第四十四話 招待状回り
翌日、私は仲間たちを訪ねて招待状を渡して回ることにした。まずは同じ宿のジェーンとマーティンだ。具体的に何時に出るのかわからなかったので、朝食の前に尋ねると寝ぐせのままジェーンが顔を出してくれた。
「ふわぁ、なんだい、エレン、朝っぱらから。嫁さんと喧嘩でもしたのかい? 悪いことは言わないから、あんたから謝りな」
「違うって。そうじゃなくて、はい、言ってた結婚式の、招待状」
「え? ああ、丁寧にありがとねぇ」
ジェーンは二枚受け取ってくれた。中をちらっと覗くけどマーティンは出てこないようだ。まだ寝ているのかな。さすがに早すぎた。申し訳ない。
「ごめん、朝早くから」
「いいさ、普段からお勤めで早いし、年寄りは朝が早いもんさ。マーティンが寝すぎなのさ」
「そう? とりあえず、王都から来てもらう人には馬車も手配する予定だけど、二人はいる? 必要なら言ってね」
「あー、そりゃあいい。でも、うちはうちで適当に行くから大丈夫だよ」
「そっか、ならいいけど。うちの領地は見どころ多いし、早めにきて観光してくれてもいいし。というか引退して時間できてからまた来てくれてもいいよ。二人ならいつでも歓迎だし、事前連絡さえくれたら、仲間価格で宿とか馬車の手配もしておくから」
「商売上手だねぇ」
「無料だと気を遣うでしょ?」
私が逆の立場でも無料でいつまでもいていいよとなると逆に行きにくい。日付を区切ってもらった方がまだ甘えやすいくらいだ。
それに宿は私とリリィが行かなければ稀に王族が来る以外は無人なのだから全く問題ないとはいえ。手配や管理人にはお仕事が増えたりするだろうし実費もある。領主の立場からしても一方的に命じるだけより一応お金をもらう建前があったほうが無難だろう。
「ふふ。ありがとね。考えてみるよ」
「うん。それじゃあ、朝からごめん。朝をとったら私もリリィも出るから、今回はこれでお別れの挨拶とさせてもらうよ。……またね」
ジェーンには本当に色んなことを教えてもらった。15で旅に出た私には足りないことだらけで、みんなが色んなことを教えてくれたけれど、特にジェーンはあれこれと生活に必要なことから教えてくれた。
簡単な傷の手当はもちろん、服の選び方や値切りの仕方まで、色々だ。そんな彼女が最後に教えてくれたのが、大切な人への別れの挨拶だった。例え今生の別れになるのだとして、さようならじゃない。また会いたいという相手ならばこそ、さようならではなく、希望をもって、また、と声をかけるものだ。
そう教わった時のことを思い出しながら、私はそう言った。そんな私に、ジェーンは小さな子供を褒めるようなよくできましたと言いたげな笑みで頷いて、私の腕を叩いた。
「ああ、またね。あんたの花嫁衣装を楽しみにしているよ」
「いや、花嫁衣装は着ないから」
「ああ、そうだった。つい。花婿衣装だね」
なんかとんでもないことを言われたので訂正して、念のため小声で口留めをしてから私は部屋に戻った。私の性別は依然として秘密にしておきたいことだし、ちゃんと他のみんなわかってるよね? 一応、招待状ついでにみんなにもう一回言っておこう。
「リリィ、ただいまー。待たせちゃってごめんね。お腹空いた?」
「おかえりなさい。ちょうど身支度が終わったところよ。ふふ。エレナが空腹なんでしょう? 行きましょうか」
「うん、と思ったけど、待って。やっぱり部屋に持ってきてもらうのでもいい?」
「ん? いいけれど、どうかしたの?」
「いや、さっきジェーンとは今回はこれが最後ってお別れの挨拶をしてきたのに、食堂で会ったら気まずいから」
部屋に入ってリリィの手を取り、すぐさま部屋を出ようとして、はっと気づいて立ち止まった私に不思議そうにするリリィは、そう説明するとふふっと噴き出すように笑った。
「ふふふ、ふふ。エレナはいつも自信満々で勇気があるのに、時々そういう、可愛いところがあるわよね」
「う、情けないところを見せたかな」
「いいえ。言ったでしょう? 可愛いところよ。食事、頼んでくるわ。いい子で待っていなさい」
「あ、うん……」
濁された感じではなく、普通にストレートに可愛いという意味だったらしい。悪く思われていないのはいいけど、普通に恥ずかしい。頭まで撫でられて、私は何も言えなくなってされるまま手を離して見送った。
リリィは以前は常に使用人が傍にいて細々としたことは自分でしない生活をしていたのに、いつの間にか普通に一人でも部屋を出られるようになったんだなぁ。
と感慨深くなってから、いや、普通にリリィを一人にして大丈夫なのかな? 世間知らずだからとかじゃなくて、防犯面と言うか。本来なら常に護衛がつく立場なところ、私がいるからって断ったわけだし。
「……」
なんだかだんだん不安になってきた。迎えに行こうかな。でも信用ある高級宿なんだし、少なくともここでは何か起こることはないだろうし、あんまり束縛するのもどうなんだろ。不快かもしれないし。
うーん、でもよく考えたら、身体の危険はなくても、もしかして同じ宿泊客にナンパされる危険はあるんじゃ?
「ただいま。すぐに用意してくださるそうよ」
「おかえり」
と、悩んでいるうちにさっさと無事に戻ってきてくれたリリィに、私はさっと近寄って迎える。
「大丈夫だった? 変な人に絡まれたりしなかった?」
「? 何をおかしな心配をしているのよ。そんな人がいるわけないでしょう? この宿には真面目に働く従業員と、身元の確かな紳士淑女しかいないわよ」
「いや、リリィほどの美貌なら、血迷う可能性もあり得る。ていうか、リリィを家の外で一人行動させるの初めてじゃない? 普段の旅行では離れる時使用人がついてるけど、今回はほんとに二人で来たし」
「……そう言われると、そうね。あまり意識していなかったわ」
リリィは前から使用人がいてもそれほど気にしない人だったから、逆にいなくても気にならなかったということなのかもしれない。わかってたならともかく、わかってなかったというならちょっと危ない気がする。
「そうなんだ。もちろん外に行くとかじゃないから、リリィが油断してたなんて言う気はないけど。でも私なしで部屋から出る時はできれば誰かといてほしいかも。その、束縛したいわけじゃないけど、心配だし」
「いえ、私の振る舞いが軽率だったわ。あなたの言い分が正しいわよ。今後は気を付けるわね」
「う、うん。ごめんね。私が一緒の時は大丈夫だからね。何があっても、私が守るから」
私が勝手に護衛はいらないでしょって、別に反対もなかったけどなくした張本人のくせして、やっぱり誰かと一緒にいて。なんてのはかなり自分勝手だとは思う。
なので申し訳なかったのだけど、最初の頃とは状況が違うし、理解いただきたい。と思っていたらリリィはあっさりと、逆に申し訳ないくらいあっさりと頷いてくれた。
ほっとしつつも、リリィが優しく理解を示してくれているからと、それに甘えるばかりではいられない。私は謝罪して、改めてそう宣言する。
リリィにはできるだけ自由に生きてほしい。私が傍にいる時は、心のままにふるまって欲しい。そう気持ちをこめてリリィに言うと、くすりと微笑んでくれる。
「そうね。あなたの傍が一番安全だものね」
「うん! 世界一安全なのを保障するよ」
「ふふっ。いえ、ごめんなさい。自信満々で、可愛らしいと思って」
「えー、まあ、世界一って言い方が大げさだったかもしれないけど」
リリィの笑顔が嬉しくて、元気に応えた私に、リリィは噴き出すように笑ってから、誤魔化すようにそう褒めてくれた。
冷静になると確かに、世界一って言うのは子供っぽかった気がする。でも、事実だ。魔王を一人で倒したなんてことはないし、仲間がいなければとても不可能だっただろう。
だけど、ことたった一人のリリィを守るに限れば、どんな護衛がいるより私一人いる方が安全に決まっている。大災害とかだと困るけど、それはさすがに何人いればなんとかなるものでもないしね。
と笑いあっていると朝食が運ばれてきた。食事をとってから、まずはリリィを王宮に送ることにする。
一緒に行動してもいいけど、少しでも早く招待状を渡した方がいいだろう。さすがに王宮内にはいればリリィに馴染みの使用人も多いし、リリィが望んでも一人でぶらつくのは難しいくらいだろう。
王宮の正面出入り口に向かう。人の出入りは普通にあるので途中まではそう目立つこともないけど、さすがに警戒している門番の一人に声をかけるとすぐにわかってもらえる。
客間に通してもらい、少し相談したいということでリリィが知っているそれなりに上役の使用人を呼んでもらう。私も顔を知っている、王様の近くにいるのを何度か見たことあるおじいさんだった。
さすがに急で王様の予定がつかないことを謝罪されたけど、最初から王様は呼ぶ気はない。リリィが話を切り出す前に、夕方に迎えに来るからそれまでリリィをよろしくお願いします。とちゃんと挨拶してから、私はいったん客間を出る。
リリィが使用人への招待状を渡しているうちに、私も渡しておかなくちゃ。まずは騎士仲間だけど、さすがに昨日の今日で出勤していないだろう。かといって家も知らないので、騎士団の本部に行って住所を教えてもらった。
ベテラン騎士チャールズは敷地内の寮住まいだったのでそのまま訪問すると、快く受けてくれたのはいいけどなんと汚部屋だった。旅の間は武器の手入れなどマメさを見せていたのでとても意外だった。
そのまま午前は副団長ジェームズを訪ねた。ジェームズの奥さんと娘さんとは初めて会ったけど、絵にかいたような幸せ家族って感じだった。歓待してくれて、お昼をご馳走になった。
それから仕方ないので手土産をもって新婚家庭に行くと、手土産効果でエミリーが笑顔で迎えてくれて、師匠のメディナの分まで受け取ってくれた。メディナは所在地がわからないので助かった。
全員じゃなくてもいいと思っていたけど、なんだかんだ全員が快く参加を表明してくれたのは素直に嬉しかった。
そうして私は仲間の良さを再確認しながらリリィを迎えに行った。




