大樹海の中からお喚びしました!
陽の光が失われて、何日が過ぎただろうか。
大樹海の中にある耳長族ばかりが棲まう侘しい国の中で、アリヤは、天を仰ぎ見て大きくため息を吐いた。
肩肘を突いて彼女が見ている空は、今日も彼女の心のように思いっきり曇天の模様だ。
悲しいことに第一姫の称号は受けているものの、彼女は他の耳長族と同様に森や木々の間を駆けることが大好きなおてんばなのだ。
今のように、何日も大人しく大樹の幹が折り重なってできた城の中に閉じ込められているのは不本意な状況であり、不満だらけであった。
だが、残念ながら今代の王であり父である国王に強く命令されては逆らえない。
いつもなら公務以外の時は好きにさせてくれる甘々な父なのに、頭の上にある空が暗くなり始めた頃から、難しい顔をし始め、森への探索を禁止された。
散々父王を蹴飛ばし、髭を引っこ抜き、少し少なくなってきた銀色の自慢の髪の毛を毟り取ろうとしたのがいけなかったのか。
『このおてんば娘を部屋に閉じ込めておけ!!!!』
『なに抜かすんじゃああっっ このハゲエルフ親父いいいい!!!!』
娘に大広間でボロボロにされた王が、王冠を床に転がした状態のまま、顔を真っ赤にして怒鳴った。
あの時の光景は、今思い出しても酷く頭に来る。
「どちくしょおっあのバカ親父がっ 可愛い娘を閉じ込めるとかドグサレ過ぎだーーーー!!!!」
「いえアリア姫様、悪いのは王様の顔をボコボコに殴りまくって魔法を至近距離でぶっ放した貴女の方ですが? 牢に入れられてないだけ甘々です」
「うっさいっウルクスっ 私の従者のくせになんで私の味方をしないんだよ!!」
「するわけないでしょ。出したのが水魔法だからまだぶん殴られただけですみましたが、王に火魔法なんてぶっ放してたら近衛のグラシアスさんに射られてましたよ?」
「う、わ、私だって父上にそんな真似はさすがにしな……」
「五歳の時、一度それグラシアスさんに向かってやらかして、おしりぺんぺんの刑にされましたからねえ」
「そんなもんいい加減忘れろ!!!!」
無理です。
言外にアリアの後ろに立って、お茶を注いでいるウルクスの糸目は完全に呆れ切ったものだ。
そりゃあ今代の姫の中でも、一番手に負えないおてんばどころか粗暴な野猿なのだ。
昔はまだちょっとは可愛かったんですけどねえ、と遠い目で溢している従者を無視して、アリアは差し出されたハーブティーをごくりと飲み干した。
まあこの国はだだっ広い大樹海のど真ん中にあり、周辺国というものは無い。
隣人が、森の樹木の他は魔獣や魔木だらけで、日々狩猟というなの国境防衛戦を強いられている国だ。
広大な森の外がどうなっているのかは、時折訪れる天空に国がある天人の商人から齎されるもので少しは知っているが、海や石の建物という物すらアリアには全く想像できない。
外への憧れが全く無いとは言わないが、アリアにとっては木が友達で森が世界の全てだ。
今ある不満はただ一つ、そんな友達である木々と触れ合えないことだけだった。
それでも一度落ち着いたアリアは、文句はどうにか飲み込んで、ぶうと頬を膨らませつつも父が何をしているかと、ウルクスに問うた。
「父王は祭祀場に篭っておられますよ」
「……もう三日目、だっけ? まだやる気なの、父上は」
「仕方ありませんよ、国の一大事なんですから」
そっと窓の木板を押し上げ、ウルクスが眼下にある白い魔法陣を指差した。
この国で唯一、広場として広く均されている石畳の場所。
その地下三階に、祭祀場と呼ばれる空間が存在しているのだ。
空は相変わらず灰色に覆われており、晴れる気配はまるでない。雨くらい降れば安心できるのに、とアリアは呟いて、恐々と青い目を細めた。
「先代の聖女だったババ様が亡くなったの、何年前だっけ」
「王太后様は生きてらっしゃいますよっ 趣味の魔獣退治にヒャッハーし過ぎて、限界まで魔力使い果たしたのが理由で呆けられましたが」
「あ゛ーーーー、枯渇しきってまだ回復してないんだったっけ」
「有事の為に長年、力を制限させられてましたからねえ、王太后様……王座を譲った途端に弾けてしまって。さすがアリア様のお婆様ですよねえ」
「……ウルクス、おまえ、今ババ様にそっくりだと思っただろ」
「さてねえ」
呑気に口喧嘩をしているアリアを、けれどウルクスは止めようとはしなかった。
なんだかんだでアリアの不安を、従者はよく理解しているからだ。
すでにあの怪しい雲に国の頭上が覆われ出して、十日は過ぎた。
あれは瘴気だまりと呼ばれる現象で、稀に上空や地上のひと所に滞留して、日光を遮ったり人に害をなすものだ。
祓えるのは聖属性を持ち合わせたいわゆる聖女や聖人だけなのだが……残念ながら耳長族の中には今、扱える者が存在していなかった。
通信魔法により、天人に聖人の派遣を願いはしたが、一月は掛かると言われたのが数日前だ。
このまま放置すれば、国民が近々瘴気中毒で亡くなる者も出てくるし、周辺の魔獣が活性化して民では抑えられなくなるのも時間の問題だろう。
わずかに白く光っている石畳を眺めて、アリアはべたりと窓の桟に張り付く。
父は今最後の切り札として、古代帝国より古くに与えられたという救世主召喚の儀式を行なっているのだ。
己の寿命の半分くらいを、引き換えにして。
(父上、儀式なら私がやるって言ったのに)
あの儀式は残っている寿命の半分を持っていかれる、らしい。
耳長族は他種族と比べて特段長く生きられるわけでは無い。むしろ短いと言える。
なのに数居る継承権すらない娘達から祭祀主を選ばず、父は勝手に儀式を敢行してしまった。
けれどこの儀式は、始めてしまってはもう止められない。
今もきっと、父は眠らずに必死に祈っているのだろうと思うと悔しくて、せめて魔法陣の輝きを見守ろうと、あの日アリアは決意した。
不意にぐらりと城が大きく揺れ、上げていた木の戸板が落ちる。
「いっだああっっ!!? な、なんだ今の! 地震か!?」
「おでこが赤くなってますねえ、よしよし……な、アリア姫さまっあれを!」
「ふえ……え?」
遠目にもはっきりと白い石畳が強く光り出したのを見つけ、アリアはごくりと息を飲む。
だがなぜかその中心あたりにぴきりと罅が入ったかと思うと……その数秒後、ゴゴゴゴと音を立て罅が全域に広がり、石畳がボロボロと崩れ落ちていった。
そしてそれらを砂埃と化しながら、祭祀場がある筈の地中から、何かが盛り上がって出てくる。
「ち、父上っっっっ!!!! 父上は無事か!」
「アリア姫様、窓から顔を引っ込めてくださいっ 危ないですよっ ……って、なんだ、あれ!?」
「……人型の、金属の、塊!?」
ズオオンと奇妙な音を立て、地下から何かが現れた。
樹齢千年とも言われる大樹よりも高い背を持つ、全体は白い中腹の辺りだけ青や赤の色をまだらに塗られた、金属製とわかる人形のようなものが。
「はっ ち、父上!?」
「おー!バカ娘、元気だったかあ?! 無事に救世主様が現れてくださったぞおおお!!!!」
「おい待てっ! なんで救世主様の頭に乗っかってやがる! 不敬親父!!!!」
「あ、あれ……ホントに人ですか?」
どうみても巨人……否、デカすぎるが作られた人形らしきものが、目を光らせながら立ち上がる。
ビカビカと鋭いスカイブルーの眼光……でいいのだろうか、を称えた救世主が灰色の天を仰ぎ見て――ビカああっっと光線を発射した。
それまで何をしても消えなかった瘴気だまりが、いとも容易く消え去り、青空が現れる。
さああっと晴れていく十日ぶりの快晴に、民の声が大きく歓声となって地上からこだました。
呆気に取られて固まっているアリアとウルクスを除いて。
「……救世主、様……人、なんだよな? あれは」
「……いや、救世主様が人とは限らないのでは?」
「そのまえにバカ親父……不敬がすぎんだろ……」
ジャキンと鋭い音を立て、救世主が広場でなんかよくわからないポーズをしている。
頭の上に王である父を乗せたまま、きゃあきゃあ叫ぶ民達の前で親指を立て始めた救世主を遠目に眺めながら、なんとも言えずに、アリアとウルクスはどうしたものかと固まった。
「なあ、ウルクスよお……」
「なんですかアリア姫様」
「……救世主様、お礼やおもてなしするにしても……泊められる建物なんかないよな?」
「……困りましたね……あっ」
ズゴンズゴンと地下を足場に立って踊っていた救世主が、不意にゆらりと輪郭を揺るがせ、ふっと風のように消えた。
いきなり現れ、いきなり消えたのをばちくりと見ていたアリア達は、そう言えばと儀式の解説書の下りを思い出したのだ。
召喚された救世主は、こちらでの役目を終えると元の居場所に帰る、らしいと。
「……ありがとうございました、救世主、様」
「……ありがとうございました」
なんとなく手を合わせて、二人は虚空へと祈り出す。
民達もまたなんとなく空気を読んで歓声と共に感謝の祈りを一時行うと、暖かさを取り戻した広場で再び歓声を上げ始めた。
数日瘴気のせいで行えなかった魔獣狩りに勤しもう、そう声を揃えて。
べしゃりと巨大な機体から放り出され、落ちてきた王に気が付かずに。
ちなみに救世主として召喚されたのは、地球でも超未来に存在するモ××スーツ、いわゆるガ●ダムの一機であったことは、幸いにして誰も気が付かなかったそうな。
お読み頂きありがとうございました。