第三十六話 閑話 勇者様との旅の後 騎士C視点
「どうも、副騎士団長様。お休みのところすみませんねぇ」
「そう思うなら、その大仰な呼び方はやめろ」
そう言って笑って俺を受け入れてくれたのは、わが国が誇る騎士団におけるナンバー2、30歳の時に実力でその地位に上り詰めた副騎士団長、ジェームズ様だ。男爵家の三男と貴族家ご出身でありながら偉ぶったところもなく、先だっての魔王討伐の旅で勇者様に負けない活躍をした益荒男だ。
といってもまあ、その副騎士団長様と一緒に旅をしたルーキー期待の星であった俺も、その褒章として名ばかりだけど貴族位を賜ってはいるのだけど。
当時二十五の青二才だった俺も、今じゃあ脂ののったいい男盛りの三十歳だ。そんな俺だが、結婚することになった。なったというか、急かされたというか。俺としてはようやく長かった旅が終わって平和になったんだから、もう少しくらいは恋人期間を楽しみたかったのが本音だが、まあ、年貢の納め時と言うものだろう。
その結婚式への招待を、恐れ多くも副騎士団長にお願いしようというのが本日の目的だ。客間に迎え入れてもらい、娘さんにお茶までいれてもらったので一口いただいてから、さっそく俺はそっと懐からだした招待状を差し出す。
「こちらが招待状になります。どうぞ、ご確認ください」
「ああ。二か月後か。同じ街中ならともかく、領をまたいで招待するには少々急な日取りだな」
「冬は雪がありますし、かといって春を待つと、その……腹が目立ってしまうもので」
「お前は、まったく。昔からそういう脇が甘いところがある。日常生活では構わんが、気をつけろよ」
「はい、肝に銘じておきます」
快く受け取ってくれたが、笑いながら注意されてしまった。
平民ではたまにあることだが、まあ、褒められたことではない。とはいえ、旅の間はそういう訳にもいかなかったのだ。同じ男なのだし、理解してもらいたいものだ。
「にしても、あのエミリーが一児の母になるのか。感慨深いものだな」
「そう言われると、なんとも照れくさいですね」
俺の妻になる女性、エミリー。同じく魔王討伐を成した仲間の一人で、自称天才魔女。跳ねっ返りで偉そうで、最年少の勇者様を心配していたのに一番の問題児はこいつだった。
五つ年下で、俺は最初、妹分にするように接していたつもりだ。旅をして口は悪いし手も早いが、基本的に情に厚くて悪い奴じゃあないんだよなぁ。とは思うものの、女として見てはいなかった。
だけどあの夜、俺はあいつを守りたいと思ったのだ。
あれは魔王討伐の旅も三年目に差し掛かる頃のこと、巨大な空飛ぶ魔物の目撃情報を受けて山に向かい、何とかそこで二匹のワイバーンをなんとか倒して、とても疲れたのでその場で野営してから翌朝戻った時、その話をしてくれた村は壊滅状態だった。ワイバーンは夫婦で、もう一匹子供がいたのだ。慌てて倒したけれど、家屋は倒されて多くの犠牲者が出ていた。
なんとか生き残った者たちも、夜中に俺たちが戦っていたのは大きな音や魔法の派手な光が響いていてわかっていたし、子供ではなく大人のワイバーンが来ていたら全員残らなかっただろう。と複雑な気持ちをおさえながら礼を言ってくれた。
誰が悪いわけじゃない。あえていうなら魔王が悪い。できるだけのことをした結果だ。埋葬を手伝いしっかりと葬儀を行って、それでも落ち込む勇者様を聖女様や副団長様が隣に座って慰めている夕食の席で、ふとエミリーがいないことに気が付いたのだ。
そうして探して、見つけた。一人で、真新しい墓地の前に立って、一人泣いていた。その背中の小ささに、振り向いて俺をにらみつける涙にぬれた瞳に、守らなければと思った。自分が疲れたから野営をしようと言ったからだと後悔で泣きながら、慰めはいらないと言い張る、そんな意地っ張りでどうしようもない女の子に、その涙をとめたいと強く胸がしめつけられた。
あいつほど強くて、どこまでもまっすぐに突き進む女を俺は他に知らない。あの瞬間から、俺の目に女はエミリーしか目に入らなかった。破天荒なところもあるが、あれで可愛いところもあるのだ。
他ならぬ旅の仲間に知られるのは、恥ずかしいのだけど。とはいえ、旅の仲間にこそ、祝って欲しい。俺たちが勝ち取った平和な世界で、もっともっと幸せになるために。
「にしても、今日はエミリーは連れてこなかったんだな。家で大人しくしているのか? あいつなら妊娠していても平気で外にでそうなものだが」
「あー、いや、その……勇者様のところに直接招待状を渡してくる、と。行っちゃいまして」
「は? お前、エレンはリリアン姫と結婚して、今ではドノバン領を納める公爵になるんだぞ? そんな俺に会うようなノリで」
「いや、副騎士団長様だって、普通にまだまだ俺からしたら雲の上の偉い人ですから」
意外そうなジェームズ様に頭を掻きながら答えると、顔をしかめられてしまった。まだ小隊長になったばかりの俺からすれば、全騎士団におけるナンバー2は本来なら気さくに話せるような相手ではないのだけど。とはいえ、それとはまた比較にならない偉さなのもわかっている。だから心配しつつも、俺も一緒にとは言えなかったし。
「そういうフォローはいらないんだが……まあ、あいつも一応法服貴族だ。捕まってもすぐに釈放されるだろう」
「えっ、捕まることあります?」
「事前に手紙の一つでもしているならいいが、エミリーにそう言った気遣いができるのか? 出していたとして、ちゃんとそれより遅い移動手段だったんだろうな?」
「……」
仲間だったのだから、まあ多少文句を言われても大丈夫だろう。エミリーにその発想はなかったけど、俺がちゃんと手紙だしておいたし。と思ったのだけど、そう言えばあいつ、空に飛び出していったな。
正直妊婦なのに空なんて、とは思ったが、エミリーは自分に自信があるから、下手に心配すると怒るんだよなぁ。実際、戦わずに逃げる分には十分な早さで飛べるし、自分の身の回りを快適にする、という意味では多彩な魔法を使うあいつにかなうやつはそういないだろうけど。
それはともかく、あいつのスピードは早馬より早い。ドノバン領はここから近いが、普通料金で朝一に出した手紙が到着するのは夕方だろう。昼過ぎには到着しているだろう。
「まあ、捕まってもすぐに釈放されますよね?」
「まあ、身分証を持っていればな」
なら大丈夫だろう。俺は知らん。
「エレンのやつ、元気にしてますかねぇ。全然貴族らしくないやつでしたから、お姫様と仲良くやれてるのか心配ですね」
「露骨に話を変えるな。まあいいが。もう俺が責任をとってやることもないからな。まあ、話は聞かないが、仲良くやってるんじゃないか。あれで人懐っこいやつだったしな」
強引すぎる話題転換だったがのってくれた。よかった。だがそれはそれとして、エレンが心配なのも本当だ。気のいい弟分であったが、その分貴族らしさがない奴だった。貴族の親分、なんて口に出したら怒られるだろうが、そんな王族のお姫様と結婚なんて、俺だったらなんとしてでも断っている。
だけどまあ、言っても生粋の貴族なわけだし、俺とは違うか。それになにより、勇者様だ。お姫様だって気遣ってくださるだろう。
「まあそうですね。お姫様より年下ですし、なにより顔もいいですからね。今頃可愛がられてるかもしれませんね」
「まあ、そうだな」
「初めて会った時は線の細い美少年って感じでしたが、旅の間に貫禄もついて、男前に仕上がりましたよね~。それでいて性格も可愛げがあって、エミリーと仲がいいのは微笑ましいですが、恋人になる前はあんまり距離が近いもんだから、ちっとはらはらしたりしたもんです。あ、これはここだけの話でお願いしますね」
可愛い弟分として俺も可愛がっていたけど、とっくに成人してるくせに男臭くないというか、笑顔なんてどっか子供みたいな可愛さがあるんだよな。エミリーはさんざんこき使っていたが、それも親しさ故みたいなものだからなぁ。
「ん? まあ、否定はせんが……ウィリアム、お前、気づいてなかったのか? エレンは女だぞ」
「は? ……はい?」
物凄く予想外のことを言われて、質の悪いジョークすぎて俺はまともな反応を返せなかった。そんな俺に、ジェームズ様は呆れたようにお茶を飲み切ってから、ソファにもたれたリラックス姿勢からやや前かがみになった。そのお説教が始まりそうな雰囲気についていけないながら俺は姿勢を正す。
「ったく、お前も騎士なら、筋肉の付き方でそれくらいわかるようになれ。確かに振舞いは自然に男に寄っていたが、それでもよくよく観察して共に生活していればわかるだろうが。騎士として、人を見るのは基本だろうが。お前にはまだまだ、指導が必要らしいな」
「えっ、ええええ!? え? お、お姫様と結婚したのに!?」
しっかりとした注意をされつつ、しかしそれ以上にようやく俺の頭にはいってきた、エレンが女であるという事実に驚愕しかない。結婚生活どうなってんだ!?
「政治的なものなんだろ。そんなことに首を突っ込んでもいいことはないぞ」
「そ、それはそうですね……」
ため息ながらに軽くそう言われて、俺も少しは冷静になる。それはそう。貴族になったとはいえ形ばかりだし、政治の話は何もわからない。王がお決めになられたことに、疑問を抱かないジェームズ様はさすがの副騎士団長様だ。
「……いや、いやいや。それはそうとして、えぇ、まじで女なんすか?」
「こんな嘘を言ってどうする」
「えぇぇぇ……俺、風呂に誘ったりしてたんですが、貴族のご令嬢にとんでもないセクハラをしてたんじゃ」
「本人がそう振舞っている以上、その方が自然だから構わんだろう」
「まじかぁ……」
やべぇ。結婚式で会う時、どんな顔して会えばいいんだ? 今更謝るのも違うよなぁ。
「それとエミリーが帰ってきたら、エミリーも気づいていなかったのか聞いてみろ。人間観察の訓練をしていない魔女にすら気づけていたなら、お前の目は節穴と言うことになるからな」
「う。い、いや、あいつが気づいていたわけないですよ」
「どうだかな」
と、話しているとドアがノックされた。どうやら少々時間が経ったのでお茶のお代わりを持ってきてくれたらしい。ジェームズ様が促すと、奥方が入ってきてにこやかに俺に挨拶してくれてから、お茶菓子も追加してから部屋を出て行った。
「……ジェームズ様も、人のこと言えないじゃないですか」
「ん? ああ、そういうところには目ざといな。俺はもう結婚しているんだから、問題ないだろうが」
奥方はゆったりしたワンピースを着ていて、そのお腹はやや膨らんでいた。太っていると勘違いもできる程度だったが、夫の部下の前に出るにはややラフな格好だったので言ってみたが、あたりだったらしい。ぐぬぬ。
次回は19日更新です。




