第十一話「王都の陰謀、交錯する思惑」
「王室御用達……本気なんですか?」
アナスタシア王女が帰った後、俺はアレクに確認した。
「ああ、本気だろうな」
アレクが、腕を組む。
「アナスタシア殿下は、見た目は子供っぽいが、芯は強い。決めたことは、必ずやり遂げる」
「でも、王室御用達なんて、俺には荷が重すぎます」
「そう言うな。これは大チャンスだ」
アレクが、窓の外を見た。
「王室御用達になれば、信頼が一気に高まる。保守派の貴族たちも、文句を言いにくくなる」
「保守派……」
「ああ。連中は、平民の成り上がりを嫌う。だが、王女の推薦となれば、表立っては反対できない」
「でも、裏では……」
「裏では、何でもやってくるだろうな」
アレクが、苦笑する。
「覚悟しとけ。これから、もっと厳しくなる」
夕方。
ダミアンの屋敷を訪ねた。
王都の貴族街にある、立派な邸宅。
「ようこそ、ケン君」
ダミアンが、書斎で迎えてくれた。
「旅は、無事だったか?」
「いえ、襲撃されました」
「やはりか」
ダミアンの表情が、険しくなる。
「黄昏の会だな」
「やっぱり……」
「ああ。彼らの動きを、調査していた」
ダミアンが、分厚いファイルを開く。
「黄昏の会――正式名称『黄昏の使徒団』。約百年前に結成された秘密結社だ」
「百年も……」
「ああ。目的は、『古き秩序の維持』」
「古き秩序?」
「貴族支配体制の維持、魔法技術の独占、そして――」
ダミアンが、一枚の羊皮紙を取り出した。
「古代魔法文明の復活」
「古代魔法文明……?」
「千年前、この大陸には高度な魔法文明が栄えていた。だが、ある日突然、滅んだ」
「なぜ?」
「わからない。記録が、ほとんど残っていない」
ダミアンが、古い地図を広げる。
「ただ、遺跡だけが残っている。そこには、現代では失われた技術が眠っているらしい」
「それを、黄昏の会が……」
「ああ。彼らは、古代の技術を独占し、権力を維持しようとしている」
「でも、それと俺のパンと、何の関係が?」
「君のパンは、革新だ」
ダミアンが、真剣な目で言った。
「革新は、人々に希望を与える。希望は、変化を生む。変化は、既存の秩序を壊す」
「だから、潰される……」
「その通りだ。君は、気づかないうちに、この国の権力構造に挑戦している」
その言葉が、重く胸に響く。
「どうすれば……」
「戦うしかない」
ダミアンが、立ち上がった。
「だが、君は一人じゃない。私がいる。アレクがいる。そして――」
ノックの音。
「入れ」
扉が開き、一人の男が入ってきた。
三十代半ば。厳つい顔に、傷跡。軍人のような雰囲気。
「紹介しよう。彼は、ロイド・ハートウェル。王国騎士団の副団長だ」
「初めまして。ケン・サトウです」
「……ふん」
ロイドは、俺を値踏みするように見た。
「こんなひょろい若造が、黄昏の会を刺激してるのか」
「ロイド、失礼だぞ」
「事実を言ったまでだ」
ロイドが、腕を組む。
「だが、度胸は認める。よくここまで生き延びた」
「ありがとう……ございます?」
「ダミアン殿下、本当にこいつを守るんですか?」
「ああ。国王陛下の命令だ」
「……了解しました」
ロイドが、渋々という感じで頷く。
「では、護衛をつけます。常時三名」
「そんなに……」
「必要だ。お前、自分がどれだけ狙われてるか、わかってないだろ」
ロイドが、一枚の紙を突きつけてきた。
「これを見ろ」
そこには、俺の似顔絵と――
「懸賞金……金貨十枚!?」
「ああ。闇の市場で、お前の首に値がついてる」
「そんな……」
「もう、のんびりパンを焼いてる場合じゃねえんだよ」
ロイドが、鋭い目で俺を見た。
「覚悟を決めろ。戦うか、逃げるか」
「……戦います」
「はっ、即答か」
「守りたいものがありますから」
「守りたいもの、ね」
ロイドが、珍しく笑った。
「いい目してるじゃねえか。気に入った」
翌日。
王宮での試食会が開かれることになった。
「緊張するな……」
俺は、新しく仕立ててもらった礼服を着て、王宮の門をくぐる。
護衛のロイド配下の騎士三名が、ついてきている。
「こんな厳重な警備、必要なんですか?」
「当たり前だ」
騎士の一人が答える。
「保守派の貴族たちが、何をしてくるかわからん」
「暗殺とか……」
「最悪の場合はな」
背筋が凍る。
でも、引き返せない。
「大丈夫。私たちがいるから」
もう一人の騎士――若い女性騎士が、励ましてくれる。
「あなたは、パンを焼くことだけ考えて」
「……はい」
王宮の中は、信じられないほど豪華だった。
大理石の床、壁画、シャンデリア。
前世の宮殿を思い出す。
「こちらです」
案内されたのは、広間。
そこには、すでに多くの貴族たちが集まっていた。
華やかなドレスに、宝石。
場違いな感じがする。
「ケン君!」
ダミアンが、手を振ってくれた。
「こっちだ」
彼の隣には、アレクもいる。
「緊張してるな」
「バレバレですか?」
「ああ。だが、自信を持て。お前のパンは、最高だ」
アレクの言葉に、少し落ち着く。
その時――
ファンファーレが鳴り響いた。
「国王陛下、ご入場!」
全員が、膝をつく。
俺も慌てて膝をつく。
重厚な足音。
そして――
「面を上げよ」
低く、威厳のある声。
顔を上げると、そこには――
四十代くらいの男性。立派な髭に、王冠。
国王エドワルド三世。
「本日は、興味深い試食会と聞いている」
「はい、陛下」
アナスタシア王女が、前に出た。
「辺境の村から、素晴らしいパンが献上されました」
「ほう。どれほどのものか、楽しみだ」
国王が、玉座に座る。
「では、始めよ」
俺は、用意したパンを並べた。
プレミアムライン五種類。
スタンダードライン三種類。
「まず、こちらのプレーンパンから」
国王に、一つ差し出す。
国王は、それを手に取り――
一口。
沈黙。
周囲の貴族たちが、固唾を呑んで見守る。
「……美味い」
国王が、目を見開いた。
「こんなに柔らかく、香り高いパンは初めてだ」
「ありがとうございます」
「次も、食べさせろ」
次々と、パンを試食する国王。
その表情は、明らかに満足している。
「素晴らしい。これは、確かに御用達にふさわしい」
その瞬間――
「お待ちください、陛下!」
一人の老貴族が、立ち上がった。
「私は、これに反対します」
「反対? 理由は?」
「この若者は、素性が怪しい。突然現れ、得体の知れない魔法を使う」
「発酵魔法だ」
ダミアンが、割って入る。
「革新的だが、危険なものではない」
「それは、あなたの見解でしょう」
老貴族が、睨みつける。
「私は、この者が王家を騙そうとしていると考えます」
「騙す? 馬鹿を言うな」
アレクが、立ち上がった。
「このパンは、私の商会が品質を保証する」
「商会が保証? 笑止千万!」
別の貴族も、立ち上がる。
「所詮は金儲けではないか!」
「そうだ、そうだ!」
保守派の貴族たちが、口々に非難し始める。
「静まれ!」
国王の一喝。
広間が、静まり返る。
「余は、この者のパンを認める。それで十分ではないか」
「しかし、陛下!」
「もう一度言わせるな」
国王の目が、鋭く光る。
「余の判断に、異を唱えるか?」
「……いえ、滅相もございません」
老貴族たちは、渋々座った。
だが、その目には明らかな敵意が宿っている。
「ケン・サトウ」
「はい!」
「そなたのパンを、王室御用達とする。これより、王宮への定期納入を命じる」
「ありがとうございます!」
俺は、深く頭を下げた。
やった――
だが、喜びよりも、不安が大きかった。
保守派の貴族たちの視線が、刺すように痛い。
試食会が終わり、控室に戻ると――
「ケン! 無事でよかった!」
アナスタシア王女が、駆け込んできた。
「殿下……」
「ごめんなさい。あんなに反対されるとは思わなかった」
「いえ、仕方ありません」
「でも、父上が認めてくれた! これで大丈夫よ!」
アナスタシアは、本当に嬉しそうだ。
だが――
「殿下」
ダミアンが、真剣な顔で言った。
「これから、もっと厳しくなります」
「わかってるわ」
アナスタシアの表情が、凛とする。
「でも、私は諦めない。ケンのパンは、本物よ」
「ありがとうございます……」
「それより、ケン」
ダミアンが、俺を見た。
「今夜、私の屋敷に来てくれ。重要な話がある」
「重要な話?」
「ああ。黄昏の会について、新たな情報が入った」
その夜。
ダミアンの書斎に、主要メンバーが集まった。
アレク、ロイド、そして――
「グスタフさん!?」
「よう、ケン」
グスタフが、にやりと笑う。
「驚いたか?」
「どうして、ここに……」
「ダミアン殿下に呼ばれたんだ」
「グスタフは、元王国騎士団の精鋭だ」
ダミアンが説明する。
「彼の経験と知識が、必要だ」
「でも、村は……」
「リーゼとエミリアがいる。大丈夫だ」
グスタフが、肩を竦める。
「それより、話を聞け。重要だ」
「……はい」
ダミアンが、一枚の古文書を取り出した。
「これは、百年前の記録だ」
羊皮紙には、古い文字で何かが書かれている。
「黄昏の会の創設者――彼は、古代魔法文明の研究者だった」
「研究者……?」
「ああ。そして、ある発見をした」
ダミアンの声が、低くなる。
「古代文明が滅んだ原因――それは、『禁忌の魔法』だった」
「禁忌の魔法?」
「生命を操る魔法だ」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
「生命を操る……?」
「ああ。作物の成長、家畜の繁殖、人間の能力向上。あらゆる生命を、意のままに操る技術」
「それって……」
「そうだ。お前の発酵魔法と、本質的に同じだ」
ダミアンが、俺を見た。
「ケン、お前の発酵魔法は、古代魔法文明の遺産かもしれない」
「まさか……」
「だから、黄昏の会は興味を持っている」
ロイドが、険しい顔で言った。
「お前を研究対象にしたがってる」
「研究……対象?」
「ああ。生け捕りにして、魔法を解析する。それが、連中の狙いだ」
「そんな……」
「だから、守る必要がある」
グスタフが、俺の肩を叩いた。
「お前は、もう狙われてる。逃げ場はない」
「……わかりました」
俺は、拳を握った。
「なら、戦います。徹底的に」
「その意気だ」
ダミアンが、微笑む。
「では、作戦を立てよう」
深夜まで、議論が続いた。
黄昏の会の拠点、メンバー、動き。
すべてを分析し、対策を練る。
「まず、ケンの身辺警護を強化する」
「次に、ベルガルド村の防衛体制を整える」
「そして、王都での情報収集」
一つ一つ、確認していく。
「最後に――」
ダミアンが、地図を広げた。
「ここだ」
地図の北部に、×印。
「古代遺跡『暁の塔』。黄昏の会の本拠地と思われる」
「ここに、乗り込むんですか?」
「いや、まだ早い」
ロイドが首を振る。
「戦力が足りない。もっと準備が必要だ」
「……わかりました」
時計を見ると、もう午前二時。
「今日は、これで解散だ」
ダミアンが、立ち上がった。
「ケン、宿に護衛をつける。絶対に一人で行動するな」
「はい」
宿に戻る道。
グスタフが、隣を歩いている。
「グスタフさん、ありがとうございます」
「何がだ?」
「こんなに、俺のために」
「当たり前だろ」
グスタフが、ぶっきらぼうに言う。
「お前は、村の希望だ。それに――」
「それに?」
「……家族だからな」
その言葉に、胸が熱くなった。
「グスタフさん……」
「照れくさいことを言わせるな」
二人で笑う。
月が、雲の間から顔を出した。
明日も、戦いは続く。
でも、一人じゃない。
仲間がいる――




