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あなたを幸せにすると誓います  作者: 川木
第一章 結婚
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第八話 あったかい

 湯冷めしたリリィの体をあたためようと、善意でベッドの中で抱きしめたのだけど、思ってた以上に自分でやって動揺してしまった。

 外で一瞬肩を抱いた時はその後のリリィの可愛い反応にドキッとはしたけど、別に抱きしめたからって何があるわけではないのに。

 こうしてじっくり抱きしめると華奢さが伝わってくると言うか、壊れ物を抱きしめてるような緊張感があるし、柔らかくていい匂いで、自分と違っていかにも女の子と言う感じがする。


「リリィ、痛くはない?」

「だ、大丈夫よ。その、快適だわ」

「ならよかった」


 力をこめすぎていないか、体温がさらにあがってきた気もするし窮屈だったり不快ではないか。そう思ったけど、大丈夫らしい。ちょっと安心する。

 落ち着こう。変に意識すると居心地が悪くなるだろう。それに私だってリリィ相手に力加減を間違えるなんて、さすがにそんなことはないはずだ。リリィのことを意図的に考えないようにして、適当な会話をふろう。


「リリィ、大きいお風呂、気分がよかったよ。提案してくれてありがとう」

「そ、そう。ならよかったわ」

「以前、露天風呂と言う屋外にあるお風呂を見かけたことがあるんだけど、いつかそういうのも利用してみたいな」

「え? そんなものがあるの? それは……その、異文化を悪く言うつもりはないけれど、さすがにはしたないのではないかしら?」

「いや、ちゃんと外から見えないようにはしているし、うちの国の文化だよ。大衆浴場自体貴族はしないし、文化と言うか感覚が違うと言えばそうだろうけど、同性なら裸を見られても大丈夫でしょ? 外から見えなければただいい景色の大衆浴場だよ」


 普通に外から裸が丸見えで想像されている気がしたので丁寧に説明する。それをしたいと思われてるとしたらさすがに不本意すぎる。

 私の追加説明に、リリィは視線をそらしたまま頷いた。


「そうなのね……まあ、そうね。そういうことなら、わからなくはないわね」

「そうでしょう? とりあえずこの領内をまわってからだから、しばらく先だけど。領内では、どこが好きとかはあるの?」


 まずは自分の領内を知らないと話にならない。観光がてら見に行けばいいと言う話なので、リリィの希望でのんびりゆっくり回ればいいだろう。

 私一人なら出かけたまま回ることもできるけど、リリィは旅続きでは疲れてしまうだろう。一か所ずつ行って帰るのがいいだろう。


「ん……そうね。この季節なら北部にある湖の湖畔に綺麗な花畑があるんじゃないかしら。あとは……ベリーが旬だから、東部の果樹園に行くのもいいかもしれないわね。東部は広い平地で牧場もあるのだけど、そこで馬を借りて遠乗りをすることもできるわね」

「へえ、馬、いいね。リリィは馬にのれる?」


 旅の中ではもちろん馬に乗ることが多かった。徒歩でしか行けない場所ももちろんあったけど、荷物を持ってくれるだけでも助かる。馬車はさすがに場所をとりすぎるから、全員馬にのっていた。とはいえ手放さないといけないこともあって、各地で馬を買ったり売ったりして運用していた。

 実家ではあくまで練習程度だったし、愛馬というのはいなかった。それでも馬に乗ること自体そこそこ好きだ。自分の足ではなく風をきってすすむのはとても爽快で気分がいい。


「いえ、東部に行ったことはないわね。ただそう言う話を聞いたと言うだけ」

「そうなんだ。じゃあ、とりあえず両方行こうか。準備もあるし、明日は無理かもしれないけど、一週間後くらいに」

「……ふふっ。エレナとなら、とっても楽しいでしょうね」

「え? あ、ありがとう」


 今後の予定について話していると、リリィを抱きしめていることからだいぶ意識をそらせたし、リラックスして会話を楽しめていたのだけど、急に私を顔をあわせたリリィがそんなことをいうものだから、またドキッとしてしまった。


「……そろそろ、温まったかな?」

「そ、そうね。ご苦労様、と言うのは変ね」


 抱きしめる力を緩めて体が触れ合うのをやめながら尋ねると、リリィは改めて状況が気恥ずかしくなったのか、動揺しながらそう言った。


「ふふ。それは、お姫様っぽいね」

「その姫は褒めてないでしょう」


 とっさに出た上から労う言葉となれた言い方に、王族らしさを感じて言った軽口に、リリィは少しだけ唇を尖らせた。

 距離が近いからか、なんだか雰囲気がいつもと違って、年上と思えないほど可愛らしいお姫様だ。離れたのにまだちょっとドキドキしてしまうくらいに。


「ごめんごめん。じゃあ、そろそろ寝ようか。おやすみなさい」

「ええ、おやすみなさい」


 そう挨拶して、体を離す。寝返りをうったくらいではぶつからないくらい、でも最初よりは少し近いくらいの距離。

 毎日少しずつ、距離が近づいている気がする。きっとそのうち、さっき抱き合ったくらいの距離が当たり前になるんだろう。

 私は満足しながら眠りについた。







 その翌日、さっそく旅行の予定を立てた。日帰りならともかく、遠出して泊るとなると事前準備は必須だ。リリィを野宿させるわけにはいかない。

 執事に相談すると、専用の相談役を用意してくれた。普段執事補佐を普段している人で、各地の観光地の情報にも詳しく今まで王族が来ていた際にもそう言った手配をしていた人らしい。領内を観光する専門の人員がいるなんて、本当に観光地なんだなぁ。助かるけど。


 その人によると今一番見ごろなのは北部の花畑、湖畔の近くと言うことでまずはそこに行くことにした。

 リリィも利用したことがあると言う別荘があるので、宿泊先には困らないらしい。定番の場所だったか。まあリリィがすすめたんだから当然か。王族がハズレの可能性がある地域をおすすめされないだろう。

 そこまでの馬車や食事、様々な手配が確認された質問に答えるだけですんでしまった。小一時間で具体的な計画ができ、あとは手配をするだけと相談役は退室していった。

 王族直属の使用人だけあって、ここの使用人は有能な人ばっかりだな。


「花畑か……見たことはもちろんあるけど、じっくり観光したことはなかったな。じっと見ていればいいの?」


 私の部屋の応接部分でリリィと横並びに座って向かいの相談役と話をしていたので、そのまま隣に座ったまま話をふる。私の質問にリリィは苦笑した。


「そんなに精神修行みたいなものではないわよ。景色のいいところでのんびりするだけで気持ちいいもの。軽食をつまんだり、おしゃべりしたり各々好きなこと、そうね、それこそ刺繍とかをして過ごして、時々景色を楽しむのよ」

「そうなんだ……」



 相槌をうったものの、いまいちぴんと来ない。楽しいのだろうか。室内でするような趣味を外でするようなもの? まあ、やってみればわかるだろう。


「楽しみだね」

「そうね。私もひさしぶりだわ。あなたが旅に出てからは、ここに来ることもなかったし」

「え、そうなんだ。そんなに忙しかったの?」


 魔王討伐の旅にかかった時間は五年だ。どこにいるかわからないのを探すのに五年で済んだのは早かったくらいなのだけど、現実的に考えて五年は結構長い。五年間も一度も恒例の旅行に行かないなんて、なにかあったのだろうか。

 王都の方では大規模な魔物襲撃はなくて平和だったと聞いていたけれど。もしかして、他にも色んな悪影響があったりするのだろうか。


 ちょっと心配になりながらも、重く受け止められないよう軽い調子で尋ねてみた。


「……そうね、王都は平和でも、国全体で見れば被害は少なくはないもの。王族の一員としてその対応や慰問も必要だし、比較的忙しさはあったわ」

「そうか……そうだよね」


 世界的な問題なのだ。魔王がいる場所から魔物が発生し、それぞれが好き勝手に移動していた。それらの中でも手に負えないような強力な魔物をすべて倒して、魔王を倒した。

 だけど間に合わず、村が壊滅していたこともあった。あとほんの数分早ければ一人も死ななかったということもあった。

 それでも残った人たちはみな感謝してくれたけど、複雑な気持ちになっていた人だっていただろう。失ったものは戻らない。

 村に向かおうとする魔物を倒して、被害を未然に防げたこともあった。そんな時、村によっても誰もが勇者として敬ってくれるけど、当然誰も特別な感謝はなく、平和に子供たちが走っていた。


 その光景こそ、私が求めるものだった。私たちの苦労なんて誰にも知られないくらい。はやく、静かにすべての魔物を倒せていたら。もっと素早く魔王の位置が特定できていれば。被害はもっと少なかっただろう。

 そう、思わずにはいられなかった。強力な魔物がこなかった王都は平和だったのだろう。いつもと変わらない日々だったんだろう。そう思っていた。

 だけど、そうではなかった。当たり前のことがわからなかった私が馬鹿なだけだ。だけど、とても残念だ。今更何を言っても仕方ないけど、どうしてもそう感じてしまう。


「やめて」

「え?」


 いたたまれなくて下げた視線を引き上げるように、リリィが私の手に触れ顔を覗き込みながら強めの口調でそう言った。思わず顔をあげると、リリィがまっすぐ真剣な顔で私を見ていた。

 リリィからそんな風に近づいてくるのは初めてで、反射的にどきりと心臓が反応する。


「エレナ、そんな顔をしないで。どうして、責任なんて感じる必要はないのよ」

「……いやでも、もっとうまくやれたらとは、思ってしまうよ。それはしかたないでしょ」


 リリィは優しいからそんな風に言ってくれるけど、実際他の人もそう思ってはいるだろう。それは悪い意味ではない。嫌なことは少しでも早く終わってほしいと思うのが当然だし、それが自然なことだ。


「エレナ、魔王は確かにあなたが倒してくれた。その功績は限りなく大きなものよ。でもそれは、あなたにその被害の責任を負わせるものではないの。全ての責任は王家にあるのよ」

「それは……最終的にはそうかもしれないけど」


 例えば下の人間が問題を起こしたら、上の人間が責任をとる。よくある話だ。上の人間はその責任を担うだけの権利を持っているのだから、それは正しい。だけどそれは、下の人間に何の責任もないと言うことではない。                                                                                                                                                      


 別に、そこまで気に病んでいるわけでもない。そんなに気を使ってもらう必要はない。だけど、分かった気にしないよと簡単に言い切れるほど、まだ私の中で時間がたってはいない。

 どう言おうか、と考えていると、リリィはおもむろに立ち上がり、私を胸に抱きしめた。


 頭が柔らかいものにつつまれ、ふわりといい匂いが鼻孔をくすぐる。それだけで私の心の中にたまっていた何かが落ちていったように、すっと心が軽くなって春の風がふいたようにあたたかくなった気がした。


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