第十四話「復興と成長、新たな決意」
襲撃から三日。
村は、急速に復興していた。
「もっと石を積め!」
「こっちは木材が足りない!」
「誰か、水を持ってきてくれ!」
村人たちの声が、朝から響く。
第一工房の跡地では、新しい工房の建設が進んでいる。
「ケン、設計図はこれでいいか?」
村の大工が、図面を広げる。
「ああ、完璧です」
今度の工房は、以前の二倍の大きさ。
石窯は五基。作業スペースも広い。
そして――
「防衛設備も忘れずに」
グスタフが、壁の設計を確認している。
「厚さ三十センチの石壁。見張り台も二箇所」
「物々しいですね……」
「仕方ねえ。また襲われる可能性がある」
グスタフが、険しい顔をする。
「今度は、もっと準備して来るだろう」
「……わかってます」
俺も、覚悟はしている。
黄昏の会は、まだ諦めていない。
「だから、強くなる」
工房の敷地の隅では、村人たちの戦闘訓練が行われていた。
「構え!」
グスタフの号令。
村人たちが、一斉に木剣を構える。
「遅い! もっと速く!」
「はっ!」
老人から若者まで、真剣な顔で訓練している。
「いいぞ。その調子だ」
グスタフが、満足げに頷く。
「一週間前より、ずっと良くなってる」
「グスタフさん、厳しいですね」
「当たり前だ。命がかかってる」
彼の目が、真剣だ。
「次に襲われた時、死なせたくねえからな」
「……ありがとうございます」
グスタフは、本当に村のことを想ってくれている。
もう、完全に家族だ。
午後。
俺は、第二工房で新しいパンの試作をしていた。
第一工房は焼けたが、幸い第二工房は無事だった。
「スタンダードラインの改良版……」
アレクからの依頼だ。
もっと安く、もっと大量に。
でも、品質は落とさない。
「発酵時間を十分短縮して……」
魔法を使えば、短縮できる。
だが、味が変わってしまう。
「どうすれば……」
「ケンさん、悩んでますか?」
エミリアが、お茶を持ってきてくれた。
「ああ、ちょっとね」
「わたしに、手伝えることはありますか?」
「うーん……実は、発酵のバランスが難しくて」
「発酵のバランス?」
「ああ。速く発酵させると、味が薄くなる。でも、時間をかけると、コストが上がる」
エミリアは、しばらく考えてから――
「わたしの魔法と、組み合わせてみませんか?」
「組み合わせる?」
「はい。ケンさんの魔法は、強力だけど、ちょっと荒っぽい」
「荒っぽい……」
「わたしの魔法は、優しく、ゆっくり。二つを組み合わせたら、ちょうどいいかも」
「……なるほど!」
試してみる価値がある。
「じゃあ、やってみよう」
俺とエミリアは、同時に魔法をかける。
俺の【イースト・ブルーム】と、エミリアの【聖浄の発酵促進】。
二つの魔法が、生地の中で混ざり合う――
「あ……」
生地が、完璧に膨らんだ。
速さも、柔らかさも、香りも。
すべてが、理想的だ。
「これだ……!」
「やりましたね、ケンさん!」
「エミリア、すごいよ! 君の魔法、本当に素晴らしい!」
「えへへ」
エミリアが、嬉しそうに笑う。
「わたし、ケンさんの役に立てて嬉しいです」
「エミリアがいなかったら、俺は何もできない」
俺は、エミリアの頭を撫でた。
「これからも、一緒に頑張ろう」
「はい!」
その時、リーゼが工房に入ってきた。
「ケン、お客さんよ」
「お客さん?」
「王都から。ダミアンさん」
「ダミアンさんが!?」
応接室には、ダミアンが待っていた。
だが、その表情は――いつもより深刻だ。
「ダミアンさん、どうしたんですか?」
「ケン君……重大な発見があった」
ダミアンが、古い羊皮紙を取り出した。
「これは、三日前に発見された古代遺跡の文書だ」
「古代遺跡……?」
「ああ。北部の山岳地帯で、調査隊が古代魔法文明の遺跡を発見した」
ダミアンが、羊皮紙を広げる。
そこには、古代文字で何かが書かれている。
「これを解読した結果――」
ダミアンの声が、震える。
「君の発酵魔法の起源が、判明した」
「起源……?」
「ああ。発酵魔法は、古代魔法文明の【生命操作魔法】の一つだ」
「それは、黄昏の会のリーダーも言ってました」
「だが、それだけじゃない」
ダミアンが、別の紙を取り出す。
「【生命操作魔法】は、三つの段階がある」
「三つ?」
「第一段階――【発酵】。微生物を操る」
「それが、俺の魔法……」
「第二段階――【成長】。植物や動物を操る」
「成長……」
「第三段階――【創造】。生命そのものを創り出す」
その言葉に、背筋が凍った。
「生命を……創る?」
「ああ。古代文明は、その力を手に入れた。そして――」
ダミアンの目が、暗くなる。
「その力を使いすぎて、滅んだ」
「……!」
「創造の魔法は、膨大な魔力を消費する。大陸全体の魔力を吸い尽くし、世界を荒廃させた」
「そんな……」
「だから、この魔法は【禁忌】とされた。二度と使ってはならない、と」
ダミアンが、俺を真っ直ぐ見た。
「ケン君。君は今、第一段階だ。だが――」
「俺も、第二、第三段階に進める……?」
「おそらくな。才能があれば」
その言葉が、重い。
「でも、第三段階に到達したら……」
「世界が、滅ぶかもしれない」
沈黙。
部屋に、重苦しい空気が流れる。
「ケン君、君はどうしたい?」
「……わかりません」
正直に答えた。
「俺は、ただパンを焼きたかっただけなんです。こんな大それた力、欲しくなかった」
「そうだろうな」
ダミアンが、優しく微笑む。
「だが、力は君に宿った。それは、事実だ」
「じゃあ、どうすれば……」
「使わないことだ」
ダミアンが、きっぱりと言った。
「第二段階には、進まない。発酵だけを使い続ける」
「それで、安全なんですか?」
「完全ではないが、リスクは低い」
ダミアンが、別の資料を見せる。
「発酵魔法だけなら、魔力消費も少ない。世界を壊すことはない」
「……わかりました」
俺は、決意した。
「俺は、発酵魔法だけを使います。それ以上は、手を出しません」
「賢明な判断だ」
ダミアンが、頷く。
「だが、問題がある」
「問題?」
「黄昏の会は、君に第三段階まで進んでほしいと思っている」
「なぜ?」
「彼らは、古代文明の復活を望んでいる。君がその鍵だ」
ダミアンの表情が、険しくなる。
「だから、あらゆる手を使って、君を手に入れようとするだろう」
「……覚悟はしてます」
「本当に?」
「ええ。もう、逃げません」
俺は、拳を握った。
「俺には、守るべきものがある。村も、仲間も」
「……そうか」
ダミアンが、立ち上がった。
「なら、私も全力で支援する」
「ありがとうございます」
「ただし、一つだけ条件がある」
「条件?」
「遺跡の調査に、協力してほしい」
「遺跡の……調査?」
「ああ。君の魔法の秘密を、もっと解明したい」
ダミアンの目が、知的好奇心に満ちている。
「それに、遺跡には古代の技術が眠っている。それを使えば、黄昏の会に対抗できるかもしれない」
「わかりました。協力します」
「ありがとう。では、一週間後に――」
その時、窓が割れた。
「!?」
黒い影が、部屋に飛び込んでくる。
刺客だ!
「ダミアンさん、伏せて!」
俺は、とっさに発酵魔法を使う。
「【イースト・シールド】!」
粘性の壁が、刺客の攻撃を防ぐ。
「ケン・サトウ……!」
刺客が、短剣を構える。
「貴様の命、いただく!」
再び、襲いかかってくる。
だが――
「させるか!」
扉が蹴破られ、グスタフが飛び込んできた。
「また刺客か! 懲りねえな!」
グスタフの剣が、刺客の短剣を弾く。
「ケン、下がってろ!」
「はい!」
グスタフと刺客の、激しい攻防。
だが、グスタフの方が一枚上手だった。
「おらぁ!」
渾身の一撃。
刺客の武器が、飛ばされる。
「くそ……!」
刺客は、窓から逃げようとして――
「逃がさん」
ダミアンが、魔法を発動した。
【氷結の鎖】
氷の鎖が、刺客を縛り上げる。
「動くな。動けば、凍死する」
「くっ……」
刺客は、観念したようだ。
「また黄昏の会か……」
グスタフが、捕らえた刺客を見る。
「しつこいな」
「彼らは、諦めない」
ダミアンが、溜息をつく。
「ケン君を手に入れるまで、何度でも来るだろう」
「なら、こっちも準備するまでだ」
グスタフが、剣を鞘に収める。
「村の防衛体制、さらに強化する」
「私も、騎士団を常駐させよう」
「ありがとうございます」
その時、リーゼとエミリアが駆け込んできた。
「ケン! 大丈夫!?」
「ああ、無事だよ」
「よかった……」
リーゼが、安堵の息を吐く。
「本当に、心配したんだから」
「ごめん」
「謝らなくていい。でも――」
リーゼが、真剣な顔になる。
「もう、一人で戦わないで」
「え?」
「あたしたちも、一緒に戦う」
リーゼの目に、強い決意が宿っている。
「あたし、弱いけど。でも、ケンを守りたい」
「リーゼ……」
「わたしも!」
エミリアも、手を挙げる。
「わたし、もっと強くなります! ケンさんを守れるように!」
「二人とも……」
胸が、熱くなった。
ああ、俺は一人じゃない。
こんなに素晴らしい仲間がいる。
「ありがとう、みんな」
俺は、二人を抱きしめた。
「一緒に、戦おう」
「うん!」
「はい!」
夕方。
ダミアンは、村を出ていった。
「一週間後、王都で会おう」
「はい。遺跡調査、楽しみにしています」
「ああ。きっと、大きな発見がある」
馬車が、走り去っていく。
俺は、村を見渡した。
新しい工房の建設。
訓練する村人たち。
笑顔で働く子供たち。
この村は、変わった。
俺が来てから、たった数ヶ月で。
「でも、まだ始まったばかりだ」
これから、もっと大きな試練が待っている。
黄昏の会。
古代遺跡。
そして、俺の魔法の秘密。
「怖くないと言えば、嘘になる」
でも、逃げない。
守りたいものがあるから。
「ケン、何してるの?」
リーゼが、隣に来た。
「ちょっと、考え事」
「難しい顔してるね」
「そう?」
「うん。でも――」
リーゼが、微笑む。
「大丈夫。あたしたちが、ついてるから」
「……ありがとう」
二人で、夕日を見る。
オレンジ色の空。
明日も、きっと晴れる。
そんな気がした。
その夜。
俺は、一人で工房跡地に立っていた。
焼け跡から、新しい建物が立ち上がりつつある。
「ここから、また始まる」
ポケットから、エミリアのお守りを取り出す。
襲撃の時、これが光って俺を守ってくれた。
「エミリアの力……聖浄魔法」
彼女にも、秘められた力がある。
王族の血が、彼女を特別な存在にしている。
「みんな、それぞれの力を持ってる」
俺の発酵魔法。
エミリアの聖浄魔法。
リーゼの勇気。
グスタフの経験。
「一人じゃ弱い。でも、みんなで力を合わせれば――」
その時、空から流れ星が落ちた。
一筋、二筋、三筋。
「流れ星……」
願い事を――
「みんなを、守れますように」
そう、心の中で呟いた。
風が、優しく吹く。
まるで、応えてくれているようだった。




