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あなたを幸せにすると誓います  作者: 川木
第二章 家族

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第三十一話 今

「え? ほ、本当にいいの?」


 一日遊んで、夕食を終えたのでそろそろ入浴してもう寝ようかな。と部屋に戻るところで、リリィが私の袖をひいた。そして首を傾げる私に、恥ずかしそうにしながら言ったのだ。 少しだけ、海に入ってみる? と。

 リリィは赤い顔のままこくりと頷いて、私の手を引いて部屋に入って説明してくれた。


 なんとこの宿の海側には普段搬入口にしているのだけど、そこは砂浜になっているらしい。そこは宿でつかう食材の養殖などをしていて基本的に立ち入り禁止なのだけど、多少は空いているスペースもあるので、よかったらそこで海にはいらないかとオーナーから提案を受けていたらしい。

 もし利用するなら用意をして従業員も立ち入らないようにできるので、もしその気があるならリリィから私に言えばいい。とのことだった。

 私に直接提案すると、リリィが断りにくいと思ってのことだろう。こまやかな気遣いのできる人だ。そしてリリィはその提案に、それなら……とその気になってくれたらしい。


 用意してもらった水着を着て、その上からしっかり隠れる上着を着て裏口に向かう。こそこそする必要はないけど、リリィが周りを気にしているようなので、そっと腰に手をまわして引き寄せ、私の体で隠す様にしながら進んだ。

 そうして裏口から出ると、用意してくれていた従業員が浜辺の説明をしてから出て行った。着替えられるように籠が置かれた目隠しの場所もあり、飲み物と軽食も用意してくれている。作業場所用らしき明かりをつけていてくれて、養殖をしている立ち入り禁止エリアもわかりやすくロープを張ってくれていて、即席にしては十分すぎる。

 上着を脱ぐだけなので気にすることはないのだけど、用意してくれているので順番に目隠しの中で上着を脱いだ。


「リリィ、似合ってる。素敵だよ」

「そ、そう……? ありがとう。あなたも、その、サンダル姿は初めて見るけれど、似合っているわよ」


 部屋で着替えた時は別室だったので水着姿を見るのは初めてだ。ズボンにスカートを重ねるような格好なので、むしろ普段より露出度は低いくらいだ。

 だけどリリィが恥じらうようにもじもじしているので、なんだかこちらまで気恥ずかしくなってしまう。別に私は裸足を見られても平気なはずなのだけど。


「それじゃあ、入ってみようか」

「そうね……」


 リリィが体制を崩してもすぐ支えられるように、リリィの前にだした右手にリリィをつかまらせ、リリィの背中側に左手をまわしておく。そのままゆっくりと波間に進む。


「ひゃっ……くっ、くすぐったいわね」


 さわーっと波が指先から足首までをなであげるのに、リリィは震える声を出しながら、ぎゅっと私の手を握りながら身を寄せてきた。足先を撫でる海水のひんやりした心地よい冷たさに反して、リリィの柔らかい体が押し付けられる。

 普通の服より薄くて柔らかい素材で水着は作られているのだけど、こうしてくっつかれると本当に柔らかい。高級な寝間着と似た素材なのだろう。以前布団の中でリリィを抱きしめた時はこんな風に感じなかったけど、気持ちが変わったからかドキドキして、結婚した最初の夜のことも思い出してしまう。


「そ、そうだね。面白いよね」

「んっ、ふふっ、駄目っ。くすぐったすぎてっ」

「おっと」


 あくまで今は海遊びがメイン。意識しすぎても気まずいだけなので頑張ってそう返事をする私に、リリィは体を震わせながらふらついたので、肩に触れながら受け止めると、リリィの胸が私の腰に押し付けられるように抱き着いてきた。


「く、くすぐったくない場所まで進もっか」


 それに動揺してしまうのを誤魔化しながら、私はリリィの肩を抱きしめて体を固定して手を引きながら前に進む。ひざ下まで海につかるくらい進むと、くすぐったいのは収まったようでリリィはぎゅっと握っていた私の手から力を抜いて、ほっとしたように顔をあげた。


「ふぅ、倒れてしまうかと思ったわ」

「大丈夫だよ、私がいるんだから」

「そ、そうね。ありがとう」


 リリィは顔をあげて微笑んでお礼を言ってから、ぎゅっと体が密着したままなのに気づいたようで恥ずかしそうにしながら離れ、私の手を離した。

 残念だけど、くっついたままではいられない。私は気持ちを切り替えてリリィの肩をぽんと叩いて手を離す。


「リリィ、入ると冷たくて気持ちいでしょ?」

「そうね……新鮮な感覚だわ。お風呂にはいるのとはまた違う感覚ね。ここまでくるとくすぐったさはないけれど、それでも波を感じるわ。そう強い力ではないのに、大きな存在を感じるわ」

「ね。海ってほんとに大きいよね」


 鎧のまま海に落とされた時は、湖と違う波の力に恐怖を覚えたけれど、こうしてゆっくりと感じると恐怖はない。世界の雄大さと言うか、純粋な大自然の力を感じる。

 とはいえ、ここで突っ立っていても仕方ない。明日は早く起きる予定なのだし、あんまりのんびりしている時間はない。


「リリィ、ほら」

「ひゃっ、ちょっと、何するのよ」

「えー、折角濡れてもいい水着なんだから、濡れて遊ばないと損でしょ」

「もうっ。やったわね。えいっ」


 軽く水をすくってリリィの太ももが濡れるくらいにかけると、リリィはびっくりした顔で文句を言ってきたけど、もう一度かけると笑って両手で私に水をかけかえしてきた。

 そうして水をかけあってるうちに少しずつ進んで、いつの間にかリリィの太ももまで水につかるくらい進んでしまった。かけあうことで海水の動きも活発で、体が揺さぶられるようだ。入浴時は重く感じる水が、今は体が軽くなったかのように影響を受けるのが面白いけど、これ以上すすむのは危ないだろう。


「リリィ、次はなにする?」

「ふふふ。そうねぇ。浜辺に座って見ましょうか。今ならさっきほどくすぐったくないはずよ」

「そうだね。じゃあ、あ、リリィ」


 さっきまでより大きめの波が来るのを感じて、念のためリリィを抱きしめる。


「きゃっ……びっくりしたわ」

「ねー」


 リリィの背中にふれた手が濡れるくらいの波だった。流されるほどではないけれど、リリィだけだと姿勢を崩してしまっていたかもしれない。腕の力をゆるめつつも離れないようにしながら、可愛らしい悲鳴をあげてびっくりしていた可愛いリリィに相槌をうつ。顔をあげたリリィと目があう。


「……」


 浅い方へ行こう、と促そうとして、だけど言葉が出てこない。

 浜辺の明かりで、半分だけ照らされたリリィは前かがみになったからか、思っていたより濡れていて胸元までぐっしょりしていた。そのせいでぴったりと服が肌にはりつき、横からの明かりだからかリリィの美しいボディラインがくっきりと目に映ってしまった。

 ウエストを絞った服を着ても、その上にきっちり上着を着ているので、肌にはりつくような格好を見るのは初めてだった。いや、初めてではない。

 さっきも一度思い出してしまった、あの初めての夜の日。リリィは中が透けて見える薄衣しか身に着けていなくて、体の線が見えてしまっていた。


 あの時は、ただそんなものを着るような覚悟までさせてしまったことが申し訳なくて、すぐに見ないようにした。忘れようとしていた。だというのに、思い出してしまえばありありと浮かんでしまう。ものすごく、いやらしい恰好だった。そう言うことをするための服なので当然だ。

 そう言うことをしてもいい関係で、リリィもそれを承知しているのだ。そんなことを改めて意識してしまう。


「っ、あ、ごめん」

「……」


 はっと意識が戻る。リリィが私の顔を見ていた。じろじろと体を見ていたことに気づいただろう。とっさに謝罪したけれど、リリィはそれに答えず、じっと私を見ている。海で冷えたはずなのにリリィの頬は暗い中でもわかるくらい赤いまま、黙って見つめあう。ドキドキと心臓がうるさくて、波音が遠くなる。

 もしかして、今、いい雰囲気なのではないだろうか。他に誰もいない夜の海。半分抱き合うように腕がふれあっていて、私も意識しているし、リリィも多分それがわかって、意識してくれている。その上で、距離を離そうとしていない。


「……浅い方に、行こうか」

「……そうね」


 だけどリリィの気持ちがわからない。助ける感じに抱きしめたから状況的に断れないだけで、どうしようかと困って固まってしまっているだけかもしれない。もしそうだとすると、リリィにとって最高のキスにならないだろう。

 恋人なのだし、拒否はされないだろうけど、そこまで許してもいいと思ってくれているのかは、リリィの態度からははっきりしない。


 本当は、直接気持ちを聞きたい。はっきりさせたい。人の気持ちを察するのは得意ではないし、察したとして確証なんかないのだから会話したほうが手っ取り早い。

 そう思うのだけど、でも、リリィはそうやってなんでも明け透けに話すのが好きじゃない。聞いたら真っ赤になって否定してしまうのではないだろうか。好きというだけでも恥ずかしがっておかしな人とか言っちゃう照れ屋さんに、キスのタイミングを尋ねて怒られないビジョンが思い浮かばない。

 そう言うところもとっても可愛いのだけど、でも気持ちがはっきりしないのがもどかしい。


 明日は最終日。朝日を一緒に見る約束をしている。ここまでにも見よう見ようと思っていたけど、いつでも見れると思っていつにするか決めないうちに、ついつい毎日楽しくて夜遅くまでお喋りしたりじゃれあっていたせいで見れなかったのだ。


 だから私はリリィの肩を撫でながら波打ち際で波を堪能してから、早めに切り上げた。









「起きて」

「んっ……ああ、ごめん。朝だね」

「そうね、朝になるわ」


 朝、リリィに起こされて目を覚ます。暗いので一瞬何故起こされたのか、何か起こったのかと脳みそが緊急起動したけれどすぐに思い出して起き上がった。

 真っ暗ではなく、ほんのり明るさがある。太陽がまだのぼってはいないけど、空と海の隙間、水平線は太陽の影響を受けていて、淡く色づいている。


 昼間は暑いけれど、朝早い時間はそれなりに涼しい。寝間着なこともあり、過ごしやすい気温だ。顔だけ洗ってリリィとバルコニーに向かう。朝日を見たらまた眠るつもりだし、どうせバルコニーからは海で外から見えないので寝間着のままだ。


「ん……」

「少し風が強いね」


 外に出ると、思いのほか風が強い。涼しいくらいなので、リリィの肩に触れて身を寄せる。私ならともかく、リリィは繊細なのだしこのくらい用心したほうがいいだろう。という何ら下心のない行為だったけど、やってから薄着なのでドキドキし始めてしまう。


「そうね。エレナは温かいわね。ありがとう」


 リリィを見ると恥ずかしそうに少しだけ頬を染めながらも、はにかむように微笑んでそう言ってくれた。とても可愛くて、ドキドキがおさまりそうもない。


「もうすぐだね。出る前の水平線も綺麗だね」

「ええ、今までとまた違った美しさね」


 昼間のどこまでも続きそうな蒼さではなく、海は重い深い色味をしていて、どこか吸い込まれそうだ。その上の空はまるでそんな海に線をひくようにはっきりとした青色をしている。だけどそのすぐ上はどんどん暗い色にグラデーションを描いていて、自然の色の移り変わる様はじっと見とれるほどの美しさだ。

 さらにそれが、瞬きする間にどんどんと変わっていくのだ。空がどんどん明るくなり、青い空が広がり、境界線が赤みを帯びていく。


「あ……」


 そしてついに、太陽が姿をあらわした。とろけそうな丸い太陽の美しさに、リリィが思わずと言った声を出した。純粋な感動から漏れるその幼子のような声が、私の感動をさらに引き立てる。

 ああ、本当に、綺麗だ。こんなにも純粋に、心穏やかに自然の美しさを堪能するなんて、以前では考えられないことだった。わざわざこの景色を見る為に早起きして、平和でなくてはできないことだ。


 太陽が半分以上あがるのを見てから、そっと隣のリリィを見る。この感動を、隣で一緒に味わってくれる愛しい人がいる。本当に、幸せなことだ。

 じんと胸が熱くなる。朝日をあびて頬をゆるめてうっとりとしたリリィの横顔を見るとたまらないくらい愛おしい気持ちがあふれてくる。ぎゅっと抱きしめたい。だけどそうしたら、リリィの感動を邪魔してしまう。リリィが朝日を見終わるまで我慢しよう。


「……」


 そう思っていると、ふいにリリィが振り向いた。目があう。だけどリリィは不思議がることもなく、私を真っすぐに見つめてふふっとどこか蠱惑的に微笑んだ。

 あ、キスがしたい。と思わせる魅力的な微笑みだった。昨日みたいに勢いで抱きしめたのではないし、笑顔だからOKな気もするけど。でもさすがに、まだ朝だし。


「エレナ」

「あ、なに?」


 さほど悩む間もなく、リリィが私の名前を呼んだ。リリィに見とれていたのでぼんやりした返事になってしまった。だけどそんな私をじっと見ているリリィは、どこかにんまりと悪戯っぽい笑みになる。


「エレナ……、私の顔を見るだけでいいのかしら」

「え? あ、私がタイミングを見計らってたの、ばれてたの?」

「ふふふ。見計らってたの?」


 見透かしたような言葉に驚いて、思わず素直にそう聞いてしまった。それにリリィはからかうように笑いながら、そっと私に体重をかけるようにして体を預けてくる。それをしっかり受け止めつつも、その態度には恥ずかしくてつい視線を泳がせてしまう。


「う……その、リリィの気持ちがわからないし、直接聞いたら、怒られるかなって思って」

「本当に、不器用な人ね」


 くすくすと笑うリリィは少しだけ背伸びして顔を寄せてきた。太陽はもうあがりきっていて、はっきりとリリィの顔が見える。世界がリリィだけになったようで、ドキドキが加速する。

 リリィにただ見とれてしまう私に、笑い終わったリリィは微笑みのまま口を開く。


「じゃあ、教えてあげるわ。タイミングは、今、よ」


 そう言って静かに目を閉じたリリィに、我慢できなくなって私はぎゅっとリリィを抱きしめながら唇をあわせた。


 こうして、情けないくらいリリィにリードされながら、私は恋人になって初めてのキスをした。




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― 新着の感想 ―
当初目標のほっぺも怪しいと思ってたのですが ナイスアシストリリィ!やったね♪ きっとリリィももどかしかったのでしょうね 朝チュー ご機嫌な1日になりそうですね 使用人の方々糖分注意報発令です
ひゃー、ついに初キス! ヘタレて何回もタイミングを逸するエレナさんにヤキモキしてましたが、リリィさんがリードしてくれましたか。 二人とも可愛いし、素敵でした!
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