現代パロ 先生と生徒編
「リリィちゃんせんせー、今日珍しく派手めなスカートじゃん。びしっと決まってるねー。もしかして今日デートぉ?」
「あなたたち、またそうやって教師をちゃん付けして……」
「いーじゃん。ていうか否定しなかったよね!」
「ね! やっぱ恋人いるんだ」
「違いますから」
二人の生徒が教師に絡んでいるのを見て、私は一息ついてから近づいた。二人はクラスメイトで、一人は担任だ。ここは助け舟をだしてあげなければ。
「おいおい、リリィちゃん先生をあんまりからかうなよ」
「あ、エレナじゃん。あんたもリリィちゃん先生の恋人どんな人か気になんないの?」
「そうそう。こんな美人なんだし、絶対相手も美形じゃん」
「なるけど、こんなところででかい声で聞かれて教えたくなるわけないでしょ。てか次教室移動だし早くした方がいいよ。ほらほら」
「うぇー」
「ノリ悪ーい」
二人の背中を押して、私はリリィちゃん先生にだけ軽くウインクしてから教室へ向かった。
〇
軽く遊んでから買い物をして家に帰っても、まだ余裕がある。帰宅部万歳。なんて思いながら夕食の支度をする。高校生になって実家を出てから始めた料理も、三年生になる今はすっかり日常の一部。食べる人の顔を考えると楽しいくらいだ。
いつでも食べられるように準備した時、がちゃりと鍵があいてドアが開いた音がした。いつもだいたい遅くなるので、今日は早かったんだなと思いながら私はいそいそと玄関に向かう。
「リリィ、おかえりー」
「ただいま」
「お疲れ様。今日は定時に帰れたんだね」
「ええ。たまにはあなたの料理が温かいうちに食べたいから」
帰ってきたのはリリィちゃん先生。私の婚約者だ。親同士の関係で幼い頃からの許嫁だったのだけど、高校に上がる時に正式に婚約者になった。
結婚するのは来年、大学生になってからになる。リリィが七つ上なのでちょっとでも早く結婚したかったけど、せめて高校をでてからと約束した。
「そうなんだ、ありがと」
「お礼を言うのはこちらのほうよ。いつもありがとう」
そう言ってリリィは私の頬をするりと撫でた。その何気ない仕草がお姉さんっぽくてどきりとしてしまった。
夕食を食べ終わり、片づけて順番にお風呂に入っても今日はまだまだ時間がある。
遅いと私がご飯を食べてお風呂をあがるくらいに帰ってくるので、お風呂上りに片づけはさせられないと言われて、リリィが落ち着くときにはかなり遅い時間になってしまう。
「今日はゆっくりできるね。あ、肩でも揉もうか?」
「それもいいけれど、今日は少し、癒されたい気分なの」
リリィのベッドに乗り込む形で隣に座りそう提案すると、リリィは苦笑しながらそう言って自分の膝を軽くたたいた。膝枕の合図だ。
私はすばやく頭を差し込むようにして膝枕の姿勢になる。途端に頭を撫でられる。力を抜いてリリィの太ももに顔をくっつける。寝間着の薄い布越しにリリィの柔らかさといい匂いが私の脳みそをとろけさせようとする。
「ふふ、私より大きくなっても、そういうところは可愛いままね」
「リリィちゃん先生も、小さくなってもお姉さんのままだね」
「こーら、先生をちゃん付け……じゃないわね。ふふ。恋人を先生で呼ばないの」
「はーい」
優しく微笑みながら、リリィはそう言って私の頬を撫でた。その笑顔が本当に好きだ。ずっと見ていたい。一番近くで死ぬまでずっと。
私は昔からリリィが好きだった。ずーっと憧れのお姉さんで、許嫁だって知ってから結婚する気満々だった。
リリィはきっと、そんなつもりはなくて純粋に私を可愛がってくれてたと思う。でも中学に入って私の背が伸びてリリィにおいついて、ちゃんとリリィのことが好きだって告白して、中三の時に高校生になったらねと恋人になることを了承してくれた。
そうして恋人になって三年目。高校三年生の秋。当時はこれ以上望むものなんてないと思っていたけど、誕生日を前にしてリリィにお願いするべきかどうか、悩んでいることがある。
これを言って、リリィが怒ることはないと思う。でも呆れられる可能性はあるし、ちょっと恥ずかしいと言うか、うーんでも……言うだけ言ってみようかな。
「あのさ、リリィ。来月、私の誕生日でしょ?」
「あら、なにかしら? 可愛いおねだりでもしてくれるのかしら? 言ってごらんなさい」
「う、うん。あの、18歳になるわけだしさ……卒業前だけど、籍だけでもいれたいなって」
「……エレナ、無理を言わないで。私があなたと同い年ならともかく、私はあなたの担任なのよ?」
「そんなの言わなきゃわからないし」
とっても優しい声に背中を押されるようにして言ったお願いに、リリィは困ったように眉をㇵの字にして子供に言い聞かせるようにそう言った。
なだめるようにまた頭を撫でられて、私はつい拗ねるような気になって、自分でも子供っぽすぎると自覚しながらそんな風に言ってしまう。
「誰にも言わないなら、今と変わらないでしょう?」
「変わるよ。だって……結婚するまで、一緒のベッドで寝れないじゃん」
「……」
私の言葉に、リリィはぴたりと動きをとめた。目をぱちくりさせていて、思いもよらないことを言われたとばかりの顔だ。私は起き上がって、リリィの隣にぴったりくっつくように身を寄せて座り、リリィの手を握って顔を寄せる。
「私は、リリィの気持ちも、立場も、尊重してきたつもりだよ。だから外でのデートでは手も繋げないし、学校関係者に見られた時の為に親戚の妹以上の距離になれなくても我慢してきたし、学校でだって普通の生徒以上になれなれしくないようにしてるよ」
「そ、それは、申し訳ないとは思うけれど、仕方がないことだわ。いくら家族の理解があって法律上許されると言っても、外聞というものがあるのだから」
「わかってるよ。だからせっかくの同棲もほとんどルームシェアくらいの健全さで我慢してきたでしょ。結婚するまではそういうのはしないって言ったリリィの気真面目さも好きだから。でも私はもう、結婚できる年齢になるんだよ。それでも、まだ駄目なの?」
精一杯、我慢してきた。健全な関係でいる為、キスだって調子に乗りすぎない程度にしかしてないし、お風呂だって一緒に入らないようにしてる。リリィのことが好きで、誰にも後ろ指をさされない関係でいたいから。
私がどんなに頑張っても、私が未成年でリリィが成人なのは変わらないから。でも18になれば私も成人になるのだ。まして正式な婚約者で、式の予定だって来年の四月頭で決まっている。大学だって推薦でもう決まっているし、卒業までの不安なんてない。
ちょっとだけ、一足先に籍をいれて、リリィと仲を深めたいだけなのに。
「……籍は、駄目よ」
「どうして? リリィはそう言うの、あんまり好きじゃないタイプ?」
頬をあからめて、視線をそらすリリィの肩をだいて、顔をそらせないようそのままおでこをぶつけ、じっと至近距離で見つめる。
リリィが本当は私のことをそう言う意味で好きじゃないとか、べたべたするのが好きじゃないとか、そう言うことなら私だって無理強いはしたくない。でもそんなことがないって知ってる。
リリィはちゃんと私のことを好きだし、触れ合うのだって好きだし、すごく恥ずかしがって自分からはしてくれないけど、キスだって拒んだことないし、いつも喜んでくれている。
どうしてかたくなに駄目なのか、ちゃんと理由を聞かないと納得できない。だってあとちょっととはいえ、まだあと半年近くあるんだし。あとちょっとが長すぎる。
「…………だって、籍を入れたら、結婚記念日になるのよ? エレナの誕生日も悪くないけれど、その……二人の記念日に入れたいと思っていたのは、私だけなのかしら?」
「!?」
私はリリィの可愛さに、雷に打たれたくらいの衝撃をうけてしまった。いやだって、可愛すぎない? その発想はなかった。式を入れる記念すべき日は、二人の思い出の記念日にあわせようって? 可愛すぎる。真っ赤な顔で、だって、とか言い訳みたいないい方も可愛すぎる。
ほんとに私より年上なのか確認したくなるくらい可愛い。ほんとに確認したら怒られるからしないけど。
「ご、ごめん。その発想はなかった。でも記念日って言っても、式の前にはするよね? いつとか考えてるの?」
「……そうよ。あなたは忘れてしまったのかもしれないけれど、エレナの中学の卒業式の日に、その……初めて、キスをしたでしょう?」
「あ”ぁぁ」
いやほんとに、可愛すぎない!? そりゃもちろん覚えてますとも。私が高校生になったらねって約束したんだから、中学卒業したらもう高校生って言い張って、卒業式の後に二人きりでお祝いしてくれている時に半ば無理やりキスしたやつでしょ? 忘れるわけない。
でも正直ちょっと強引だったし、子供っぽかったかなって反省してたんだけど、リリィ、ちゃんといい思い出として記念日扱いしてくれてたんだ。ていうか、初めてのキスをしたことを記念日って考えるのがまず可愛いし、その日に籍入れるって可愛すぎない? 初キスを一生忘れないようにしようってことだよね。
だって恋人になった日とかでもよかったのに、わざわざ恥ずかしがりながらも初めてキスした日って言ってるんだから。そのくせ私が記念日でぴんときてないのに拗ねた感じになってるのがもう、ああもう本当に可愛すぎる。
「な、なによその声は」
「ごめん、可愛すぎて変な声出た。でも、うん、はい……」
リリィに文句を言われて謝罪しながら、私はリリィを抱きしめるのをやめてベッドに寝転がるようにして距離をとった。そして天井を見ながら言葉を続ける。
「わかった。その日に籍いれようか」
正直、めちゃくちゃリリィと結婚したかったけど。はっきり言っちゃえばベッドを共にしたかったのだけど、でも、リリィがこんな可愛いことを考えてくれていたなら、話は変わる。
そこまでちゃんとした可愛すぎる理由があって、私の性欲の為に籍に入れようなんて言えるわけない。むしろ私よりリリィの方が私のこと好きまである。
いや、正直今の話を聞いて余計欲求は高まってしまって今抱きしめないようにするので精いっぱいなのだけど。うん。我慢します。
「ええ。理解してくれて嬉しいわ。……その、エレナ」
「ん? どうしたの?」
リリィが可愛すぎるし、一旦距離をとったことで気持ちも落ち着いた。
はっきりリリィの気持ちを聞いた以上、これ以上はただの私のわがままだ。ここまで待ったんだ。そんなリリィが好きなんだから、もう少し待つしかない。うん。誕生日の一か月前から入れる自動車教習所に連絡いれておいたし、卒業まで割と暇だし、のんびり車の免許とったりして他のことに意識を向けておくことにしよう。
と気持ちを切り替えたところでリリィがベッドに手をついて、見下ろすように私の顔を覗き込んでくる。まだどこか照れたように頬は赤くて、下から見ても可愛い。
「……籍は、いれられないけれど、その……別に、エレナの要望を全部却下しようと言うわけではないのよ? その、18歳は、確かに大人だものね……」
「ん? うん……うん!?」
下を向いたことで垂れた髪を耳にかけ、視線はどこか遠くにやりながらリリィが言った言葉は遠まわしでわかりにくくて、一度適当に相槌を打ちつつも意味をよく考える。そして3秒ほど遅れて理解して、私は驚きの声をあげてしまった。
いやだって、え? 籍を入れる以外の要望は受け入れてもいいってことだよね? そもそも私の籍をいれたいってのも、同じベッドを使わせてほしいからなわけで、つまり、結婚する前でも18歳になったらいいってこと!?
「うっ……れしいけど、いや、でも、無理しなくていいよ? 結婚するまで駄目ってリリィが言うなら、ちゃんと我慢するし」
「それを言った時は……あなたはまだ、15歳で、非常に差しさわりがあったからで、その……とっさに断るための方便というか……私だって、婚前交渉が絶対にいけないことだなんて、言うつもりは……その」
思わず飛び上がって抱き着きそうなのをおさえて自分で自分の手を握るようにしてこらえる私に、リリィは真っ赤な顔で小さい声でそう言い訳をしだした。だんだんボリュームを落として最後はごにょごにょと何を言っているのかわからないくらいだ。
「リリィっ」
そんな可愛すぎる最愛の彼女に、私はたまらなくなって飛び上がってリリィに抱き着き、そのままの勢いでリリィを押し倒した。
ぎゅっとベッドの上で抱きしめてその顔を見ると、リリィは真っ赤なまま、ちょっとすねたような顔をしていた。
照れているのをごまかすためにそんな顔をしちゃうところ、ほんとに年上と思えないくらい可愛い。
「リリィ、大好き」
「ん。……それは私もよ。でも、まだ18歳じゃないんだから、駄目よ」
そんな少しとがった唇にキスをすると、リリィはそれを受けて真っ赤なまま、そっと私の唇に人差し指をあててきた。
ううう。わかってるけど、わかってるけども! でもリリィもほんとは私としたかったってわかって興奮しないわけなくない!?
「それに……こんな風に、勢い任せなのは嫌よ。その……そういうことは、きちんとした流れと言うのがあるべきだと思うわ」
「わ、わかってるよ」
リリィが言いたいことは、つまりこんな風に適当なのじゃなくて、ちゃんと初めてにふさわしい雰囲気と言うか、ちゃんとしたデートをしてって言う流れがあるよねってことだよね。うん。今は平日だし、そもそもまだ誕生日まで先だし。わかってる。わかってるけども。
私はリリィを抱きしめるのをやめて、いったん冷静になる為に体を起こして座って物理的に距離をとる。ううん。でも全然冷静になれない。こんなの浮かれちゃうでしょ。
えっと、ふさわしいデートって、初めてのお泊りデート。リリィは記念日派だったわけだし、一般的なイベントよりは二人だけの思い出になるような。
「ひとまずさっきまでの話はおいておいて、リリィ、私の誕生日の後にある三連休で、旅行行かない? 日々のお仕事で疲れてるだろうし、温泉旅行とかどう?」
「……まあ、悪くないけれど」
「よしっ。じゃあ決まりね」
三連休までちょい離れるから一か月半くらいだ。旅行の予定を立てるには短いくらいだし、色々決めないと。あ、それまでに車の免許とれたらもっとよくない? 頼れる感じがするだろうし。よーし、頑張るぞ!
そんな風にして、リリィと過ごす高校最後の年は過ぎていくのだった。死ぬまで忘れない、大事な記念日を一つ一つつくりながら。




