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あなたを幸せにすると誓います  作者: 川木
第一章 結婚
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第四話 領地街2

「、……」

「あ、あの店? はいろうか」

「あ、いえ。買いたいものがあるわけでは」

「見るだけでも楽しいでしょ」


 昼食を終えて歩いていると、リリィがふいに一つの店を見て小さく声をだしたのでその店に入ることにした。リリィは遠慮気味だったけど、 飲食店なんかはさすがに困るだろうが、物を売っている店なんてものは用事がなくてもはいってもいい。

 ひやかしと嫌がるところがないとは言わないけど、そのつもりがなくても欲しくなって買うこともあるのだし、特にこう言った観光地は嫌がらないだろう。

 

 表から見て布地を扱っている店かと思ったけれど、中にはいると裁縫道具全般を扱っているようだ。糸もたくさんの色とりどりなものが並んでいた。


「へぇ、綺麗」

「エレナも刺繍はするのかしら?」

「いや、むいていなくて。リリィはするんだ?」

「もちろん、嗜みだもの」


 さらりと言われた。確かに貴族女性は大抵しているイメージだけど、私は興味があるか聞かれてなかったのでそれで終わったような。事情が事情なので男としてふるまい、繋ぎとしてだけど領主をするために必要なことを学んでさえいれば、そのほかは大抵私の好きにしてくれていた。

 だけど刺繍は自分ができないからこそ、できる人は尊敬するし、作品はすごいと思う。


「そうなんだ。趣味なら、道具一式は持ってきてるんだよね? 気になる色や素材はない?」

「趣味と言うほどでは……でも、そうね。よくしていたし、道具ももちろん持ってきているわ。叔父様や従兄弟たちによくあげていたわね」


 叔父様や従兄弟……さらっと言われたけれど、王と王子たちのことだろう。身内がさした刺繍はお守りになったりするとはいえ、あのきらびやかな宝石をまとう人たちに手縫いのものをプレゼントするのだから相当腕がよさそうだ。


「……よかったら、エレナにも贈らせてもらっていいかしら?」

「いいの? それはもちろん嬉しいけど」

「ふふ。夫婦なのだから、いいに決まっているわ。好きなモチーフはある?」


 私も母や姉から刺繍の入ったハンカチはプレゼントしてもらっている。家族内ではごく自然のことだ。

 だけど改めてリリィの口からそう言われると、なんだかとても嬉しくなる。形だけじゃなく、本当に家族になっていくような気になる。


 柔らかく微笑むリリィに、私もついついにやけてしまうほど相好を崩しながらも、私は希望を伝えて一緒に刺繍糸を選んだ。


「ところで、私の趣味が刺繍なら、エレナの趣味は?」

「うーん……あまりピンとくるものがないんだよね。実家にいる時は室内でできるものは一通りしていたけど」


 外に出て他の貴族と面識をもつのは性別が知られるリスクがある。自然と気を張らなくていい実家内にこもることが多かった。楽器や絵などの芸術関係や、読書やボードゲームなんかも好きでしていた。

 だけどどれが一番好きで趣味かと言われるとどうだろう。旅に出てどれもしなくなっていたけれど、特にそれが寂しいとかは……。


「そう言えば、メモ書きのようなものだけど、絵は旅の途中でもよく書いていた、かも」


 こもりがちだった私が外に出てあちこち旅をするにおいて、たくさんの困難があった。精神的にしんどい時もあり、気持ちを落ち着ける為にそれを文字にして記録するようになり、自然と絵も描きこんでいた。日記のような、目についたものの覚書のようなものだ。

 街並みやその日の食事、ちょっとした出会いなんかを色々と描いていた。人に見せるのも恥ずかしいけれど、処分するのもしのびなくて荷物の中に残っていたはずだ。


「それはいい趣味ね。よければそのメモも見てみたいわね」

「日記みたいなものだから、それは恥ずかしいけど……リリィが刺繍をしている間は手が空くし、絵を描いて見ようかな。それなら見せられるし」


 私のあやふやな答えにリリィはそう言って明るく肯定してくれた。手慰みでだしリリィの刺繍に比べたら見られる作品ではないだろうけど、昔は家族が褒めてくれていたし、まあみられないほどではないだろう。照れくさいけれど。


 そう言ったものは持ってきていない。と言うかここにある私の荷物はほぼ衣類だけだ。旅が終わって一度は帰ったけれど、そこまで考えられるほど、気持ちに余裕もなかったし、あとから送ってもらえばいいと思っていた。

 だけど折角だし、新調してもいいだろう。もう大人になったのだし、自分で自由に選んで買っていいのだから。


 そう言った趣味用品の店を近くにしているのか、それほど離れていない場所に専門店があった。リリィも見てくれて、使い勝手のよさそうなものを揃えた。

 荷物が増えてきたので、家に運んでもらう手配をした。これで手も空いたのでまだ街歩きをすることもできるけれど、今日は午前から外出している。私は問題ないけれど、リリィはそろそろ疲れてきているのではないだろうか。


「リリィ、そこの喫茶店に入らない?」

「構わないわ。喉も乾いているし」


 了解してもらったので近くの喫茶店にはいった。昼食時に学んだようで、さっきよりは戸惑わずにリリィは席についてくれた。


「リリィは甘いものは好き?」

「まあ、人並みには。エレナは?」

「好きだよ。疲れた時には甘いものが染みるよね。このお店はチーズケーキがおすすめみたいだね」


 なんて話をしながら注文する。私はチーズケーキのチョコレートソースかけ、リリィはベリーソースかけになった。飲み物とセットでお手頃価格だ。


「おー、美味しい。チョコレートとチーズ、意外と合うんだね。そっちはどう?」

「ベリーソースの甘酸っぱさがちょうどいいわ。……よければ、一口食べる?」

「いいの? 嬉しいな。もらうもらう。じゃあ失礼して」


 催促したつもりはなかったけど、ベリーソースもよさそうだな、と思っていたのがばれたようでリリィはそう言って軽くお皿を私に向けて寄せてくれたので、素直に腕をのばしてフォークで一口分切り分けさせてもらう。

 お皿のソースをすくって、うん。美味しい。甘酸っぱい分ケーキの甘さが際立っていて、全然違う印象になってこれはこれでいい。


「ありがとう。美味しいよ」

「ならよかったわ」

「私の方もどうぞ」

「……いえ、折角だけど、チョコレートはそこまで好きじゃないの」


 お礼に自分のお皿を差し出したのだけど、そう言って返されてしまった。


「そうなんだ? じゃあ、次にチョコレート以外の時に。ベリー系が好きなんだ?」

「そうね。今度、お願いするわ」


 そう言ってリリィは何も気にした様子がないけど、私は改めてリリィの自己犠牲さを実感していた。たかが一口とはいえ、自分より人を優先するそう言う性格なのだろう。だから当たり前みたいに提案できる。自分の人生を犠牲にするようなことさえ。

 まだお互い手探りで、好みはわかっていないから仕方ない。もっとリリィのことを知って、不公平なことはないようにしたいな。


 そう思いながらも、その気持ちを出すと重くてそれはそれで負担になるだろうから、私も何でもない風にしながらケーキを味わった。

 美味しい。紅茶も今まであまり飲まなかったけど、リリィが頼んだのと一緒にしてよかった。爽やかな風味で合っている。


「さて、まだ早いけど、今日はそろそろ帰ろうか? 疲れたでしょう?」


 お店を出て出入口から少し離れたところでリリィに帽子を渡して、かぶっているリリィにそう提案する。リリィはそうね、と言いながら私が持つ荷物をちらりと見て頷いた。


「帰りましょうか。また、いつでも来れるわ」

「うん。と、リリィ、ちょっと」


 歩き出したリリィの肩をつかんで、一歩引き寄せる。すぐ近くの店の角を曲がって子供が走ってきていて、ちょうどリリィから死角になるし、先頭の子供が振り向きながらなので危ないだろうと思ってのことだ。

 真正面からぶつかるほどの距離ではないけれど、走っている人間とぶつかるのは意外と腕があたるだけでも衝撃があるものだ。リリィには危険だろう。


「危ないから前を見て走れー」


 無事に通り過ぎていったのを確認してから、軽く注意したけれど、子供たちは笑いながら走り去ってしまった。どこでも子供はあんなものか。


「リリィ、大丈夫?」


 と見送ってから、リリィがずいぶん無反応なので肩を抱くのをやめてから顔を覗き込む。抱き寄せてから一言も喋っていない。何気なくしたけれど、もしかして強かっただろうか。


「だ、大丈夫よ。ただ、急だから、驚いただけ……」


 そう言ったリリィは、真っ赤になっていた。耳まで赤くて、視線を泳がせてさっきまでより小さな声で、そんなわかりやすく照れていた。

 ちょっと引き寄せただけなのに、そんな可愛い反応をするなんて。ドキッとしてしまった。リリィの表情から目が離せない。


「ご、ごめん、気安くして」

「い、いえ。そんな。助けてくれて、ありがとう。その、それに、夫婦なのだし、そんな遠慮は、しなくてもいいわ」


 ふ、夫婦……。いやわかっている。当然だ。結婚しているし、昨日プロポーズもしている。あまつさえ同じベッドで寝ている正真正銘の夫婦だ。

 だけど、この可愛らしい女の子と私が夫婦なのだと思うと、今更なのだけどなんだかとても、ドキドキしてきてしまう。


「そ、そっか。えっと、じゃあ……危なくないよう、エスコートしても?」

「……お願いします」


 なんだかてんぱってしまって、わかった。遠慮しないねって言うのをどう表現しようとなって、私はリリィに左ひじを出す様にしてそう提案していた。

 言ってから、いや、さすがに人混みでもないのにエスコートは不自然では? と思ったのだけど、リリィはそう言ってそっと私の肘の内側に手を添えた。

 その顔は俯いていて、私とは身長差もあるから帽子で隠れて顔も見えなくなるけれど、だけど、さっきの可憐な表情が頭から消えなくて、私のドキドキは家までおさまらないままだった。




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