第十五章〜二つの剣技〜
約束の一週間が経過し、満を持して、新たなる『勇者召喚』の儀式が幕を開けた。 『勇者召喚』の儀式に要される三日間ー私はどういう訳か王様直々に実戦で使う剣技の指南を受けていた。 剣術の訓練は『宮廷魔法師』の『魔法力』が回復するまでの一週間だけという話だったが…… 王様曰くー実戦において、剣術の基礎だけでは殆ど使い物にはならず、基礎練を行った意味がない為。最低限の剣技も身に付けておくべきとの事…。 そう告げると、王様はやけに淡々とした様子で城門前への同行を命じたー (端から、そのつもりだったとしか思えない…食えない王様だな〜) ー『ルーン王国』では剣以外の武器を使うことが想定されていない独自の技術体系によって確立された剣術が主流であり。私が教わることになった剣技は、『ルーン式剣術』という『ルーン騎士団』に古くから伝わる剣術の技だった…。 『ルーン式剣術』は日本の剣道のように、攻撃を受けない立ち回りと相手よりも先に攻撃を当てることに重点が置かれており。剣道と大きく異なる点は、基本の構えが存在しないという所にあるー 基本の構えを設けない理由は、剣以外の武器が存在しなかった事に起因し、剣による戦闘を前提とした『ルーン式剣術』は、ジャンケンのように来る手が分かっている状況で戦闘を有利に進めるられるよう考案されている。 ジャンケンと異なる点は、命懸けである事と勝利に至る工程が複雑に入り乱れているという所にありー 『ルーン式剣術』においては、先に攻撃を当てることが何よりも重要とされているが、先に攻撃を仕掛けたからと言って勝てるという訳ではなく…… 攻撃が剣により防がれると、勢いが殺され当たったとしても鎧などの防具によって致命傷を与えられない為、敵に隙を作らせてから渾身の一撃を叩き込む必要がある。 勝利の為には相手の攻撃を避け、その隙に攻撃を当てるのが確実とされ、攻撃が防がれた場合はあいこで仕切り直し、逆にこちらの攻撃が避けられた場合は負けになる。 つまり、相手の攻撃をいかに躱し、致命の一撃を叩き込むかが勝負の鍵を握るー そして、基本の構えを設けるとその構えから剣筋が読まれる恐れがあるとして、『ルーン式剣術』に基本の構えが設けられることはなかった…… ー『ルーン式剣術』には剣技が二つ存在し、その一つが【破壊が紡ぐ魔法石】。 敵に向かって助走を付けつつ素早く距離を詰め、その勢いを止めることなく跳躍すると同時にー敵の武器へと剣を叩き付け隙をつくる。更に空中で利き手と逆方向に体を一回転させ、その遠心力によって一撃を叩き込むという隙を作る動きと攻撃が一体になった剣技でー その剣の軌道が、二つの半円を描き交差することで『魔法石』の軌跡を浮かび上がらせる所から、技名が付けられたらしい…。 このような何気ないところにも、『魔法石』が登場する辺りが、如何にも『ルーン式剣術』という感じがする。 もう一つ剣技は、【薄明な魔法石の煌めき】。 敵の攻撃を剣で逸らしつつバックステップ、その間合いから瞬時に斬り込み一撃を見舞うという技。攻撃前の静けさと攻撃時の躍動との対比を、『魔法石』の光る特性になぞらえ技名が付けられたー 単なる比喩表現と分かっていても、この説明を王様の口から聞かされた直後は、可笑しさのあまり鼻で笑いそうになった。 (これが、剣技……なのかな?) ー剣技の名称を耳にして、私はすっかりと頭から忘却していた『魔法石の剣』の存在を再び呼び起こした。 「剣技を教わる前に、一つ良いですか…?」 私は腰に挿した『魔法石の剣』を手に取り、王様へと手渡した。 王様は『魔法石の剣』を手に取ると、鞘からその漆黒の剣身を引き抜き目にすると、怪訝そうな眼差しでこちらを見返した。 「これは…剣か…?」 「はい…。一応これから使うつもりの剣がそれです……」 私は改めて『魔法石の剣』を手にした経緯とその特性を説明した。 「ーなるほど……この剣が今は鈍らだというのなら、剣技の練習に持って来いの代物だ…」 「えっ…?そうなんですか!?」 (そんな事、全く考えてなかったんだけど…) 王様は慣れた手つきで『魔法石の剣』を丁寧に鞘へ収めると、真剣な様子で口を開いた。 「剣技の練習は、実際に扱う剣と同じ形や重さの物を使った方が上達も早いが…その分、人間相手の練習となると、どうしても危険が伴うものだ……」 「…だが、この剣ならばその心配をせず、全力で向かい合うことが出来るだろう……」 そう口にした王様は、剣技を教えるに当たり。『魔法石の剣』を手にしたこちらに対し、単なる木剣を持っていた。 元より、対等に相手をして貰えるとは考えていなかった私でもーこれほど明確なハンデを、さぞ当たり前かのように設けられ、心の奥に微かな憤りを感じた…… 『魔法石の剣』が如何に鈍らとはいえ、「剣の形をした鉄棒」のような物を”単なる木剣”で受け止められるとは思えないー 一日目の最初、剣技の練習は『魔法石の剣』を地面に置き、そのまま拾うという訳の分からない所作から始まった…。 『拾ってみろ』とだけ指示され、普段通りの動作で拾い上げると『今の剣の持ち方が貴公の最も自然な剣の構え方だ』と告げられる。 私は王様の放ったーその要領を得ない発言に対して、理解が及ばず聞き返した。 「……えーっと…どういう意味ですか?」 「勇者カレンも知っての通りー『ルーン式剣術』に基本の構えはない。だが、その代わりとなる構えが存在する…」 王様の説明によると、その構えを『自然の構え』と呼び。『自然の構え』から繰り出した攻撃は、剣筋を読まれづらくー剣を持つ上で最も楽な構えであり、その構えは人によって異なる。その性質上ー最初は意識しない状態でしか取ることが出来ない為、何も伝える事なく剣を拾わせる必要があったとの事。 「ー『自然の構え』なくして、『ルーン式剣術』は成り立たない…剣技も全て、『自然の構え』からしかその真価を発揮しない。『ルーン騎士団』の誰もが初めに『自然の構え』から覚える…」 (へぇーそうなんだ……) 「貴公もしっかりと、『自然の構え』を意識して取れるよう、今の構えをよく覚えておけー」 (意識するのかしないのか…よく分からない言い方じゃん……) 私が目線を落とし構えを確認すると、右手に持った『魔法石の剣』を体の重心よりも後ろへ引き、剣先が右足の少し前に出ている状態で軽く握るとー右足は重心に据えたまま、左足を前に踏み出していた。 「これが私の構えー」 「先ずは、その構えをいつ如何なる状況からでも取れるよう、『自然の構え』を体に染み込ませる訓練から始める…!」 ー王様の激により幕を開けた訓練は、『自然の構え』を維持したまま走る、跳ぶなどの基本動作から…… 『自然の構え』を保つ事が困難な前転や後転、バックステップ、サイドステップ。宙返りから、左手に持った剣を右手に素早く持ち替えたり、身を伏せた体勢から、離れた場所にある剣を取っては構えるなどー どの動作から始めても、剣を持ってから一秒以内に『自然の構え』を取れるまで続いた…。
ーその訓練中、私の心には常にドラマか何かのスタントマンが、大して格好良くもないポーズを主演俳優の代わりに取らされているかのような、複雑な気持ちが渦巻いていた。 訓練の間、剣には様々な動作によって反動が生じ、動作が複雑になるに連れ、腕に掛かる負担も徐々に大きくなって行く…… (この訓練、思ったより大変じゃん!?肉体的にも、精神的にも……) 訓練がその幕を下ろした時には、半日ほどが経過し、私の腕も限界を迎えていたー 「国王陛下、もう腕がパンパンなので…今日の訓練は、これ以上続けられません!」 そう進言すると、王様はきょとんとした表情で首を傾げると、顎髭を手で軽く擦った。 「……今日の訓練?それならば、たった今終えたが…」 「えっ!?…終わってるんですか?」 王様は顎髭から手を離し腕を組むと、悪びれる事なく弁明を重ねた。 「申したであろう。構えを取る訓練から始めると……詰まり、貴公が一方的に一連の訓練を構えの訓練だと勘違いをしていたに過ぎないー」 (…!?) その物言いに対する苦言が、喉まで出かかった所で王様が口を開いた。 「それにしても驚いたぞ!勇者カレンよ…今回の訓練、丸一日は要するつもりでいたからな……」 (そりゃーあんな分かりづら過ぎる説明されたら、誰でも焦るでしょ!) 私は本音が伝わらないよう、言葉を発さず、なるべく態度や表情にも出さなかったが、内心は決して穏やかではなかった。 「敢えて伝えずにおいて、やはり正解だったようだな…」 (しかも、わざとだったの…!?食えないにも程があるでしょ!!) 「半日ほど時間が出来たのだから…この時間を使って、軽く走り込むとしよう……」 (何言い出すんだろう…?この王様は……) 一瞬、王様の発言に耳を疑いー私は気が動転しそうな所を何とか押し留めようとした。 「走り込みを定期的に行わなければ、持久力はすぐ落ちてしまうからな……心配せずとも、今回は三周までに終わらせるつもりだ!」 「良かった〜三周か……」 (嫌、違うじゃん!?三周も、走らないと行けないんだ!) 私は走り込みによって、気づかぬ内に毒されていた価値観を改め直した…… (剣術バカな上に、持久力マニアだよ…この王様……) その日は走り込みによって幕を下ろしたー




