第三十四話 プレゼント
「はい、どうぞ」
いつものようにリリィの部屋のソファに並んで座った状態で、そう言ってリリィが差し出してきたのは、小さな箱だった。
きちんと包装されリボンもかけられている。自信ありげとはいえ、もったいぶることなく割とあっさりと渡された。
「ありがとう。開けてもいい?」
「もちろん。開けてちょうだいな」
許可をとって開ける。リボンをほどいて、包みをとって箱を開ける。小さな箱には並んで大小二つの同じデザインの指輪が入っていた。小さな宝石が埋め込まれるようについていて、全体的に四角を張り合わせたようなシンプルながら気品のあるデザインのものだ。それぞれ透明ですごくきらきらで、多分ダイヤモンドがはめ込まれている。
「これって私とリリィでお揃いの指輪ってことだよね?」
「そうよ。結婚の誓いを表す指輪ね。お揃いの装飾品をあつらえるのは結構あるのよ」
「そう言えば、流行りの恋愛小説でそう言うのがあるって聞いたことあるな。現実でもするんだ」
私も本は嫌いじゃないけど、恋愛小説は積極的には読まない。物語なら冒険活劇とかの方が好きだし。でも言われてみればそう言う知識はぼんやりでてきた。
あと、仲間の魔法使い、エリザベスがそう言うのが好きで、お揃いの宝飾品を一揃えプレゼントしてくれるような気前のいい殿方ってなかなかいないわよね、と宝石店の前で粘りながら仲間の騎士の方をじろりと見ていたのを覚えている。見られていた騎士も付き合っていたわけでもないので困っていたなぁ。
「そうね。風習とまではいかないけれど、それなりに流行っているわね」
「へぇー、いいね。これを付けていれば、私とリリィが特別な関係だって、知らない人でもすぐわかるもんね」
私の記憶に相槌をうってくれるリリィも見えるように真ん中に持ち上げながらそう言う。
私自身は普段からあまりアクセサリーを身に着けないので、すっかりそう言うのを忘れていた。お揃いじゃなくても、女の子って宝飾品が好きだもんね。
それを考えると、今までの私のプレゼントってちょっと実用品ばっかりのような。うーん。いや、絵があるからセーフ。
「あれ、これ中に青い石もはいっているんだ」
「ええ、サファイヤよ」
表側のダイヤをよく見ようと傾けた拍子に、指輪の裏側のつけたら見えない場所に別に宝石がはめ込まれていた。サファイヤらしい。綺麗な深い青だ。
「あ、そうか、なるほど。これ、表はリリィの髪色で、中は私の髪色ってこと? 二人で一つって感じで、お互いにお互いの色を持っている感じでいいね」
リリィの輝くような銀の髪は、まさにダイヤモンドの輝きに等しい。サファイアも、私の髪色はありふれている濃い紺色なのだけど、光を当てずに透かさずに見るとよく似ている。
流行がどういうものか、いまいちぴんときていなかったけど、なるほど、こうしてプレゼントされるとわくわくしてしまうなぁ。
「えっ!? そ、そんなつもりはないわよ」
「え、そうなの?」
と思ったのだけど、慌てたように否定されてしまった。見当違いなことを言ってしまったらしい。
「そうよ。それだったら二つとも表に見えるようにするわ」
「この方が色味が似ているからかと。でもほかに意味があるの?」
「あるわ。宝石も花と同じように、それぞれ意味があるのよ」
花言葉は身近なものだし認知していたけど、宝石にもあったのか。そう言われてみれば、そんなものか。意識しなかったけど。それに髪の色に合わせると、珍しい髪色の人は困るもんね。
「どういう意味がなの?」
「まず、ダイヤモンドは……永遠の絆、という意味で、こういった誓いのものに使う定番のものなの。他にも無色透明だから純粋さの象徴でもあって、純粋に思いあう婚姻の証に向いているわね」
説明しようとして途中で照れくさくなったのか一度つまってから、どこか義務的にすらすら説明してくれた。
なるほど、定番なのね。そしてその定番の意味合いがリリィの好みにも合っていたわけだ。照れなくてもいいのに。でもそれを指摘すると恥ずかしくて怒っちゃうだろうから、一旦スルーしよう。
「そうなんだ。じゃあ、サファイアの方は?」
「青いサファイアは魔よけの意味合いもあるの。誠実と言う意味で結婚指輪のメインにもできるのだけど、今回はお守りの意味合いで肌に直接触れる内側につける形にしているわ。こういう風に内側に石をいれることで、二重に祈りをかけているの」
「へー、なるほどねぇ。リリィは博識だねぇ」
「このくらいは、貴族女性なら大抵は知っているわ。宝石商を呼べば説明してくれるもの」
「そうなんだ」
私は貴族男性(偽)だったので知らなかった。いやでもたしか、貴族男性が正装時に身に着けるピンに小さな貴石をつけたものがあって、その時は何か言っていたような。確か黒いオニキスが精神安定とか、冷静沈着だとかそんなことを言っていたような。
正装が好きじゃないから、あんまり興味なかったんだよね。貴族男性でも知ってる人は知ってるくらいの知識なんだろう。わざわざ女性と前置きしてくれたのは、私なら知らなくてもしょうがないとフォローしてくれてのことだろう。
「色々考えて決めてくれて、ありがとう。嬉しいよ。これならひっかからないだろうから、ずっとつけてるね」
「そうね。一応そのつもりでデザインを選んだから、そう言ってもらえてなによりよ」
そう言葉の上ではそっけない感じで応えてくれるリリィだけど、その瞳はどこまでも優しく私に向けられていて、深い愛情を感じずにいられない。
ああ、本当に色々考えてこのプレゼントを決めてくれたんだろうな。ずっと前から私の誕生日に向けて準備してくれていたんだ。本当に、愛おしい人だ。
「ありがとう。リリィ、お互いにつけあおうよ」
「いいけれど、私のプレゼントなのだから、私からするわ」
「じゃあ、お願いします。あ、念のため利き腕じゃない方がいいかな?」
大きい方の指輪を戻し、一瞬流れで近い方の右手をだしかけたけど、すぐに左手をリリィに手を向けて差し出す。基本的に引っかからないようになっているとはいっても、やっぱり利き腕の方が動かすし、感覚も敏感だからね。
「そうね。ふふふっ」
「ん? おかしなことを言っちゃったかな?」
「そうじゃないけれど、ふふ。こういった誓いの指輪はだいたい左手につけるの。ただそれは利き腕は関係なく、それぞれの指に意味があるからなの」
「えっ、そうなの?」
リリィがおかしそうに笑いだした。さっきからずっとお互い笑顔ではあるのだけど、声に出して笑うのはまた別なので、本当は右がよかったのかな? と思ったのだけど、そうではないらしい。
「左手の薬指は安定と言う意味があるの。だから左手の薬指につけることで、この誓いが安定してずっと続くものであるように、という願掛けになるのよ」
「な、なるほど……?」
そんなことまで意味があるのか。さすがに想像してなかった。なんにでも意味が付いているものなんだなぁ。というか、難しすぎない? そこまで色んな意味を複合して考えてたら、結構がんじがらめというか、窮屈そうだ。
うーん、でもようはそう言うのって全部願掛けみたいなものだから、リリィはそういう祈りと言うかお守りというか、そう言うのが好きなんだろう。
私もリリィの誕生日にはちゃんと考えないとね。
そう思いながらも気持ちを引き締める私に、リリィはくすりと笑ってから私の左手をとって、大きい方の指輪をとった。そしてまっすぐに私を見る。
「エレナ、お誕生日おめでとう。これからも、末永くよろしくお願いします」
言葉と共にするりと指輪がはめられる。サイズはぴったりだった。ひんやりして、光を反射してきらめく綺麗な指輪。中性的でどっちの私が身に着けても違和感のないものにしてくれてるんだろう。リリィの色んな気持ちがつまった、お揃いの、誓いの証。
それら全部を意識して、どきりと胸が高鳴る。こうやって当たり前のように誕生日を祝ってくれて、今後を考えてくれる。それだけで、本当にすごく幸せなことだなって思う。
「うん。ありがとう、リリィ」
だからお礼を言って、私も万感の気持ちを込めて指輪をとって、リリィの左手を持ち上げる。並んだ指輪を見ていて改めて感じられたけど、本当に、華奢な手指。仮にも同じ性別なのに、私と太さが一回り以上違う。
別にそれを苦に思うことはない。大きい方が強くて楽だし、もっと手が大きくてもいいくらいだ。むしろこんなに華奢なリリィの手だったら、何でも大変だろうなと心配になってしまう。
だけど、こんなに小さな手で、私に触れて、子供にするように頬や頭を撫でてくれて、抱きしめてくれて、いつだってリリィは私を幸せな気持ちにしてくれる。
「リリィ、愛してるよ。これからも、ずっとよろしくね」
「……本当に、ずるい人ね。ええ、もちろん。私も、愛しているわ」
胸がいっぱいになって、指輪をはめたリリィの手を握ってそのまま顔を寄せる。リリィは何の抵抗もなく、むしろ待ち構えるように少しだけ私に身を寄せて顎をあげそっと目を閉じてくれた。
そのかすかに照れながらキスを待ってくれている表情の、なんて可憐なことか。ずっと見ていたいくらいだけど、それ以上に欲求が我慢できないくらい高まってしまって、私はリリィにキスをした。
こうして、私の最高の誕生日が始まり、これから三日間、私はリリィと騒がせないよう変装をしてお祭りに参加したり、リリィが誕生日だからと甘やかしてくれるまま食べさせてもらったり、盛大にいちゃいちゃする誕生日を堪能した。
ちなみにこの三日間を乗り越えた私は、もう使用人の前でも気にせずいちゃいちゃできるようになって、使用人の前でもついキスをしてしまいたくなったりして怒られるようになったりする。
そうして、リリィの今後は余裕ぶっていられない、という宣言は三日で終わってしまうのだった。いや、別に私は余裕ぶってるわけじゃなくて、ただリリィが好きすぎて他のことがどうでもいいかなってだけなんだけど。
でもそれはそれとして、悔しそうにする子供っぽいリリィもとても可愛いでついついキスをしてしまいながら、私はリリィのお誕生日の計画をたてるのだった。




