第十八話「王宮会議、交錯する思惑」
一週間後。
俺は、王都アルヴェリオンの王宮にいた。
「緊張するな……」
廊下を歩きながら、深呼吸する。
今日は、国王陛下を含む重臣たちとの会議。
俺の魔法について、正式に議論する場だ。
「ケン君、大丈夫か?」
隣を歩くダミアンが、心配そうに聞く。
「はい……何とか」
「今日の会議には、保守派の貴族も出席する」
「保守派……」
「ああ。彼らは、君の力を危険視している」
ダミアンが、声を低くする。
「中には、黄昏の会と繋がりのある者もいる」
「……気をつけます」
「それと――」
ダミアンが、立ち止まる。
「何があっても、冷静に。挑発に乗るな」
「わかりました」
会議室の扉の前。
衛兵が、扉を開ける。
「ダミアン・フォン・レーヴェンシュタイン殿下、ケン・サトウ殿、入室」
中に入ると――
円形のテーブルに、十数名の貴族たちが座っていた。
最上座には、国王エドワルド三世。
その隣に、アナスタシア王女。
「よく来たな、ケン・サトウ」
国王の声が、部屋に響く。
「こちらへ」
指定された席に座る。
ダミアンが隣に座ってくれる。
「では、会議を始める」
国王が、宣言する。
「本日の議題は、ケン・サトウの生命魔法について。その利用と管理について、議論する」
「陛下」
一人の老貴族が、手を挙げた。
白髪に、厳つい顔。保守派の重鎮、バルドルフ侯爵。
「その前に、確認させてください」
「何だ?」
「この若造――失礼、ケン・サトウは、本当にそのような力を持っているのですか?」
「ああ。ベルガルド村で、枯れた畑を一晩で蘇らせた」
「にわかには信じがたい」
バルドルフが、俺を睨む。
「実演を見せてもらえませんか?」
「実演……?」
「そうだ。本物かどうか、この目で確かめたい」
国王が、俺を見る。
「ケン・サトウ、できるか?」
「……はい」
立ち上がり、会議室の隅にある鉢植えに近づく。
枯れかけの花だ。
「これを、蘇らせます」
手をかざす。
「【グロース・リバース】」
緑色の光。
枯れた花が、みるみる生き返る。
葉が青々とし、花が咲く。
「……!」
貴族たちが、驚きの声を上げる。
「信じられん……」
「本物だ……」
「これが、生命魔法……」
ざわめきが広がる。
「静粛に」
国王の一言で、静まる。
「確認した。確かに、彼は生命魔法を使える」
「だが、陛下!」
バルドルフが、立ち上がる。
「この力は危険すぎます!」
「危険?」
「はい! 古代文明は、この力で滅びました!」
バルドルフの声が、大きくなる。
「もし、この若者が力を暴走させたら? 国が、いや世界が滅びるかもしれません!」
「それは極論だ」
ダミアンが、反論する。
「ケン君は、慎重に力を使っている。暴走の危険性は低い」
「低い? ゼロではないのだろう?」
「確かに、ゼロではないが――」
「ならば、危険だ!」
バルドルフが、テーブルを叩く。
「このような力、封印すべきです!」
「封印だと?」
今度は、別の貴族が立ち上がる。
若い男性。改革派の一人、エドガー伯爵。
「それこそ愚かだ。この力を使えば、飢饉を防げる。多くの命を救える」
「だが、代償がある」
バルドルフが、俺を指差す。
「この者は、村の畑を救うために、三日間も昏睡状態だったそうだな」
「……はい」
俺が答える。
「魔力を使いすぎました」
「ほら、見ろ!」
バルドルフが、勝ち誇ったように言う。
「使用者が倒れるような魔法、使い物にならん!」
「いや、それは――」
エドガーが言いかけて、俺が手を上げた。
「発言してもいいですか?」
「許可する」
国王が、頷く。
「侯爵の言う通り、確かに負担は大きいです」
俺は、正直に話す。
「大規模に使えば、俺は倒れます。最悪、死ぬかもしれません」
「ほら!」
「だが――」
俺は、バルドルフを見た。
「それでも、使う価値はあると思います」
「何だと?」
「俺が倒れても、村は救われます。多くの人が、冬を越せます」
俺の声が、会議室に響く。
「一人の命と、村全体の命。天秤にかけるなら――」
「待て」
アナスタシア王女が、立ち上がった。
「ケン、あなたは自分の命を軽く見すぎです」
「王女様……」
「あなたが死んだら、その力も失われる。長期的に見れば、マイナスです」
アナスタシアの目が、真剣だ。
「だから、無理はしないでください」
「……はい」
「それに――」
アナスタシアが、部屋を見回す。
「私たちは、一人の若者に全てを背負わせようとしている。それは、間違っています」
「では、どうしろと?」
バルドルフが、苛立った様子で聞く。
「ケンの魔法を使わず、飢饉を放置しろと?」
「いえ、違います」
アナスタシアが、資料を取り出す。
「ケン一人に頼るのではなく、システムを作るのです」
「システム?」
「はい。ケンの魔法は、限定的に使う。本当に必要な時だけ」
アナスタシアが、説明を続ける。
「そして、他の対策も並行して行う。農業改革、流通改善、備蓄増強」
「なるほど……」
ダミアンが、感心したように頷く。
「ケンの魔法は、最終手段。それ以外の対策を優先する」
「その通りです」
アナスタシアが、微笑む。
「これなら、ケンの負担も減ります」
「だが、それでは間に合わない地域も出るのでは?」
エドガーが、懸念を示す。
「今年の不作は、深刻だ。通常の対策では、間に合わない村もある」
「それは……」
アナスタシアが、言葉に詰まる。
その時、国王が口を開いた。
「エドガーの言う通りだ」
国王の声が、重い。
「今年は特別だ。通常の対策だけでは、足りない」
「では、陛下……」
「ケン・サトウ」
国王が、俺を見た。
「そなたに、命じる」
「はい」
「今年に限り、飢饉の危機にある村を救え」
「……わかりました」
「ただし、条件がある」
国王が、指を立てる。
「一つ。自分の命を最優先せよ。無理はするな」
「はい」
「二つ。王国騎士団の護衛を必ずつけろ」
「わかりました」
「三つ。月に一度、健康診断を受けろ。クラリス殿が担当する」
「了解です」
「そして、最後」
国王の目が、鋭くなる。
「この力、悪用するな。私利私欲のために使うな」
「誓います」
俺は、膝をついた。
「この力、人々のためにのみ使います」
「よし」
国王が、頷く。
「では、正式に命ずる。ケン・サトウを、王国特別農業顧問に任命する」
「おう、おうしつとくべつ……!?」
「異論のある者は?」
バルドルフが、顔を真っ赤にしている。
「陛下、これは危険です! この若造に、そこまでの権限を――」
「バルドルフ」
国王の声が、冷たくなる。
「そなた、余の決定に異を唱えるか?」
「い、いえ……滅相もございません……」
バルドルフは、渋々座った。
「では、決定だ」
国王が、立ち上がる。
「ケン・サトウ、頼んだぞ」
「はい!」
会議が終わり、控室に戻る。
「やったな、ケン」
ダミアンが、肩を叩く。
「王国特別農業顧問だ。大出世だぞ」
「実感がわきません……」
「だろうな」
ダミアンが、笑う。
「だが、これで君は正式に王国の一員だ」
「重責ですね……」
「ああ。だが、一人じゃない」
ダミアンが、窓の外を見る。
「私たちが、支える」
「ありがとうございます」
その時、ノックの音。
「失礼します」
入ってきたのは、アナスタシア王女。
「王女様」
「ケン、少しいいかしら?」
「はい」
ダミアンが、部屋を出る。
二人きりになる。
「ケン、さっきの会議のこと」
アナスタシアが、真剣な顔で言う。
「バルドルフ侯爵、彼は危険よ」
「危険……?」
「ええ。彼は、黄昏の会と繋がっている疑いがある」
「!」
「証拠はないの。でも、行動が怪しい」
アナスタシアが、声を低くする。
「気をつけて。彼は、あなたを潰そうとしてる」
「わかりました」
「それと――」
アナスタシアが、小さな袋を渡してきた。
「これ、お守り。私が作ったの」
「王女様が……?」
「ええ。魔除けの石が入ってる」
アナスタシアが、照れくさそうに笑う。
「大したものじゃないけど、持っててくれると嬉しいわ」
「大切にします」
袋を受け取る。
温かい。
「ケン、無理しないでね」
アナスタシアの目が、優しい。
「あなたは、みんなの希望だから」
「……はい」
その夜。
宿に戻ると、意外な客が待っていた。
「グスタフさん!」
「よう、ケン」
グスタフが、ニヤリと笑う。
「王国特別農業顧問、だってな。偉くなったもんだ」
「どうして、ここに……」
「リーゼとエミリアに頼まれた」
グスタフが、肩をすくめる。
「お前のこと、心配だから見てきてくれって」
「二人が……」
「ああ。あいつら、本当にお前のこと心配してるぞ」
グスタフが、座る。
「で、会議はどうだった?」
「大変でした」
俺は、今日の出来事を話す。
バルドルフのこと、国王の命令のこと、すべて。
「ふむ……」
グスタフが、腕を組む。
「バルドルフ侯爵か。確かに、厄介だな」
「知ってるんですか?」
「ああ。昔、騎士団にいた頃、奴と関わったことがある」
グスタフの目が、険しくなる。
「権力欲の塊だ。目的のためなら、手段を選ばない」
「やっぱり、危険なんですね……」
「ああ。気をつけろ」
グスタフが、俺の肩を叩く。
「だが、お前には仲間がいる。俺も、ダミアンも、王女様も」
「はい」
「それに――」
グスタフが、ニヤリと笑う。
「リーゼとエミリアもな」
「二人とも、元気ですか?」
「ああ。工房で、毎日パン焼いてるよ」
グスタフが、懐から手紙を取り出す。
「これ、二人からの手紙だ」
「ありがとうございます」
手紙を受け取る。
リーゼの字だ。
『ケンへ
王都での会議、どうだった?
大丈夫だった?
こっちは、みんな元気だよ。
エミリアちゃんも、毎日頑張ってる。
あのね、ケン。
あたし、ずっと言えなかったことがあるの。
でも、今度会った時、ちゃんと伝える。
だから、無事に帰ってきてね。
待ってるから。
リーゼ』
胸が、温かくなる。
ああ、早く帰りたい。
村に。
みんなのところに――
「ケン」
グスタフが、真剣な顔で言う。
「お前、もう後戻りはできない」
「……わかってます」
「王国特別農業顧問。それは、お前が国の中枢に関わるってことだ」
グスタフの目が、鋭い。
「黄昏の会も、保守派貴族も、お前を狙ってくる」
「覚悟は、しています」
「ならいい」
グスタフが、立ち上がる。
「俺は、明日村に戻る。お前も、気をつけろよ」
「はい」
「それと――」
グスタフが、ドアの前で振り返る。
「リーゼのこと、ちゃんと考えてやれよ」
「え?」
「あいつ、お前のこと好きなんだ。気づいてるだろ?」
「それは……」
「返事を、ちゃんとしてやれ。中途半端が、一番辛い」
そう言って、グスタフは出ていった。
一人になった部屋で、俺は考える。
リーゼのこと。
エミリアのこと。
村のこと。
そして、これからのこと。
「俺は、どうすればいいんだろう……」
窓の外には、月が浮かんでいる。
満月。
明るく、美しい。
「みんなを、守りたい」
それだけは、確かだ。
でも、そのために何をすべきか――
まだ、答えは出ない。
「一歩ずつだ」
自分に言い聞かせる。
「焦らず、着実に」
ベッドに横になる。
明日から、また新しい戦いが始まる。
でも、怖くない。
仲間がいるから――
その頃、王宮のある部屋では――
「失敗したな、バルドルフ」
暗闇の中、声が響く。
「す、すみません……」
バルドルフが、膝をつく。
「だが、諦めません。必ず、あの若造を……」
「いや、もういい」
声の主が、笑う。
「我々には、別の手がある」
「別の手……?」
「ああ。ケン・サトウを、我々の側に引き入れる」
「そんなこと、できるのですか?」
「できる。彼には、弱点がある」
声が、不気味に響く。
「村の仲間たち。特に、リーゼとエミリア」
「まさか……」
「そうだ。彼らを人質にすれば、ケンは従うだろう」
「だが、それは――」
「問題ない。我々黄昏の会にとって、目的が全てだ」
暗闇の中、邪悪な笑い声が響いた――




