第十三話「反撃の狼煙、仲間たちの力」
発酵の嵐が、戦場を覆う。
「突撃ィィ!」
グスタフの号令と共に、村人たちが飛び出してきた。
農具を武器に、必死の形相で。
「村を守れ!」
「家族を守るんだ!」
老人も、女性も、若者も。
みんな、戦っている。
「【イースト・ウェポン】!」
俺は、村人たちの武器に発酵魔法をかける。
農具の表面に、粘着性の膜が張られる。
「これなら、敵の武器を絡め取れる!」
「おお、すげえ!」
村人の一人が、敵の剣を農具で受け止める。
剣が、粘着膜に絡み取られた。
「今だ!」
別の村人が、その敵を押し倒す。
「やった!」
「いいぞ、その調子だ!」
グスタフが、剣を振るう。
元王国騎士の実力。圧倒的だ。
「お前ら、ビビってんじゃねえ! 相手は所詮、金で雇われた傭兵だ!」
その言葉に、村人たちの士気が上がる。
「そうだ!」
「俺たちには、守るものがある!」
「負けるか!」
だが――
「フン、調子に乗るな」
黒装束のリーダーが、マントを翻した。
「我らは、黄昏の使徒。貴様ら田舎者とは、格が違う」
彼が手を掲げると――
空が、暗くなった。
「これは……!」
「古代魔法【暗黒の帳】だ」
リーダーの声が、不気味に響く。
「光を奪い、希望を奪う。そして――」
彼の手から、黒い稲妻が放たれた。
「死を与える!」
「避けろ!」
俺は、とっさに発酵の壁を作る。
「【イースト・シールド】!」
発酵で生成した粘性の壁が、黒い稲妻を受け止める。
だが――
「ぐあっ!」
衝撃で、体が吹き飛ばされた。
「ケン!」
リーゼの声。
「大丈夫……まだ、やれる……!」
立ち上がる。
腕が痺れている。強力な魔法だ。
「ほう、防いだか」
リーダーが、興味深そうに見る。
「さすがは、発酵魔法の使い手。だが――」
彼の周りに、黒いオーラが渦巻く。
「我が力の前では、無意味だ」
「くそ……こいつ、本物の魔法使いか……!」
グスタフが、舌打ちする。
「ケン、俺が時間を稼ぐ。その間に、村人を避難させろ!」
「ダメです! 一人じゃ――」
「いいから行け!」
グスタフが、リーダーに突撃する。
「おらぁ!」
剣が、リーダーに迫る――
だが。
「遅い」
リーダーが、手を一振り。
グスタフの体が、見えない力で弾き飛ばされた。
「グスタフさん!」
「くっ……こいつ、化け物か……」
グスタフが、血を吐く。
「ダメだ、ケン……こいつは、強すぎる……」
「諦めるな!」
俺は、グスタフの前に立った。
「まだ、終わってない!」
「ケン……」
「みんなで戦えば、勝てる。そうだろ、グスタフさん」
「……ったく、お前は……」
グスタフが、苦笑する。
「いつの間にか、頼もしくなりやがって」
「グスタフさんに、鍛えてもらいましたから」
二人で、剣を構える。
「行くぞ、ケン」
「はい!」
同時に、突撃する。
だが、リーダーは動じない。
「無駄だ」
再び、黒い稲妻――
その瞬間。
「【聖浄の光】!」
金色の光が、黒い稲妻を打ち消した。
「!?」
リーダーが、驚いた顔をする。
「これは……聖浄魔法だと!?」
光の発生源を見ると――
エミリアが、両手を掲げていた。
「エミリア……!」
「ケンさんを、いじめないでください!」
エミリアの体が、金色の光に包まれている。
その姿は、まるで天使のようだった。
「王族の血……まさか、こんなところに……!」
リーダーの表情が、変わる。
「計画変更だ。あの娘を捕らえろ!」
「エミリアを狙うな!」
俺は、エミリアの前に立った。
「お前の相手は、俺だ!」
「邪魔だ、消えろ!」
リーダーが、巨大な黒い球体を生成する。
「【暗黒球】!」
それが、俺に向かって飛んでくる。
避けられない――
「ケン!」
リーゼが、俺を押し倒した。
黒い球体が、俺たちの頭上を通過する。
「リーゼ!」
「大丈夫……」
リーゼが、俺を見つめる。
「ケンは、死なせない」
「リーゼ……」
その目には、強い決意が宿っていた。
「あたしも、戦う」
リーゼが、立ち上がる。
「あたし、魔法は使えない。でも――」
彼女は、大きな木の棒を拾った。
「殴ることはできる!」
そう言って、リーダーに向かって走る。
「待て、リーゼ! 危険だ!」
だが、リーゼは止まらない。
「やああああ!」
全力で、棒を振り下ろす。
リーダーは、それを魔法で防ごうとして――
「!?」
なぜか、魔法が発動しない。
「これは……魔法封じの木!?」
「へへ、グスタフさんに教わったの!」
リーゼが、得意げに笑う。
「この木、魔力を吸収するんだって!」
「貴様……!」
リーダーが、ナイフを抜く。
魔法が使えなくても、接近戦ができる――
だが。
「させるか!」
グスタフが、リーダーに組み付いた。
「今だ、ケン!」
「はい!」
俺は、最大の魔法を発動する。
「【イースト・エクスプロージョン】!」
リーダーの足元に、大量の発酵液を生成。
それが、急速に膨張し――
爆発した。
「ぐああああああ!」
リーダーが、吹き飛ばされる。
地面に倒れ込み、動かなくなった。
「やった……!」
その瞬間――
残りの黒装束たちが、一斉に逃げ始めた。
「リーダーがやられた!」
「撤退だ!」
「逃げろ!」
あっという間に、散り散りになっていく。
「追うな!」
グスタフが、叫ぶ。
「追撃は危険だ。今は、村の守りを固めろ!」
「了解!」
騎士たちが、村の周囲を警戒する。
戦いが終わった。
村人たちが、安堵の息を吐く。
「勝った……のか?」
「ああ、勝ったんだ!」
「やったぞ!」
歓声が上がる。
みんな、泣きながら抱き合っている。
「ケンさん!」
エミリアが、駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫だよ、エミリア」
俺は、エミリアを抱きしめた。
「君のおかげだ。ありがとう」
「わたし……役に立てました?」
「もちろん。君がいなかったら、負けてた」
「えへへ」
エミリアが、嬉しそうに笑う。
その時、リーゼもやってきた。
「ケン……」
「リーゼ、無茶したな」
「だって、ケンが死にそうだったから」
リーゼの目が、潤んでいる。
「怖かった……本当に怖かった……」
「ごめん。心配かけた」
「うん……でも、無事で良かった……」
リーゼが、俺の胸に顔を埋める。
その温もりが、心地いい。
「ありがとう、リーゼ。助けてくれて」
「どういたしまして」
夜。
村の中央広場で、緊急会議が開かれた。
「被害状況を報告しろ」
ハインリヒ村長が、疲れた顔で言う。
「第一工房、全焼。石窯三基、使用不能」
「家屋二軒、半壊」
「畑の一部、焼失」
「怪我人、十五名。重傷者はなし」
「……死者は?」
「ゼロです」
その報告に、村長が安堵の息を吐いた。
「よかった……本当に、よかった……」
「村長、これからどうします?」
村人の一人が、不安そうに聞く。
「工房が焼けた。パンが作れない。蒼銀商会との契約は……」
「大丈夫だ」
アレクが、前に出た。
いつの間にか、彼も村に来ていたらしい。
「工房の再建費用は、うちが出す」
「アレクさん……!」
「それに、納品の遅れも問題ない。事情を説明すれば、王宮も理解してくれる」
「ありがとうございます……」
「礼はいらん。これは、投資だ」
アレクが、不敵に笑う。
「お前たちは、必ず立ち直る。そう信じてる」
「……はい!」
俺は、拳を握った。
「必ず、立ち直ります。そして、もっと強くなります」
「その意気だ」
グスタフが、肩を叩いてくる。
「今回の件で、わかっただろ。村を守るには、戦う力が必要だ」
「はい」
「なら、村人たちに戦闘訓練をしよう」
「戦闘訓練……?」
「ああ。俺が教える。剣の使い方、魔法の防ぎ方、連携の仕方」
グスタフの目が、真剣だ。
「次に襲われた時、もっと上手く戦えるように」
「……お願いします」
ハインリヒが、深く頭を下げた。
「村人たちを、強くしてください」
「任せろ」
深夜。
俺は、焼け跡となった工房の前に立っていた。
真っ黒に焦げた壁。
崩れた石窯。
ここで、みんなと一緒にパンを焼いた。
笑い、語り、夢を語った。
「また、作り直そう」
リーゼが、隣に立った。
「もっと大きく、もっと頑丈に」
「ああ」
「それに、今度は防衛設備も作らなきゃね」
「防衛設備?」
「うん。壁とか、見張り台とか」
リーゼが、真剣な顔で言う。
「もう二度と、こんなことにならないように」
「……そうだな」
俺たちは、夜空を見上げた。
星が、綺麗だ。
「ケン」
「ん?」
「ありがとう」
「何が?」
「村のために、戦ってくれて」
リーゼが、俺の手を握る。
「あなたがいなかったら、この村はもうなかった」
「いや、みんなのおかげだよ」
「それでも」
リーゼが、俺を見つめる。
「あなたは、ヒーローよ」
「ヒーローなんて、柄じゃないよ」
「いいの。あたしにとっては、ヒーローだから」
リーゼの顔が、近づいてくる。
月明かりに照らされた、その顔は――
「ケンさーん! リーゼお姉ちゃん!」
エミリアの声で、二人は慌てて離れた。
「な、何? エミリア?」
「グスタフさんが呼んでます! 倒れてた敵が、目を覚ましたって!」
「敵が!?」
俺たちは、急いでグスタフのところへ向かった。
グスタフの家。
そこには、黒装束のリーダーが縛られていた。
「目を覚ましたか」
俺が声をかけると、リーダーは睨みつけてきた。
「……貴様」
「聞きたいことがある」
「答える義理はない」
「そうか。なら、王国騎士団に引き渡すだけだ」
「……」
「ただし、その前に一つだけ」
俺は、リーダーの目を見た。
「なぜ、俺を狙う? 黄昏の会の目的は何だ?」
「……フン」
リーダーが、鼻で笑う。
「知りたいか?」
「ああ」
「なら、教えてやろう」
リーダーの目が、狂気を帯びる。
「我々の目的は――世界の再構築だ」
「再構築?」
「そうだ。腐った貴族、愚かな平民。この世界は、間違っている」
「それを、正すと?」
「正すのではない。壊すのだ」
リーダーが、笑った。
「そして、古代魔法文明の技術で、新しい世界を作る」
「古代魔法文明……」
「その鍵が、貴様だ。ケン・サトウ」
「俺が?」
「貴様の発酵魔法は、古代の【生命操作魔法】の一部だ」
リーダーの声が、低くなる。
「それを解析すれば、我々は完全な【生命操作】を手に入れられる」
「生命操作……?」
「そうだ。作物を自在に育て、病気を治し、老いを止める。究極の魔法だ」
「それは……」
「素晴らしいだろう? 貴様の魔法で、世界は変わる」
「違う!」
俺は、叫んだ。
「俺の魔法は、人を幸せにするためのものだ! 世界を壊すためじゃない!」
「幸せ? 笑わせるな」
リーダーが、嘲笑する。
「貴様のような甘い考えでは、何も変えられん。力だけが、世界を変えるのだ」
「……もういい」
グスタフが、リーダーの口を塞いだ。
「十分だ。騎士団に引き渡そう」
「ああ」
俺たちは、部屋を出た。
「ケン」
グスタフが、肩に手を置く。
「気にするな。あいつの言うことは、戯言だ」
「……わかってます」
でも、心のどこかで――
不安が、拭えなかった。
俺の魔法は、本当に正しいのか?
この力を、どう使うべきなのか――




