第四十六話 これからと、過去のこと
そして翌日ようやく領に戻った。その馬車の中でも、リリィが招待する人についても軽く教えてもらったり、帰ったら色々手配することがあるけど、何からするか、優先順位は。なんて真面目な話をしながらもいつも通り膝に座ってもらっていちゃいちゃしながら帰った。
領に戻っていつもの調整してくれる人にその計画を話したところ、めちゃくちゃ詳しく聞き取りされた。
そうして計画を煮詰めてしまえば、その方が領地の為にもなると街をあげてのお祭りみたいになってしまい、この街以外の各地にも振る舞いが予定されたそうだ。
ということで物流や雇用、費用にと専門の人間がした方がいいので、実際の手配や実務は私たちの手を離れた。数日かけて話し合い、リリィへのサプライズも話を通し、あとは私とリリィは心の準備をしておいてということになった。
二か月先と言うことで通常より急ぎの予定にはなるのだけど、こういった場合祝い事として通常より費用が通るので、むしろ雇用される関係者は喜んでいるらしい。
私の思い付きから始まったのに領のお金を使うのも申し訳ないので、勇者として王からもらった報奨金や勲章と共にいただいた年金もから出すことも言ったのだけど、なんと事前に王様から資金援助があったのもあり、領の活気にもつながる公共性もあることなので気にしなくていいとのこと。
リリィのドレスのこともあり、王様には話していたのだけど、なんと話を通してくれていたとは。どうりで二回目の結婚式をする提案になにひとつ疑問なく受け入れてくれたはずだ。
話す度に段々大きくなっていく結婚式に、なんだかワクワクするばかりだ。最高に楽しい結婚式になるだろうなぁ。
「結構大仕事になっちゃったし、さすがに結婚式までは旅行は控えた方がいいよね」
ということで、ワクワクしながらも、手持無沙汰になってしまった。自室でお茶を飲みながら、じっくりとこれからの予定について話すことにした。まあ自室と言ってもいつものリリィの部屋だけど。
リリィはソファで私の横に座っていて、私の言葉にうんと頷いて一度視線を伏せる。
「そうね。年明けからしばらくの間は領地経営の仕事は減って、交代で長期休暇をとるようになっているはずよ。その時にはここを留守にすると、より休みやすくなるでしょうね」
「ああ、それはいいね」
そういうところまでちゃんと把握しているのすごいなぁ、さすがリリィ。と感心してしまう。
私は話に集中できるよう距離は近づけないまま、隣に座るリリィの手を取って握って手持無沙汰を解消しながら考える。冬の旅行となると、思いつく行先は限られる。
「でも領内だと結局手配はしてもらうし、現地の人にも申し訳ないから、領地外に行くのはどう?」
「私は構わないけれど、どこか行きたいところが?」
「せっかく冬だし、雪まつりがある北か、それか温かい南でゆっくりするのもいいけど」
魔王を退治する為、私達が最後にたどり着いたのは北だった。魔王が近くにいたのだけど、魔王の存在に付き従う為に逆に比較的魔物被害は少なかった。だけど国全体で食料不足気味だったのもあり、お祭りなどは自粛していて私たちが行った時もそう言った催しはなかった。
魔王を倒して帰りに寄った際に、また盛大にお祭りをするから、よかったらいつか見に来てほしいと声をかけられている。全国とまでは言わずとも、他の領地からもお客の来る結構有名なお祭りだそうだ。
だからいつかは行きたいなーとは思っている。とはいえ、急いでいかなければならないものでもない。真冬だし寒いし、リリィがもう少し体力がついてからでもいい。
冬の寒い時期に南で過ごすのもとても贅沢な話だろう。ほんの少し南に寄っただけで、海はとても暑かった。最南端にはまだ私も行ったことがないので、私にとっても未知の旅になるどちらも甲乙つけがたい。
「雪まつり……話には聞いたことがあるわ」
リリィもすっかり手をつなぐのに慣れたようで、私の手をにぎにぎと遊ぶように握り返しながら相槌をうった。
「うん。私も見たことないし、雪遊びはしたことないから、いずれは行きたいなって思ってるけど、寒いし、馬車では途中までしか行けないからちょっと大変かも」
「あら、徒歩移動になるのね?」
「いやいや、さすがにそれは提案しないよ。雪ぞりがあるよ」
雪の上を歩くのはなれもいるし、平地よりずっと体力を使う。長距離を歩くのはリリィには体力をつけても不可能だろう。雪山登山の行程ではさすがにみんなも疲れていたくらいだし。
登山はしないし、リリィに長距離を歩かせるつもりはない。必要ならおぶってもいい。いや、抱っこの方がいいかな。まあそれはともかく。
「ただ、雪ぞりって基本貴族用がないし、御者と別れてもないし、ホロがあっても寒いし、うーん、ちょっと手前までで雪になれて試してみるのがいいかも?」
「ふぅん? 私はどちらでもいいわよ。あなたと一緒なら、どんな旅でも楽しいもの」
リリィはそう楽し気に言ってくれる。うーん、可愛い。好き。抱きしめて口づけたくなるけどこの勢いだと話どころじゃなくなってしまいそうなので我慢する。
リリィの言葉は嬉しいけど、だからこそ旅行で風邪をひいたりなんていうのは避けたい。うん、やっぱり雪祭は今回じゃない方がいいかな。夏も一回行って、土地勘を持ってからの方がいいかも。そうなると、南?
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、風邪をひいても大変だし、今回は他に行こうか」
「それはそれでいいわよ。どこがいいかしら」
「私も南はそれほど回ってないし……あ、ジェーンのところはどうだろ。確かめちゃくちゃ大きな大聖堂があって、観光客も多いらしいよ」
以前にジェーンにも勧めてもらったことがある。行ったことないなんてもったいない、と。それほど南ということもないけど、王都よりは南だし、大きな山脈があって確か冬にも滅多に雪が降らないって言ってたはずだ。
「教会が特別自治権を持つ、ラクサ地区ね。観光客と言うか、聖地巡礼をしている教徒だと思うのだけど、まあ、そうね。大聖堂の美しさは一度見ておいて損はないわ」
南で思いつくのがそこくらいしかなかったのだけど、私の提案にリリィは繋いでいない手を何気なく上げて顎に指先を当て、少し考えるようにしてから頷いて微笑んだ。何気ない動作の指先一つから気品があふれるようで、うっとりするほど美しい。
「リリィは行ったことあるんだね。それじゃあ、他のところがいいかな?」
なのでそう答えながらも身を寄せて、会話に支障がない程度に頬にキスをした。これでも忍耐強い方だと自認しているのだけど、リリィはもう、と私の鼻先をつついてくる。
「もう、お話の最中でしょう」
「我慢しなくていいなら、唇にしたいんだよ?」
だから褒めてくれてもいいくらいだ。と暗に伝える私に、リリィはくすっと笑って、私の頬に触れながら顔を寄せて目を細める。その、キスをする直前の表情に途端に私の忍耐は飛び立って、私はリリィと唇を重ねた。
「リリィ、愛してるよ」
「……私もよ。ふふ。さて、これでしばらくは持つわね。年明けの予定なのだから、決まるまで今からキスはお預けよ」
二度、三度とキスをしてから愛を告げると、リリィは頬を赤くして微笑んでくれてから、気持ちを切り替えるように私の頬を一撫でしてから離して、そっと私の肩を押してそうつれないことを言った。
話の途中でリリィからなんて珍しいと思ったら、どうやらそう言う意図だったらしい。だとしてもすごくドキドキするお誘いだったのでいいのだけど。でも、もっともっとキスをしたい気持ちになってしまった。
「じゃあ、えっと、話を戻そうか。大聖堂はリリィも行ったことがあるから、別の場所がいいんだっけ」
でもここで強引にキスに持ち込んで、まあきっとリリィも本気で拒否はしないだろうけど、早く話を進めた方がいいのも事実だ。仕方ないのでさっさと結論をだすことにしよう。
「ラクサ地区は一応、王家の所有地になるから何度か行っているわね。だけど、あなたと行くのもいいと思うわ。大きな療養地みたいなもので、付き添いの滞在者が多いから宿も多いわ。さすがにひと冬となると教会にお世話になるのは悪いけど、宿でも過ごすのに問題はないでしょうね」
「そうなんだ。じゃあそうしようかな。興味はあるし。リリィは今までお姫様として行ってたってことだし、今回はお忍びとして、普通の旅人みたい二人きりで行ってもいいかもね」
この間の海への旅行は、宿の方に身分が知られているのはもちろん、移動の際の御者やその他の使用人も数人いた。宿を出ている間は自由にしてもらっていたけど、それでも何かあった時の為に一人は部屋で待機してくれていたし、宿の中ではリリィの入浴などの身支度はいつもどおり世話をしてもらっていた。
でも今回はお休みしてもらう為でもあるし、本当に二人きりで旅行するのもいいかも。そう遠い距離じゃないし、私も御者くらいできる。移動中はリリィが馬車の中で退屈かもしれない、くらいの懸念点はあるけど。
「二人きりで……? そんなことしていいのかしら?」
「あはは。本当にリリィは可愛いね。リリィが望めば、叶わないことなんてないのに」
「ふふっ……もう、本当に、あなたといたら、何でもできる気がしてくるわ」
よほど予想外だったのか目をぱちくりさせたリリィに思わず笑ってしまいながらそう教えてあげたのに、リリィときたら私が冗談を言ったみたいに噴き出してから、そんな風にうっとりしたように私を見つめて言った。
信じてないなぁ、と思う。もちろん勢いで言った軽口で、大きな覚悟をして言った言葉ではないけど。でも本当に、リリィが望むなら、私が全部叶えてあげるのに。
だけどそれをことさら力んで言うのも、なんだか恥ずかしい。だってそんなの、当たり前のことだから。
「ほんとなんだけどなぁ。とりあえず、年明けはラクサ地区に行くってことで。北はまた今度にしよう」
「そうね。それで構わないわ」
「うん。そう言えば……」
とても今更だけど、リリィは今言っていた最北の地を抜けたさらに北にある、他国の血を引いている。国交はあるけれど基本的に海路をつかったものだ。一応山を越えての陸路もあるらしいけど、冬場は使えないし地元民たちが各自交流する程度の小さい行路くらいしかない。
なので北の雪祭のついでにさらに北に、という発想はなかったのだけど、夏ならいけなくもないのだ。
リリィにその気があるなら、国内と言わずそこを目指してもいい。父親の故郷となると気になるのではないだろうか。とも思うけど、どうなのか。私はリリィの出自について噂以上のことを何も知らない。
「リリィのお父さんって、北の人だよね」
「そうね。幼い頃は、向こうに住んでいたのよ。と言っても、もう記憶も曖昧だけれど」
「……深く聞いたことなかったけど、その、ご両親について聞いても大丈夫? もちろん話したくないならいいけど、興味があるなら故郷に行くのもいいんじゃないかと」
「そうね……あまり、公にする話ではないのだけど、あなたは知っておくべきでしょうね」
まずは遠回りにお父さんについて尋ねると、リリィはなんでもない様子で答えてくれた。なので思い切って聞くと、リリィは真面目な顔で頷いてから、ふっと微笑んでから私の手をぎゅっと握りなおして語りだした。




