第二十七章〜蟠り〜
翌朝の早朝ー私と小百合の二人は『ルーン騎士団』と『宮廷魔法師』の間に存在するという『蟠り』について詳しい話を伺おうと、『ルーン騎士団本部』へと再び足を運んだ。 建物内は入ってすぐの所から廊下が奥まで続く二階建ての建造物で、城壁と同じ強固な造りになっている。その廊下を真っ直ぐに突き進むと、突き当たりからクレイグさんが姿を現し、私は歩みを加速させた。 「おはようございます!クレイグさん。お久しぶりですね〜!」 「ーこれはこれは、カレン殿ではないですか!?走り込み以来ですね!」 クレイグさんはこちらに気付き、相変わらずのその巨体に似合わない、丁寧な口調で挨拶した。 (…確かに走り込みから会うことなかったけど、『走り込み以来』なんて言い回し初めて聞いた……) 「ーところで、そちらの御方はどなたでしょうか?」 クレイグさんはそう告げると、小百合の方へと視線を向ける。 「…は、はいっ!新しく召喚されました。勇者の……小百合と言います!!」 小百合はおどおどとした様子で自己紹介すると勢いよく頭を下げた。 (まぁ〜見た目は結構、厳つめだしね…) 「ー小百合、この大きな人はクレイグさんで『ルーン騎士団』の団長さんだよ。こう見えても親切な人だし、私もお世話になってるから仲良くしてあげてね!」 「これはまた、お世話という程の事ではありませんよ。無礼な騎士に絡まれていた所をお助けして、『ルーン騎士団』の事を出来る限りお教えしただけなので…」 (……カレンちゃんっ、凄くお世話になってる!?) 小百合は何故かアワアワとした表情でこちらを見つめていた。 「ー本日は朝早くから何用でこちらまで?」 「あぁ〜そうですね。これからお話ししようと思うので、どこか座って話せる場所とかありませんか?」 「はい。では、こちらへ付いてきてください…」 クレイグさんは廊下の突き当たりを二度曲がった先にある『騎士団長の間』と記載されているプレートの付いた扉を開き、その中へと招き入れた。 その室内は校長室のような雰囲気で、書類や本棚が数多く並んでいる。クレイグさんは扉を閉めた後、二つの椅子を用意すると部屋の中央にある大きなテーブルの前に置き、元々あった反対側の大きな椅子へと腰掛けた。 「椅子を二つ用意したので、どうぞ遠慮なく…」 私と小百合は緊張の余り顔を見合わせるとクレイグさんに促されるまま用意された椅子へと腰掛け、訪ねた目的について説明した。 「ーなるほど……無論、私に答えられる事ならば何でもお答えしますよ。こう見えても、話をするのは大好きなので…」 (そう見えなくても、嫌というほど知ってるけどね……) 「単刀直入にお訊きますが、騎士の人から見て『宮廷魔法師』の事はどう思いますか?」 「…騎士が『宮廷魔法師』をどう思っているか…ですか?」 クレイグさんは唐突な問い掛けに対して、訝しげな眼差しで訊き返した。 「はい!国王陛下は、『ルーン騎士団』と『宮廷魔法師』の間に『蟠り』があると仰っていたので…」 その言葉を耳にしてクレイグさんは首を傾げると、言い淀みつつも言葉を紡いだ。 「ーそれは……確かに、何かと比べられる事も多かったので良く思っていない者も居ますが…」 「『蟠り』という程、深い事情を持っていそうな騎士は一名しか思い当たりませんね」 「…一人はご存知なんですね?」 「そうですね。カレン殿はシュレインの事を憶えていますでしょうか?」 「ーシュレインさん、ですか…?ええっと、確か…長髪に眼鏡を掛けた人ですよね?」 「カレンちゃん…シュレインさんって?」 小百合は聞き覚えのない名前に興味を抱いたのか、ひっそりと私の耳元で囁いた。 「『ルーン騎士団』の騎士団員で、元々は『魔法師』に興味があったらしいけど…『魔法師』に必要な『魔法力』が足りなくて騎士になった人だったかな?」 「そういえば、確か…『宮廷魔法師』の兄が居るはずー」 「まさに、その事ですよ!!彼が抱える事情というのはッ!」 私が小百合とひそひそ話をしていると、クレイグさんは突然テーブルの向かい側から身を乗り出し、二人の会話に割り込んで来た。 (マジかこのおっさん!?…顔近ッー!!) その急激な距離の接近を視界に捉えた小百合は、慌てて私とクレイグさんの間に割って入る。 「それはっ、どういう事なのか…具体的にお願いします!」 「ああ、そうですね。申し訳ありません…シュレインの兄というのは、『宮廷魔法師』のメルフィムという方なのですが…恐らく、彼らは実の兄弟ではありません……」 (ーシュレインさんの兄が『宮廷魔法師』のメルフィムさん!?) 「…ええ〜っと、兄弟なのに実の兄弟ではないんですか?」 私は話の理解が追いつかないまま、混乱した頭で問い質すとクレイグさんはゆっくりと頷いた。 「はい…。御二人はお気づきでしょうか?彼と『宮廷魔法師』メルフィムの【継ぐ名】が異なることに……」 ーつぐ、な? 【継ぐ名】−つぐな− 『ルーン王国』で古くから用いられる、父から息子、母から娘に継がせる数文字の名前を指す呼称。 私の頭へと直接、機械音声のような灰色の声が響く。 (……久々だな〜この感じ…) 「…ご存知ありませんか?」 「あーいえ、知ってます!」 (…呼び方は今知ったけど……) 「カレンちゃん、【継ぐ名】って何のこと…?」 小百合は私の裾を引っ張ると、少し間を置いて驚いたような表情を浮かべた。 「…エッ!?何これ?声が聞こえるよっ?!」 そう告げながら、小百合は徐ろに両手で耳を塞いだ。 (そういえば、小百合は今回が初めてなんだっけ…) 「ーああ〜そういう事ですか。『神の加護』ですね?勇者は何らかの加護に依って、物の道理を理解できるのだと王から聞いた事があります」 「…なんですかそれっ!?全く合理的じゃありませんよ!」 小百合は不機嫌そうにクレイグさんの説明に対して苦言を呈する。 「まぁまぁ、クレイグさんが考えたわけじゃないんだから…」 「そういう事なら、【継ぐ名】の説明は不要ですね。…なら話を続けましょうー」 クレイグさんの話では、シュレインとメルフィムの二人は確かに兄弟であるという事をシュレイン本人から直接聞いたが、詳しい事はクレイグさんも知らないとの事。 それを聞いてすぐ、クレイグさんはある疑問を感じたらしい。その疑問は【継ぐ名】の差異にあり、通常【継ぐ名】は同性の兄弟である場合は名前に同じ文字が複数存在していなければならない。 ーだが、二人の名前には一文字足りとも同一の文字が存在しない。それはつまり、二人の関係が通常の兄弟関係とは異なっていることを指し示しているらしい。 「……ここからは先は、単なる私の推測の話になりますが…複雑な話になる為、その前に前提となる内容からお話しします」 「お二人は、【魔法力因子】という言葉をご存知でしょうか?」 「「魔法力…いん、し?」」 耳慣れない言葉を復唱した瞬間、再び頭に声が響くー 【魔法力因子】−まほうりょく−いんし− 『魔法力』を体内に留める力のこと。 それは道理というには、余りに必要最低限の説明だった。 ーまた知らない単語が増えた…… (しかも、『力のこと』って何?なんの説明にもなってないじゃん!?) (……説明の説明をしろ〜職務放棄するなー!) 「…【魔法力因子】に関しては、まだ解明が進んでいないので…分からないのも無理ありません……」 「ー分かり易く言うと、【魔法力因子】は『体の中に存在する魔法石』のような物で…『魔法石』と異なる点は、【魔法】を使う事で容量が僅かに増加するという点です」 「『魔法石』はどれほど【魔法】を使っても、込められる『魔法力』は増減しませんが…【魔法力因子】は体の内に蓄えられる『魔法力』が増えます…」 (スッゴク分かり易い…!人に聞く方が分かり易いなら、『言葉の壁−破壊者』の説明……意味、ないな…) 「ー他にも異なる点があるのかもしれませんが、現状…【魔法力因子】に関して判っているのはこのくらいですね」 「……あの〜っ、それでその【魔法力因子】がシュレインさん達と何の関係があるんですか?」 小百合は控えめな所作で手を上げると、訝しげな表情で問い質した。 「ー今お話しした【魔法力因子】には、もう一つ『母親から子供に引き継がれる』という特性があるのですが…」 「引き継がれる際に【魔法力因子】の殆どは母親から失われます。…なので、現在の『魔法師』は代を経るたびに男性が多くなっています」 (あ〜、だから『召喚の間』はおじさんだらけだったんじゃん!) 「…ここまで聞けば、もうお分かりですよね?」 「ーエッ?」 私がクレイグさんの発言に困惑すると同時に、椅子から立ち上がった小百合は自信満々に告げた。 「つまりっ、メルフィムさんに【魔法力因子】が引き継がれた影響でシュレインさんに【魔法力因子】が引き継がれなかったって事ですね!」 (ああ!そっか…) 「はい、その通りです。世間では当たり前のことですが…『宮廷魔法師』の家系で、尚且つ弟ともなると比べられる事も多かったはずです」 「ー本人がどう思っているかは知る由もありませんが、それだけでも兄弟仲円満とは行かないと思います…」 「それはっ、シュレインさんが兄のメルフィムさんを恨んでいると思ってるって事ですか?」 小百合が神妙な様子で問い掛けると、クレイグさんは腕を組んで首を傾げる。 「ふぅ~ん……誠に言いづらい事ではありますが、私はその可能性が最も高いと思っています…」 「ーそう、ですか…」 そう返事をした小百合の横顔は、どこか哀しげに見えた。 「じゃあ〜最後に一つ質問してもいいですか?」 「勿論…構いませんが……」 「ーならお訊きします。クレイグさんは『魔法石』についてどのくらい知っていますか?」 「…『魔法石』ですか?」 「ちょっとカレンちゃん…質問が直接的すぎるよっ!?」 小百合は慌てた様子で私の肩を叩き、こっそりと耳打ちした。 「…うん?そう、かな…」 (え〜ッ、これで直接的すぎるの!?) 「ー私も『魔法師』ではないので、『魔法石』に関してはあまり詳しくありません…」 「この世で唯一『魔法力』を込められる鉱石である事や、『ルーン王国』では昔…広大な鉱脈が存在した事などは、予備知識として知っています。…がー」 「「…が?!」」 私と小百合は息を呑むと、期待の眼差しで復唱した。 「それが…変なんですよ!広大な鉱脈があったと云われているので、その規模に見合った巨大な炭鉱跡が何処かに存在するはずです」 「ーですが、そんな物を目にしたという話は誰からも聞いたことがありません…」 「無論のこと、『魔法石』は貴国の最重要物資なので、盗難や他国からの侵攻を受けないよう。鉱山の場所は機密扱いになってはいますが…」 「過去に炭鉱で『魔法石』を掘っていたという人物にさえ、一度として会ったことがないのですー」 その後もクレイグさんは言葉を挟む余地もないほどに、『魔法石』についてあらぬ限りを語り続けた。 「まあ…もし炭鉱跡がどこかに存在したとしても、何分昔の事ですから…今はもう掘り尽くされ、使われなくなっているのでしょうが……」 「各有…私も、遠い昔にモンスター討伐で幾度も遠征しましたが、それらしき物を見たことはありませんし…」 (ー話、長っがぁ〜) 「あの〜っ、つまり何も分からないって事ですよね?」 その常軌を逸した話の長さに圧倒され、唐突に痺れを切らせた私は率直に問い掛けた。 「ー平たくいえば、そうですね……」 クレイグさんの放った”無意味”を結論付ける一言を皮切りに部屋中が静かな静寂に包まれる。 ……………ー 「じゃ〜あ、私達はシュレインさんに詳しい話を聞きに行こうと思うので……失礼します!」 一言そう告げた瞬間、私は扉を勢いよく押し退け逃げるようにその部屋を後にした。 「えっ!?カレンちゃん…?」 小百合は私の後を追うように踵を返し、扉の前で一礼してその場を走り去る。 そうして暫くすると、二つの足音が交差する廊下に小百合の声が響き渡った。 「ーさっきのは本当に失礼だよっ!カレンちゃん…」 「それは、そうだけどさ…あのままじゃ、いつまで掛かるか分からないじゃん!!」 私がクレイグさんの長話を早めに切り上げ、小百合と共に『ルーン騎士団本部』から飛び出した時、太陽は既に二人の頭上を通り過ぎていた。




