第三十三話 お誕生日
「お誕生日、おめでとうございます!」
朝起きて、いつものようにリリィと食堂に向かった瞬間にそう祝われた時点でびっくりした。
「あ、ありがとう、みんな。誕生日教えたっけ?」
「リリアン様よりご指示いただいております。本日はこの街あげてのお祭りとなりますので、朝食後はご準備をお願いいたします」
「ん? え? お祭り?」
なのにさらにびっくりすることが待っていた。
新鮮なフルーツ多めだけどシンプルめな朝食を終えてから、私は王様に面会する時に着た立派な服を着させられる。こないだも着たけどいずれも王様に会う緊張が勝っていたので、改めてこの格好の大仰さを自覚して、ちょっと引く。
なんかめちゃくちゃ勲章ついてる。魔王退治後の謁見でめちゃくちゃもらったんだよね。変なところに重さがあるから地味に重く感じる。
そして私は街の中心に運ばれ、大々的に紹介されることになった。領主になったこと自体は周知されているらしいけど、役所とか国営施設でお知らせしているだけで知っている人は知っているレベルだった。
普通の代替わりでは貴族内や領主直属の部下に対してお披露目はしても、民に対して大々的にというのはしない場合が多い。だけど今回は今までと全く違う人間が継ぐということで、従来の例に習うとお披露目するものだったらしい。
とはいえ結婚と同時だったので落ち着くまでタイミングをみていて、私の誕生日が日取りもいいし領主就任と誕生日を同時に祝うお祭りになるのがちょうどいいということで計画されていたらしい。
知らなかった。そんなお祭りなんて大げさにしなくていいのに、とは思うのだけど、領地ごとに領主主導のお祭りって結構ある。
だいたいその領地ができた時とかだけど、ここは王族のだったから健国祭を大規模にするくらいだったようで、お祭りが増えるのは歓迎されているらしい。
そう言うことならまあ、ということで仕方なく挨拶することにした。
リリィが代表として挨拶してから、リリィに紹介される形で私が前に出る。
今日は領主の館の前庭が一般開放され、そこにこの街の民が多く駆けつけてくれている。前庭を一望できる広めのバルコニーから民に告知する、昔ながらの形だ。
前部分だけの前庭で街中の広場より大きくて、結構な人数であふれている。外にはあちこちで屋台もでていて、町全体でのお祭りになっているらしい。見えている範囲で結構ある。
こんなにもたくさんの人の前で、自分が衆目を集めるのはなれない。とはいえ、緊張して動けないということはないので、無難に挨拶をこなす。
台本を事前に用意してくれていたので、言葉には問題がない。最低限だけを言って、後はリリィが言ってくれる。自分でここに私の領主就任と誕生日を祝ってお祭りを始める、なんて言えないからね。恥ずかしいし。
「ふぅ、びっくりしたー」
「ふふ。大盛り上がりだったわね。さすが勇者様ね」
「いや、お姫様からの開催宣言だったからでしょ」
こういう時は割と執事とかが言ってくれることも多いけど、リリィがすでに代理役だからか普通に全部言ってくれた。
リリィがさぁ、皆で楽しみましょう。って言った瞬間の盛り上がりすごかった。領主館がゆれたと錯覚するほどの大歓声で、なんだか私も受け入れられたみたいで嬉しかったな。
そんな感じでなんとか開催式が終わり、あとは私たちも普通にお祭りを楽しむことになった。わくわくしながらも、一旦部屋に戻って着替えてから合流する。
「リリィ、どうする? 表の屋台を見て回ろうか」
「いえ、この騒ぎの中に出れば、気を遣わせてしまうわ。三日間あるのだから、人が減ったタイミングで少しくらいならいいけれど、今日は駄目ね」
「そっかー。あ、リリィが言ってたやつってこのお祭りだったんだよね。いやー、ほんとにびっくりしたよ。色々してくれてありがとう。領地に関わることなのに任せちゃってごめんね」
いったい何があるのかな。ちょっとしたサプライズプレゼントとかくれるのかな? と思っていたけど、それ以上だ。私の誕生日の為に街をあげてのお祭りをしてくれるなんて。改めて規模が違う。そわそわしてしまう。
「何を言っているのよ。本番はこれからよ」
「え?」
だけどどうやら、まだサプライズは終わらないらしい。
昨日の朝まで一緒に旅行中だったのに、どうして準備ができているのか。事前の根回しがすごすぎる。
驚く私に、リリィはにっと笑って私の手を引いた。
「エレナ、お誕生日おめでとう。今日一日、あなたのことをお祝いさせてちょうだい」
「あ、うん。おねがいします」
そしてリリィに食堂に案内された。大きなテーブルのある食堂は普段は二人しか使わないので、端の部分で斜めになる形でつかっていたのだけど、どうやら今日は真ん中あたりで横並びで使うらしい。普段とは比べ物にならないほどたくさんの料理があり、席に着くのと反対側には調理台が準備されている。どうやら熱々を楽しめるものは希望する都度調理してくれるらしい。
サラダや煮込み料理、デザートが手の届かないほどの範囲に並べられていて、揚げ鍋らしきものと鉄板ではすでに肉の塊がやられている。
「こ、これはすごすぎない? というかこの部屋でこんなことしていいの?」
普段使いの食堂だけど、万が一来客時には対応もするような立派な部屋なのに、この部屋で調理したらその匂いがついてしまうのでは?
「おかしなことを言うのね。この建物内で、あなたが好きにできないことなんてないというのに」
「久しぶりにお姫様らしいセリフ聞いたなぁ」
「馬鹿なこと言ってないで、さ、席について。何から食べたいのかしら?」
リリィに促されながら席に着くと、リリィは隣の席に、私に向かって体を向けるようにして膝が当たりそうな角度で座った。普段使用人がいない二人きりの時にはべたべたしている私だけど、知っている人が近くにいる時は自重しているので、こんな程度でもリリィから近づいてきたことにドキッとしてしまう。
「それじゃあ、まずは……美味しそうだからステーキからかな」
「エレナは胃腸が強いわね。用意して頂戴」
畏まった席では基本的に順に運ばれてくるので、何から食べてもいいというのは新鮮だ。なのでめちゃくちゃいい匂いをしているテーブル奥のお肉からお願いすることにした。
スープもサラダもなしにいきなりお肉、というのも庶民の食堂ではよくあるのだけど、少しばかり呆れられた気がしないでもない。でも私の誕生日だから、そう言う趣向だからかかすんなり用意してくれた。
「ん?」
じゅうじゅう音をたてるステーキが、何故かリリィにだけ提供された。一人前だけ切られたから私のかと思ってしまった。次か。と思って鉄板に視線を戻すけど、なにやら断面を焼き直していてカットの気配はない。
「エレナ、どこを見ているの? こっちを向いて」
「あ、うん。えっ」
もう一回声をかけるのも待ちきれないみたいで恥ずかしいな、と思っているとリリィに声をかけられて振り向く。するとステーキを一口サイズにカットしてフォークにさして、少しだけ持ち上げていた。まるで私に食べさせようとするみたいに、私に向いている。
「えっと、リリィ?」
「ほら、口を開けて。食べさせてあげるわ」
「ええっ!? な、なんで!?」
「今日はお誕生日だもの。遠慮せしなくてもいいのよ。ほら」
そう言ってやや顔を寄せた前傾姿勢で口元に持ってくるものだから、反射的に口を開いてしまう。中にあつあつの気配がはいってきて、唇を閉じるとすっとフォークが抜かれる。
「ふふふ、美味しい?」
どこか満足げに微笑むリリィ。そしてその後ろに見える、家にいる限り毎日のように顔を合わせてきた微笑ましそうな使用人たちの顔。
リリィにあーんされてる照れくさいながらも嬉しさと、とんでもない羞恥心が襲い掛かってきて、耳まで赤くなっている自信がある。
「……、ん、うん。とても美味しいです」
「よかったわ。じゃあ次」
「ちょ、ちょっとリリィ、あの、人に見られてるのにこんな、恥ずかしいよ」
「人にってこのくらい、屋外でもなく自分の家で使用人に見られるくらい別に恥ずかしいことじゃないでしょう」
「えええぇ」
「それとも、私のあーんが食べられないのかしら? エレナなら喜んでくれると思っていたのだけど?」
「んぐ……いただきます」
そう言えばリリィって昔から使用人に囲まれてるのが当たり前だから、使用人が傍にいることはあんまり気にしてないんだった。
それから、たくさんあーんされた。悔しいのであーんしかえして照れさせてやろうとしたのに、リリィは私が主役だからと断り、強引に続けてくるものだから、そのあまりに楽しそうな様子に拒めなかった。
いつもよりたくさん食べてしまった。いや、まあ、確かに最高の誕生日だけど。リリィがにこにこ笑顔で楽しそうに、どれも最高に美味しいご馳走を好きに選んで食べさせてくれるとか、とても楽しくて嬉しいのだけど。めちゃくちゃ恥ずかしかった。
「リリィは恥ずかしくなかったの?」
「別に触れ合っているわけでもないもの。そもそも使用人はそういう仕事なのだから気にしても仕方ないでしょう?」
食事を終えて部屋に戻り、今度こそ二人になって聞いてみたけど、そう余裕げに返事をされてしまった。
使用人ってそう言う仕事か? まあ、お姫様としては気にならないってことか。考えたら膝枕も気にしてなかったもんなぁ。こういう子供にしてあげる系は気にならないってこと? お姫様と言うよりお姉ちゃん力だったのか。
「でも、あなたは恥ずかしがると思っていたわ。ふふ。可愛いわよ」
「うぐぐ」
旅行中は外で一緒にジュースを飲むのすら恥ずかしがっていたくせに。使用人だけ気にしないなんて。いや、リリィ的にはあれの方が顔を寄せてるから恥ずかしいのかな。基準がわからない。
知らない人になら見られても、まあ視界にはいってるだけでスルーされるだろうから気にならないけど、名前知っている人と言うか、個人特定されてる状態で見られるのは恥ずかしすぎる。私がそういうことするんだって知られるわけだし。家族の前では恥ずかしがっていたくせに。
「リリィが言ってたのこれかー……」
「驚いたでしょう? ふふふ」
「うん、はい。まあ……びっくりしたよ。でも、ありがとう。こんな風に誕生日を祝ってもらえると思ってなかったから、とても嬉しいよ」
普段は手をつなぐ以上のことが見られないようにしていたので、使用人の人に見られるのはすごい恥ずかしかったけど、でも、みんなにお祝いされているのが伝わってきた。うん、まだちょっと恥ずかしいけど、嬉しい。
「あら、もう終わったつもりなのかしら?」
「え?」
「プレゼントがまだでしょう?」
もうお腹いっぱいで満足した私に、リリィはそう言って誇らしげな顔をした。今日はリリィのドヤ顔がいっぱい見れて、本当に可愛いなぁ。




