第二十二章〜本日の主役〜
ー完全に油断していた…… 最初から違和感は抱いていた。何故、手付かずの筈である森の奥深くにある。犇めくような藪の中に開けた場所が存在していて、道のように続いているのか? 私はその違和感の正体をようやく悟った。 (……ここは、『ロックリザード』の縄張りなんだ!?) 藪が不自然に開けているのは、同じ場所を幾度も『ロックリザード』が行き来しているからに違いない。 周囲を藪に囲まれた自然の中では、『ロックリザード』が必ずしも正面から姿を現すとは限らない。私はそんな当たり前の事実にさえ気付けなかった…… (小百合との距離は空けるべきじゃなかったんだー) 地面は泥濘み、速く走ることは敵わない。これでは小百合の元に駆けつけるまで何秒も掛かってしまう。 幾ら泥濘んだ地面であったとしても、体の弱そうな小百合がその間耐えられる保障はない。 そして何よりも、友達が地面に叩き付けられる姿をこれ以上見ていられないー 私は出来る限り素早く距離を詰めながら、どうすれば早く助けられるかを考えた。 『魔法石の剣』を投げればギリギリ届きそうではある…… (そんな確実じゃない方法でホントに助けられるの…?それに『ロックリザード』に剣が刺さるとも限らない…) 確実に助けるには、怯ませる必要があり。怯ませるには頭だけをピンポイントで狙う必要もある上、小百合に当たる可能性も否めない。 それはどんな投剣の達人でも成功の保障が出来ないくらい困難な芸当に違いない…… ましてやそれがズブの素人なら、失敗は火を見るより明らかとなる。 試すにはリスクが高いし、仮に成功しても『ロックリザード』の頭部に刺さった場合、高くて取り返せなくなりそうだー (まるでよくある心理テストみたいじゃん……) あなたは勇者で、離れたところにモンスターに襲われている友達が居ます。助けるには剣を投げる必要がありますが、成功する確率は半分です。失敗した場合、あなたも友達も死にます。あなたはどうしますか? [投げる・投げない]みたいな…… それに対する私の回答はこうだったー 「剣が駄目なら、盾を投げればいいじゃない?!」 私は剣を鞘に収めながら言い放つと同時に、左手の盾を右手に持ち替え、『ロックリザード』の頭部目掛けて砲丸投げのように勢いよく放り投げた。 そして命中を確認する間もなく、『魔法石の剣』を腰の鞘から抜刀するとそのまま前進したー もし盾が外れた場合、次は剣を投げるしかなくなる。それなら少しでも近距離から…… そう思った矢先、宙を舞い放物線を描いた盾が鈍い音と共に『ロックリザード』の頭部へと直撃した。 私は『ロックリザード』が怯んだ隙を見計らって、杖ごと小百合を抱きかかえ、少し離れた場所に寝かせてから盾を取りに戻った。 ーあの盾はガランドさんに自分から頼んで造ってもらった物、そして”造ってもらえない筈”だった物…… ガランドさんからすれば、『何も知らない赤の他人でしかない少女』からの、”存在もしない武器”の鍛造を依頼されても、通常なら取り合ってさえもらえない。 (……あの盾は、ただの武器じゃない!) 「ー私が異世界に来て、初めて託された信頼の証なんだ!…投げる事はあっても、投げ捨てるなんて有り得ない!!」 盾を投げた地点まで戻る道中、先程の『ロックリザード』の姿を視界に捉えた。 (このまま行くと、小百合が危ない……でも、命と信頼を秤にかけるような真似はもうしたくない!) あの時とは違うー 「……今の私には自分だけじゃない、守りたい大切な物がある。だから…それを置いたまま逃げるわけには行かないんだッー!!」 私は意を決して、再び『ロックリザード』と相対した。あの日と同じ縦長の瞳孔がギラリと睨み付けてくる。 『魔法力』がない今ー防備は着慣れたランニングウェアとその上に装備した『勇者の服』のみ。この状態で『ロックリザード』の猛攻をまともに受ければ、どうなるか分からない…… 背筋に緊張が走る中ー『ロックリザード』は唸り声と共に襲い掛かる。 私は繰り出された左右からの鉤爪をギリギリで躱した。 (やっぱり……”遅い”!!) 王様の動きと比べれば、まさに月と鼈。爬虫類だけに…… 元々、『ロックリザード』の攻撃を躱せた私は王様との実践稽古により、攻撃を最小限の動きで回避する方法を見て覚えていた。 この十日間で成長した私には、『ロックリザード』の動きは手に取るように分かった。 それでも、『ロックリザード』の恐ろしさは拭えない。何故なら、真の脅威はその攻撃ではなく。王様でも太刀打ち出来ない岩のような鱗にこそあるのだから…… 王様も剣が弾かれた隙を狙われる形で、攻撃を受けた。戦いは致命傷を与えられなければ勝てない。 ーだからこそ、攻撃をギリギリまで引き付け。決死の一撃を叩き込む必要がある。 もし、剣が弾かれ『ロックリザード』からの反撃を受けた場合。今の防備では一撃で致命傷になりかねない。 この戦いの勝敗は、最初の一刀で決まるー 渾身の一撃が通用しなければ敗北、逆に通用すれば圧倒的有利となり。十中八九、勝利を手に出来るだろう。 『魔法石の剣』が通用する可能性に賭けた命懸けの一刀……狙いは振り下ろされた直後の右前足ー 『ロックリザード』が振り下した右前足の鉤爪をギリギリで躱すと同時に、『自然の構え』を取ると両手に握った剣を右斜め上に大きく振り被り、全身全霊を込めた一撃を振り下ろした。 「ぶった斬れろおおおおおおおおーッッ!!」 叫び声と共に振り下ろされた『魔法石の剣』の軌跡は、『ロックリザード』の右前足をプリンを掬い上げるスプーンのように、斜めに両断すると、更にその下の地面へと深くめり込んだ。 「ーエッ…、ナニコレ?!」 私は自らの視界に捉えた、余りに現実味のない事象に思わず放心した。 「ヴシャアアアアアアアアアアアアー!?」 ー次の瞬間、この世の物とは思えない。不協和音の如く不気味な断末魔が森中に響き渡った。 私はその声にハッとして、急いで泥濘んだ地面へとめり込んでいる『魔法石の剣』を引き抜き、足早に飛び退くと更に不自然な現象を目の当たりにした。 『不自然な現象』というよりは、”超自然的な現象”という方が正しいかもしれないー 泥濘んだ地面へとめり込んだ筈の『魔法石の剣』には泥が一切付着していなかったのだから…… 正確に言うと泥は付いているー地面にめり込んだ柄の部分にだけ。 それが余計に私を困惑させた。柄に泥が付着しているということは、『魔法石の剣』は実際に地面へとめり込んでいるという事を指し示している。 それは詰まり、『ロックリザード』を斬れなかったショック等で、私自身が現実逃避により。自分に都合の良い幻覚を見ている訳ではないという事になる。 私は徐ろに、泥が付いている筈だった光る剣身へと手を伸ばしたー 結論から言うと、剣身には触れる事すら出来なかった。剣身へと伸ばした指先が触れたのは、剣身が纏っている白色の光であり。 『触れた』と言っても、光だからなのか何の感触も伝わって来ず。触れた感覚がないにも関わらず、どんなに力を入れても指先が剣身へと触れる事はなかった。 ー更に不思議なことに、その光は水に触れた時のように指を圧迫せず、熱さも冷たさもまるで感じなかった。 『魔法石の剣』の剣身は、触れられ、硬くもなければ柔らかくもない。謂わば、『ゴムの様な伸縮性を持つゼリー』とでも表現すべき、『謎の光』を纏っていた。 剣身に泥が付着しなかったのは、『謎の光』によって接触を妨げられていた影響に依るものかもしれない…… 『謎の光』では分かりづらい為、私はその光を『光身』と呼ぶ事にした。 (ー名前を付けておいて何だけど、正直この『|光身』で『ロックリザード』の硬い鱗を斬ることが出来るとは思えない…) ーただ一つだけ、解っていることがある。『光身』は剣身を延長する形で伸びており。もし剣身が鋭くなければ、『魔法石の剣』が『ロックリザード』を両断する程の斬れ味には至らなかっただろう…… 『魔法石の剣』の説明をガランドさんから聞いた時、『魔法力』によって無限に斬れ味が増すという特性だと知りー ガランドさんは鍛造技術だけで、『ロックリザード』にも通用する剣を造り上げる事は既に諦めているんだと思っていた。 ーけれども、『魔法石の剣』には素人の目から見ても、”諦めている人”に打てるような生易しい代物ではないと思わされる程、研ぎ澄まされた剣身が『光身』の内に秘められていた。 もしも、勇者ではない普通の『魔法師』が『魔法力』を込めていたとしても、『ロックリザード』に通用していたと確信できる…… 『魔法石の剣』がどれ程長い研鑽と試行錯誤の末に造り上げられているのかは想像も出来ない。 縁の下の力持ちは見えない所で努力していて、それに気付くことは難しい。実際に私自身も、剣身の変化や『光身』等に気を取られ気付けずにいた。 『諦めている』のではなく、”諦められなかった”のだとー ガランドさんは長年の研鑽と試行錯誤によって、鉄をどれほど鍛え上げようと、『ロックリザード』に通用する剣は鍛造不可能であると悟り。その上で、打開策を探った結果として導き出したのが、『魔法石の剣』だったのだろう…… それは詰まり、鍛造技術だけでは『ロックリザード』に通用する剣が造れない事を自ら認めたのと同じー それが事実であっても、自分自身が人生の大半を捧げてきた物が、追い求めた理想に届かないという現実を容易に受け止められるはずがない。 ーガランドさんはその事実を理解した上で、『諦められなかった』。 (……理屈じゃないんだ。頭では理解していても、心が真実を認めれなかったに違いないー) 『魔法石の剣』はガランドさんの諦めない心で出来ている。決して使用者が限られているだけの単なる武器ではなかった。 「ーなら、せめて…ガランドさんの心の分まで、託された私が蹴りを付けてあげようじゃん!」 (……不思議だ。色んな人の存在が、逃げ出してしまいそうになる私の心を強くしてくれる…) ”全く負ける気がしない”ーそう思った直後、突如として巨大な火の玉が上空に出現し、『ロックリザード』へ直撃すると跡形もなく焼滅してしまった。 「………」 余りの出来事に焼け焦げた地面を見続け絶句していると、後方から聞き覚えのある声が近付いてきた。 私は無言のまま、徐ろに背後を振り返ると小百合の姿があり。『大丈夫だった?!』と心配そうな表情で駆け寄って来ていた。 「……『ロックリザード』は、私が倒さないといけなかった気がするー」 (さっきまでのやる気を返して欲しい……) 「ーえっ?」 「ううん…何でもない!それより今のって、小百合の【魔法】?」 (ー分かっている。小百合はなんにも悪くない…) ただ、現実はドラマと異なり思い通りに行かない事もあるというだけ…… 小百合に言ってもしょうが無いと思い、私は喪失感を悟らせないよう平静を装うことにした。 「ーうんっ!モンスターの注意がカレンちゃんに向いてたから、漁夫の利だと思って…」 「漁夫の利の使い方、間違ってるよ……小百合?」 (ーそれって、わざとじゃないんだよね…?天然なだけだよね!?) 「……あっ!そっか〜倒しても、何にもならないもんね!」 (グハッ!?まさかのド天然パンチ……) ”何にもならない事”に拘っていたと気付かせる会心の一撃が炸裂し、私は心に深いダメージを負った。 (そういえば、小百合は空気が読めないんだった……) 「ーたったの一言が、さっきの【魔法】より破壊力があるなんてー」 「……ん?何の話?」 キョトンとした表情の小百合が問い掛けたと同時に、周囲を囲む藪の中から物音が聞こえ、会話が中断された。 真剣な面持ちで顔を見合わせると、私と小百合はお互いに武器を構え背中を預ける。 ーすると四方の藪から、夥しい数の『ロックリザード』がその姿を現した。 (『ロックリザード』は一体だけじゃなかったんだ!?) 「ーでも、何で?……さっきの断末魔で集まって来てたの?!」 ー最初の実戦訓練では、森の中には入らなかった。森の前で偶然、逸れた一体と遭遇しただけ。『ロックリザード』とも戦いにさえなっていなかった。 ……運が良かったんだ。 本来は何体もの脅威が潜む森に来ていて。奇跡の連続で、無事に済んでいただけー そんなモンスターの巣窟で、今まさに何体もの『ロックリザード』に取り囲まれてしまった。 「この数は不味い、逃げるしかないッ!掴まって小百合ー!!」 私は強引に小百合をおぶって、そのまま正面の『ロックリザード』へ向かって駆け出した。 「……ええ〜っ!?」 何体居ようと速さは変化しないー
私は『ロックリザード』の合間を、人混みを縫うようにして一目散に駆け抜ける。 『ロックリザード』の群れは、進路を妨害するように連続で前足を振り下ろし、私は狭いスペースを使いギリギリで回避するが、伸びた鉤爪が腕や脚を僅かに掠める。 「ーグッ!?」 (もし、初見でこんな森に迷い込んでたら…一巻の終わりだった……) ー間一髪で『ロックリザード』の群れを脱し、素早く盾を回収すると、振り返る事なく森を後にした。 ……最終的にはこうなるのかー 私は心の奥深くでそう思った。それと同時に前回の実戦訓練と同様の悔しさが込み上げてくる。 (ーこの『勇者召喚』……無理ゲーじゃん!無理ゲーなんだが!!) 一体でも厄介な『ロックリザード』が群れを成していたー (『世界一弱いモンスター』だからって、”仲間を呼ぶ”とか卑怯すぎじゃん!?) 一人や二人でどうこう出来る次元じゃない…… (これで魔王とか、どんなんよ?!無理過ぎて人格崩壊するわッ!!) 「……はぁ〜、これからどうすれば良いんだろう?」 ーただ一つ確かな事は、本日の主役は私ではなく。小百合であるという事だけだった……




