プロローグ〜奇妙な格好のおじさん達〜
(なにかが……”可笑しい”!!) 私は眼前で見据えた”この現象”に対し、即座にそう思ったー 「思った」というより、その言葉をおいて他に表現のしようがない状況だった。 ーつい先程まで、校舎内のグラウンドで他愛のない会話を交わした。親しい友達の見慣れた顔が、瞬きを挟んだ一瞬の間に、見知らぬ老人の顔面に変わっていたのだから…… この状況を正確に理解できる人間が、果たしてどれほど存在する物なのか? (そもそも存在しないのかな…?) 私は考え事をしたまま、徐ろに目線を左右に泳がせ、そこに広がる異様な光景に思わず仰天した。 「ええーっ!?」 そこは見知ったグラウンドとは似ても似つかない石造りの密室で、周囲にあった人影はその全てが奇妙な格好をした老人へと変貌を遂げ、私の足元には自身を取り囲むように描かれた円形の紋章が、蛍光灯のように白く発光していた。 私は何処となく、その見慣れない筈の円形の紋章に対して、ある既視感を覚えたー (あれっ!これって確か、よくゲームとかで出てくる魔法陣とか言う絵じゃない!?) 私は真っ先に、夢を見ている可能性を疑ったが、先程までの自分自身が部活中だった事もあり。普段、部活動で身に着けているランニングウェアにランニングシューズという服装をしていた。 もし仮に、これを夢だとするならば、必然的にランニング姿の自分が発光している魔法陣の真ん中にいて、更にその周りを奇妙な格好の老人達が取り囲むという、カオスな夢を見ているという事になる。 私は自分自身が、そんな夢を見るような風変わりな人間だと思いたくない一心で、何とかこれは現実であると思い込もうとした。 (これが現実かー…まるで、世界がバグってるみたいだなぁ〜) 周囲をよく見渡し、その場でターンすると頭の中にいる冷静な自分から『この場合、バグってるのは自分の頭の方でしょ!』とツッコまれ、私は一つの回答を導き出した。 (ああ、そっかー…これはよくあるシュールな夢なんだ!きっとそうに違いない!!アハハハハッ!!!) 私はあまりにカオスな状況により、錯乱していたー 完全に夢であると思い込み、自分の頬を必要に引っ張り唖然とした。 「痛ッ゙ー!!」 (ファッ!?…そんな訳無いじゃん……これが夢なら、どれだけ頬を引っ張ったとしても痛いはずないのにッッ!!) ーそのまま暫く呆然として、冷静さを取り戻すと、私は顎に手を添え、再び自問自答を繰り返す。 何故、夢である筈のこの状況下において、痛みが生じたのか…… その答えは、母が偶然に自身と同じタイミングで寝ている私の頬を引っ張った場合を除けば一つしかないー どれほど、信じ難い状況であったとしても、私が目にしている”この光景”は決して夢などではないという事。 私がそんな不毛で、何の意味もない様な自問自答を繰り広げていた間中。ずっとこそこそ話をしていた老人の壁から一人、優しそうな雰囲気を纏った老人が前に出てきた。 「ようこそおいで下さいました。勇者様!私は『ルーン王国』に仕えるー『宮廷魔法師』のメルフィムと申します。以後、お見知り置き下さいませ…」 その老人は自己紹介を終えると、胸元に手を添えて一礼した。 (マ、ホウ…シ……?) ー云われてみれば、確かに老人達はその全員がゲームに出てくる僧侶のような服装を身に纏い、その手には宝石が付いた杖らしき物を持っていた。 だが、重要な点はそこではなくー 日本とは明らかに異なる国名が聞こえた上、私自身が赤羅様に勇者扱いされているという点にある。 私の脳裏には一瞬、異世界物のアトラクションである可能性が過ったが、別の場所に瞬間移動している説明がつかない現状において。それは単なる現実逃避でしかないという結論に至り、すぐに考えるのを止めたー 「国王陛下がお待ちになっていますので、早急に『謁見の間』までお越しください!」 老人はそう告げると、私の背後に回り込み背中を押して、強引に前方にある扉まで進ませた。 (アトラクションが始まるのかな?) 時は放課後の教室まで遡るー 「また明日!」 私はその日の授業を終え、何時ものように部活に勤しもうと、教室から校舎内のグラウンドへとひた走る。湖橋里カレンという名前の、何処にでもいる女子高生で女子陸上部に所属していた。 それでも、敢えて他のクラスメイト達との相違点を挙げるとするなら、ハーフであるという事くらい…。 そんな私には、最近になって一つ悩みの種が出来た。高校に入学し、一年近くが経過した頃から徐々に、同級生の間で苗字の響きを掛けた。『小走りのカレン』という異名が密かに囁かれており。 私自身はこの異名を、気に入る事もなければ、取り分け好ましいとも思えなかったー その理由は、単純に字面の問題であり。「小走り」では、足が遅いと云われているようで、陸上部員の私にとっては、悪口に等しい。 ーそんな日の事。私が毎日のように、放課後の部活中。同じクラスで唯一『湖橋里さん』とだけ呼んでくれる。友達の奈々瀬小百合が、教室の机に忘れていたスク水をグラウンドまで届けに来てくれた。 そのついでとして、私と彼女が軽く世間話を交わした直後、”それ”は起こったー 突如として、見慣れた小百合の顔が瞬きを挟んだ一瞬の間に、見知らぬ老人の顔面へと変貌し、何故か見知らぬ場所で奇妙な格好の老人達に周囲を取り囲まれていた。