第五十一話 二度目の
ばぁやとの挨拶も恙なくおわり、楽しい結婚式はその後も続き、何の問題も起きることなく無事予定通り夕方前に終わった。
昼間から少しずつ食べて飲んだりしていたので、夕食は軽く、夜中にお腹が空いて目覚めない程度にすませた。そしてそれぞれいつもよりちょっと長めの入浴時間になる。
いや、さすがに丸一日だとやっぱり私も疲れた。体力的にはともかく、リリィの招待客にも領民にもおかしな姿は見せられないからね。
みんなに安心してもらえるよう頑張った。
そうして、ようやく寝室にはいる段階になった。
私室から寝室への扉は二重扉になっていて、ドアを開けるだけのスペースになる短い通路にはいり、緊張しながら寝室に繋がるドアをノックをした。
「……? エレナ? どうぞ?」
不思議そうなリリィの声が帰ってくる。私以外あり得ないけれど、普段は普通にはいってるからだろう。私の寝室でもあるし、身支度が整ってから寝室にはいるのだから、ノックをする必要は本来ない。
だけど、今日は私の心の準備のためにも必要だった。
結婚式の夜を迎えるのは、これで二度目だ。だけど秘密をかかえた一度目より、今の方が緊張しているかも知れない。
「失礼します」
神妙に入室した私をベッドの中に体をいれて上体だけ起こしていたリリィが小首を傾げながら迎えてくれた。
「何だか大人しいわね。また、何かの遊びかしら? それとも嫌なことでもあって?」
「ううん。嫌なことはないよ。ただ、その、緊張して」
「緊張? まあ、とにかく立っていないでこちらに来てちょうだい」
何だか心配までしてくれるリリィに恐縮しながら、私は促されるままベッドにはいる。リリィは肌寒いのか、普段の寝巻きの上にカーディガンを一枚羽織っている。
暖めたくてそっと肩を抱き寄せてくっつきながら、私はじっとリリィを見つめる。
「……」
「……あの、別に急かすとか、疲れてるだろうし、今すぐってことじゃなくて、あくまで今言っておきたいなって言う、決意表明なんだけど、いいかな?」
黙って私を受け入れて静かに見つめ返してくれるリリィに、私はドキドキを胸が高鳴るのを押さえながら前置きをする。
無理強いだけはしたくないので、ここはちゃんと言っておかないといけない。だけどリリィにとったら全く意味不明のようで、なにやら不審そうな顔をされてしまう。
「構わないけれど、何か私が嫌がることを提案するつもりなのかしら?」
「そんな、つもりは……ないけど、どうだろ。その、今日は結婚式をしたよね?」
「ええ、そうね」
「だから、今夜は初夜だよね」
「……そうね。二回目だけど」
あまり遠まわしに言うのも、それはそれで恥ずかしくなってきたので、この際はっきり伝えることにした。今日は初夜で、つまり今度こそそう言う気持ちでいるってことを。
だというのに、リリィは私の発言に照れる様子もなく、どこか苦笑するように頷いた。どこかそっけない、前と同じとでも言うような態度に、伝わってないと気づいた。
だったらもう、これ以上なく直球で伝えるしかない。直接口で言うのを嫌がるリリィだけど、さすがにこれは事前確認しないわけにはいかないんだから。
「二回目だけど、初夜には違いないでしょ。だから、その、私が、リリィともっと触れあいたいって、触れるキス以上の愛情表現をしたいって思ってることは、言っておきたくて。今日言わないと、中々言えなくなると思うから」
「……」
私の言葉に、リリィは驚いたように目を見開いた。そしてまじまじと私を見ている。自分の動悸がうるさすぎて、リリィの心音がわからなくて反応が読めない。
「そう言うの全然考えてないとかなら、驚かせてごめん。でも好きだから、リリィをもっと愛したいんだ。リリィはそう言うの、その、どうかな」
恥ずかしすぎて、体が火であぶられているかのように熱い。だけどこのくらい直球で言わないと、きっとリリィには通じないだろう。なんせリリィは好きだって告白しても、恋愛の意味だって言わなきゃ伝わらないくらいなんだから。
実際に夫婦の関係だし、リリィとは思いの上でも夫婦として通じているので、初夜だからと強引に初めてもきっと拒否はされないと思う。
でも男女でも世継ぎの為に義務だけでしてる人もいるだろうし、そう言う触れあいが好き嫌いと言うのはあるだろう。
だからリリィが私を好きでもそう言うのはあまり好きじゃないと言うなら、無理強いはしたくない。
「……ふっ、ふふふ。馬鹿ね」
「え、ええ。結構勇気を出したのに、そんな風に言わなくても」
気持ちを伝えたいけど、かといって気を遣って無理をしてほしくはない。と伝え方に苦心しながら言ったのに、リリィときたらあっさりと笑いだしてしまう。
ころころと鈴がなるような軽やかな笑い声で、釣られるように私も半笑いになりながらもちょっと非難すると、リリィは私を上目遣いに見ながら口元をおさえた。
「ふふ。ごめんなさい。だけど、本当に、わかっていないようだから」
「え?」
「少し、手を離してもらえる?」
「あ、うん」
わかってないと言われても、なんのこと? とも思うけど、リリィの気持ちを聞いてわかってないって言われるってことは? と期待でそわそわしてしまう私に、リリィは軽く私の手を叩いて肩を掴むのをやめさせた。
リリィはすっと着ていたカーディガンを脱いだ。ベッドに入っているし、くっついているから必要なくなっただけだと思って油断している私の前で、リリィはその下をさらした。
「……り、リリィ」
リリィは、最初の時の初夜の時と同じように、透けるような薄い服を着ていた。つまり、リリィも最初からその気でいてくれたのだ。
リリィは薄暗い寝室でもはっきりわかるくらい、頬を紅潮させて私を見ている。
「笑ってごめんなさい。だけど、最初にあなたがこの部屋にはいってきたあの時から、ずっと、覚悟はできているわ。なのに今更、そんなことを言うのだもの。おかしくなってしまうわよ」
「そ、それは……」
それはでも、あの時は恋人でもないし義務であの格好をしてくれてただけだ。覚悟っていうのは嫌だけどするしかないって覚悟だ。だから全然別の話だ。
そうは思ったけど、でも、リリィがまっすぐ、熱い目を私に向けてくるから、反論の言葉はでなかった。
あの時リリィの覚悟を無下にした私なのに、リリィはもう一度、この服を着てくれたんだ。私がそんな気じゃなかった時の為に、わざわざ隠して。私と同じように考えて、気を使ってくれていたんだ。
胸が熱くなる。リリィの優しい気遣いが嬉しい。私だけが思っていたんじゃなくて、引かれたんじゃなくてよかった。
そしてそれ以上に、リリィも私と同じように思ってくれていたことがわかって、熱い。
「うん、ごめん、鈍くて」
落ち着いてリリィを観察すれば、不自然な点に気づけただろう。最初から布団の中にはいっているのも、カーディガンをはおっているのも、いつもより甘い匂いがするのも、少しずつ違うところはあったのに。
なのに気持ちばかり先走って、結局また、口に出して確認してしまった。リリィに呆れられても仕方ない。
だから、これ以上余計なことを言うのはやめて、私はそう言ってリリィを抱きしめてキスをした。
「……」
リリィは黙って私のキスを受け入れてから、じっと私を見つめてくる。その目を見ていると、もう我慢できそうになかった。
「愛してるよ、リリィ」
「ええ、私もよ」
こうして二度目の初夜にして、私はリリィとじっくりと時間をかけて愛し合った。
〇
リリィの体はどこもかしこも柔らかくて、綺麗で、可愛らしくて、どう触れても気持ちがよくて、私は体が溶けてリリィと一体化してしまうような気にさえなった。そんなわけもないけど、そんな気がするくらい、頭がおかしくなりそうなくらい、気持ちのいい時間だった。
「……リリィ、寝ちゃった?」
「ん……起きているわよ」
お互い体を緊張させて荒げた息を落ち着けようと、しばし黙って抱き合っていたので、もう寝たかな? とちょっと不安になって尋ねると、リリィは目を開けてくれた。
「だけど、さすがに疲れたわ」
「眠いかな? ごめん。もう一回ってことじゃなくて、ただ、寝てしまって今夜を終わらせるのが、名残惜しくて」
どこかけだるげに微笑みリリィの姿はどこか艶めいていてときめくけれど、私もなれないことの試行錯誤で疲れたし、これ以上リリィに無理をさせるつもりはない。
だけどもう少しだけ、このまどろみのような心地よい空気を味わいたい。
「ん、いいわよ。寝てしまうまで、ね」
少し眠そうな声でリリィはそう応えてくれる。ああ、愛しいなぁとしみじみ思う。こんなに素敵な人が私のお嫁さんなんて、本当に幸せだ。
「リリィ、何度も口にするの、リリィはあんまり好きじゃないかも知れないけど、でも、愛してるよ。結婚してくれてありがとう。リリィを、絶対に、幸せにすると誓うからね」
「もう。馬鹿ね」
また馬鹿って言われてしまった。でもなんだか、甘やかされている気にさえなる優しいとろけるような馬鹿だった。眠くなってしまう。
思わず目を細める私に、リリィが身をよじるようにして私の腕の中から出て、そっと私の頭に触れてから顔をよせて、ぴたっと私とリリィのおでこをくっつけた。目の前のリリィの瞳が、ただ綺麗だった。
「言わなくてもいいのは、私の気持ちがわかっているくせに確認したり、私を照れさせようと過剰にすることよ」
「うーん」
だから、それが難しいのに。と思ってしまう私に、リリィはくすくす笑っておでこをぐりぐりと押し付ける。そして額を離して、今度は鼻先をくっつけた。
「だからね、こうしてベッドの上で二人きりでエレナの気持ちを聞かせてくれるのは、素直に嬉しいわよ」
そして囁くようにそう言われて、私の胸はドキドキと早くなって、眠気がどこかに行ってしまう。そんな私の感情の変化に気づいているのか、リリィはふっと笑って私にキスをした。そうしてそのままぎゅっと私を抱きしめて、私の耳元に顔を寄せた。
「エレナ、私と結婚してくれて、ありがとう。一緒に、幸せになりましょうね」
リリィから押し付けられるように素肌をふれ合わせて、恥じらいを隠すようにして耳朶を震わせるように伝わってきたリリィの思いに、私は我慢できなくなってぎゅっとリリィを抱きしめ返す。
「ごめん、やっぱりもう一回、いいかな?」
「もう、だからね。そう言うことは、聞かなくてもいいのよ」
そう言ってリリィは赤い頬のまま蠱惑的に微笑んで見せた。
そうして翌日を迎え、朝方近くまでもう一回を繰り返した私は限度があると笑いながら注意されてしまい、まだ当分、リリィの可愛いお姫様心がわかりそうもない。と反省するのだった。
だけど反省しながらも、なんとなく、きっとこんなことをいつまでも繰り返してしまうのだろう。そんな風に感じた。
これからもずっと、私たちの幸せな結婚生活が続くのだろう。そんな未来を想像しながら、怒った振りで私の頬をつつくリリィの手を取ってキスをした。
おしまい。
本編はここまでです。あとちょっとだけ続きます。




