第二章〜世界一弱いモンスター〜
(重っ…!?) 大臣の話が一段落すると、いきなり大きな頭陀袋が手渡されたー その袋の中には、剣と『魔法石』の付いた杖、『魔法書』、鱗でつくられた革製の鎧と『魔法石』の模様が刻印された『サークレット』が入っていた。 「これは何ですか?」 大臣は巍然とした態度で、淡々と説明を始めたー 「これは『勇者装備一式』という物で、これから貴方様にはそれらを身に着け、実戦訓練へと向かって頂きます…」 「実戦訓練って、それは一体何をするんですか?」 「大丈夫ですよ。実戦訓練とは言っても…相手は世界一弱いとされるモンスターですから…」 大臣はまるで、決まった台詞でもなぞるかのように受け答えを済ませると、『勇者装備一式』を身に着けるように指示した。 私はハーフである分、他人に見られることが比較的多く、昔から人目には敏感であり。大臣の言葉とは裏腹に、『謁見の間』の空気が重くなったことに気づき、言葉にならない違和感を覚えた。 (『世界一弱いモンスター』なんじゃないの…?) 疑問を感じつつも、従う以外にどうしようもない状況なので、それ以上は追及しなかったー (この輪っかは何なんだろう…?) 私はその用途に見当もつかない、『サークレット』という輪っかが気になり手に取った。 「これは何に使う物なんですか?」 「それは勇者であることを示す『サークレット』です。『サークレット』とは冠の一種で、内部被覆という頭部を覆う部分が存在しない物のことを言いますー」 (ああー、よくゲームとかで勇者が被ってる謎の輪っかじゃん!ただの飾りじゃなかったんだ……) 私は頭陀袋に『サークレット』を戻すと、続けざまに杖を手に取った。 「この杖は、何に必要なんですか?」 「杖は【魔法】を行使するための物です。【魔法】は魔法石に『魔法力』を込め、『呪文』を詠唱するという方法でなければ行使する事ができません…」 「『呪文』は『魔法書』に記載してありますが、杖がなければ意味がないのでお忘れなく……」 ー私は杖を頭陀袋に戻し、それ以外の『勇者装備一式』を身に着けることにした。 『勇者装備一式』にあった鎧は、鱗の中心が紺碧で外側になるほど群青へと変化している。綺麗なグラデーションカラーで、頭から被り側面の腰回りにあるベルト状の金具を締める事で装着するという構造になっている。 ー勇者といえば基本的に、複数人のパーティーで行動する物だと考えていましたが、実戦訓練は一人でなければ意味と云われ、私は一人だけで『世界一弱いモンスター』が住むという森へと向かった。 私は『謁見の間』で覚えた違和感が気になりつつも、それ以上にモンスターとの初戦闘に胸を躍らせていたー 「仮にも今は勇者なんだし、流石に『世界一弱いモンスター』なんかに負けるわけないよね〜【魔法】って、どんなのがあるんだろう…?」 この異世界はゲームとは異なり、「レベル」や「ステータス」という概念が存在しなかった。 「レベル」や「ステータス」がないということは、相手の強さをしめす基準が、存在しないという事でありー それは、敵の強さがわからないという危険が存在することを意味していたが、その時の私は、『世界一弱いモンスター』という肩書きだけで敵が『粘体生物』のような存在であると決めつけてしまっていた。 ー結論からいうと、私は世界一弱いというモンスター相手に全く歯が立たなかった。 「物理的」にも、「総合的」にも、『世界一弱いモンスター』というのは、『ロックリザード』と呼ばれている全長三メートル程もある大トカゲで、その体表は岩のような硬い鱗で覆われていた。 ーこの異世界には、大きさや長さを示す単位が何一切存在していない。 物の大きさを表現する際には、大きさが決まっている物と表現したい物を比べ、「アレはコレの倍くらい大きい」や、「アレはコレの半分くらいの大きさ」という様な言い回しで表現される上、比べる物体も、異世界の物が使われてしまう。 「『ロックリザード』は王様が被っている王冠の数倍の大きさで、長さが数個分くらい」という説明で、その大きさを具体的に想像できる人間が果たして存在するだろうか? ほぼ不可能に近いー王冠の実物を見たことがあっても難しい…… その為、私は実際にこの目で見るまで『世界一弱いモンスター』の”大きさ”すら、全く知り得なかった。 ー私は森の少し手前にある草原で、一体の『ロックリザード』と遭遇した。 森の規模は予想以上に大きく、『ルーン王国』から西に三キロほど離れたところに存在し、来るだけでも苦労を要する為、森を探索せずに済んだのは不幸中の幸いだった。 『ロックリザード』の鱗はその名の通り、剣が玩具か何かと錯覚するほど攻撃を通さなかった。 「カンッ!カンッ!」と、ピッケルを岩にぶつけるような衝撃音と共にあっさりと弾かれてしまうー 私は攻撃が弾かれたことよりも、『勇者装備一式』に入っていた剣が丸っきり、普通の剣だった事に強いショックを受けた。 (この剣!岩を両断するようなチート仕様じゃないし、刃から衝撃波も出ないなんて……) 「そういえば、剣自体は何の説明もされてなかったなぁー…このまま闇雲に攻撃しても意味ないし、どうしよう?」 ー私は一旦攻撃を止め、『ロックリザード』をよく観察することにした。 「観察」と一口に言っても、生物相手な上にモンスターでもある為、その猛攻を回避しながら行う必要があった。 右前足から繰り出される攻撃は左側へ、左前足は右側へ、尻尾の薙ぎ払いは後方へジャンプ。その動きは単調ではあっても、その巨体から放たれる前足により踏み荒らされた草花は、起き上がることを忘れたように倒れ込み、その尻尾は草原を風圧だけで揺らした。 「こんなのッ…!一度でも当たったら大怪我じゃん!?」 それはまるで、視線の一寸先を車が幾度も通り過ぎるようにーこれまでの人生で、経験したことがないほどの恐怖が、一撃を躱すたび全身へ駆け巡った。 私は恐怖心に、突き動かされるようにして、幾度も攻撃を回避し、必死になって観察した。 それにより、硬い鱗は『ロックリザード』の頭部や背中、前後の両足にしかなく。見た限り、腹部は鱗に覆われていないことに気付いた。 それから暫くして私は理解したー 『ロックリザード』は剣で倒し得ないという事実を…。 仮に腹部が弱点だったとして、どうすれば全長三メートルのトカゲを剣一本でひっくり返し、その腹部を斬りつけられるというのか? (そんな手段があるなら、私が知りたい!) 私は剣を使った戦闘を早々に諦め、背負っていた頭陀袋から、杖と『魔法書』を取り出し、【魔法】を試そうとした。 ーしかし私は、人の名前や地名などのバラエティーに富んだものを覚えることが得意ではなく。 『魔法書』に記載された『呪文』は、難解な文章で記されており。到底、覚えられるとは思えなかった。 ・血潮の如く紅き理よ−我が力の化身と成りて−森羅万象を灼き払え−【爆焔球】 このような『呪文』が、何十と綴られていた。 (こんなものを、高校生にもなって唱えるなんて…中二みたいで恥ずかしい!) それでも私は、『魔法書』をカンニングしつつ唱えようと試みたが、詠唱の途中に『ロックリザード』の攻撃を受け、その度に吹き飛ばされるので唱える隙もない。 おまけに『ロックリザード』は、ギョロっとした巨大な目玉から縦長の瞳孔をのぞかせては、瞬きを何度も繰り返したり。首を無造作に左右へ傾けたかと思えば、蛇のような舌をクネクネと動かしては出し入れするなどー 何を考えているのか分からない動作が、過去に所持していた。壊れて電池がなくなるまでシンバルを叩き続けた猿の人形を連想させ虫酸が走る。 『呪文』を詠唱しながら、攻撃を躱せる程。私の要領が良かったなら、直ぐ様、消し炭と化していた事間違いなしの様相でした。 ー鎧は全くの見かけ倒しで、その見た目につり合う防御力などはなく。硝子を鎧に加工したような脆さを、私へと見せつけた。 あえて長所を挙げるなら、どれだけ破損しようとも数秒で新しい鱗が形成され、修復不可能な状態にならない事や羽根のような軽さで動きの邪魔にならないという、身体が強靭になっている前提でしか、活きない脳筋仕様であるという一点のみ。 「冗談じゃ、ないんですけどッ!?か弱い女子高生が着るの、想定されてないじゃん!これぇー!!」 腹が立ったので、綺麗な見た目とその性能にちなみ、『鏡のような鎧』と名付けることにした。 ー『ロックリザード』の猛攻を受け無事だったのは、強靭になった身体のお陰だったものの、それ以外は何も一つ変化していなかった。 力が強くなったり、速く動けるようになるなどの、身体能力の向上は一切なかったのですー それにいくら強靭になったと言っても、攻撃をまともに受ければ、痛い上に血も出てくる。 「【魔法】が……使えたらいいのにッ!」 身体が強靭になっているという事は、強力な【魔法】が行使できるというのも本当に違いないー 「あんなに、強いのにッ……世界一弱いわけ、ないじゃん!!」 そんな弱音が漏れた途端、自身の置かれたこの状況に、暗澹たる思いが込み上げてきた。 全長三メートルもある上に、岩のように硬いトカゲに普通の女子高生が独りー普通の剣を持ち戦い、果たして勝ち目がある物だろうか…… (絶対、無理じゃん!詰んでる!!) 私は瞬時にそう悟り、全速力で逃げたー 『ロックリザード』は動きがあまり速くない上に、図体が大きい分、恐らく持久力もない。 私は陸上部であった為、それなりに速く持久力もある。 『小走りのカレン』という異名には、苗字以外にも、もう一つ由縁がありー それは私が、他の陸上部員であれば小走りで疲れる距離を、普通に走りながら走破する持久力の持ち主である事だった。