第十六話「覚醒の代償、新たな力」
「ケン君!」
ダミアンの声が、遠くに聞こえる。
体が、熱い。
燃えるように熱い。
結晶から流れ込んでくる力が、体中を駆け巡る。
「ぐあああああ!」
膝をつく。
頭の中に、膨大な情報が流れ込んでくる。
植物の成長。動物の繁殖。細胞の分裂。
すべての生命現象が、理解できる。
操れる。
「ケン、しっかりしろ!」
ロイドが、肩を揺さぶる。
「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……です……」
ゆっくりと立ち上がる。
体は、まだ震えている。
でも、痛みは引いた。
「何が起きたんだ?」
「結晶が……俺の中に……」
「生命の結晶が、融合した……」
ミレーユが、青ざめた顔で言う。
「これは、想定外だ。古代文明の遺産が、人間と融合するなんて……」
「ケン君、どんな感じだ?」
ダミアンが、心配そうに聞く。
「体調は? 痛みは?」
「痛みは、もうありません。でも――」
俺は、手を見る。
力が、溢れている。
これまでとは、桁違いの力。
「新しい力が、目覚めました」
「第二段階……成長魔法か」
「はい。植物の成長、動物の繁殖、すべてが見える」
「試してみるか?」
ガレスが、床の隅を指差す。
「あそこに、枯れた苔がある。それを、生き返らせられるか?」
「やってみます」
俺は、枯れた苔に手をかざす。
「【グロース・ブルーム】」
新しい魔法の名前が、自然と口から出る。
緑色の光が、苔を包む。
そして――
枯れていた苔が、瞬く間に生き返った。
いや、生き返っただけじゃない。
急速に成長し、部屋中に広がっていく。
「すごい……」
「止めろ、ケン! 暴走してる!」
「え?」
見ると、苔が止まらない。
壁を、天井を、どんどん覆っていく。
「止まれ……止まってくれ……!」
必死に魔法を解除しようとする。
だが、制御できない。
「くそ、このままじゃ部屋中が苔に覆われる!」
ロイドが、剣で苔を切る。
だが、切っても切っても、すぐに再生する。
「クラリス、氷結魔法を!」
「わかったわ! 【フリーズ】!」
クラリスの魔法で、苔が凍結する。
ようやく、成長が止まった。
「はあ、はあ……」
俺は、膝をついた。
制御が、難しい。
第一段階の発酵魔法とは、比べ物にならないほど。
「ケン君、大丈夫か?」
「すみません……制御できませんでした……」
「無理もない」
ミレーユが、ノートに何かを書き込む。
「第二段階の魔法は、第一段階の十倍以上の魔力を消費する。それに、制御も難しい」
「やはり、危険なんですね……」
「ああ。だが――」
ダミアンが、俺の肩に手を置いた。
「使い方次第では、多くの人を救える力でもある」
「救える……?」
「そうだ。飢饉の時、作物を急速に成長させられる。病気の時、治癒を促進できる」
ダミアンの目が、真剣だ。
「この力、封印すべきか、使うべきか。それは、君が決めろ」
「……」
俺は、手を見つめた。
この力で、何ができる?
何をすべき?
「考えさせてください。今すぐには、答えが出せません」
「わかった。急ぐ必要はない」
「では、戻るか」
ロイドが、入口を見る。
「これ以上、ここにいても危険だ」
「ああ。撤収しよう」
遺跡を出ると、すでに夕暮れだった。
「今日は、ここで野営だな」
ガレスが、テントを設営し始める。
「俺が見張りをする。みんなは休め」
「ありがとうございます」
焚き火を囲んで、簡単な夕食。
リーゼが作ってくれたパンと、干し肉のスープ。
「美味いな、このパン」
ロイドが、感心する。
「リーゼって子が作ったのか?」
「はい。村長の娘です」
「いい嫁になるぞ、あの子」
「よ、嫁って……」
「お前、気づいてないのか?」
ロイドが、呆れた顔をする。
「あの子、お前のこと好きだぞ。見りゃわかる」
「え……」
「鈍感だな、お前」
クラリスも、笑う。
「エミリアちゃんも、あなたのこと慕ってるわよ。まあ、あっちは家族愛って感じだけど」
「二人とも、大切な仲間です」
「仲間ねえ……」
クラリスが、意味深に笑う。
「まあ、いいわ。若いんだから、恋愛も楽しみなさい」
「恋愛って……」
「ケン君、焦らなくていい」
ダミアンが、フォローしてくれる。
「今は、自分のことに集中しろ。恋愛は、その後でいい」
「……はい」
夜。
みんなが寝静まった後、俺は一人で焚き火の前に座っていた。
新しい力のことを、考えている。
成長魔法。
使えば、多くの人を救える。
でも、制御を誤れば、取り返しのつかないことになる。
「どうすれば……」
「眠れないのか?」
ロイドが、隣に座った。
「はい……考え事を」
「新しい力のことか」
「ええ」
「悩むのは当然だ」
ロイドが、夜空を見上げる。
「力は、常に両刃の剣だ。使い方次第で、毒にも薬にもなる」
「ロイドさんも、そう思いますか?」
「ああ。俺も、若い頃は同じように悩んだ」
「ロイドさんが……?」
「俺は、剣の才能があった。騎士団に入って、すぐに頭角を現した」
ロイドの目が、遠くを見る。
「だが、その力を過信した。ある任務で、仲間を死なせてしまった」
「……」
「それからだ。力の使い方を、真剣に考えるようになったのは」
ロイドが、俺を見た。
「ケン、お前は優しい。だから、きっと正しく使える」
「本当に……そう思いますか?」
「ああ。お前を見てればわかる」
ロイドが、肩を叩く。
「お前は、人を幸せにするために力を使う。それが、お前の本質だ」
「ありがとうございます……」
その言葉に、少し救われた気がした。
翌朝。
俺たちは、王都への帰路についた。
馬車の中で、ミレーユが質問してくる。
「ケン君、新しい力、もう少し試してみたくないか?」
「え?」
「いや、研究者として興味があってね」
ミレーユが、ノートを開く。
「どこまでできるのか、限界を知りたい」
「でも、危険じゃ……」
「大丈夫。私たちがいる。暴走したら、すぐに止める」
「……わかりました」
馬車を止めて、近くの草原で実験することになった。
「じゃあ、この枯れ木を生き返らせてみて」
ミレーユが、枯れた木を指差す。
「わかりました」
俺は、手を木にかざす。
「【グロース・ブルーム】」
緑色の光。
枯れ木が、ゆっくりと葉を生やし始める。
今度は、制御できている。
「いいぞ、その調子」
「次は、この種を」
ミレーユが、小さな種を渡してくる。
「これを、急速に成長させられるか?」
「やってみます」
種を地面に置き、魔法をかける。
種が、芽を出す。
そして、見る見るうちに成長していく。
茎が伸び、葉が広がり――
数分で、大きな花が咲いた。
「驚異的だ……!」
ミレーユが、興奮する。
「普通なら数週間かかる成長を、数分で……!」
「でも、魔力消費が激しいです」
「そうか……やはり、コストの問題があるか」
ミレーユが、何かを計算している。
「もし、この魔法を農業に使ったら……」
「飢饉を、解決できる……?」
「理論上は可能だ。だが――」
ダミアンが、慎重に言う。
「大規模に使えば、大地の魔力を枯渇させるかもしれない」
「古代文明と、同じことに……」
「そうだ。だから、慎重に使う必要がある」
ダミアンが、真剣な顔で言った。
「ケン君、この力は必要な時だけ、限定的に使え」
「わかりました」
王都に戻ったのは、三日後の夕方だった。
「ケン君、今日はうちに泊まっていけ」
ダミアンが、屋敷に招待してくれる。
「明日、ゆっくり話そう」
「ありがとうございます」
その夜、豪華な夕食をごちそうになった。
「ケン君、村に戻ったら、どうするつもりだ?」
「新しい力のこと、みんなに話します」
「隠さないのか?」
「隠しても、いずれバレます。それなら、最初から正直に」
「……そうか」
ダミアンが、微笑む。
「お前らしいな」
「ただ、使い方は慎重に考えます」
「それでいい」
食事の後、ダミアンが書斎に案内してくれた。
「これを、渡しておく」
彼が差し出したのは、古い本。
「生命魔法の理論書だ。古代文明の研究者が書いたものの写本」
「いいんですか?」
「ああ。お前に必要だ」
本を受け取る。
ずっしりと重い。
「これを読めば、制御のヒントが得られるかもしれない」
「ありがとうございます」
「それと――」
ダミアンが、真剣な顔になる。
「黄昏の会は、お前の新しい力を知っただろう」
「……はい」
「さらに狙われる。覚悟しておけ」
「わかってます」
「だが、一人じゃない」
ダミアンが、手を差し出した。
「私たちが、お前を支える」
「……ありがとうございます」
その手を、握り返す。
温かい。
こんなに多くの仲間がいる。
怖くない――そう、自分に言い聞かせた。
翌朝、村への帰路についた。
護衛の騎士三名と共に。
「気をつけて帰れよ」
ロイドが、見送ってくれる。
「また何かあったら、すぐに連絡しろ」
「はい」
馬車が、王都を出る。
窓から見える景色。
緑の田園。青い空。
この世界を、守りたい。
新しい力も、そのために使う。
そう、決意した。
二日後。
ベルガルド村に到着した。
「ケンさん!」
エミリアが、真っ先に駆けてきた。
「お帰りなさい!」
「ただいま、エミリア」
「リーゼお姉ちゃんも、ずっと心配してました!」
「ああ、今行く」
工房に向かうと、リーゼが待っていた。
「ケン……!」
彼女は、涙を浮かべて抱きついてきた。
「心配したんだから……」
「ごめん。でも、無事だよ」
「うん……」
リーゼの温もりが、心地いい。
ああ、帰ってきたんだ。
俺の、大切な場所に――
「ケン、話がある」
グスタフが、真剣な顔で言った。
「お前がいない間、また黒装束が現れた」
「また!?」
「ああ。だが、今度は襲撃じゃなかった」
「じゃあ……?」
「手紙を置いていった」
グスタフが、一通の手紙を渡す。
開けると――
『ケン・サトウへ
お前の新しい力、我々は知っている。
第二段階の覚醒、おめでとう。
だが、それだけでは足りない。
第三段階――創造の力を、手に入れろ。
そうすれば、お前は神になれる。
世界を、変えられる。
我々は待っている。
お前が、我々の側に来るのを。
黄昏の会より』
「……!」
手が、震える。
「ケン、どうした?」
「いえ……何でもありません」
手紙を、ポケットに入れる。
黄昏の会は、諦めていない。
むしろ、俺を仲間に引き入れようとしている。
「絶対に、応じない」
小さく、呟いた。
「俺は、俺の道を行く」
リーゼとエミリアが、心配そうに見ている。
「大丈夫。心配しないで」
俺は、二人を安心させるように笑った。
でも、心の中では――
不安が、拭えなかった。
この力を、本当に制御できるのか。
間違った道に、進まないのか――




