第四十一話 結婚式の前に
翌日。私とリリィは朝食を食べてすぐに結婚式場の教会に向かった。王都は広く人口も多いので、教会はここだけではなく、貴族と平民で区分けされている場所にも複数ある。ここは平民も貴族も利用できる、平民にしたら利用料がお高めで憧れの結婚式場と言う立ち位置になる。普段礼拝することもできるけど、結婚式がある時も礼拝できるよう他にも礼拝所があるので、他の人を気にせず式ができる立派な教会だ。
式の前には花婿は友人が激励することが推奨されるけど、花嫁の場合はそうでもない。普通に準備量の差だと思うけど、花嫁は花婿に身も心も捧げる為、前日に清めた身を保つために人との接触は最低限にし、花婿は花嫁を受け止める力を貯める為にも親しい人に会うのがいいという建前がある。
なのでまずは花婿であるウィリアムに挨拶となる。
「久しぶりだね、ウィリアム。結婚おめでとう」
「おお、エレン。よく来てくれたな。わざわざすまねぇな」
「何言ってんの。二人の結婚式なんだから来るに決まってるよ。ジェームズもチャールズも、久しぶり。元気だったみたいだね」
「うむ、久しぶりだな、エレン。エレンも元気そうで何よりだ」
「ああ、そうだな」
爽やかな風貌のガタイのいい騎士らしい騎士、ジェームズが変わらない晴れやかな笑顔で返してくれた。
そしてその隣の大柄のジェームズより一回り大きくて街中を歩いているだけで目を引く大男、チャールズが言葉少なに頷いてくれた。チャールズは基本寡黙で、必要最低限しか話さないので、これで愛想のいい方だ。
今日は祝いの日とあって、いつも以上に雰囲気がいい。穏やかな雰囲気に、今日は私の性別のことは黙っておいた方がいいだろうと言い訳する。残りはまた今度ということで。ウィリアムの友人としての挨拶なので、リリィも遠慮してしまっていないし。
「あー、エレン、その、一ついいか? いや、今言うことじゃあねぇのかもしれねぇが、これを先に言っておかねぇと、どうも落ち着いて式に集中できねぇと思うからよ」
「え? なに? なんかあったっけ」
と気楽な気持ちでいたのに、なにやらウィリアムは緩んだ空気を壊すように頭をかいて笑いながらも、なにやら重大そうなことを言い出す。なんだその前置きは。式に集中できなくなりそうな話? あ、もしかして前にウィリアムがしてた夜遊びの件の口留めとか?
「ああ……その、だな。……すまんかった! お前が女だってことにちーっとも気づかず、お前に男同士の付き合いを押し付けちまった! 悪気はなかったんだ! だからセクハラとして訴えるのはやめてくれ!」
「……いや、訴えるわけないから、とりあえず落ち着こう」
一瞬めちゃくちゃびっくりしてショックを受けそうになったけど、これはウィリアムは旅の間気づかなかったということだ。
全員にばれていたわけではない。それは朗報だ。恥だけをばらまいていたわけではなかったのだ。ちゃんと、貫き通した意味があったんだ。よかったー、やっぱりあれだよね。たまたま察しがいい人にばれちゃってただけだよね。私の男装は完璧だったんだ。
「そ、そうか? でも、よくよく思い返したらとんでもないことをしていただろ?」
「まあ、それは確かに」
男同士と思ってのことだからと無下にしにくくて、特に出合ってしばらくの頃はまだ平和だったのもあり、夜遊びに付き合わされた。
中でも勝手に童貞卒業をさせようと強引にセッティングされたときは非常に困った。貴族の利用客は見てるだけとかひどいと密談の場として利用することもあるからとのことで、嫌な顔せずお金はもらってるからと時間潰しに色んな話をしてくれて、あれはあれでいい経験になったとは今は思ってる。
死ぬかもしれないんだから経験しとけ。って言葉を否定する言い方が思いつかずに、あんまり断るのも男らしくないかと思ってずるずる流されたのも事実だしね。
二時間もない短い時間のことで、ウィリアムは勝手に卒業しただろうと満足してくれたし、他のメンバーは普通に飲み食いしてたと思ってるくらいで特に辱しめを受けた覚えもないから、気にはしていなかったけど。
冷静に考えて貴族も使う高級さはあるとはいえ、風俗宿に貴族を押し込むのはめちゃくちゃ失礼。同性でもセクハラが成立する案件。大金を肩代わりして本人善行のつもりだろうけど。
「でもいいんだよ、ウィリアム。私たちは仲間なんだから。でも他の人には言わないでね」
自分の中では問題ないとはいえ、それを他の人に知られると普通に恥ずかしいから、口止めはしておく。女と明言したから余計に、エミリーとかからかってきそうだし。
「え、エレン……! お前ってやつは、本当にいいやつだな! お前は最高の勇者様だぜ!」
「うんうん。元はと言えば性別を偽ってた私のせいなんだから気にしないで。ジェームズもチャールズも、みんな、ごめんね」
「気にしないでいいさ。色々と事情があるんだろう」
「気にするな」
二人ともウィリアムとの会話にも顔色一つ変えていないのでそうだろうと思っていたけど、快く許してくれた。気のいい仲間ばかりで嬉しいよ。
ウィリアムはきっとエミリーに聞いたんだろうし、他二人にも伝えたんだろう。騎士三人は気づいていなかったということは、普通にばれてたのは単に性別の違いだったのかも。そっか、そう言うことだったのか。
「お邪魔するよー」
「ちょっとジェーン。遅れてすまないね」
「いやー、みんな久ぶりだねぇー」
と納得して頷いたところで、部屋がノックされてそのままドアが開かれた。そこに元気なジェーンに申し訳なさそうなマーティン、そして最後にエミリーの師匠である最後の私の旅の仲間、メディナがいた。メディナはのんびりした口調で、エミリーとは真逆の雰囲気をしている。
そんな三人も迎えて、改めて挨拶を交わして三人がウィリアムに激励をしたところで、流れを見てから私はそっとメディナに声をかける。
「メディナ、ちょっとだけいいかな?」
「んー、なにー?」
「その、メディナは気づいていたかもしれないけど、実は私女だったんだ。世間的には秘密にしておいてほしいけど、みんなには言っておこうと思って。ごめんね、黙ってて」
だいぶカミングアウトにもなれたので、私はそうさらっとメディナに言えた。というかメディナは一番気にしないだろうし。
「あー、そうだったのー。全然大丈夫だよー。性別なんて気にしたことなかったしー」
「メディナならそう言うと思ったよ。ありがと」
「どういたしましてー。あはは」
今までにないスムーズさ。うん、まあ、知ってた。メディナはほんとに、何考えているかはわからないけど反応はだいたい想像通りのゆるくてふわふわした感じだからね。
普段からものすごく浮世離れしていて、二人が一緒にいるとエミリーが世話焼きの親切さんに見えるくらいの仲良し師弟だ。
「揃っているようね!」
と久しぶりのメディナの独特の空気感に和みつつ、いい仲間を持ったことを喜んでいると、そこにばーんとノックもなしに勢いよくドアを開けてエミリーが飛び込んできた。
「エミリー? 結婚式の前に花嫁が会うのってよくないんじゃ?」
「そんな細かいことはいいのよ。それより式を始める前に、大事なイベントがあるんだから。集まっているならさっそく始めるわよ」
「うん? まあ平民向けなら厳密じゃないし、主役の好きにすればいい話だけど、イベントとは何があったんだい?」
詳しそうなジェーンに目をやりながら聞くと、ジェーンは答えてくれながらも、胸をはるエミリーに首を傾げてそう尋ねた。
「決まっているでしょう? 私の結婚式には私とウィリアムの家族とか平民が山ほど出席するのよ。そんな中にあんたたちがいきなりそろって現れようものなら、主役の私そっちのけであんなたちに注目が集まるでしょうが!」
「えぇ……そんなことはないと思うけどねぇ。エミリー、あんたの花嫁姿、似合っているし綺麗だよ。目を引く。だからそんな卑下することはないんだよ」
「卑下じゃないっつーの。そんな当たり前のことで何とかなるわけないでしょうが。自分たちの人気をもっと自覚しなさい。とにかく、参列客があんたたちに無駄に騒がずに式を恙なく進行できるよう、あんたたちには握手会をしてもらうわ!」
えぇ……いや、まあ、言わんとすることはわかるけど、握手会って何故なの。
と思ったものの、ジェーンの言葉も一蹴してしまうくらいに予定を決めているようだし、なにより今日の主役には逆らえない。私達はすでにドレスや化粧をばっちりしていて今すぐ式にでられる花嫁に先導され、そろって式場となるホールに向かった。
そこにはすでに沢山の参列者がいて、歓声でもって迎えられた。そして指示されるまま一列に並び、私達は順番に全員と握手しつつ制限時間10秒の元一言交わしていく。ということを1時間以上させられた。
あの、確かにね? やけに開始時間が早いと思ったよ。でもまさかこんなイベントが予定されてるなんて思わないよね?
平民からしたら普段接する機会がない私たちの存在に、最初に全員が一言交わしながら握手をする代わりに、問題にならないようそれ以降は無暗に話しかけないように、という意図はわかる。
意図はわかるし、構わないのだけど、普通そう言うの事前に打ち合わせてくれるのでは? まあ、いいけど。終わってみると確かに、最初にはっきりさせておいたほうが空気は和やかになったと思う。
ちなみに握手会を行います、というエミリーの発言に大盛り上がりになった会場は調子に乗ってうちの奥さんとも握手が? みたいな声があがってエミリーから視線を送られたけど、丁寧に断っておいた。リリィは気安く握手できるほど安くないので。そもそもまだ宿にいるし。
そうして始まった握手会は、私がリリィの手を握っていいのは私だけだからと断ったせいなのか、私への質問はリリィとの関係についてが多くて少し気恥ずかしかったけれど、それ以外は何も問題なく終わった。申し訳ないけど、リリィを待たせておいてよかった。
そんなこんながあってから、ようやくエミリーとウィリアムの結婚式が始まるのだった。




