第二十章〜ただのカレン〜
(……一体、元の世界で何があったのー?!) 友達が勇者として召喚されたという事実を前にして、私は少なからず驚愕したが、それ以上にその変わり果てた風貌に改めて驚嘆した。 着ている学生服はシワクチャで清潔感がなく。以前と比べて著しいほど窶れた友達の泣きじゃくる姿がそこにはあった。 これは私の知らない小百合の姿だー (几帳面な性格でいつも冷静だった小百合がこんなに取り乱すなんて……) 私はそれまで、『勇者召喚』が元の世界に与えている影響の事など微塵も考えていなかったのだと痛感した。 それから暫くして、小百合は泣き止むと震えた声で私が失踪した後の経緯を語った。私が目の前で消えたという事実を母すらも信じなかった事や、校舎内のグラウンドで『また明日』と伝えるつもりだった事ー そして、話の最後に彼女はこう告げた。 「……何処にも、自分と全く同じように生きて来た人なんて居ないし……誰にも、誰かの気持ちを完全に理解する事なんて出来なくてー」 「それを孤独に感じることもあるけど、だからこそ私は湖橋里さんと友達になれたんだと思う。だって、全ての人が自分と同じ人間だったら…”友達には成れない”……それはきっと悲しい事だから、湖橋里さんが私と同じじゃなくてよかったよ……」 小百合はこんな姿になってさえ、私自身がいつ口にしたか憶えていないような発言についてずっと考え続けていたのだろうか? (ー小百合らしいな……それにしても、ここまで斜め上の発想ができるなんて……) それは何というか、とても可笑しい冗談のように感じられーその可笑しさの分、自分の悩みがちっぽけで如何に性もないものであったかを痛感させられた。 そしてその言葉には、よく耳にする『十人十色』や、『皆んな違って皆んないい』等の言葉を引用していない所から飾られていない真実味を感じ、素直に嬉しいと思った。 彼女は最初に話した時からそうだったー 普通なら、教室で読んでいる本について聞かれたとしても、本の内容についての意見をただのクラスメイトに求めたりはしない。 その日から、余り話したことがなかったにも関わらず、何度も質問して来るようになった。 小百合は人との距離感が分からず。そのくせ話も長かったが、その分、人の話もちゃんと聞いてくれる。 それこそ一度しか口にしなかった事を、いつまでも憶えているくらいに…… よく質問されるように成ってから、数日は退屈だった事もあり。丁度いい暇潰しのつもりで彼女の質問に答えていたが、そうする内に段々と煩わしさを覚えるようになりー 最初は敢えて退屈そうな話を振るなど、どうにかして私への興味をなくさせようと試みても、小百合はどんな話題であろうと笑顔で聞き続けた。 最終的には部活の顧問に対する愚痴まで語って聞かせたが、彼女は興味深そうに目をキラキラと輝かせるだけ…。 私はそんな小百合を見て、気を使っているのが段々と馬鹿馬鹿しくなり。質問を辞めてほしいと直接本人へ伝えようかと考えたが…… よく思い返してみると、休み時間に話し相手がいる事自体は悪くなく。彼女のように本音で話せる相手もそれまで居なかった。 気を遣わなくて良いというのは、とても居心地良くー良い所も悪い所も理解した上で付き合える上に、本音で話し合える…… いつの間にか、私の中で小百合の存在は気さえ遣わなければ、間違いなく友達と言える相手になっていたー 質問を煩わしく感じたのも、気を遣うのが疲れるというだけで、質問されること自体が嫌いという訳ではなかった。 そう思い至った時、それまで周囲の人間に気を遣うあまり、いつからか自分から他人を遠ざけていたという事実に気付かされた。 私はそれから変に気を遣わず、人と接することが出来るようになって行った…… ーそんな友達がこれからは同じ勇者として、共に戦ってくれる。 (こんなに嬉しいことは、元の世界でも一度としてなかった。これがガチャなら間違いなく神引きじゃん!) 一番の不安要素だった人付き合いという難題が、一度の偶然で常に一緒でも気を遣わなくていいという圧倒的なヌルゲーへと変身を遂げた。 小百合自身の苦手分野である。運動面も【魔法】の詠唱に於いては何の問題にもならない上、記憶力に優れる小百合は私と違い『呪文』を覚えられないという心配もない。 総合的にも客観的にも、小百合は間違いなく最良のパートナーであると言える…… 流石に何でも、これは可笑しいー (いくら何でも出来すぎじゃん……) 普通に考えてみれば、こんなに上手く物事が運ぶとは思えなかった。同じ世界の同じ国から、三連続で人が召喚された事を脇に置いても、今回ばかりは都合が良すぎた。 前回の『勇者召喚』では、『ロックリザード』から逃げ切れる持久力が必要とされる場面で持久力に優れた私が召喚されー 剣術に優れた王様は魔王軍との戦争中に、勇者として召喚された。 そして今回の小百合ーまるで、狙い澄ましたかのようなタイミングでその場に即した人物が召喚されている。 王様と私の間には元々何の接点も存在しなかった為、単なる偶然の可能性が高かったが、小百合とはしっかりとした接点が存在するー 単なる偶然と言うには、余りにも条件が重なり過ぎている。一つ一つは単なる偶然であっても、それが三度重なれば偶然ではなくなる。 これはゲーム等でよくある。何者かの意思が関与しているパターンかもしれない…… 王様達は私と小百合との接点を知らないーこれが偶然でない場合、王様達以外の何者かが召喚される勇者を選定しているという事になる。 ー仮にそうであったとしても、私はそのことを良いことだと思う事にした。 現時点で何も分からないし、判らなくとも困る事は起きてはいない為。考える必要もないと、自分自身に言い聞かせる事しか出来なかった。 それから小百合と一緒に『謁見の間』へと足を運び、自身が召喚された時と同じ様な説明を受けてから、王様と先々の事を話し合った。 小百合はその奇々怪々な説明を耳にしても、どうでもいいという風な表情をしていた。 その結果としてー小百合は元の予定通り、【魔法】を使ってもらう為、『魔法書』に綴られた『呪文』を一通り覚えてもらうという事が、当人そっちのけで最初に決まった。 こればっかりはどうしょうもない…… (小百合が嫌でも、何とか覚えてもらうしかない。ごめんね…小百合ー) そうして、私はすぐ隣の彼女に目をやると、『魔法書』を手渡された小百合は本を見開き、目をキラキラと輝かせていた。 ーあんなに難解な『呪文』が何ページにも渡ってびっしりと綴らた『魔法書』に目を通し、それらを全て覚えなければいけないというのに、小百合が何故に目を輝かせていられるんだろう? 彼女の気持ちが、私には全く理解できなかったー 「国王陛下ー申し上げたき事があるのですが……」 私はいつもの様に『勇者ロープレ』を意識した口調で語り掛ける。 小百合とは移動中に打ち合わせを済ませている為、何も問題はない。 「ー良かろう。勇者カレンよー申すがよい」 一応、確認はしておこうと私は息を呑むー 「…もう一人の勇者が【魔法】を使い、私がそれをサポートするという話についてなのですがー」 (王様は生粋の剣術バカな訳だから、ひょっとしたらひょっとするかもしれないし……) 「私はもう一人の勇者をサポートする際に、盾を用いようと考えています!」 「……残念ながら、勇者カレンよーその申し出は許可できないー」 (うそ〜ん!?盾が使えないとか、小百合が召喚された事も帳消しになるレベルなんですけどッー!) 「これは単なる意地悪で言っている訳では無い。許可しないのでなく、出来ないのだー」 「これまで俺が盾を造らせようとしなかったのは、造る意味がないからだ……実戦で使えない武器を造っても意味がないだろう?」 「…『使えない』と言うのはどういう事ですか?!」 (盾が使えない訳ないでしょ!?) 「ー『使えない』とは、”役に立たない”という意味ではなく。もっと単純な話だ……」 「国や民を護るべき立場の者が自らの身を守る武器を戦いに用いるという行為は、民の目からどのように映るかという事にある」 「…下手をすれば、勇者や『ルーン騎士団』が昔よりも弱くなったと思われかねない。そうなれば、民からの信を失うのは火を見るより明らかだー」 「それは早計に過ぎる判断かと存じますが……」 (そんなの気にしなくてもいいじゃん!) 「…果たしてそうだろうか?勇者カレンよー貴公が知らぬのも無理はないが、現在の『ルーン騎士団』は俺が前線を退いてからというもの……一度として、功績らしい功績を挙げられていないー」 「その状況下で、勇者までもが自らを守る盾を手にして現れたら、民達はどう思うだろう?」 「……ですが、国民達は盾の存在を知らない筈ですよね?」 (それなら、何の問題もなくない?) 「ー問題は正しくそこに在るのだ!勇者カレンよー『ルーン王国』の国民にとって、盾は元々存在しない代物ー」 「元は存在しなかった盾という代物を突如として造り出し、それを勇者が用いれば、勇者は大して強くないという印象を民や他国へ与えかねない……」 「それは貴公が想定する以上に大きな痛手となるだろう…」 (他国からの助成金が途絶えかねない……そうなれば、民が飢えるー) 「貴公が勇者であり、盾が身を守る物である以上は決して……許可を出すことは出来ない!」 ー王様の言い分を耳にして、私はこう思い至った。 ”勇者だから使えない”という結論にー (……そもそも勇者って、何なんだろう?) 勇者であって良かった出来事など一度でもあっただろうか? 勇者にされてから散々な事ばかりじゃないか…… いきなり異世界に召喚されたかと思えば、『ロックリザード』とか言う化け物に弄ばれて、挙句の果てに盾を使用禁止にされるとかー (控えめに言って、クソゲーじゃん!?) 今頃になって、また勇者である事に人生を左右されなければならないのか? 私や小百合、王様だって、最初から勇者だったという訳でもないというのに…… ただ召喚されたというだけで、『勇者』なんて、巫山戯るのも大概にして欲しいー (こんな状況を意図して作り出した奴がいるのなら、一発ぶん殴ってやりたい……) ー勇気があれば勇者?魔王を倒すのが勇者?そんな定義があやふやで何の役にも立たない称号、こっちから願い下げだ。 そう思った時、ふと『召喚の間』から腰に挿したままでいた『魔法石の剣』が目に入った。 (……そうだ!これを使えばー) 「国王陛下!確か、勇者の定義とは『魔法力』を身体に凝縮させた人間である事……でしたよね?」 (ーつまり、『魔法力』がなくなれば勇者じゃない) 私は『魔法石の剣』を両手に持ち、『魔法師』が【魔法】を使う時と同じように高い位置へ掲げた。 そしてありったけの『魔法力』を剣へと注ぐようにイメージする。 具体的には、全身に抱えた重い荷物を全て手放し、自分の家へと帰っていくかのように…… そうすると、白色の光が『魔法石の剣』の持ち手から剣先へと昇るように輝き出しー 剣全体に光が満ちた時、それまでよりも一層眩い輝きが剣身から放たれ、『謁見の間』を包み込んだ。 その光に包まれた時、家に帰ってきたような懐かしい気持ちになり、母の呼ぶ声が聴こえたような気がして、私は思わず微笑んだ…… (やっぱり、私は『勇者』なんかじゃない……何処にいても私として生きていたい!) 光が収まると、電源の入っていないスマホの様だった『魔法石の剣』は、日本刀を思わせるような剣身へと変化しーその剣身は白色の淡い光に覆われ、若干重たくなっていた。 私はその意味を即座に理解したー つまり、私自身も『魔法石の剣』の増加した重量分、体重が増えていたという事実を…… (『勇者召喚』の説明、あやふや過ぎじゃない!?) 私にとっては、剣身の変化よりも重さの変化の方が重要案件だった。 ー暫くして、私は周囲が静まり返っている事を察し、徐ろに小百合の方へ視線を向けると、それまでに見たことがないほど驚愕している彼女の顔がそこにあった。 その圧巻の表情を目の当たりにして、自分自身がどれほど常軌を逸した行動を取ってるかを自覚した。 ここまで衝動的な行動など、普段の私なら絶対に取り得なかっただろう。久しぶりに友達と会った影響により、無意識下で気が大きくなっていたのかもしれないと自分の行動を反省する。 (……やってしまった事は今更変えられないし、全部予定通りだった事にしようー) 「これで私に宿っていた『魔法力』は全て消え去りました。今から私は『勇者』ではなく……ただのカレンです!」 暫くの間、静寂が『謁見の間』を支配した後、突然と発せられた高笑いにより、その沈黙は破られたー 「アッハッハッハッハッハァー!!」 その笑い声は玉座に座している王様の口から発せられていた。 その時間は決して長くなかったにも関わらず、その声は『謁見の間』にいる全員の注目を集めるに余りある迫力を備えていた。 その場の全員が、驚くと同時に笑い声の迫力に圧倒され、ただ呆然とその様子を見守る。 (ー世界を救う上でそれが最善ならば、勇者という肩書すらも自ら捨て去るか……) 「左様か、勇者カレンよー嫌、”ただのカレン”。貴公はこれより、盾を用いて勇者のサポートをするという事で良いのだな?」 「……はいっ、勿論です!」 「ーならば、ただのカレンに現ルーン王国国王の名において、『勇者専属近衛騎士』の身分を与えると同時にー【小走りの騎士】の名を冠する者とし、これより任命式を執り行う!」 (……へっ?『勇者専属近衛騎士』?【小走りの騎士】!?何それ……) 「ーあの〜国王陛下、意味がよく分からないんですが……何故、私が騎士なんでしょうか?」 私が不思議に思い問い質すと、王様は顎に手を当て暫く考えた後、改めて口を開いた。 「……当然の事だが、勇者でもないただの少子を戦場には送れない。貴公が勇者をサポートする以上、正式な騎士となってもらう必要もあったがー」 「そもそもの前提として、騎士階級以上の者でなければ勇者と同行する事さえ認められない。そういう決まりが存在する!」 「…物事には順序がある。何かを成すには、それを成せるだけの準備が必要になる。ただそうしようと思っただけで成せるほど何かを成そうとすることは簡単ではないー」 王様はそう告げると玉座から立ち上がり、大臣に剣を持ってこさせると、その剣を私の両肩にゆっくりと押し当てた。 「……貴公が騎士に至ったことも、一重にその努力と功績によるもの。実戦訓練からの帰還を果たし、その後は『ルーン騎士団』と共に剣術の訓練をこなし、走り込みに関しては、騎士団の者よりも長く走り抜いてみせた!」 「ー最早、貴公を知る者ならば誰もが騎士と成るに相応しい人物であると認めざる負えないだろう…」 (嫌、そういう事じゃなくて…) 「騎士に成れたことは大変ありがたいのですが…何故、【小走りの騎士】なんでしょうか…?」 「ー理由が気になるか……それは貴公が、一歩、また一歩と確かな歩みによって、ここまで至りーその歩みは小さくとも、必ず目標まで辿り着くという意味を込めて【小走りの騎士】とする事にした」 (…メッチャちゃんとした理由じゃん!?) 王様は小百合の方に目を遣ると、その風貌を一見し、満を持して口を開くー 「…それは兎も角として、新たな勇者には【小走りの騎士】と共に、すぐにでも実戦訓練へ出向き、実力の程を確かめて来てもらいたい所だがー」 「どうやら、新たな勇者は体調が優れないように見受けられる為、実戦訓練は翌日以降に行うものとし、内役の兵士には引き続き、【小走りの騎士】と共に新たな勇者の案内を申し付ける!」 入り口付近に待機していた案内役の兵士は『はっ!』という返事と共に、王様へ向けて敬礼した。 ーそうして、今後に向けての話し合いは幕を下ろし、私と小百合は案内役の兵士に連れられ『謁見の間』を後にした。 (……勇者カレンは自らを『勇者ではない』と申したが、ただの少女に勇者を辞退するという決断を下すことは容易ではなかっただろうー) 勇者カレンは普通の少女に戻った訳ではなく。勇者として新たな段階へと至ったのだと考えられる……普通の若者で思いも寄らない判断が出来るほどにー (…勇者とは、そう成り得る素養を持つ者が、その勇気を示すことで与えられる称号ー) 勇者カレンの示した勇気は、正しく勇者の素養だった…… 一方、『謁見の間』を後にした私はー 「小百合〜これで盾が使えるよ!あの蜥蜴相手に盾無しとか、普通にあり得ないもん!!勇者辞めて、やっぱ正解じゃん!?」 「へ、へぇーそうなんだ……」 (盾が必要な蜥蜴って何…?) 小百合は困惑した表情のまま相槌を打つー 「見てよこの剣、ピッカピカだよッ!なんか光ってるし。前の剣、ホントは嫌だったんだ〜真っ黒だったからー」 「…うんっ。何で光ってるのか分からないけど、湖橋里さんも苦労してたんだね……」 頷きながらも、小百合は苦笑いを浮かべていた。




