第四十三話 尋問
結婚式の立会人を確保できたのは朗報だ。ジェーンなら一人いてくれただけで途端に立派な結婚式になる。なんせ本職なので。ジェーンのことはサプライズゲストにするとして、もう少し具体的な希望をリリィから聞くことにして、私は部屋に戻るなりリリィの隣に滑り込む。
「ただいま、一人にさせちゃってごめんね」
「おかえりなさい。謝るようなことじゃないわ。むしろもっとゆっくりでも構わなかったのよ。そう頻繁に会えるわけではないのだから」
「そう? でも話は終わったから大丈夫だよ」
そこそこゆったりソファで普通に座ると触れ合えないので、リリィを押しちゃわない程度のところに座って足をちょっとだけリリィに触れさせるのが、落ち着く私の定位置だ。
リリィは華奢なので、私があとから横に座る時はちょっと気を付けている。今日も無事いい感じに座れたのを確認してから顔をあげると、リリィは仕方なさそうに苦笑している。
「そうなの。ならいいけど。話と言うのは、何かあったのかしら?」
「えっ、あー、いや、別に、何でもないよ?」
席につきながらの軽い雑談だったので油断していた。内容まで聞かれると思っていなくて、めちゃくちゃ雑な誤魔化しになってしまった。
私の返答にリリィはきょとんとしながらまじまじと私の顔を見てくる。思わず視線をそらす私に、リリィは少しだけ前かがみになるようにして私の太ももに左手をのせながら身を寄せてきた。
「……そう。私には言えないことなのね、悲しいわ」
リリィはしばし私をじっと見つめてから、ふっと眉を寄せて視線を落としてそう言った。
「ちっ、違うよ! あの、ごめん、そんなつもりじゃなくて、その、また結婚式したいって言ってたでしょ? それにジェーンに立会人を頼みんだだけで、サプライズにしたくてつい、ごめんね? 大事なことだし、もっと話し合った方がよかったよね」
「……ふふっ。うふふ。ふふふ、ご、ごめんなさい」
リリィのそんな悲し気な表情を見た瞬間、私は胸が張り裂けそうなほどの罪悪感に苛まれて慌てて謝罪と言い訳をすると、リリィはそんな私を見て瞬いてから笑い出した。笑いすぎて体が揺れているほどだ。
笑う流れではなくない? と今度は私が目を瞬かせてしまうと、リリィは謝りながら私の太ももを軽く撫でてから、ぽんと叩いて顔をあげる。
「その、ちょっとした悪戯心で、まさかそんなに本気にされるとは思わなくて」
まだ表情は笑いながらも、リリィはそう言って眉尻をさげたままそう言ってくれて、ほっと胸をなでおろす。よかった。どうやら本当に悲しませてしまったわけじゃなくて、私が隠しているからちょっとした意趣返し的な感じだったらしい。リリィを喜ばせたくてしていることで、リリィを悲しませたら本末転倒もいいところだ。本当によかった。
「よかったー。もう、びっくりしたよー」
「無理に暴こうというわけではなかったのだけど。ごめんなさいね、サプライズを考えてくれていたのに」
私は安堵しながらリリィの肩を掴んで抱き寄せて、頬を合わせてそう言うと、リリィははにかみながらそう言って私の頬を撫でながら謝ってくれた。
ちょっとばかり申し訳なさそうな顔をしている。リリィが悲しんでいるわけじゃないとわかれば、そんな顔も可愛い。リリィからスキンシップをとってくれたのが嬉しくて、リリィの手に重ねるようにして自分の頬をおさえ、顔をよせてリリィの頬にキスをする。
「ううん。謝らなくていいよ。リリィにとっても大事なことだから、相談しなきゃいけないとは思ってたし。下手な隠し方して、不快にさせて私こそごめんね」
「……いいわ、許してあげる」
「ありがとう、リリィ」
リリィは私のキスに苦笑してから、そう柔らかく微笑んでくれた。その上でちょっと茶目っ気をだして上からのセリフなの、お姫様っぽくてときめいたので、お礼を言って今度は唇にキスをする。
「……というか、そもそも、言われるまで私はてっきり二人きりで結婚式ごっこをするのかと思っていたわ。、立会人がいるということはそこそこ正式にするのかしら? あんまり大々的にするのは、なんだか恥ずかしいのだけど」
唇を離して手をおろすと、リリィは私の頬から手を離して、どこか気恥ずかしそうに目を伏せながらもそう切りだした。可愛い。この流れでキスしないわけないのに、まだ照れちゃうの可愛すぎる。ぎゅっとしたい。
けど、真面目な話なので後ですることにして、私はソファにもたれなおしてリリィとの適切な距離に戻ってリリィを向いて頷く。
「うん。私も最初は、最悪二人きりでもいいかなと思ってたけど、でもさ、今日の結婚式よかったでしょ?」
「まあ、そうね。私達のものとは大分雰囲気が違うけれど、素敵な式だったわね」
「うん。だからさ、二回目の結婚式は一回目と違って賑やかなものにしてもいいかなって思ってさ。日付はリリィの誕生日あたりでしようかなって思うんだけど」
「誕生日に? それだとずいぶん急に、まあ、エミリーから招待状が来たのとそう変わらない時期ではあるけれど、でも、すぐに招待状を送らないと間に合わないんじゃないかしら」
「招待状は、まあ、そうかも? 私の場合は仲間くらいだし、なんなら今なら全員直接誘えるし、ジェーンは来るから、私の方は大丈夫だよ」
「なるほど。そう考えるとタイミングがいいわね」
立会人がいてそれなりにちゃんとした結婚式をするとは言え、あくまで形だけ。私としてはなんちゃってというのに変わりないので、一番時間がかかる衣類の手配はしているし、余裕で間に合うだろうと思っていた。
でも招待客を考えると難しいのかな? リリィのお誕生日祝いに向けて想定してたから、できるならそのままがいいのが本音だ。とはいえ、リリィが呼びたい人が居てその都合があるならもちろんその限りじゃない。
「うん、リリィはどうかな? 平民向けって感じになるから、前回は出席できなかったような、親しい使用人とかも招待することもできるよ」
「そうね……。考えたこともなかったけれど、そう言うこともできるのね。なら声をかけたい人もいないでもないわ」
「お、そうなんだ」
リリィは私の問いかけに顎に手をかけ考えるようにしてから、どこか落ち着かなさそうな様子でそう言った。なんだか意味ありげな言い方だ。
「ええ、私が幼い頃から面倒を見てくれた使用人がいるのだけど。その、折角なら、来てもらえたら嬉しいわね。私は勝手に、祖母のように感じていた人なの」
「おお、いいね! きっとその人も喜んでくれるよ! 幸せになってるところを見せて安心してもらおうね」
いないでもないとか、勝手にとか、なにやらリリィは立場柄か素直に口に出しにくがっているようだけど、そんなの相手も孫のように思っているに違いない。というかリリィの幼少期とか絶対めちゃくちゃ可愛かったでしょ。そんなの絶対溺愛しちゃうよ。
「……そうね。明日、王宮に行って話をしておくわ」
「それがいいよ。その人に日程をあわせてもいいし。あ、そうだ。街全体に告知して、大々的に色んな人に来てもらうのもいいかも。リリィの花嫁姿をみんなに自慢したいし」
リリィが楽しそうにそう前向きに言ってくれたので、私は嬉しくなってうんうん頷きながら、さらにいいことを思いついたまま提案する。この前のお祭りもすごく嬉しかったし、領民へのお披露目として考えたら、大々的に見せるのも全然ありだもんね。王都で結婚式をして、領地でお披露目は他のところでもしてるはずだ。
普通なら計画して、王都で結婚式をして領地に帰ったらすぐにお披露目をするんだろうけど、私達の場合は元々領主だったわけじゃないから、馴染んでからと考えたら冬になるくらいは誤差だよね。
「それは……いえ、お祭りと違って民に何かをしてもらうわけではないのだから、今からでもできなくはないかしら。ううん。色々とすり合わせる必要があるけれど、いいわね。その形なら、二回も結婚式をするのが浮かれているからと思われることもないでしょうし」
「だよね。ふふ……。えへへへ、もー、リリィったら可愛いなぁ。大好きだよ」
「? ふふ、急にどうしたのかしら?」
真剣な顔で言われたのでそんな流れではないとわかっているけど、さすがに嬉しすぎて笑顔がとまらなくて、ついついデレデレした声になってしまったので、リリィの手をとって告白する私に、リリィはきょとんとしてから苦笑しながら手を握り返してくれる。
その態度から、無意識に言っているみたいで余計に嬉しくなってしまう。
「だって、リリィ的には二回目の結婚式をするの、浮かれてるからってことでしょ? 私と恋人になって浮かれてるから、もう一回結婚式するのにも付き合ってくれるってことでしょ? そんなの、嬉しいに決まってるでしょ」
「……馬鹿。浮かれてなくちゃ、二回目なんてできるわけないでしょう」
「うん。ふふふ。私も、浮かれてる。リリィと恋人になれてからずっと、幸せすぎて、浮かれっぱなしだよ」
私の指摘に瞬いてから気恥ずかしいのか頬を染めたリリィは拗ねたように唇を尖らせながら、またまた可愛く肯定してくるものだから、もう緩んだ顔がもどらない。
私は肩をくっつけて顔を寄せる。リリィは私を見て拗ね顔のまま、目はちゃんと閉じてくれるものだから、嬉しくって一回と言わず三回キスしてしまった。
「もう。浮かれすぎよ。二人っきりの時以外は、ちゃんとするのよ。いいわね?」
「うん。ちゃんとするから、二人きりの時は、いっぱい浮かれてね」
「もう。明日には招待状を送るなら、あまりのんびりしている時間はないわよ」
「あー、なるほど」
もう一回キスをしようかと思っていたのだけど、リリィの言葉に頭を戻される。口頭でいいかなって思ったけど、ちゃんとした招待状いるのかな? だとしたら、今夜中に頑張って書かないといけない。
「他にも、冬に間に合うのか、たくさん決めることがあるわ。ああ、そうだわ。衣装は特に時間がかかるから、早くしないと」
「あ、リリィのドレスの手配は済んでるから安心してね」
「あら、そうなのね。宝石を合わせるから、どんなものなのか帰ったらみせてちょうだいね。デザイン画はあるのかしら?」
「あ、アクセサリーも用意できてるから、あの……これサプライズにしたいんだけど、いいかな?」
サプライズのつもりだったので、勝手にドレスも決めてしまっている。所詮二回目の遊びだからいいかなと軽く考えていたけど、本格的になってきた今、なんだか悪い気もしてきた。
なのでリリィみたいに上手にサプライズできないのは申し訳ないけど、私はそう直接確認しておくことにした。そんな私に、リリィはくすりと笑ってくれた。
「ふふ、わかったわ。サプライズなのね。じゃあ、当日の楽しみにするわね」
「うん! 絶対似合うから、楽しみにしててね」
ということで、リリィの許可の元サプライズも仕込みつつ、リリィと結婚式について色々話し合うのだった。




