第三十九話 秋が深まる
それからリリィと一緒に揃いになるような似た色味と刺繍のされた服を注文した。結婚式は参列する人によっては出会いの場になったりするから、既婚者はわかりやすくするのがマナーなので。別に目につきやすいところに、例えば胸ポケットから出すハンカチやスカーフをお揃いにする程度でもいいんだけど。でもせっかくだしね。
それ以外にもエミリーとウィリアムの結婚式に参加する為、リリィの丁寧だけど上品すぎないような態度の練習とか、細々とした用意をすませてそれからようやく、私とリリィは秋のお出かけに出発した。
一泊して翌朝に到着して、草原が広がる手前の森の脇にある小さな村に到着した。いや、人数規模的には小さいのだけど、旅行に来た人向けに一軒丸ごと貸すシステムになっていて、貴族でもそれなりに納得する程度に立派な別荘がいくつも並んでいてそれぞれ馬房もあって庭もしっかりしていて、立派な観光地だった。
腰くらいまですっかり草で覆われていて、それでいてものすごく遠くに見える山の際までひたすら見渡す限りの草原で、まるで草原の海みたいな爽快感のある広がりだ。
遊牧民たちがいるエリアではないので、以前に私が行ったことのある草原ほど大きくはないのだろうけど、それでも端まで草原が続きそうな光景は解放感が違う。
「うーん、風が気持ちいいねぇ」
「そうね。すっかり伸び切っていて、こんな状態で馬にのって大丈夫なのかしら」
「逆に馬に乗らないと危険じゃない? 小動物がいても気づかないし」
「そういう考えもあるのね」
「馬にのったことはないんだよね? じゃあまずは、一緒に乗ってみよう」
荷物を置いて昼食をとって落ち着いてから、さっそく乗馬の準備をすませた。リリィは私の適当な返事にもうんうん頷いてくれたので、エスコートするように手を出す。
リリィの手を取り、まずは馬にのってもらう。馬が落ち着いているのを確認して手綱をとって、リリィにはまず片足を鐙にかけてもらおうと思ったのだけど、この時点で結構足をあげるのでかなり抵抗があるみたいだった。
ズボン履いてるし大丈夫なのに。リリィのこの乗馬服は届いた時点で一回着て見せてもらっているし、その時にもさんざん褒めたけど、今見てもいい。普段はわからない足のラインが見えるから、二度目でもまだまだ新鮮だしつい見てしまう。とはいえそれはもうどんな姿勢でも関係なく見ちゃうし、馬に乗る一瞬足をあげるくらい問題ないと思うけど。
とはいえ、本人に抵抗があるならまあいいか。一人で乗れるようになる必要もないので、そう言うことならと失礼してリリィを片手で抱き上げながら馬に乗る。馬に乗るのと同時にもちあげたリリィがをすっとそのまま自分の前にもってきて手綱を持ったままの手で抱きとめてから、そのまま横向きに座らせた。
「これなら、ドレスでものれたかもね」
「そんなわけないでしょう。ドレスでこんな……というか、本当に、こんなに高いのね?」
普段バルコニーから下を見るのも抵抗なく楽しんでいたリリィだけど、馬の高さにはちょっと恐いようでひしっと私の前面の服をつかんで身を寄せてくる。リアルな高さと、手すりとかない感じが恐いのかな?
まあこのくらいなら落ちても、いくらリリィでも無事に着地できるはずだから、落ち着いてもらおう。私は片手をしっかりリリィの腰に回して強めに力を込める。
「うん。大丈夫だよ。私がこうして抱きしめているからね」
「そうね、お願いするわ。……こうして見ると、ほとんど普段の倍じゃないかしら。エレナの身長でも普段より高くなって感じるわよね?」
「もちろんだよ。というか、私より背が高い人なんていくらでもいるしね」
リリィは自分の体に回った私の腕をそっと掴んで安心してくれたようで、こわばっていた表情を緩めてほっとしたように微笑んでから、ようやく景色のよさに気づいたようでそう言って周りを見渡した。
「じゃあ歩かせるね。ゆっくり行くけど、恐かったら言ってね」
「ええ、お願い」
リリィがなれたら走らせるつもりだったけど、ずっとゆっくりと歩かせることにした。 それでも風は感じたし、リリィは十分に楽しんでくれたようだった。
昼食まで一緒に乗馬を堪能した。それから食後の散歩に建物の裏手から森に入って紅葉を楽しんだのだけど、籠一杯の栗拾いもした。栗を拾う目的ではなかったけど、あちこちに落ちていて、なんだか楽しそうだったので。
現地のスタッフは山一杯の栗にもためらうことなく、食べ方をご教示してくれたので、おやつの時間にむけて庭でのんびりと栗とお芋を焼くことにした。
「こんな風にして、焦げないのかしら?」
「私も理屈はわからないけど、本体にはじわじわしか熱がいかないみたい」
「そうなの。栗なんてあんな風に皮ごと炒めるものなのね。調理工程を一から見ることはあまりないけど、案外面白いものね」
「あれは私も初めて見るよ」
お芋は焚火をつかってじっくり火を通し、栗はその隣の、なにやら庭に備え付けてあった炊事場で鍋をつかって炒めている。まるで野菜炒めのようにしていて、細い女性なのに慣れた様子で軽く鍋を扱っている。
というか、庭に普通に食事ができるテーブルがあるのも地味にすごいと思う。至れり尽くせりだ。きちんとした焚火ができるスペースがあって、それを安全でありつつそれなりにじっくりその揺らめきが見れるところにテーブル席がある。
焚火と言うのは、意外とずっと見ていたくなる魅力があって、こうしてぼんやり見ているだけでもなんだか満足してしまう。
テーブル席に並んで座って焚火を見ながらしばし待つと、先に焼きあがった栗を持ってきてくれた。焼き芋はまだ少し時間がかかるようなので早速栗を食べることにする。
お上品なお皿にのっているけど、栗の皮がついたままだ。いかにも栗、という感じで美味しそうだ。真ん中にしっかりと切れ込みがいれられていて、スプーンで栗をすくって食べると、ほこほことして栗独特の甘みがあって美味しい。
「栗だけをこうして食べるのは初めてだけど、あっさりした味わいで美味しいわね」
「いつもはどうして食べているの?」
「お菓子の一部とか、蜜漬けになっているものとか、そう言うのが多いわね」
「あー、なるほど。それも美味しいよね」
「ええ、だけどこういった素朴な味わいもいいわね」
リリィも気に入ってくれたらしい。小さな栗をちょこちょこ食べている姿は小動物っぽくてとても可愛い。これが屋外じゃなくて室内で二人きりなら、抱き寄せてキスをしたいくらいだけど我慢する。
それから焼き芋もできあがった。こちらもきちんとお皿にのって、きちんと皮もむかれて食べやすい大きさに切り分けられて提供してくれた。上にバターが乗っていて実に美味しそうだ。
美味しそうだけど、塊のまま掴んで食べた方が焼き芋を食べている感がある気がするけどなぁ。と思いながら口に運ぶ。
「んっ、美味しい。ねっとりしてるね」
「そうね。色味が濃いと思っていたけれど、それ以上に濃厚で、焼いただけには見えないわね」
私が前に食べていた焼き芋とは芋の種類が違うのだろうか。お菓子みたいな味わいだ。焼いて切っただけでこんな風になるのは面白い。
今までお芋の種類ってそこまで気にしなかったけど、これはいい。好きだな。
リリィはさすがにこの種類を食べたことがあるだろうけど、それでもさっきの栗と同じようにただ焼いただけというのはないのだろう。意外そうにしながらもどこか楽しそうに瞳を輝かせている。
そのどこか子供っぽい瞳が可愛い。もっといっぱい食べてほしい。
「あら、なあに、じっと見て。仕方ないわね。はい、あーん」
と、自分の分を食べきったのでじっくりリリィの可愛さを堪能していると、視線に気づいたリリィがそうどこか悪戯っぽく笑って私の口元に差し出してきた。
そんなつもりはなかったのだけど、どこか嬉しそうに私を見てにっこり微笑んでいるリリィには逆らえるはずもなく、私は口を開けた。
「ありがとう。もっと美味しくなったよ」
「ふふ。素直でいい子ね。私はもう膨れてきたし、エレナが後は食べていいわよ。はい、あーん」
「あーん」
楽しそうなリリィにされるがまま焼き芋を味わった。それからお茶を飲んで一息ついてから、そう言えば、と話をふる。この場所を決める先にリリィが来たことがなかったことは聞いていたけど、そう言えばなんでなんだろう? こんなにいいところなのに。
「リリィはここに来たことないんだよね? 何か理由があるの?」
「ん? 特にないけれど、乗馬を嗜む紳士向けの観光地と言った雰囲気で、そう言った話をふられることもなかったもの。知識として領内のことは知っているけれど、それだけね」
「そっかぁ」
せっかくこの領地に毎年来ていて、限られた場所にしか行っていなかったなんてもったいない、とも思ったけれど、だからこそリリィと一緒に初めてを楽しめるのだし、まあ、いいか。
「じゃあ、他にもリリィが行ったことないところも、私と一緒に全部回って楽しんでいこうね」
「ええ。そうね」
私の言葉にリリィは穏やかに頷いてくれた。
リリィと冬も春も夏も秋も、ずっと一緒に楽しんでいこう。そう思いながらリリィと細やかに秋を楽しんでいると、秋の旅は終わり、すぐに結婚式の日が近づいてきた。
私はリリィと一緒に、結婚式へ参加するため王都に向かった。




