第四十九話 大好きな人とする結婚式
ついにリリィとの結婚式の日がやってきた。待ちわびた気持ちだ。
まず天井のないひらけたお披露目用の馬車にのって街をゆっくりまわりながら街のど真ん中にある式場へ向かい式をあげ、一度着替えて別のドレスになってもらってまた馬車に乗って街中をまわる。そして式場にもどったら民に向かって挨拶して、そのまま会場をみんなに開放して好きに飲み食いしてもらう。それからもう一度着替えて、最後までリラックスして過ごす。という流れだ。
そしてある程度の警備はつけるとはいえ、みんなとも自由に会話できる距離で交流するという、貴族にしてはありえない開放的な式になる。
普通に考えたら、ある程度地位があればこういうことは危険だと思われるのでしないけれど、結婚式中ずっとリリィの傍にいるつもりなので大丈夫だ。
どれもゆっくりして合間に休憩を入れる予定なので、朝食後すぐに身支度をはじめた。昨日は早めに眠っていたけれど、わくわくして早く目が覚めたくらいだ。
とはいえ、いつも通り眠っているリリィの寝顔を堪能しているうちに起きる時間になってしまう程度だ。元気いっぱいに当日を迎えた。
「リリィ、はいるよ」
「どうぞ」
リリィの準備ができたと教えてもらったので、私は自分の部屋を出てリリィの部屋に向かう。ノックをしていつもの返事を聞いてから中にはいる。
「ほぅ……リリィ、すごく綺麗だよ。似合ってる」
そして思わず息をついて見とれてしまってから、私は近づいてそう声をかけた。と言ってもいつもみたいに無遠慮に近づくとドレスを踏んでも危ないので、一歩手前で止まる。
一度は見たとは言え、改めてものすごいドレスだ。白を基調としたよくある伝統的なものなのだけど、全体にこれでもかと真珠がついている。真珠は当然内陸では手に入らないし、自然にできるものなので、同じサイズをそろえてアクセサリーにするだけでもものすごく高価なものだ。それをこんなにも惜しげもなく使っているのだ。それに胸元や髪飾りのティアラなどの要所のにはきらりと光る大粒のダイヤモンドが埋め込まれている。
「ありがとう。私も、またこのドレスが着れて嬉しいわ。……まあ、重いけれど」
このものすっごく高級なドレスは、さすがに私が頼んで作ってもらったものではない。褒章や年金があるのでお金に困っていないと言っても、さすがに限度がある。無理に高価にしなくてもリリィは綺麗だしね。
なのでこれは、リリィが前回の結婚式でも身に着けた、リリィのお母さんの為につくられたドレスだ。お母さんにも見てもらう為というのもあって、前回王様はとても喜んでいたし、今回も直接見れないのは残念だけどと言いつつ快く貸してくれた。
まあ、これを送るためにめちゃくちゃ護衛をつけた馬車の行列がきたのは驚いたけど。
「うん。綺麗だよ。リリィのお母さんもきっと喜んでくれているよ」
「ふふ。二回目だけどね」
「王様も二回目でも喜んでたよ」
「ふふ。父は少し大げさな人なのよ」
リリィのお母さんの姿絵を見せてもらったことがある。濃い金色の髪できっとこのドレスがとても似合ったのだろう。
だけど、リリィにもとても似合っている。リリィの輝くような銀の髪が、真珠とは違うきらめきで、後ろ姿を見ただけでもうっとりしてしまう。
それでいて振り向くと、血管が透けて見えそうな白い肌はほんのり血色がよくて赤らんでいて、真っ赤な瞳が印象的で目を引いて、こんなに素敵でそれだけで目を引くドレスなのに、リリィのことばかり見つめてしまう。
リリィの為にあつらえたと言っても違和感のないほど、よく似合っている。とても綺麗だ。
「こんなにも綺麗な人が私のお嫁さんなんて、信じられないくらい綺麗だよ」
「もう……言いすぎよ。あなたも、素敵よ。よく似合っているわ」
「ありがと。見劣りしてないならよかったよ」
基本の服を着てから、そこに追加の勲章とか色々は自分では難しいのでつけてもらう人が必要だったし、リリィにも私にも使用人がついている。
だからちょっと恥ずかしいけど、リリィが綺麗すぎてついてつい言葉にだしてしまう。リリィが素直に喜んでくれているからいいか。
そうして歓談しているとすぐに時間がきてしまった。リリィと手をつないでしまうとレースが引っ掛かってしまいそうなので、軽く曲げた肘につかまってもらって正式なエスコートをする。
そうしてゆっくり歩いて、私達は建物を出て、玄関より手前まで迎えに来てくれている馬車に乗る。これも王城から借りているもので、以前に乗ったのと同じものだろう。
前回は、ほとんど周りを見る余裕なんかなかった。なんとか表面を取り繕う為に笑顔を張り付けるだけで精いっぱいだった。だけど今は違う。
玄関のすぐ前の道からたくさんの民が一目見ようと待っていてくれて、みんな笑顔を向けてくれている。それに軽く手をふるだけで喜んでくれている。
「リリィ、みんな、喜んでくれてるね」
「ええ、そうね。領主夫婦の仲がいいのは大事だもの」
リリィは柔らかく微笑みながらもそう言った。まるで体面の為に仲のいいふりをしているかのような物言いだ。全くそんなことないのに。むしろ体面の為にくっつくのを我慢しているくらいなのに。
「じゃあ、もっと仲がいいのをみせつけようか。リリィ、手をかして」
「いいけど、何をするのよ」
私の提案に体面的には笑顔のままだけどなにやら警戒しながらも、リリィは素直に出した私の手に手をのせてくれる。
なのでその手をあげて手の甲に軽くキスをする。それだけだ。だけど、往来からは歓声で応えてくれた。
「ふふふ。楽しいね、リリィ。みんな綺麗なリリィに見とれてるよ」
「まあ、そう言う見方もできるわね」
「またそんな風に言って。リリィが私のお嫁さんだってみんなに見せびらかせて気分もいいし、前回よりずっと楽しいでしょ。今回は馬車も一緒だし」
「……まあ、そうね」
恥ずかしいのか、リリィは誤魔化すように言葉少なにそう言うだけだった。こんなに綺麗なのに、その恥じらう姿は可愛らしい。
こうして、私達の幸せな二度目の結婚式が始まった。
〇
ジェーンの言葉に合わせて、みんなの目の前でキスをする。前回はがちがちになるばかりだった。もう数えきれないくらい、何百回とキスをしてきたからなんてことないと思っていたけど、それでも、なんだかいつも以上にじんと胸が熱くなってしまった。
そうして一部からヤジみたいな祝福の言葉をかけられながら、私達は結婚式をした。
そして休憩をしながら着替えをする。私も最初の結婚式と同じ大げさな格好ではなく、重い勲章のない服装になる。やっぱりあの格好は肩が凝る。リリィもさすがにあのドレスは肩に力がはいってしまっていたようで、少しばかり力を抜いた様子だ。
「リリィ、そのドレスも似合ってるよ」
二つ目のドレスは北の方でよくつかわれる、ふんだんに布を使ってスカート部分が膨らんだ柔らかなシルエットを描くウエディングドレスだ。クラーク国への気持ちを知らない時に発注しているので、クラーク国独自のものではなく普通に寒い地方ではよくつかわれるデザインというのでお願いしている。
寒いのでたくさん布があるほど温かく、ひいては花嫁を大事にするという花婿の意思表示にもなるものだ。すっかり肌寒くなったこの季節にぴったりだろう。
地が白でさっきと似ているのだけど、その代わりにあちこちに色んな色の宝石をちりばめている。裾にはたくさんの花があって、気分は一年で最も美しく待ち遠しい春をすでに体感しているという意味らしい。意味はぴんとこないけど、とても似合っている。小粒で色んな色なので、色とりどりの雨が花に降り注いでいるみたいな、可愛いデザインだ。
さきほどの神々しいほどの美しさを強調するドレスと違って、リリィの可愛らしさを十二分に引き出している。とっても可愛い。
それほど高価でもなくさっきのよりずっと気軽に着ていていいものなので、これならリリィもゆったりした気持ちで馬車にのれるだろう。
「ありがとう。少し、可愛らしすぎるというか、もう少し若い子向けのデザインのようにも感じられるのだけど」
「何言ってるの。すごく似合っていて可愛いよ。私の言葉が信じられない?」
「あなたは私が着ていればなんでも似合うと言いそうだもの」
「……いや、そんなことは、ないと思うけどー?」
似合っているのは事実だけど、そう言われると、いやでもそもそも本当にリリィが何を着ても似合うというだけの話で。でも、うーん。少なくとも否定はできないかもしれない。
と思いつつ、さすがにこれを肯定すると今のドレスを否定することになっちゃうのでそう返事をしておく。
「ふふっ。ふふふ。本当に、あなたは可愛い人ね」
「え、私の格好、そんな感じ?」
「ふふ。違うわよ。見た目は格好いいわよ、とっても素敵。理想的な花婿よ。胸をはっていいわ」
「そ、そう? えへへ」
理想的な花婿とか言われてしまった。それってつまり、リリィにとって好みど真ん中てことだよね? そんな狙ったつもりもない服装でそう言われてしまうと、照れくさすぎて言葉につまってしまった。
「リリィがよければ、そろそろ出ようか」
「ええ。エスコート、お願いね」
「もちろん」
リリィをすっとエスコートして、できるだけ理想の花婿像を崩さないよう私も姿勢に気を付けて出る。式の最中はさすがに気を使っていたけど、リリィとの会話で気が抜けた可能性がある。リリィが自慢に思えるくらい、顔くらいはきりっとしておかないとね。
「いいわよ! 似合ってるわ!」
「お似合いだねぇ」
「おめでとうございます!」
「お幸せに!」
「新しいドレスも素敵です!」
「すごくお綺麗です、姫様っ」
控室から式場にはいると、まだ待ってくれていた人たちが口々に祝福の言葉を投げてくれる。式の最中は返事ができなかったので、席の間を通り抜けながらそれぞれに軽く返事をしていく。
リリィも自分の出席者に向かって笑顔で答えている。中には泣いて喜んでくれている人もいた。リリィはそれに目を潤ませながら、私と一緒にまっすぐ歩いた。




