第二十五章〜不安〜
「ーカレンちゃんっ!ちょっと良い…?」 『謁見の間』を出てすぐの廊下で歩みを止めた小百合に呼び止められ、私は彼女の方を振り返った。 「ちょっと話したい事があるからっ、先に『勇者の間』に戻って待っててくれないかな?」 そう告げた小百合の眼差しは、穏やかな口調とは裏腹に異様な真剣さを帯びており。彼女は返答を待たずして逃げるように何処かへ走り去って行った。 (……どうしたんだろう?) そのまま一人で廊下に佇み、ふと私は異世界に来てから小百合と別行動を取るのは、今回が初めての事だなと思った。 私は『勇者の間』まで先に戻ると、言われた通りに小百合の帰りを待ち。一時間程が経過した頃に彼女は帰ってきたー その手には小さな人形が握られ、人形は女の子物の可愛い代物だったが、小百合の放つ雰囲気は到底、何かのサプライズという様な明るい物ではないことを物語っている。 「お帰り小百合…その人形はどうしたの?」 「……この人形はマリーカちゃんから借りてきたんだ…」 (マリーカちゃんから態々!?) 「ーそれは一体、何の為に借りてきたの?」 私は胸騒ぎを感じて、思わず小百合へと問い掛けた。 「……ちょっとだけ、試したい事があったから借りて来た。…突然、なんだけどっ…カレンちゃんは【魔法】ってどう思う?」 小百合の様子が可笑しいことは不可解だったが、私は取り敢えず彼女の質問に応えることにした。 「どう?って訊かれても、普通に凄いと思うけど…?」 「……【魔法】わね、可笑しいんだよっーううん。もっと言えば、【魔法】なんて物が存在すること自体が普通じゃない!」 小百合は扉の前に立ったまま、暗い顔で首を横に振った。 「ーでも、異世界って基本的にそういうもんなんじゃない?」 「…元の世界には、【魔法】なんて存在しなかったのに、何でそう思えるのか…私には分からないよっ!」 「ー確かに、創作物の中でなら、そういう物が出てくる物語が沢山存在してる!…けどっ、異世界は誰かに創られた創作物なんかじゃない…」 「時間が経てばお腹が空くし、怪我をすれば痛みも感じる。…ここは現実の世界なんだよっ!?」 「ーだからこそ、【魔法】は可笑しい…」 私は小百合の伝えたい事の検討が付かず、何を言うべきかも分からないまま口を動かした。 「……元の世界にも、存在を知らなかっただけで、『魔法力』はあったのかもしれないよ…?」 小百合は思い詰めた様子で手に持った人形を握り締めると、何かを言いかけては止めてを繰り返し、満を持して言葉を発した。 「ー確かに、そうかもしれない…だけどっ、そうだとしても、『魔法力』って何なんだろう?!」 「ガランドさんは『魔法師』以外の人間にも微量に存在してるって言ってたけど、それが仮に生命力だとすると…『魔法力』が少ない人は体が弱いって事になるよね?」 「…でも、『ルーン騎士団』の人達は全然そんな感じに見えなかった。だから私っー本当は、【魔法】なんて使える筈ないと思ってた!」 小百合は辛そうに顔を歪ませながら打ち明けた。 「ー実戦訓練でカレンちゃんが戦ってた時も、私はっ…何も出来ないのが嫌で、ダメ元で『呪文』を唱えた。『謁見の間』でもそう、私は自分の力では何もやってなんかない!」 (……そっか、『謁見の間』での『出来るか分かんないよ?』って、そういう意味だったんだ…) 人形から離した右の拳を固く握り締めると小百合は続けて語る。 「……【魔法】の事だけじゃないんだよっ、私は最初からここが現実なのかさえ疑ってた。この場所に来てから、有り得ないような事ばっかりでー」 「カレンちゃんは、全然知らない人達と当たり前みたいに話してるし……でもっ!これは現実だって、分かってる筈なのに…ふとした瞬間に考えちゃうんだよっ!!」 小百合は涙目で震えながらも、喉の奥から絞り出すように告げたー 「ほ、本当はっ、何もかも私が見てる幻で…カレンちゃんは今も行方不明のままで、私は今も独りぼっちなんじゃないかって…!!」 「……小百合……」 ーどうしてだろう。 「…だから、今ここで確かめたいっ!」 (友達なのに全く気付けなかった……) 『有り得ない事ばっかり』と『全然知らない人達』ー (小百合をこんなに不安にさせたのも、この世界の人を”全然知らない人達”にしたのも…全部、私じゃん!!) 「ーもしも、これが私の見てる幻じゃないなら、人形に向かって適当に考えた『呪文』を詠唱しても、動き出したりしない筈だからっ…!」 そう言い放つと同時に、小百合は人形に向かって『呪文』の詠唱を始めた。 ーここで詠唱を止めるのは簡単な事だった…… (今、小百合を止めても大元の不安が消し去れない…) それ以上に、ここまで小百合の心を追い込んでしまった自分自身に彼女を止める資格はない。 ー結果がどちらに転んでも、私のすべき事は一つだけ。それは小百合を止めることでも、況してや、ここが現実であるという事の証明にもない。 (…だから、今は待つんだ!!) 私は不甲斐ない自分に対する怒りと、今にも駆け寄りそうになる衝動を押し留めようと、拳を強く握り締めた。 「世界を動かす理よ−我が意思に基づき−森羅万象を意のままに操れ−【念動力】」 小百合の詠唱が『勇者の間』に響き、波紋のように空気へ消え入る。しかし、人形は微動だにしなかった。 「ー動き出して…ないっ!」 「…小百合ッー!!」 私は小百合目掛けて一目散に走り出すと、そのまま飛び込んだ。 「ごめんね…不安にさせて。不安にさせてる事にも気付けなくて!…私、こっちに来てから思ってる事とか、あんま言わないようにしてたからさ…」 「ーでも、違うんだよ!誰も、『全然知らない人達』なんかじゃない……」 「小百合が召喚されるまでの間、色んな事があったから。ガランドさんは会ったばっかの私に沢山の武器を造ってくれたしー」 「騎士団の人達とは、一緒に倒れるまで走り続けたりしてさ…それでね、私…マラソンランナーぐらい長い距離を走れるように成ったんだ!」 「…それだけじゃないんだよ?最初に『ロックリザード』と戦った時、怖くて逃げ出しちゃって…王様はそんな情けなかった私に、優しい言葉を掛けてくれて……」 私は目には無意識の内に涙が滲んできていた。 突然知らない場所に居て、最初の頃は不安で辛い事ばかりだったけど。それでもー 「今までやって来られたのは、皆んなが居てくれたお陰だったんだ…」 「……うんっ」 小百合は震えた声でいつもの様に相槌を打つ。 「サラリーマンみたいな兵士がいてさ、ホテルみたいな部屋に銭湯とかもあって。異世界も全然知らない物ばかりじゃないって思えた…」 「ーだから、独りぼっちでもやって行けるって自分に言い聞かせて…そうしたら小百合が召喚されて、すっごい嬉しくなってさ!」 「小百合も私と同じで…この世界の事、好きになれるとか勝手に思ってて……」 「ーもう、それ以上言わなくても大丈夫だよっ…!」 小百合は唐突に口を開き、足早に窘める。 「……私の方こそごめんね!カレンちゃんは全然悪くなんてないっ!私が勝手に不安になって…ただ、それだけなんだから…」 「それに私は、この世界の事が嫌いな訳じゃないんだよっ…寧ろ、幸せ過ぎて現実味がなくてー」 そう呟くと、小百合は無理矢理な笑顔で声を振り絞った。 「でもっ、今は大丈夫だから…。人形は動かなかったし、動いてたとしても、この世界が幻なんて…もう、思わないから!」 「…そっか、本当に良かった〜」 私は小百合の言葉に心の底から安堵し、滑り落ちるようにして床へ尻餅をついた。 「ーそれでも、【魔法】はやっぱり可笑しいと思う!」 「…えっ!?」 (この話…まだ続くの?) 「カレンちゃんが色々話してくれたからっ、私も思ってる事ちゃんと言うね!」 小百合の話によるとーこの異世界に存在する【魔法】に使われる『呪文』の詠唱は、次の三つの要素で構成されており。 それは【魔法】の種類や用途とその対象。それ自体には可笑しな点は存在しないが、問題点は『魔法力』が実際に存在したとしても、『呪文』を詠唱するだけでは”使えない”という事にあるらしい。 それは先程の人形に対する『呪文』で証明された通り、種類、用途、対象の三つの要素を満たしていても、『魔法力』を【魔法】に変換する仕組みが何処かに存在しなければ、【魔法】には成らないという事を意味している。 ーそうであるにも関わらず、実際に【魔法】を使用できている。この場合に考えられる可能性は大きく分けて二つしか存在しない。 既に『魔法力』を【魔法】に変換する仕組みが何処かに存在しているか、若しくは単なる夢や幻で現実の出来事ではないかー 「……それがどっちかなのかを確かめようと思って、存在しない【魔法】を試してみる事にしたんだ。それで存在しない【魔法】が使えなかったらこれは現実、使えたら幻だって判るからっ…」 「カレンちゃんを呼んだのは、ただ…見ていて欲しかったから、もし幻だったとしても最後に顔を見ておきたくてー」 その言葉を耳にして、私はふと言葉を掛けようと考えを巡らせたが、脳裏には何も浮かばなかった。 「………?」 (こういう時、どう声を掛けたら良いんだろう?…私って小百合の事、殆ど何も知らなかったんだ。小百合はこんなに思ってくれてるのに…) そう思うと、途端に言いようのない申し訳なさが胸を締め付けた。 「ーでもっ、幻なんかじゃなかった!それが判って、本当に良かったよ…」 「あぁ、うん!…そうだね」 「…それともう一つ判った事があるよね?」 眼鏡の奥の真剣な眼差しが私の姿を映し出すー 「…エッ!?」 私の背筋に一筋の緊張が走った。 「それは勿論ーこの異世界には『魔法力』を【魔法】に変換する仕組みが存在してるって事だよっ!!」 そう言い放つと、小百合は目をキラキラと輝かせた。 (……なんだ〜そっちかー…)




