第四十話 仲良し夫婦
別れた仲間たちとの再会。と言うと大層になってしまうけれど、そこまで恋しいというほど長く別れていないし、早く会いたいなどと言う気持ちになるような関係でもなかった。
けれどそれでも、仲間が一堂に集うのは結婚式でもなければないだろう。今度はいつになるか、というか残ったメンバーで結婚する人いるのかな。どちらにせよ残された貴重な機会には違いない。
ここはこれが全員で会う最後の機会だと思って、リリィのことも紹介して、しっかりと仲間との交流を楽しもう。
と気持ちも前向きに私は王都に向かった。
王都での宿泊先は宿にした。いつでも無料で受け入れてくれるリリィの実家があるとはいえ、さすがにそこに出入りするのはどうしても仰々しくなってしまうので。終わってから一度顔は出すことにして、ひとまずは宿をとる。結婚式場である二人の新居から程近く、セキュリティもしっかりしたそれなりの宿をとった。
そして到着してすぐに、旅の仲間であった聖女とその連れ合い、ジェーンとマーティンも同じところに宿泊していたようで声をかけてきてくれた。
折角なので荷物を置いて、一緒にお茶をすることになった。
二人が泊っている部屋に招いてもらい、それぞれ紹介をしあって席についた。小さな丸テーブルを囲うように座っているので、初対面にしたらリリィとジェーンの距離が近いけど大丈夫かな?
さっきも聖女様にお会いできて光栄ですとか言ってたし。一応、エミリーの時と同じように畏まりすぎないようにって話は決まったけど。
「改めてエレン、久しぶりだね。元気にやっているようでよかったよ。ねぇ、ジェーン?」
「そうだよぉ。お節介だろうけど、老婆心ながら二人で心配していたんだよ。その、なんだい、私達には貴族のあれこれはわかんないけど、仲良くやってるようで何よりだよ」
「ありがとう。でも二人も貴族だよね。マーティンは生まれもそうでしょ」
「僕も幼いうちから教会に入ってたからね」
確かに、旅に出る前から聖女として活躍していたジェーンも、明確な貴族ではないけどそれなりに地位があって貴族が簡単に無茶を言えない程度の立場だったはずだけど、二人とも最初からふつーに気のいいおじさんおばさんって感じだったよね。
エミリーをなだめるのもうまくて。日々、医療従事者として貴族平民関係なく接しているからこういう柔らかい雰囲気で……医療従事者……。
「あの、二人とも、聞きたいことがあるんだけど……」
「ん? なにかな? 言いにくいことかな? 遠慮せずに言ってくれて大丈夫だよ」
「そうそう、私達にとっちゃ、あんたは可愛い孫の一人みたいなもんだからね。勝手にそう思ってるだけだが、遠慮なんかいらないよ」
「ありがとう」
そう言えば二人とも私の祖父母世代なんだっけ。親に比べてもそんなに上に見えないから忘れがちだよね。孫とか言われると照れるけど。
そうだよね、うん。やっぱりちゃんとはっきりさせないとだよね。
「実は私、女なんだ。性別を偽っていてごめん」
「!? そ、そそそそうだったのかい」
「……いやー、びっくりしたなぁ」
エミリーに話したからか、あっさりと私の口から言葉はでてきた。それを聞いた二人の反応はとてもわかりやすかった。ジェーンはびっくりして目を泳がせて動揺しているし、マーティンは固まってからこれまた目をそらしながら棒読みになっている。
「いや、質問はここからなんだけど、二人とも、そのことに気づいてた? ていうか気づいてたよね?」
「……うん、まあ」
「いやね、違うんだよ。男女って言うのは骨格の作りが、例えば臍の位置も違ってね。うん、だから、別にあんたの振る舞いや見た目で分かったわけじゃないんだよ? 最初はほんと、えらく細っこい美少年だねぇと思ったもんさ、ははは」
「お臍……」
あんまり体の線がでないようにとか、怪我の手当てで触れられないよう胸にも怪我をしないように気を付けてはいた。でも最初の頃の私は本当に弱かったし、確か出発して一か月くらいにひどい怪我をしたんだよね。そう、腹を切り裂かれてジェーンに手当してもらった。
あの痛みは、恐怖は、忘れられない。だからこそ、今この瞬間もこんな目にあっている無辜の人々がいることを思えばそれを助けなればならないと奮起した。それと同時に処置を終えても内部まで一瞬で治せるものではなく、なれない怪我で発熱する私の手を握って励ましてくれたジェーンとの深い信頼関係を築いた思い出深い出来事でもある。
「め、めちゃくちゃ最初から知ってたってことだよね……」
そう、つまりあの時から知っていたということである。当然ジェーンの夫であるマーティンも同様だろう。五年の旅の内の、最初の一か月って。もうほぼ最初じゃん。あれからジェーンがより世話焼きになって、時々服装までチェックするようになったのはただ仲良くなったからじゃなくて、性別に気づいたからの気遣いだったのか……。
待って、覚悟はしてたけど。エミリーの言葉でこの二人は気づいてること、覚悟はしてたけど。だから話があるじゃなくて、聞きたいことっていったんだけども。具体的にそんな初期からだったというのは、ダメージが大きすぎるんですが。
「そ、そんなに気に病むことはないよ。ねぇ? マーティン?」
「そうそう。事情があるんだろう? ちゃんとわかっているし、責める人なんていないからね」
二人とも優しい……。優しさが染みる。私は黙って席をたち、椅子をそっとリリィの椅子にくっつけてから座りなおして、そっとリリィの手を握った。その手を揉むように握って、リリィの顔を見てなんとか気持ちを持ち直す。
大丈夫。全部リリィと一緒にいる為の流れの一部だと思えば耐えられる。もし旅において性別をはっきりさせていれば、きっと王にだってそれを言えていただろう。そうなればリリィとの結婚と言う形にならなかったかもしれない。それを思えばたとえバレバレだったとして、言わなかった意味はある。意味はあるんだ。
「……ありがとう、二人とも。そう言ってもらえると、助かるよ。でも黙っててごめんね。フォローしてくれたりしてたんだよね? ありがとう」
「あ、ああ。気にしなくていいからね」
「そうそう。エレンは魔王を倒すっていう一番大事なことをしたんだから、他のことは気にするんじゃないよ。今幸せならそれでいいんだからね」
「うん、ありがとう……」
二人にお礼を言ってなんとか気持ちを立て直したので、二人の顔を見る。まだ正直恥ずかしいけど、でもこれはまだ、序章。だってこの流れをする相手がまだ四人いるから。
二人とも、とても優しい顔をしている。私を馬鹿にする感じは全くない。勝手に私が恥ずかしくなっているだけで、二人は私の事情を察して見守ってくれていたんだ。
というか、むしろ信じて話さなかったことを申し訳なく思ってもいいくらいだ。……いや、でもタイミングなかったよね。どう考えても。それに魔王と戦うにあたっての私の精神状態を考えればこれでよかったんだよ。うん。
「ほらほら、終わったことは忘れな。明日はめでたい門出なんだから」
「そうだね。まあこれをいいきっかけとして、他のみんなにも今の話をするって言うならいいと思うけど、主役はあの二人だからね」
「うん、わかってる。明日にはちゃんとするよ。ありがとう。私も伯父、伯母くらいに二人のこと頼りにさせてもらってたよ」
「おやおや、そんなに若くしてもらってありがたいねぇ」
「ははは、お世辞だよ、ジェーン」
「ははは、マーティンはそうかもしれないね」
二人は息を合わせて私を慰めてくれたかと思えば、照れくさいけど私も心からの気持ちでお礼を言ったのに、それに二人は目を合わせて笑いあってから照れくさいのかそんな風にじゃれはじめた。
以前から仲のいい二人の関係には和んでいたけど、こうして私も結婚して妻を持ってから二人を見ると、本当に仲がよくて羨ましくなる。
ちらりと隣のリリィを見ると、二人に向かって微笑みを向けていらリリィが気づいて振り向いてくれる。
「この二人、仲いいでしょ? 私たちも、この二人みたいに仲のいい老後が送れるといいね」
「え? ええ、そうね」
私の言葉に、何故かリリィは戸惑ったようにしてから頷いてくれた。言ってから気づいたけどこの微妙な反応は、この二人がまだ老後って見た目してないからってことか。私もわかってても老人扱いするの難しいくらいだったしわかる。それでも初対面に比べると結構年をとってるんだけど。
「ふふふ。お二人さん、仲がいいようでなによりですよぉ」
「ちょ、ちょっとジェーン。さすがにリリアン様を含めてからかうのはやめておいた方がいいんじゃ」
「なぁに言ってんだい。あたしらはエレンの仲間なんだ。仲間の結婚相手に遠慮してたら、それこそ二人が気を遣うだろう。本人だって普通に話してほしいって言っていたのに、これ以上気を使う方が失礼じゃないかい」
「それは、うーん」
ジェーンが笑ってからからといつもの調子なのに対して、マーティンがやや慌てたようにジェーンに顔をよせて注意をする。それにジェーンも小声で言い返した。リリィにはその声は聞こえていないだろうけど、流れでだいたい察しているだろう。ここは間にいる私がフォローしておこう。
「まあまあ、マーティンが気にするのもわかるよ。リリィって美人すぎてちょっと恐そうな感じするし、お姫様オーラもあるから、私も最初はどういう態度をとればいいのか迷ったし」
結婚して明確な関係が先にできていても、最初はどんな距離感でいればいいのか困ったものだ。今となっては懐かしい。
「でもリリィってめっちゃ可愛くていい子だから、本当に気にしなくて大丈夫だよ。わざと傷つけるようなことを言うならともかく、ちょっとからかうとか、私に接するのと同じようにして失礼だなんて言うことはないよ。約束する」
「……」
「……」
「え? なにその反応」
安心してもらえるよう、心をこめて説明したのだけど、何故か二人は黙ってにやにやと、というか、どこか生暖かい目で私を見ている。マーティンまで、それなら安心みたいなほっとした顔になるとかならともかく、何? その顔は。
「いやぁ、本当に仲がいいようで、なによりだと思っただけだよ。ねぇ? マーティン?」
「まあ、そうだね。リリアン様、私達が言うようなことではありませんが、どうかエレンのこと、よろしくお願いします」
「この子はねぇ、ちょっと空気が読めないというか、鈍いというか、察するのが苦手みたいなところはあるんですけど、ほんとに優しい子なんですよ。リリアン様みたいなしっかりした姉さん女房がいてくれたら安心ってなもんです。どうか、これからもよろしくお願いします」
「はい。もちろんです。私にできるだけのことをして、エレン様をお支えすることをお約束いたします」
うーん、私の親より親らしいやり取りな気がする。ちょっと下町臭すごいけど。
まあ、ジェーンの場合、自分で子沢山って言ってたし、こういうのに慣れてるんだろうなぁ。相変わらず頼りになる大人だ。
この会話で二人もだいぶリリィに打ち解けてくれたようで、このあと明日の結婚式でも振る舞いについても話し合ったりして、夕食も一緒にとって結構仲良くなれていたと思う。
これで明日の結婚式をリリィも少しは気楽に楽しめるようになったらいいな。




