第十七章〜真の勇気〜
(まさか、今日も木剣なんて……) 剣術の訓練も最終目を迎えー私は身につけた剣技を実際に試すという名目で、王様との実戦形式の模擬戦をすることになった。 模擬戦とは言っても、攻撃を仕掛けるのはこちらだけで王様からは一切攻撃せず、勝利条件は攻撃を一回でも当てれば勝ちという単純なもので、制限時間もない。 私はそれを聞いて、一撃当てるどころか最初の攻撃で片が付くと考えた。 何せ、王様が手にしていたのは模擬戦においても、一〜二万で売っていそうな木剣のままだったのだから…… 一昨日も木剣、昨日も木剣、今日もまた木剣…。 (なんか…段々、面白くなってきたー) 私は勢いよく走り出すと、そのまま跳躍し全力の一撃を王様の頭上へと振り下ろした。 「攻撃しないなら、木剣じゃなくたってッ…良いじゃないですかー!!」 すると次の瞬間ー振り下ろした剣は、王様の頭上をすり抜けると、向かって左側の地面へと振り下ろされていた。 (何で…!?) 私は何が起こっているのか分からず、一旦距離を取ると、もう一度同じように剣を頭上へと振り下ろすー 王様は両手に持った木剣の腹を振り下ろされた剣身に沿って斜めに構え、剣の刃を滑らせるようにして剣の軌道を左側へと受け流していた。 もしも、受け流したのが木剣の刃なら、刃が欠けて次の一撃を防げなかっただろう…… つまり、王様は「剣の形をした鉄棒」に等しい『魔法石の剣』による一撃を単に受け流しただけではなくー 振り下ろされる一瞬の間に、その受け方まで考えられるほどの余裕があったという事になる…。 (そんな訳ない……) 三撃目は同じ受け流し方が出来ないよう、横殴りに斬り掛かった。 すると今度は、木剣の柄の先端ー長径数センチもないほどの部分を使って剣を受け止めてみせた。 私に木剣を折れるだけの力があった場合。今頃、木剣は上下真っ二つに分かれていたに違いない…… この二日間ー私は一度たりとも全力で剣を振っていなかった。つまり、たった二度の攻撃で力量を完全に把握されたという事になってしまう…。 (ー有り得ない…!?こんなの無理じゃん!レベルないのにレベルが違う……こんな相手に一撃だって当てられるわけない…) 私は余りの出来事に無意識下で諦め、地面に膝をついた。 そうして暫くすると、小さな呟きが耳に入った…。 「この程度のことで戦意喪失か……些か、期待外れだなー」 (…!?) 「実戦訓練からも、戦わず逃げ出したのではないか…?」 そんな言葉が響いた後の静寂も、風音に掻き消されー風に吹かれた草原がサーッと音を立てる。 鳴り響く草の音も、その瞬間の私には何一つとして届くことはなかった…… 気付いた時には立ち上がり、右脚を前に踏み出していた。左脚に続き剣もー 「なんにも…!何も知らないくせに〜ッ!!」 (あの時の事だけはッ!誰にも…バカにさせないッ!!) 右、左、どちらの攻撃も木剣の腹で逸らされる。 (一撃ッー!一撃入れば…!!突き…突きだ!) 突きなら木剣で防げない筈ー (突きを連続すれば…一撃ぐらいッ!) 「絶対、撤回させるッ!!」 一、二、三撃ー木剣の刃と腹の間で剣先を流すように、体から右寄りの突きは右側、左寄りの突きはさらに左側へと逸らされる。 (わかってるっ!…力の差があるなんてことは……) 私の脳裏に様々な記憶が駆け巡ったー 初日の木剣を持った王様の姿、先程の小さな呟き、顧問の言葉、『ロックリザード』から逃げた時の情景…… (そう、逃げたんだ……私はッ!) ー戦ってはいても、結果だけ見れば逃げただけなのと何一つ変わらない。 王様の言う通り。本当は分かっている…… この怒りが王様に対するものではない事をー (図星だったことが悔しかったんだ……見当外れの言葉なら聞き流せばいい。顧問の言葉みたいにー) あの時のことを云われ、悔しい気持ちを抱いたにも関わらず、また諦めそうになっていた自分自身が許せない…。 命も懸かっていないのにー (何もかかってないからこそ、もう諦めるわけにはいかない。せめて最後まで全力で…!ここで変わるんだ…私はッー!!) この一撃で変われるような気がするから、”逃げない私”にー もう私の心から悔しさは消えていた。そこに在るのは、一撃を叩き込むという決意だけ…… (体の中心以外への攻撃が逸らされるなら、中心だけを狙えばいい…) 「突き、突き!突き!!」王様はステップを踏むように、両足を交互に動かし後退しながら、重心を左右へと移動させながら攻撃を逸らす。 最初と同じような無駄のない動き…… (すごい…凄いじゃん!この人ッー!!) 私が称賛したのは、その回避技術ではなく。幾度も目線を寸断する『魔法石の剣』への恐怖心が、王様から微塵も感じ取れないことに対してのものだった…。 ーいくら鈍らだと解っていても、体のすぐ近くを真剣が何度も行き来する中ー普通なら身が竦んだり、反射的に目を閉じたりしても可笑しくはない。 私が王様の立場なら、常に直視した状態で躱し続けられるとは思えない。 (王様は目を閉じたら、攻撃が避けられないことを…体の芯から理解できるほど戦い続けてきたんだ……) きっと王様は、斬れる剣身相手であっても、今と同じように躱し続けるに違いないー (こんな凄い人が相手なんだから、簡単に攻撃が当たらないのなんて……当たり前じゃん!) だからこそ当てたい絶対に……でも、今のやり方だと駄目ー 『魔法石の剣』を前に出した状態では、剣先が丸見えで簡単に躱されてしまう。 その上、『魔法石の剣』は木剣よりも重く、今のまま攻撃を続けると私の方が先に腕の限界が来る。 (どうせ反撃は来ないんだし…いっそ、座り込んで休もうかな?) 嫌、ダメだー私が座って休んだ場合、王様の方も休むに決まっている。自分より持久力で勝っている相手に時間を浪費する訳にはいかない。 ー私は咄嗟に『自然の構え』を思い出し、突きを出す度『自然の構え』に戻ることで、有利に戦えるのではと考え『自然の構え』を取った。 (ん?勇者カレンが『自然の構え』を取った後、何もして来なくなった…一体、どういうつもりだ…?) 王様が木剣を持った両腕を下ろそうとした所で、私はすかさず突きを放ったが、後退しながら逸らされた。 (なるほどな……耐久作戦へと切り替えた訳か…。嫌、それよりも…突きの威力が上がっている……) (突きは溜めがあるほど力を込められ、速さと伸びが出る。勇者カレンの構えは重心よりも後ろに剣を構える為…その分、溜めが出来ているという事か……) ーこの攻撃の真の脅威は耐久作戦の方にあり。『自然の構え』による突きの威力上昇だけの場合、対処法はいくらでもあったが、耐久作戦により腕を休めることが出来ない為…。 『自然の構え』を取っている勇者カレンよりも、先に腕の限界が来てしまう。つまり、現状軽い木剣の方が有利なはずの耐久戦で押されているという事になる…… (ここまで見越した作戦を立ててくるとは、勇者カレン…やはり恐ろしいな……) この十日余りの修練だけで、実践稽古のルール上ではあっても、俺と渡り合えるほどの成長を見せるとはー (……だが、簡単には勝たせない!持久力ならこちらが上、腕が動く限りは続けさせてもらうぞー!!) 腕を下ろす所を狙って来るなら、突きが届かない距離まで離れつつ腕を休める。 しかし、この方法では腕を休められても、持久力がすぐに底をつく為。腕が休まり次第、受け流しに切り替える必要がある。 (王様が距離を取った…よしっ!作戦通りー) 確かに、王様が腕を下ろそうとする度に攻撃すれば、有利に戦闘を進められるかもしれない。それでも、王様は諦めずに腕を休めようと距離を取ってくるだろう…… 私は最初から、耐久戦で勝利するつもりなど全くなかった。 (そんなやり方で勝っても、何の意味もない……) 「今だッー!!」 私は新たにできたスペースへ助走をつけながら素早く走り込み、王様の正面まで移動した。 (これはまさかー!?しまった…間に合わん!) この実戦稽古は元々、剣技を試すための物ー 「【破壊が紡ぐ魔法石】ぁぁあああー!!」 私は跳躍すると同時に、『魔法石の剣』を木剣に勢いよく叩きつける。 木剣は剣身から真っ二つに折れ、次の瞬間には一撃を王様へ叩き込んでいた。 ー王様は尻もちをつく形で、そのまま地面へと倒れ込んだが、幸いなことに怪我などはしていなかった。 (……攻撃を当てた瞬間は嬉しかったけど、何か後味が悪い感じになった…) 「ーあの〜大丈夫ですか…?」 私は気まずさを紛らわせようと、王様へ手を差し伸べ、起き上がる手助けをした。 「ああ、問題ない。…それよりも勇者カレン、驚いたぞ…」 「エッ!?」 (もしかして、怒った…とか?) 「ーまさか、距離を取るのに合わせて【破壊が紡ぐ魔法石】を繰り出すとはな……」 「そのような使い方をする者は、これまで居なかった!」 王様は笑顔で称賛の言葉を告げると、背中を優しく叩いた。 「あーはい…国王陛下が相手では、そのまま使っても到底当てることは敵わないと思ったので……」 私は実戦稽古中の試行錯誤について、王様へと説明した。 「ー正直、行き当たりばったりで勝った気がしませんでした……」 「そんな事はないぞ、勇者カレン。この実戦稽古は本気を出した上で挑んでも、勝てるとは限らない相手と戦う勇気があるかを試すものだったがー」 「貴公は見事に戦い、思いも寄らない作戦まで考え、勝ってみせた……」 王様は暫くの間、黙り込むと真剣な表情で口を開いた。 「ー先程の発言については、誠に申し訳なく思っている……本気を出させる為、心にもない事を言った。改めて訂正させてほしい…」 「命懸けの実戦において、敵わぬ敵から逃げることは決して恥ではない……」 (ーなんで…!?) 私は想定外の言葉に動揺し、両手を握り締めた。 「……もしも、貴公が実戦訓練によって戦死していたならば…また新たな勇者が召喚され、更なる犠牲者が出ていても可笑しくなかった……」 「勇者カレンよー貴公の決死の逃亡が、まだ見ぬ多くの若者達の命を救った!誰が何と言おうが、貴公は真に勇気ある者だー!!」 ずっと逃げて欲しかったー (若者達の背中が『謁見の間』より消え行く度に……そんな事を願う資格などないというのに…) 「勇者カレン、若者達に代わって礼を言う。本当に有り難う……」 王様は丁寧に頭を下げながらそう告げた。 その感謝を耳にして、私は何故か涙が溢れて止まらなくなった。 (こんなに…真摯な感謝。初めて聞いたかもしれない……) それは私の生涯で聞いたどんな言葉よりも、心に響く”何か”が含まれているのを感じた。 (まるで、一人の人間として存在を認められているような不思議な感覚ー) 『ルーン騎士団』の王様に対する信頼の理由が解ったような気がする…… 「ー逃げるというのは勇気の要る行いだ。皆の期待を背負った者なら、誰しもが心のどこかで恐れてしまう……」 「逃げ出すことに対する非難や失望を…だが、挑戦し失敗すれば、自分だけでなく。期待を寄せる全ての人間を悲しませることになるー」 「逃げない者は、逃げない結果で苦しめる!誰かを苦しめる勇気は、真の勇気たりえない……」 王様は肩に手を置くと、諭すように続けたー 「勇者にとって、最も大切な心構えは退く勇気を持つことだ…」 「貴公は退くという行為を何処かで恥……無意識に自分自身を苦しめているのではないか…?」 「気にする必要はない。例え、誰になにを云われようとも…それは命を懸けた事のない。不識な者の拙劣な発言に過ぎないのだから……」 私は溢れ出る涙を幾度も拭い、精一杯の声で応えた。 「……はいっ。有り難うございます…!」 「うむ……では残った時間分、走り込むとしよう!」 「またですか〜!?」 (やっぱり王様は、王様じゃん……) ー私はこの日以降、顧問の言葉を思い出すことはなくなった。




