第三章〜顧問の言葉〜
私には、一つだけどうしても許せないことがあったー それは人が、関わりのない他人のことを決めつけで判断し、それを押し付けるという理不尽。 そう思うようになった切っ掛けの言葉を、私は時々思い出す。思い出したいと、思ってもいないのに…ー それは高校に入ってすぐの頃、私は中学から運動のために続けていた陸上を、高校でも続けるという目的で女子陸上部に入部した。 その高校の陸上部は、取り分け強くはなかったが、顧問は絵に描いたような熱血漢で練習量だけは多く、私はその練習が嫌だと思ってはいても、走ること自体は好きだった為、陸上部を何とか続けていたー 「続けていた」というよりは、”続けざる負えなくなった”と言った方が適切かもしれない。 熱血だった顧問には、まるで口癖のように多用する言葉があった…… 『逃げるは恥です!出来ない理由ばかりを考え、やるべき事から逃げる人のもとに…決して勝利は寄ってきません!!』 「勝利!勝利!!勝利!!!」私はその言葉がどうしようもなく嫌いだった。 運動のために入部した私にとって、勝利という単語は心底どうでもいい代物であり…… 私にとっての”走る”という行為は、単に何も考えずに楽しいと思える物で、誰かに勝つための道具ではなかった。 ーにも関わらず、顧問の言葉により「私の走る」は楽しい物ではなく、ただ勝利するために行うだけの、「走るという作業」にされてしまった。 陸上部というだけで、勝つために走らなければいけないという決まりは、どこにも存在しない筈なのに…… それと同時に、私が陸上部を退部しようと思った時には、それすらも出来なくなっている事に気付いた。 顧問の言葉を理由に辞めたなら、「私の走る」は本当の意味で消えてしまう気がした。 (今のまま陸上を辞めたなら、これから私は走る度…「逃げた事」を思い出す!だから…「私の走る」を逃げる理由にはしたくないッ!!) 私は逃げない為、この一年間を走り続けて来たー (その私が、逃げる為に走ることになるなんて…) 「これはしょうがない事。単なる戦略的撤退、なんて事ない!誰だって、そうするに決まってる……なのにッ!!」 どれほど言い訳しようとも、逃げたという事実から来る”この想い”が、消えることはなかったー (悔しい…悔しいよッー!!自分が、こんなに無力だなんて……) 「ーでも、仕方ないじゃん!何ができる訳でもないのに、死んじゃうかもしれないのにッ…!!逃げないなんて……ただの馬鹿だよッ!!」 (私はッ!……逃げない馬鹿には、成れないよ…) それから暫くの間、涙が溢れて止まらなかったー 私は普段、細かいことは気にしない性格をしていたが、この時ばかりはどうしようもない程、悔しさが溢れて止まらなかった。 私は溢れ出る涙を堪え、先々の事へ目を向けるよう努めたー 一生懸命に草原をひた走り。視線に映り込む草花から目線を上げると、『ルーン王国』が目と鼻の先まで迫っていた。 (多分、逃げ切れる。陸上、途中で辞めてたら危なかったかも……) 城門まで辿り着くと、『ロックリザード』は距離が離れてもなお、『ルーン王国』の近くまで追いかけて来ているのが目に入った。 実戦訓練による経験をもとに、私は三つの事を確信した。 一つ目、「世界一弱いモンスター相手でも、剣が通用しないという事」その為、【魔法】が必須になる。 二つ目、「勇者は単独では戦えないという事」何故なら、戦闘中に【魔法】を使う余裕がないから。 そして三つ目、「私は【魔法】に全く向いていないという事」『呪文』を覚えることが出来ないから。 ーよって、私自身が【魔法】を使うことは諦め、新たに勇者を召喚してもらい。私は新たな勇者が【魔法】を使う為のサポートに専念すると決意した。