第四十二話 結婚式と相談
リリィはぎりぎりの時間に迎えに行き、足早に結婚式場に戻りながらもろもろの説明を済ませておいた。握手会の興奮が落ち着いて、いい雰囲気になっていた。
リリィは私の説明に、握手会? と面食らってはいたけれど、特別私たちに注目しない会場の雰囲気にはどこか安心したようにほっとしてくれた。
そうしてようやく、結婚式が始まった。
平民の結婚式は貴族のものより気楽なものだ。形式張っていて参列者はほぼ黙っている、というものではなく式の最中から和やかな雰囲気で、小声なら会話をしても許される緩いものだ。
「エミリー、綺麗ね」
なので平民の結婚事情に詳しくなくて、朝からやや緊張気味だったリリィも、今はリラックスした様子でそう小さな声で私に囁いてきた。
貴族位を得て裕福になったとはいえ、急に生活や性根が変わるものでもない。エミリーの花嫁衣装は生地も仕立ても立派だけど、貴族のものに比べたらあっさり目で動きやすそうなドレスだ。
活発なエミリーに似合っているし、いつも適当に結ばれていた髪もしっかり整えられ、いつもと違って柔らかめのお化粧を施された顔も含め、実に幸せそうだ。なんだか雰囲気からして美人感があって、なんだかその笑顔を見ていると旅でのいい思い出ばかりが浮かんできて、本当に綺麗だなと言う気持ちが湧いてくる。さっきフライングで見せられたけど。
「そうだね」
だから今日のところは素直に、そう祝福しておくことにした。
ちなみにリリィは花嫁より華美にならないよう、素材とかいつも通りの品質だけどかなり素朴な服を着ていて、他の参加者と似たような感じになっている。
そんな格好も実に似合っていて、それでいてオーラがあるので全然平民の中に紛れ込めていないちょっと惜しい感じが、なんともアンバランスさのある魅力がある。
気持ち的には全然、リリィの方が綺麗だよ、と言いたいくらいではある。エミリーには申し訳ないけど、花嫁衣装でも勝てないくらいリリィが魅力的すぎるので。多分ウィリアムにはエミリーがどんな格好でも一番魅力的に見えるだろうから、そういうことで許してもらいたい。
ウィリアムも普段と違うきちんとした服装で、ひげも綺麗にそられて清潔感もあり、花婿として実に凛々しい雰囲気があってよく似合っていた。お似合いの二人感が強い。
誓いのキスをして、どこかやや恥ずかしそうにしながらも振り向いたエミリーはにかっといつものお日様みたいな笑顔をみんなに向けてくれた。
そうして結婚式が終わり、場所を二人の新居の庭にかえての披露宴が始まる。貴族の結婚式に比べて短い為、第二部として披露宴があるのだ。花嫁姿を近くで見れるということで披露宴と言う名前になっているけど、普通に宴会みたいなものだ。
祝福するかのようないい天気の中、さっきまでの言ってもそれなりに真面目で厳かな雰囲気があったけれど、今は完全に無礼講と言った感じのお祭り騒ぎだ。
魔法の試し打ちや訓練もできるようだろう、家の庭はかなり広い。その広い庭のあちこちにテーブルが準備されて色んな料理や飲み物が用意され、関係ない人も入ってきて飲み食いしたりしている始末。これは私も驚いたけど、平民では珍しくないらしい。冠婚葬祭は騒がしいほどいいので、大して親しくなくても通りすがりに参加していいらしい。
「どーよ! 楽しんでる!?」
「あ、うん。エミリー、改めておめでとう。似合っていて綺麗だよ」
「ふふふっ。珍しく素直じゃない」
思いっきり式前に会ってはいるけど、そういう訳で落ち着いて花嫁衣裳のエミリーと会話をするのは今が最初になるので、ちゃんとそう言って褒めておく。
「私はいつでも素直だよ。ウィリアムも素敵に仕上がっていて、二人ともお似合いだね」
「ありがとな。お前の嫁さんも、近くで見るとより美人さんだな。羨ましいぜ、ははは」
「ああん? あんた、なにこの私の横で寝ぼけたこと言ってるわけ? この私と結婚したあんたこそ羨ましがられる立場でしょうが!」
「ひぇっ、ち、ちげぇって。知り合いが連れ合いと一緒にいる時にかける社交辞令だから! ひとりもんの定型文だから!」
「あんたはひとりもんじゃないでしょうが!」
「あ、はい。すみません。自覚が足りませんでした」
これは、いちゃつかれている、のか? エミリーがウィリアムの襟元のネクタイ掴んで締めあげているけど。まあいつものことか。
二人のやり取りにリリィが困っていたので、さりげなくフェードアウトする。主役を独占してちゃいけないよね。
一通り食事とった後はウィリアムたちの騎士仲間がでてきて演奏をはじめ、それに合わせてダンスが始まった。これは事前に練習しておいたやつなので、リリィも笑顔で楽しんでくれた。
二人きりでダンスの演習をするのもよかったけど、青空の元でたくさんの人と一緒に堂々と踊るというのも開放的で雰囲気も良くて楽しかった。
そんなダンスも落ち着いたころになると、自然に旅の仲間たちも他の参列者と雑談をしたりするくらいになんとなく親近感というか、距離が近くなった雰囲気になって私たちも幾度か話しかけられた。
リリィは戸惑っていたけど、それでもお姫様らしい微笑みをキープして、望まれてるお上品な振舞いで対応をしてあげていた。それを隣と言う特等席で見れて満足度が高い。二人っきりだと感情を隠さなくなっていて、そういうとこ本当に可愛くて好きなんだけど、たまには外向けのお澄まし顔も、やっぱいいよね。うっとりするほど美人。声も澄んでいて、素敵。
ちなみに私も話しかけられはしたけど、エミリーの招待客の女性が多かったからか、リリィへのおまけ感があった。さすがリリィ。やっぱりリリィくらいのお姫様になると勇者よりも憧れの的なんだよね。
と二人の結婚式を存分に堪能して、日が傾いてきたのでお開きになった。挨拶をしてから解散し、宿に戻った。疲れたので明日はゆっくり王都観光をしてから、明後日帰る予定だ。
「あ、リリィ。私、ちょっとジェーンと話があるから行ってくるね」
なので堅苦しい服も脱いでリラックス姿勢になったし今日はもうゆっくり、と考えたところではっとして、私は慌てて立ち上がった。
私たちはゆっくりだけど、あの二人がいつ帰るのか聞いてなかった。明日朝一だと会話のチャンスがなくなってしまう。
「そうなのね? どうぞ、私のことは気にせずゆっくりしてちょうだい」
「ありがと」
ということで急いで部屋を出た。尋ねるとまだ着替えずにだらだらしていたジェーンがソファに座ったまま迎えてくれた。すでに着替えているマーティンが苦笑しながらお茶をいれてくれた。
「ごめんね、疲れてるところ。帰る前に話しておきたいことがあって、明日朝一発だと会えないかと思って」
「あー、そうだね。朝一ではないけど、お昼には出るからね」
「なにか大事な用だったのかい?」
「あー、用と言うか、お願いと言うか。ジェーンって聖女引退するんだよね? 時間的余裕ができるってことだと思って大丈夫?」
「ん? まあそうだけど」
もし忙しいのにお願いして無理させたら申し訳ないので確認したけど問題ないようだ。よし。それじゃあさっそく本題を……いざ言うとなると、ちょっと照れくさいな。結婚式をもう一度あげたいくらい、リリィのことが好きだというようなものだし。
「あのー、あのさ、その、冬にリリィのお誕生日があるんだけど、その時に結婚式やりたくて、よかったらジェーンに立会人をやってほしくて。いや、無理だったらなくてもいいけど、せっかくだし、どうかなって」
「やる気のない誘い文句なのはおいておいて、結婚式ってもうしたじゃないか。私たちの目蓋にはまだあんたの晴れ姿も新しいよ」
「そうだけど、結婚してからお互い好きになったから、今の気持ちでもう一回結婚式したくて」
「……さすがだねぇ。よしっ! いいよ。私もあんたの結婚式では本当は立会人をしたいと思っていたからね」
「おお、ありがとうジェーン!」
リリィの花嫁姿を見るのが一番の目的だから、堅苦しい式は必要ない。軽くお誕生日祝いのイベントの一つくらいのつもりだ。さすがに二人だけでするのは寂しいから、立会人くらいはいた方がいいと考えた時、思い浮かんだのはジェーンだった。私にとって聖職者ってジェーンだし。なのでジェーンが無理だったら次の頼む先はないので助かった。
「冬となるとあまり期間はないけど、招待客とか式の会場とか、詳しい式の内容は決まっているのかい?」
「あ、心配しないで。前の時みたいなやつじゃなくて、親とかも呼ばない遊び半分のなんちゃって結婚式だから、二人で旅行半分で来てくれて大丈夫だからね。うちたくさん観光地があるからさ。もちろん今回以外でもいつでも来てくれていいし」」
私とリリィがずっと領内を旅行し続けていても一年の内どのくらい使ってるかレベルの宿泊施設も多いから、日程さえ事前に言ってもらえたらいつでも使ってもらえる。ジェーンとマーティンには年の功というのか、本当にお世話になってたからね。いつでも大歓迎だ。
「あー、なるほど? エレン、あんた本当にリリアン様が好きなんだねぇ」
「えへへ……照れるけど、うん。好きだよ。だからさ、政略結婚の形式だけで気持ちのないやつだけじゃなくて、ちゃんと心を込めてやりたくてさ」
「ああ、いいじゃないか。もちろん、みんなも呼ぶんだよね? エミリーなんかは前の結婚式に出てないし、喜ぶだろうさ。聖女として最後に立ち会う結婚式として、エレンのほどふさわしいものもないだろうさ」
「え、別に他の人は呼ぶ気はないんだけど」
予想外のことを言われて思わずきょとんとして首を傾げながら言うと、ジェーンとの会話を横で聞いてうんうん頷いてくれていたマーティンが慌てたようにきょろきょろして私とジェーンの顔を見比べだした。
「え? え? じゃあ僕はあくまで旅行だけってことなのかい?」
「ああ、いや、もちろんマーティンは別って言うか、駄目ってことじゃなくて、単にみんなを呼んだらリリィに気を遣わせちゃうからいいかなって。リリィは特に結婚式に呼びたいお友達とかいないって言ってたし。家族を呼ばない以上、私側だけ参加してるのっておかしいでしょ?」
「ああ、なるほど。うーん、でもせっかくだからみんなで参加したいねぇ。前のが貴族向けなら次は庶民向け、みたいな感じで、そうだ、リリアン姫の侍女とか結婚式には参列できないけど中のいい人とか、そう言う人を呼ぶのはどうだい?」
「あ、それは聞いてなかった。確かに、リリィが無意識に貴族でしぼってる可能性もあるのか」
それはありかも。でもあくまで小規模にして、ジェーンがいるのもサプライズくらいのノリだったのが、何人も呼ぶと一転して大きな話になってしまう。領主館の敷地内にある小さい礼拝堂ならいつでも使えるからいいかなと思ってたけど、ちゃんとするなら食事の用意も必要になって場所もあそこではちょっと足りないかもだし。
うーん……リリィに一回相談してみようかな。あ、ジェーンのことだけは内緒にしよ。この間の私の誕生日のサプライズも楽しかったし、私もサプライズ感いれたいよね。
「リリアン様とよく話し合うといいよ。二人の希望に合うのが一番なんだから。ねぇ、ジェーン」
「ああ、そうだね。私達の結婚式も、私達にとっては最高の式だったからねぇ。懐かしいねぇ。私達ならいつでも予定を合わせるから、一番いい形にしておあげ」
「うん。ありがとう、二人とも」
とにかく了解をもらえたので一歩前進として、こうまで言ってくれているんだから二人には詳しいことが決まってから後日手紙で送ればいいだろう。
私は明日また帰る前に声をかけてね、と約束をしてからリリィのところに戻った。




