第三十八話 エミリー来訪2
エミリーにそれなりに勇気を出して私の性別の話をした。した、というのに、めちゃくちゃあっさり、本気で言ってんの? みんな知ってるけど。みたいな反応をされてしまった。
「まあ、事情もあるだろうから、みんな口には出さなかったし、誰にも言ってないわよ。もちろん、仲間以外にはばれてないし、気にすることないわよ」
「はい……ありがとうございます」
恥ずかしすぎて顔があげられない私に、エミリーは珍しく優しい声をかけてくれるけれど、かえってそれがいたたまれない。こんな時だけ優しくしないでほしい。
「とはいえ、女同士で結婚できるのは知らなかったから、びっくりしたけどね。仲良くやってるようでよかったわ」
「あー、それは」
なんと説明しようか、と思って少しだけ顔をあげてちらりとリリィを見ると、リリィは力強く私の手を握り返しながら任せてと言わんばかりに一つ頷いてくれた。
「確かにありふれたことではないけれど、元々、婚姻に関して性別について法律に記載はないの。大々的に行われていなかっただけで、禁止されてはいないのよ。王家としてはそういう認識であったし、私達の婚姻にあたって教会の上層部の認識も同様であることは確認しているから、同性間の婚姻も問題ないわ」
「へぇ。そうなの。法律なんて意識しないから知らなかったわ」
私も知らなかった。そう言う建前、と言うより本当にそう言う流れっぽいね。だって確かに王様も結婚は簡単、みたいな言い方してたもんね。なるほど、そういうことだったのか。
「とはいえ、そもそも勇者が実は女性と言うのを今更公にするのは混乱もあるでしょうし、できれば今後も黙っていていただけると助かるわ」
「安心して、そのくらいはわかっているわ。腹立たしいけど、女だってだけで侮ってくるやつは多いものね」
訳知り顔でうんうんと頷くエミリー。二人の会話で多少気もまぎれたのでなんとか顔をあげてチラ見でならエミリーの顔が見れるようになったので、私も声をかける。
「ありがとう。もう勇者として活動することはないとは言っても、今更女の子ぶるのも恥ずかしいから、これまで通りでよろしくね」
「ふはっ、ごめん。女の子ぶるあんたを想像したら笑えて。ははは。わかってるわよ、あんたは今後も私の弟分。それは変わらないわよ」
別に弟分はエミリーが勝手に言っているだけなのだけど、まあ、いいか。
「さて、それじゃあ……」
「うん。今日はわざわざ来てくれてありがとうね」
正直、まだショックは残っているけど、うん、エミリーは何も悪くない。むしろ何か事情があると察して黙っていてくれたのだ。きちんと見送らないと。
「は? あんた、この私がわざわざ来てあげたのに、まさか約束を忘れたんじゃあないでしょうね?」
何とかまっすぐエミリーを見てお礼を言うと、何故か黙っていたことは許してくれた心優しいエミリーは鬼のような怖い顔をしていた。な、何故? 約束? エミリーと約束なんて、うーん?
「エミリー、ここでは少し手狭だから、食堂の方で準備をしているの。よかったら部屋を移動してもいいかしら?」
「あら、そうだったの。勘違いして悪いわね」
「いえ。まだエレンの気がまいっているようだから、私が案内するわね。こちらへどうぞ」
え? なに? なぜリリィが約束のことわかってる風なの? と話についていけないまま、リリィに手を引かれるまま一緒に食堂に向かうと、テーブルの上には巨大なチョコレートパフェを中心に、チョコレートケーキなどチョコレートの菓子がたくさん並んでいて、それを見て思い出した。
そうだった、エミリーにチョコレートパフェをご馳走する約束をしたんだった。うん、覚えてる。リリィにも旅の仲間の話をする際に、エミリーの性格をよくあらわすエピソードとして話しておいたね。いやでもあれ全員でって話だったよね。そんな私個人との約束みたいに言われてもすぐ出てこないって。
「美味しい! 帰ってからたくさんのチョコレートパフェを食べたけど、1、2を争うと言ってもいいわ。やるわね」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
まあそんなこと言ったら怒られそうだし、さっきの恥ずかしさもまだあるしここで機嫌を損ねたらバレてないと思ってたこと言いふらされそうなので、知ってましたとばかりに話を合わせることにする。
「ふん。あんた、いい嫁さんもらったわね。お似合いよ」
「え? そう? ふふふ、ありがとう。リリィってほんとに可愛くて優しくて気が利いて、いいお嫁さんなんだよ。ちょっと釣り合わないくらいなんだけど、そう言ってもらえると嬉しいけど、照れるな~」
「……まあ、幸せそうでよかったわね」
突然の言葉に、でもお世辞とか言わなさそうなエミリーにリリィとお似合いなんて言われて照れてしまう。エミリーにもそう見えてしまうか。まあ、仕方ないか。
こうして突然のエミリー訪問は色々衝撃もあったけど、リリィのフォローもあって無事に終わるのだった。
〇
エミリーの来訪により、驚愕の、まさかの私の性別がばれていた衝撃は大きかったけど、いつまでもへこんでいても仕方ない。前向きに考えると、最後まで黙っていて騙していたという傷は浅かったということなのだし、とにかくよし、ということでエミリーも帰ったので忘れることにした。
「にしてもリリィ、よくパフェの準備をしててくれたね。ありがとうね。助かったよ」
エミリーはあれだけ食べた上でリリィが用意したお土産を全て抱えて飛んでいった。リリィはてっきり馬車で来たと思い込んで用意をお願いしていたらしく、それには驚いていた。見慣れた姿だったので私は違和感なかったけど、魔女でも一人で飛んで行っちゃう人そうそういないもんね。
「私もまだパフェを奢っていないという話は聞いていなかったけれど、それほど好きならと用意をお願いしていただけよ。あとはなんとなく、話の流れで」
「あ、そう言えば、別にリリィから約束の準備をしてる、なんてことはいってないっけ」
それを見送って一息ついた夕食前、部屋に戻ってから改めてお礼を言うと、リリィはそう何でもない様に教えてくれた。リリィって機転がきくというか、そういう人間同士の気遣いが本当に上手だなぁ。素直に尊敬する。
「ええ。もし違う約束だったとして、とりあえず場所を変えて好物もあれば話してくれる可能性はあがるだろうと思って。結果的に反応から正解だったようだからよかったわ」
「もしあの約束をエミリーが忘れてたとしても関係なく、用意してくれてたってことか。凄いねぇ」
「エミリーのことはどれだけ歓待しても足りないくらいなのだから、この程度は当然よ」
「えっ、まあ……リリィからしたらそうか」
魔王討伐メンバーの一人だから、元王族として責任感を持つリリィ的にはそうなのかな? と思ったら、なにやらくすくす笑い出してしまう。可愛い。じゃなくて。笑うようなこと言った?
「本当に、私の言っている意味がわかっているのかしら?」
「え? うん、まあ、元王族としてってことだよね?」
「違うわよ」
リリィはくすくす笑って、握りっぱなしの手をぎゅっと握りながら手が視界にはいるよう持ち上げて、私の手を両手で挟んで握ってから、にっこりと微笑んで軽く私の手の甲を撫でながら続けた。
「あなたの仲間であり、エレナがこうして元気でいられるのも、エミリーたちのおかげだからよ。要するに、旦那様がお世話になった相手だから、妻としてその程度の歓待は当然と言うことよ」
「リリィ……ありがとう」
そのなんとも可愛らしい言い方もだけど、元王族と言う立場よりも私のお嫁さんとしての立場でしてくれたというその意識が嬉しくて、愛おしくてたまらない。かーっと体温があがって謎の恥ずかしさが湧いてくるくらい嬉しい。
私はそっとリリィにキスをして、それからしばし見つめあってから、気恥ずかしさをごまかす様に口を開く。
「二人の結婚式の為に、それらしい服を用意しないとね」
「そうね。エミリーより目立たないのは当然として、悪目立ちしないよう、変に目立たない服装をしないといけないものね」
「リリィは何着ても似合っちゃうから、普通に街歩きの時のシンプルな服でも、高貴なオーラがでちゃうもんね。もうちょっとこう平民らしく、それでいて平民の結婚式にふさわしいある程度ちゃんとした格好と言うのは、うーん、すぐには思いつかないね」
「そ、そんな風に大げさに言われると照れるのだけど。まあ、実際に実物を見ながら決めればいいじゃない。二か月後なんてあっという間ね。早く準備をしないといけないわ」
「うーん、まあそうだね。オーダーだと時間もかかるし。でもせっかくこの間乗馬服もできたところだし、二か月もたったらちょうどいい秋の季節が終わっちゃうから、それまでに草原に遠乗りにはいきたいよね」
「そういう話はしていたけど……そうね、まあ、事前準備をすませてさえいれば、草原は春の湖よりは遠いとはいっても領内だから、後は体力的な問題になるけれど」
東の草原は春に行った北の湖に比べるとちょっと距離があるのだけど、それでも翌日には到着する距離なのだから、リリィの体力でもまあまあ行けるのでは? 最初の頃よりリリィもずいぶん旅慣れてきたし。
「まあ、無理しても仕方ないからね。リリィの体力をみながらだけど、行けそうなら行くということで」
「……そうね。ある程度日程をたてておいて、実際に手続きをする前に判断しても遅くはないでしょうし」
リリィはそう言って口では仕方なさそうにしながら、口元をほころばせて同意してくれた。リリィは意外と体を動かすのも嫌いじゃなくて、乗馬も楽しみにしてたもんね。
「そう言えば、リリィって踊りは得意?」
「得意とは言わないけど、まあ、人並みに嗜んではいるわ。だけど、珍しいことを言うわね。以前に楽団を呼んだ際にあまり興味がなさそうにしていたから、てっきり興味がないのかと思っていたわ」
「あー、いや、ごめん、紛らわしかったね。貴族の夜会で踊るようなちゃんとした社交ダンスじゃなくて、軽く音楽にのって周りにあわせて適当にそれっぽく踊ったり、輪になって色んな人と順繰りに踊るような、平民がお祭り騒ぎの時に踊るやつだよ。地域によるけど、結婚式の時も踊るから」
「そうなの……見たことがないから何とも言えないわね」
リリィは難問を考えるような非常に真面目な顔でそう答えた。いやまあ、そこまでちゃんとした質問じゃなくて、普通に社交ダンスしか経験なくても、ダンスで使うリズム感とかそう言うのが得意かなって感じだったんだけど。
社交ダンスが得意なら、正解とか特にない平民の適当ダンスも、一応肩のある集団ダンスも地域差あるけど見様見真似でできるものばっかりだから、普通にできると思うけど。
「じゃあ、ちょっとやってみようか」
「……え? 今?」
「今だよ、今」
でも、リリィはちゃんとした正解がほしいっぽいので、ここは実際にしてわかってもらうしかないだろう。ということで、戸惑うリリィを立ち上がらせて、口でリズムを言って以前に田舎の村で経験のある踊りを教えてから、軽く鼻歌を歌いながら踊った。
リリィは人並みに嗜んでいる、という自称以上にあっさり覚えて、夜会であんまり聞かないとにかく明るく軽い調子の音楽にもさらっとのって踊ってくれた。