第十七話「力の試練、村の危機」
村に戻って三日。
俺は、新しい工房でパン作りに励んでいた。
「ケンさん、この生地、どうですか?」
エミリアが、ボウルを持ってくる。
「いい感じだね。発酵も完璧」
「えへへ」
日常が、戻ってきた。
パンを焼き、村人と笑い、穏やかな時間が流れる。
でも――
心のどこかで、不安が消えない。
新しい力のこと。
黄昏の会の手紙のこと。
「ケン、ぼーっとしてるわよ」
リーゼが、肩をつついてくる。
「あ、ごめん」
「最近、元気ないね。何かあった?」
「いや、何も」
「嘘。顔に書いてある」
リーゼが、じっと俺を見る。
「何か、隠してるでしょ」
「……」
やっぱり、バレてる。
「後で、話すよ。今は――」
その時、工房の扉が勢いよく開いた。
「大変だ! 大変なことになった!」
村人の一人が、血相を変えて飛び込んできた。
「畑が……畑が……!」
「落ち着いて。何があったんですか?」
「畑が、全部枯れてる! 一晩で!」
「枯れた!?」
俺たちは、急いで畑に向かった。
村の外れにある畑。
そこは――
地獄のような光景だった。
「なんだ、これ……」
昨日まで青々としていた小麦が、すべて枯れている。
茶色く変色し、倒れている。
「病気だ……」
グスタフが、枯れた小麦を手に取る。
「これは、疫病だ」
「疫病……?」
「ああ。作物を一晩で枯らす、恐ろしい病気だ」
村人たちが、次々と集まってくる。
「どうしよう……」
「これじゃ、収穫できない……」
「冬を越せない……」
絶望の声が、広がる。
「他の畑は!?」
「全部だ! 村中の畑が、同じ状態だ!」
「そんな……」
ハインリヒ村長が、蒼白な顔で駆けつけてきた。
「これは……終わりだ……」
「村長、諦めないでください!」
「だが、ケン君……冬までもう二ヶ月しかない。今から種を蒔いても、間に合わない……」
その通りだ。
普通なら、収穫まで三ヶ月以上かかる。
冬が来る前に、間に合わない。
「備蓄は?」
「ほとんどない。今年は、不作続きだったから……」
村人たちの顔が、絶望に染まっていく。
「食料がなければ……冬を越せない……」
「村を、捨てるしか……」
「いや、待ってください」
俺は、拳を握った。
「方法があります」
「方法?」
「俺の新しい魔法です」
みんなの視線が、俺に集まる。
「成長魔法。作物を急速に成長させる力です」
「そんなことが……できるのか?」
「はい。遺跡で、新しい力を手に入れました」
「本当か、ケン!」
グスタフが、俺の肩を掴む。
「それができるなら、村は救える!」
「……ただし」
俺は、みんなを見回した。
「代償があります」
「代償?」
「この魔法は、膨大な魔力を消費します。俺の体に、大きな負担がかかる」
「どれくらいの負担だ?」
「……最悪、死ぬかもしれません」
沈黙。
村人たちが、息を呑む。
「それは、ダメだ」
リーゼが、俺の前に立った。
「そんな危険なこと、させられない」
「でも、リーゼ――」
「ダメ!」
リーゼの目に、涙が浮かぶ。
「村より、ケンの命の方が大事!」
「リーゼ……」
「私も、反対です」
エミリアも、俺の服を掴む。
「ケンさんが死んだら、わたし……わたし……」
「二人とも……」
だが、俺の決意は変わらない。
「ごめん。でも、やらせてくれ」
「ケン……」
「この村は、俺の家だ。みんなは、家族だ」
俺は、村人たちを見る。
「家族を、見捨てられない」
「ケン君……」
ハインリヒが、涙を流す。
「すまない……本当に、すまない……」
「謝らないでください。これは、俺が決めたことです」
その日の夕方。
村の畑に、全員が集まった。
「準備はいいか、ケン?」
グスタフが、心配そうに聞く。
「はい」
「無理するなよ。途中で倒れそうになったら、すぐに止める」
「わかってます」
俺は、畑の中央に立った。
枯れた小麦が、一面に広がっている。
これを、すべて生き返らせる。
そして、成長させる。
「【グロース・リバース】」
まず、枯れた作物を生き返らせる魔法。
緑色の光が、畑全体を包む。
枯れた小麦が、少しずつ色を取り戻していく。
「すごい……」
「生き返ってる……」
村人たちの驚きの声。
だが、これはまだ序章だ。
「次……【グロース・アクセル】」
成長を加速させる魔法。
小麦が、見る見るうちに成長していく。
茎が伸び、穂が実る。
「やった……!」
「成功だ!」
だが――
「ぐっ……!」
激しい痛みが、体を襲う。
魔力が、急速に消耗していく。
膝が、震える。
「ケン! もうやめろ!」
グスタフが、叫ぶ。
「まだ……まだ足りない……」
畑の半分しか、成長していない。
これじゃ、足りない。
もっと……もっと……!
「【グロース・マキシマム】!」
全魔力を解放する。
光が、畑全体を覆う。
すべての小麦が、完全に成長した。
「できた……」
だが、次の瞬間――
視界が、暗くなった。
体が、地面に倒れる。
「ケン!」
リーゼの声が、遠くなる。
意識が――
消えた。
どれくらい時間が経ったのか。
ゆっくりと、意識が戻ってくる。
「……ここは?」
見慣れた天井。
グスタフの家だ。
「目が覚めたか」
グスタフが、ベッドの脇に座っていた。
「どれくらい……」
「三日だ。三日間、お前は眠り続けてた」
「三日……」
体を起こそうとして――
激痛。
「うっ……!」
「動くな。体が、まだ回復してない」
「畑は……?」
「成功だ」
グスタフが、微笑む。
「お前のおかげで、村は救われた」
「よかった……」
安堵の息を吐く。
よかった。
みんなを、救えた。
「だが、ケン」
グスタフの表情が、険しくなる。
「二度とやるな。あんな無茶」
「すみません……」
「お前が死にかけてる間、リーゼもエミリアも、ずっと泣いてたんだぞ」
「……」
「お前は、自分の命を軽く見すぎだ」
グスタフが、俺の頭を小突く。
「もっと、大事にしろ」
「……はい」
扉が、開いた。
「ケン!」
リーゼとエミリアが、駆け込んできた。
「起きたんだ! よかった……!」
二人とも、泣きながら抱きついてくる。
「心配した……本当に心配した……」
「ごめん。心配かけて」
「もう、絶対にあんなことしないで」
リーゼが、俺を睨む。
でも、その目は涙で潤んでいる。
「次にあんなことしたら、あたし、ケンのこと許さないから」
「わかった。約束する」
「本当に?」
「ああ、本当に」
リーゼが、安心したように微笑んだ。
その日の午後。
少し体調が回復したので、外に出た。
村人たちが、収穫作業をしている。
「ケン君!」
ハインリヒが、駆け寄ってきた。
「体は大丈夫か?」
「はい、もう大丈夫です」
「本当に、ありがとう」
ハインリヒが、深く頭を下げる。
「君のおかげで、村は救われた」
「当然のことをしただけです」
「いや、当然じゃない」
ハインリヒが、俺の手を握る。
「君は、命を賭けて村を守ってくれた。忘れない。絶対に」
「……ありがとうございます」
畑を見ると、黄金色の小麦が揺れている。
美しい光景だ。
これを守れて、よかった。
「ケン」
背後から、声。
振り返ると、ダミアンが立っていた。
「ダミアンさん! どうして……」
「噂を聞いた。村の畑が一夜で枯れ、お前が魔法で救ったと」
「はい……」
「無茶をしたな」
ダミアンの目が、厳しい。
「死ぬかもしれなかったんだぞ」
「わかってます。でも、やるしかなかった」
「……そうか」
ダミアンが、溜息をつく。
「だが、これで確信した」
「何をですか?」
「お前の魔法は、本物だ」
ダミアンが、真剣な顔で言った。
「この力、国のために使ってくれないか」
「国のために……?」
「ああ。今年は、全国的に不作だ。飢饉が起きかけている」
「それは……」
「お前の力があれば、救える。多くの村を」
ダミアンの目が、熱を帯びる。
「頼む。力を貸してくれ」
「……」
俺は、考え込んだ。
確かに、この力があれば、多くの人を救える。
でも、同時に危険でもある。
使いすぎれば、死ぬかもしれない。
「時間をください。考えさせてください」
「わかった。急がせるつもりはない」
ダミアンが、肩を叩く。
「だが、覚えておいてくれ。お前の力を、必要としている人がいる」
夜。
俺は、一人で工房の屋上にいた。
星空が、綺麗だ。
「ケン」
リーゼが、上がってきた。
「ここにいたんだ」
「ああ。少し、考え事を」
「ダミアンさんの話?」
「……うん」
リーゼが、隣に座る。
「どうするの?」
「わからない」
正直に答えた。
「力を使えば、多くの人を救える。でも、同時に危険だ」
「危険なら、使わなければいい」
「でも、それで死ぬ人がいるかもしれない」
「それは……」
リーゼも、言葉に詰まる。
「難しいね」
「ああ」
しばらく、沈黙。
風が、優しく吹く。
「ねえ、ケン」
「ん?」
「あたしは、ケンに生きててほしい」
リーゼが、俯く。
「どんな理由があっても、死んでほしくない」
「リーゼ……」
「わがままなのは、わかってる。でも――」
リーゼの目に、涙が浮かぶ。
「ケンがいない世界なんて、想像できない」
「……ありがとう」
俺は、リーゼの手を握った。
「大丈夫。簡単には死なないよ」
「本当?」
「ああ、本当」
「……約束だよ」
「うん、約束」
二人で、星を見上げる。
流れ星が、一筋。
「願い事、何した?」
リーゼが、聞いてくる。
「秘密」
「えー、教えてよ」
「教えたら、叶わなくなる」
「むー」
リーゼが、頬を膨らませる。
その仕草が、可愛い。
「でも、一つだけ教えるよ」
「何?」
「みんなの幸せを、願った」
「……優しいね、ケン」
「そうかな」
「うん。だから――」
リーゼが、俺に寄りかかってきた。
「あたし、ケンのこと……」
「リーゼ?」
「……ううん、何でもない」
リーゼが、顔を赤くする。
「ただ、ありがとうって言いたかっただけ」
「こちらこそ」
温かい時間が、流れる。
この瞬間が、永遠に続けばいいのに――
翌朝。
俺は、村人たちに呼ばれて広場に向かった。
「何ですか?」
「ケン君、これを」
ハインリヒが、木箱を差し出す。
中には、銀貨がぎっしり。
「これは……?」
「村のみんなで集めた。君への、感謝の気持ちだ」
「そんな……受け取れません」
「受け取ってくれ」
老人の一人が、前に出る。
「あんたがいなかったら、この村は終わってた」
「そうだ、そうだ」
村人たちが、口々に言う。
「だから、これは当然の報酬だ」
「でも……」
「ケン」
グスタフが、肩を叩く。
「受け取れ。みんなの気持ちだ」
「……わかりました」
俺は、木箱を受け取った。
ずっしりと重い。
でも、その重さは――
みんなの想いの重さだった。
「ありがとうございます」
深く、頭を下げる。
こんなに温かい人たちに囲まれて。
俺は、幸せ者だ――
その日の午後。
一通の手紙が届いた。
差出人は――
アナスタシア王女。
『ケン様
噂を聞きました。
村を救ったそうですね。
素晴らしいです。
実は、お願いがあります。
王宮で、正式な会議を開きます。
あなたの力について、話し合いたいのです。
来週、王都にいらしてください。
お待ちしています。
アナスタシア』
「王女様から……」
これは、断れない。
俺は、再び王都へ行くことになる。
そして――
運命が、大きく動き始める。




