第三十七話 エミリー来訪
私の誕生日が過ぎて、秋がやってくる。とはいえいまだ長旅の余韻もあり、次はどこに行こうか、と計画をたてている段階だ。
そんなある日、来客があった。
「お客? 何も聞いていないけど」
普通、貴族の家には先ぶれとして何かしら連絡があるものだ。だというのにお昼を過ぎた頃、突然私に客が来ていると知らせがあった。不思議に思いながらも、部屋を出て客人が待つ客室に向かいながら話を聞くと、普通なら門前払いするところ、身元が確かで私の知り合いなのも間違いないから通したらしい。
名前を聞いて、うーん、会いたくないかも。と気が進まなくて足を止めた私に、ついて来てくれていたリリィが私の背中を押したので仕方なく会うことにした。
「ちょっと、遅いわよ、エレン。この私を待たせるなんて、いつからあんたはそんなに偉くなったのよ。私は伯爵様なのよ」
客室で自宅のようにくつろいでいたのは、かつての魔王退治の仲間、自称天才魔女、エミリーだ。入るなり挨拶もせずに文句を言われた。待たせたも何も、連絡なしにきたんだから当然だろう。
いったんスルーして向かいのソファにリリィと並んで座ってから顔を向ける。
「いや、そんなこと言ったら、今私って公爵だし、結婚する前だって侯爵だから伯爵よりは上なんだけど」
「はぁ!? あんた自分で実家のことを小さな田舎貴族って言ってたじゃない! 嘘ついたわけ!?」
「田舎だし小さいのは事実だけど……うーん、実家が侯爵になったややこしい経緯があって、話は百年前までさかのぼるから」
「はー?」
エミリーはそう言って顔をしかめてしまったけど、とりあえず黙ったのでこれをタイミングとする。
「とりあえず、改めて挨拶からしようか。久しぶりだね、エミリー」
「はいはい、そうね。久しぶり、エレン」
「ん。こっちは妻のリリアン。授与式にもいたから面識はあると思うけど、ちゃんと話したことはないよね?」
「そ、そうね、えーっとぉー」
さすがにエミリーもリリィの王族オーラにはたじたじのようだ。何を言おうかまごついている姿は初めて見た。そんなエミリーをみかねて、リリィは座ったまま簡易な礼をとる。
「ご紹介にあずかりました、リリアン・ベーカー・ドノバンと申します。夫が大変お世話になっております」
「あ、リリィ、エミリーにそんなに畏まらなくていいから。エミリーも堅苦しいのは嫌だよね? 普通に話してくれていいからね」
それでもエミリーがまだ引いているので、そう言って緩い空気にしておく。いや、さすがに私にするように傍若無人な物言いはしてほしくないけど、折角訪ねて来てくれたのに畏まってろくに会話もできないようじゃ申し訳ないからね。
突然だし、そこまで久しぶりでもないから、会いたい2割、会いたくない1割、会わなくてもいいかな7割くらいの気分ではあったけど、まあせっかくだしね。
「そ、そうね。リリアン姫、その、私ってフレンドリーなエレンの姉貴分だから、多少の無礼は許してもらえると助かるわ」
多少じゃなくて普通にかなり失礼な態度だと思うけど、自覚があるだけよしとする。エミリーは出会った最初から偉そうにしていたので、貴族も年齢も関係なく自分が一番偉いと思っているのかと思っていた。
「もちろんです。エミリー様のお話はエレンからも伺っております」
「さ、様付けなんてしなくてもいいわ。その、もっと普通に話してくれていいわ。えー、私の方が年下だしね」
「そう、ね。わかったわ」
「ええ、それでいいわ。んん。ふー、なかなかいいお茶を用意してるじゃない。これに免じて、待たせたことは許してあげるわ」
リリィは口調にやや戸惑いをみせつつ、表情的には落ち着き払っている。それにエミリーの方が面白いくらい動揺しつつ、使用人が用意してくれたお茶菓子をばりばりやってなんとか気持ちを持ち直した。
そしてお茶を飲み切ってから、懐から何かを取り出した。
「さっそく本題にはいろうか。ほら、これ」
「ん? これは……結婚式の招待状?」
「そうよ。あんたは絶対出席するのよ。予定は二か月後だから」
「ああ、まあ、今は予定もないしいいけど。それで、誰の結婚式なの?」
机の上を滑らして渡された封筒を手に取って尋ねると、横柄な命令にも了解しているのに何故かむっとしている。
「……あんたね、マジでわかんないわけ?」
「え?」
「え? じゃないわよっ。私があんたに持ってくるってことは、その時点で勇者パーティのメンバーの結婚式って決まってるし、既婚者が半分で、残った結婚しそうなのなんて私しかいないでしょうが! ていうかそうじゃなかったとしてなんで私が招待状の運搬なんて下っ端みたいなことをしなくちゃいけないのよ!」
「ええっ!? エミリーが結婚!?」
いや、言われてみればその理屈は最もだ。エミリーが師匠以外の言うことを聞くわけないし、師匠の言うことも大して聞いてなかったし。でもまさか、エミリーが結婚? エミリーと結婚したいと思う人が存在するってこと? いや、もちろん悪い人ではないんだけど。
「びっくりしすぎでしょ」
「えー、いや、ほら、旅する前に恋人はいないって言ってたし、帰ってきてもう結婚するなんて、予想外だって。相手は?」
ジト目を向けられて、私はごまかす様にそう言い訳して問いかけながら招待状を開く。相手は、ウィリアム!? え、あのウィリアム? ウィリアムは仲間の一人で、騎士団メンバーの中では若手で、ちょっとちゃらくて軽いけど、冗談が好きでいつでも明るいムードメーカーだった。
……な、なるほど? そう言われたらエミリーのつんつんした偉そうな態度にもまあまあとなだめながら一緒に行動したり仲よかった気がするし、お似合いと言えばお似合いなのかな?
「ウィリアムと付き合ってたなんて、全然気づかなかったよ」
「ふふん。まあ? この私ほどではないけど、それなりに才能のある騎士だし? まー、あいつったら私にベタ惚れだからねぇ。しょーがないから結婚してやることにしたのよ」
「はぁ。おめでとう」
「やる気のない祝福ね」
恋人に対しても上から目線なのは崩さないんだなぁと呆れたせいでやや気の抜けた返事になってしまった私に、エミリーはわかりやすく不機嫌な顔になった。おっといけない。
「あー、いや、ごめん。ちょっとびっくりが続いていて。うん、本当に、おめでたいと思ってるよ。二人が結婚なんて。うん、おめでとう」
「ふん、まあいいわ。そう言うことだから、絶対参加しなさいよね。王都だし近いんだから。まあ、リリアン姫は、私の家族も出る庶民向けだから、それでもよければになるけれど」
「もちろん。リリィと一緒に参加させてもらうよ。ね?」
「ええ、気を遣わせるなら無理にとは言わないけど、エレンのお世話になった方の結婚式だもの。是非」
顔を合わせて、リリィも柔らかく微笑みながらそうエミリーに話してくれる。リリィからしたら親しいわけじゃないけど、こう見えてエミリーは私の大事な仲間だから、リリィも乗り気なようで何よりだ。
「ん、そう、ね。ありがとう。一人でも多くの人に参列してもらえるのは嬉しいわ。でもあれよ? 警備とかそう言うのも普通のだし、あんまり大勢の護衛とか使用人とか連れてこられると困るから、最小限でお願いしても大丈夫かしら?」
「あはは、使用人連れて結婚式に参列する人いないでしょ。エミリーってば気にしすぎだよ。護衛だって、私がいればいいんだから、余計な人は連れて行かないし、大丈夫だよ」
リリィの美しい微笑みにエミリーはややはにかみながら、どこか慌てたようにそんな心配をしてきたけど、面白すぎる。
いくら貴族の結婚式でも、全員が式場内に個別に使用人をつれてきたらどれだけの大会場が必要になるか。世話をするための使用人は会場側が用意するものだし、庶民だって身内が招待客をもてなすのが普通なので、同じことだ。一緒に旅をして、貴族ったって大したことないわね、などと軽口さえ言っていたくせに、貴族に対して偏見を持ちすぎだろう。
「わ、笑うんじゃないわよ。お姫様の常識なんてわかんないんだからしょうがないでしょうが」
「私の結婚式……の時、そう言えばエミリーは参加してなかったんだっけ」
「あー、悪いとは思ったけど、急だったし、あんな国を挙げての結婚式のお偉いさんしかいない厳粛な場には、さすがに付け焼刃の時間もなしじゃ参加できないわよ。ちゃんとパレードは見守ってたわよ。手を振ってたの気づかなかったの?」
「そうだったかな。ちょっといっぱいいっぱいで」
「まあ、あんたも大変だろうから、それは許してあげるわ」
エミリーは頭をかきながら言い訳するようにそう尋ねてきた。それに対して私も頭をかいてしまう。すると珍しくエミリーは優しくそう言ってくれた。ものすごい上からだけど。
「じゃあ、二人は参加ね。招待状に詳しいことは書いてるわ。さて、それじゃあ」
「あ、待って、エミリー」
「いいわ。どうぞ?」
「あ、うん」
それじゃあ、と話を切り上げて帰ってしまいそうな雰囲気に慌ててそう引き留めると、何故かめちゃくちゃ機嫌よさそうに片手をあげて促された。
「その、エミリーに言っておきたいことがあって」
「ん?」
いきなりだったけど、これもいい機会だ。結婚式で言うのは空気が読めてないし、そんな場で混乱させることもない。今のうちに、私の性別について言っておこう。いや、あんまり言いたくないけど、この機会を逃すと一生言わないまま終わりそうだし。さすがにそれは、結婚式に呼ぼうとしてくれている仲間に対して不義理だろう。
不思議そうに首を傾げるエミリーに、私は口を開きかけて、ちょっとだけドキドキしてしまって隣のリリィの手を握って気持ちを落ち着ける。
「……ふぅ、実は、私……女だったんだ」
「は?」
「驚いたよね、黙っていてごめんね。信じられないかもしれないけど、本当のことなんだ」
「いや、あんたさぁ……本気でバレてないと思ってたわけ?」
「えっ!???」
きょとんとしたエミリーに頭をさげて信じてもらおうとする私に、エミリーは呆れ切った顔でそうあっさりと、私の方が信じられないことを言った。
「きっ、気づいてたの!?」
「いうて私も女なんだから、当たり前でしょうが。てか少なくともジェーンとマーティンの二人は気づいてるでしょうね」
「ええっ!?」
「あったり前でしょうが。医療従事者なめてんの? あんたの体を診察してて気づかないわけないでしょ」
「そ、そんな馬鹿な……」
エミリーが気が付いていたってだけでも驚きなのに、まさかの、あの二人まで!? いやエミリーよりはあの二人の方が納得だけども。でもエミリーがそこまで周りを見てたなんて。私だけが、気づかれてないと思ってたなんて。
「あんたのおつむの出来が馬鹿すぎんのよ。あんたの潔癖症にしたら雑すぎるのに対人間にだけ不自然に触れ合わないところとか、おかしい点はいっぱいあるっての。五年も一緒に旅してなんにも気づかないわけないでしょうが」
「……はい」
全員にばれていたような物言いだ。は、恥ずかしすぎる。縮こまって俯いたまま顔があげられない。リリィが握り返してくれる手だけが私がその場で机に顔を伏せそうなのを支えてくれていた。




