がいます。みんなが、助けてくれる」
「……そうか」
グスタフが、剣を取る。
「なら、俺も行く」
「グスタフさん……」
「一人で行けって言われてたって、関係ねえ」
グスタフが、不敵に笑う。
「お前の仲間だからな」
その日の午後。
緊急会議が開かれた。
ダミアン、ロイド、クラリス、そしてアレク。
王都から、急いで駆けつけてくれた。
「状況は理解した」
ダミアンが、地図を広げる。
「廃墟の修道院――ここだな」
北の山岳地帯。険しい場所だ。
「ここは、黄昏の会のアジトの一つだ」
「アジト……」
「ああ。以前から、怪しい動きがあった」
ロイドが、地図に印をつける。
「だが、証拠がなくて、手を出せなかった」
「今回は、証拠がある」
ダミアンの目が、鋭い。
「誘拐は、明確な犯罪だ。王国騎士団を動員できる」
「どれくらいの兵力を?」
「二十名。精鋭を選ぶ」
「それで、足りますか?」
「相手も、そこまで大人数じゃないはずだ」
ロイドが、腕を組む。
「修道院は小さい。十人から二十人ってところだろう」
「では、作戦は?」
「まず、ケンが囮になる」
ダミアンが、説明する。
「指定通り、一人で修道院に向かう」
「囮……」
「ああ。だが、実際には騎士団が周囲に潜んでいる」
ダミアンが、地図に線を引く。
「ケンが中に入った後、一斉に突入する」
「それで、救出を……」
「そうだ。ただし――」
ダミアンが、真剣な顔になる。
「リスクは高い。お前も、危険にさらされる」
「覚悟の上です」
「……わかった」
ダミアンが、頷く。
「では、明日の夜明けに出発する」
「明日……」
「ああ。準備が必要だ」
ダミアンが、立ち上がる。
「今夜は、休め。明日は、長い戦いになる」
夜。
俺は、一人で工房にいた。
リーゼとエミリアが使っていた作業台。
二人の匂いが、まだ残っている気がする。
「必ず、助ける」
小さく、呟く。
その時、扉が開いた。
「ケン」
ダミアンだった。
「まだ起きていたのか」
「眠れなくて」
「そうか」
ダミアンが、隣に立つ。
「ケン、聞いておきたいことがある」
「何ですか?」
「リーゼのこと――君は、どう思っている?」
「え?」
「恋愛感情があるのか?」
突然の質問に、戸惑う。
「それは……」
「正直に答えてくれ」
ダミアンの目が、真剣だ。
「君の気持ちによって、作戦が変わるかもしれない」
「……わかりません」
俺は、正直に答えた。
「リーゼは、大切な仲間です。家族のような存在です」
「それだけか?」
「でも――」
俺は、胸に手を当てる。
「リーゼがいないと、心に穴が開いたような感じがします」
「……そうか」
ダミアンが、微笑む。
「それが、答えだ」
「え?」
「君は、リーゼを愛している」
「愛……」
「ああ。自覚がないだけだ」
ダミアンが、肩を叩く。
「なら、絶対に助けないとな」
「……はい」
「それと――」
ダミアンが、小さな瓶を渡してきた。
「これは?」
「魔力回復薬だ。最高級品」
ダミアンの目が、真剣だ。
「明日、必要になるかもしれない」
「ありがとうございます」
「それと、これも」
ダミアンが、もう一つ、小さな石を渡す。
「緊急通信石だ。これを砕けば、俺たちに合図が送れる」
「わかりました」
「ケン、無茶はするな」
ダミアンが、俺の目を見た。
「君が死んだら、村も終わりだ」
「大丈夫です。死にません」
「……頼むぞ」
翌朝。
夜明け前に、出発した。
騎士団二十名と、俺。
そして、グスタフ。
「行くぞ」
ロイドの号令で、一行は北へ向かう。
途中、騎士たちは森に隠れる。
俺だけが、修道院へと向かう。
「見えてきたぞ」
グスタフが、指差す。
山の中腹に、古い修道院。
不気味な雰囲気を放っている。
「じゃあ、俺は行きます」
「気をつけろよ」
「はい」
一人で、修道院の門をくぐる。
中庭には、誰もいない。
静かすぎる。
「誰かいませんか!?」
叫ぶ。
すると――
修道院の扉が、開いた。
「よく来たな、ケン・サトウ」
黒装束の男が、現れた。
「リーゼとエミリアは!?」
「中にいる。無事だ」
「会わせてください!」
「その前に――」
男が、手を上げる。
すると、周囲から十数人の黒装束が現れた。
「武器を捨てろ」
「……」
俺は、剣を地面に置く。
「よし。では、中へ」
修道院の中。
薄暗く、冷たい。
奥の部屋に案内される。
そこには――
「リーゼ! エミリア!」
二人が、椅子に縛られていた。
「ケン……!」
「ケンさん……!」
二人とも、無事だ。
傷はない。
「よかった……」
安堵の息を吐く。
だが――
「さあ、ケン・サトウ」
部屋の奥から、声が響く。
玉座のような椅子に、一人の男が座っていた。
白髪に、黒いローブ。
威圧感がすごい。
「私が、黄昏の会の首領――アルカード」
「アルカード……」
「よく来た。歓迎するぞ」
アルカードが、不敵に笑う。
「さあ、交渉を始めよう」




