表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを幸せにすると誓います  作者: 川木
第一章 結婚
3/56

第三話 領地街

  結婚をした翌日。起きたらすでにリリィが起きていて少し気恥ずかしかったけれど、今後も同じベッドで寝ることもあるだろうし、ぎこちないのもお互い様なので気にしないことにした。

 敬語はなしと決めたけれど、勇者の時は気を張って男らしく話していたけどその必要がなくなって、リリィに対してどう話すかも少し悩ましいところだ。

 そうして距離をなんとかはかりながらも、一緒に朝食をとり、今後も食事はできるだけ一緒にとろうと約束をした。


 その後、領主としての仕事を学ぼうと領主代行をしている代官に話を聞きに行ったのだけど、教えてもらうことはできなかった。

 非常に丁寧な口調で、私が勇者として魔王を倒したことで疲れているだろうしもう働かずのんびりと自由に過ごすべき。どうしてもと言うなら考えるけれど、新婚なのだから数年はゆっくりしてはどうか。と言われた。

 たぶんだけれど、そもそもこの領地は王都にいる王家のものなので、代官とは言うけれどほとんどすべての権限を持って実質普通に領主としてやってきていた。なのに急に私がここの領主になったからと普段の業務について口を出されても困るのだろう。


 リリィにも話を聞きに行ったところ、今住んでいるのも元々王家所有の別荘みたいな扱いで、王族がここに来ても仕事をすることはなく、いざと言う時の責任だけでいいらしい。

 観光地として有名で税収も多くて安定した領地で、今後の人生においてお金に困らないと言う話だったけれど、本当にまったく働かなくていいとは思わなかった。


「リリィは、ここにはよく来ていたんだよね? お気に入りの場所なんかがあるなら教えてくれるかな?」

「いえ……こんな風に街を歩くのは初めてのことだわ。すごく新鮮な光景ね」


 いきなり手持無沙汰になってしまったので、言われた通りにリリィとの関係改善を先にすることにした。仕事を教えてもらうにも用意がいるだろうし、迷惑をかけてまで仕事をしたいわけではない。

 と言うことでさっそくリリィと館を出て街を散策することにしたのだけど、リリィの返答は意外なものだった。


「そうなの? でも毎年利用してたんじゃないの?」

「夏は避暑をしに来ていたけれど、警備の方が必要だし、街中を歩くなんてことはないわ」

「そう……そうなんだ。そう言えば貴族は買い物もお店に行かないよね。無理に連れ出してしまったかな?」


 勇者としての旅は当然世話係がいてくれるわけではない。それぞれができることをするので、買い出しだって普通にしていた。

 だけど思い返すと確かに、貴族として過ごしていた頃は共をつけずに街を歩くなんてありえないことだった。館を出れば馬車移動で買い物は館に人を呼ぶのが基本だ。乗馬だって家の敷地以外でする場合は目的の場所までは馬車だった。

 すっかりその感覚を忘れていた。先ほども共を申し出られたけど、私がいるのだから護衛も必要ないと普通に断ってしまった。だってリリィとの会話を聞かれるの何か恥ずかしいので。食事中もどこか微笑ましそうな顔されてたし。


「いいえ。とても、新鮮だわ」


 特に抵抗はされなかったので普通に連れ出してしまったけれど、貴族らしからぬ行動だ。本当は嫌だったのでは? と思ったのだけど、リリィは爽やかにほほ笑んでそう言ってくれた。

 言葉は短いけれど、その表情は何より雄弁に私の行動を肯定してくれていた。


「ならよかった。街を歩くのは好きなんだ。気になるお店があったら言ってね」

「ありがとう。エレナはどんなお店が好きなの?」

「うーん、あ、このお店は?」


 私は結構、自分が使いもしない道具でも並んでいるのを見るのが好きで、普通の街並みだって各町で違うし人も違う。それらを見ているだけで楽しめるタイプだ。なのでこれという目的はなかった。

 でもさすがに街歩きが初めてのリリィにはそれを伝えるのは難しいだろう。気まぐれに店を見て回るのがわかりやすい楽しさだろうと思い、まずは近くの目についた服屋を指してみた。

 ガラスのショーウィンドウがあり、見栄えのいい服や装飾品なんかも色々と飾られている。お店自体も大きいし、品質も問題なさそうだ。このお店なら貴族の人も普通に来ていてもおかしくなさろう。


「いいわね。はいってみましょうか」


 リリィもそう判断してくれたようで同意してくれた。さっそく中に入る。中は隅まで明るくて、ところ狭しと服が並んでいて通路は一メートルもないのに窮屈感はない。


「これほどの量を見るのは初めてだわ」

「気に入ったのがあれば教えてね」

「そうね、すぐに買えるのね。なんだか不思議だわ。サイズはどうなっているのかしら」

「合わないのももちろんあるけど、だいたいサイズ別においてあるはずだけど」


 適当な服を着捨てるのは旅では普通だ。ここは古着を扱わないなかでも高級店のように見えるけれど、それほど違いはないだろう。

 店員に声をかけて聞くことにした。軽く目線を向けるとにこにこと笑顔の店員がすぐに近寄ってきたので、リリィのサイズがありそうな辺りを教えてもらう。

 店員はどうやらリリィの容姿がとても気に入っているようで、見とれるように見つめながら、これが似合うあれが似合うとあれこれすすめてきた。


「確かに、似合う……。どれも似合うね」

「ですよね!」

「わ、私のものはもう結構。エレナ、こちらの方のを見てくださる?」

「あ、そうですね。お連れ様も端正なお顔立ちですので、どれもお似合いかと思いますが、例えばこちらの」


 どれもよすぎて、どれを買うべきか全然わからない。と思っていると、気恥ずかしそうにしたリリィが私に話をふってしまった。店員はにっこり笑うとそう接客トークを始めてしまう。

 当然だけど私は男性に比べたら細身で、男性として魅力的な外観ではない。だけど店員のトークがうますぎてリリィの横にいてもこれなら見劣りしないのでは? などと感じてまんまと買ってしまった。


「気に入るものがあってよかったわね」

「リリィは何も買わずによかったの? どれも似合っていたのに」


 リリィは私が服をすすめられている時もどこか楽し気にふるまってくれていたけど、結局本人は何も買わないままお店を出てしまった。


「ええ、荷物になるもの」

「私が持ってもいいし、家に運んでもらうこともできたのに」

「あら、そうなの。まあ、じゃあ、次回はそうするわね」


 本当は興味がないのに気を遣わせたかな? と思ったのだけど、また一緒にお店に行ってくれるつもりのようだ。それならいいか。


「リリィ、これ。よかったら」

「え?」


 私は気を取り直して手に持っている荷物の中から、リリィ用に買った帽子をとりだす。すぐ使うつもりで用意してもらっている。

 全体的に大きなつばで淡いクリーム色に濃い青のリボンが巻かれたシンプルな帽子だ。シンプルだからこそ、女性らしい人でないと似合わないと思う。お姫様っぽい。まあ、実際の姫は侍女が傘をさしたりするから帽子をかぶらないかもしれないけれど。


「今は春だけど、これから日差しが強くなると思うし、出かける時にいいと、思うんだけど……」


 リリィにすすめられていたアイテムのうちの一つで、これなら今の服にも合うと思ったのだけど、リリィがきょとんとしたままなので語尾を失ってしまう。押しつけがましかっただろうか。


「……私に?」

「もちろん。嫌なら無理にとは言わないけど」

「いえ、ごめんなさい。驚いてしまって。ありがとう。……どうかしら?」


 とはいえ引っ込めることもできないでいると不思議そうにされてしまったので、頷きながらも逃げ道をつくってしまう。リリィはそんな私に気が付いたようで、戸惑いながらも受け取ってそっとかぶってくれた。

 その格好にほっとする。うん。やっぱりよく似合っているし、今の格好にも合っている。


「可愛いよ」


 私の言葉にリリィは微笑んだ。その姿に、なんとなく、これからうまくやっていけそうな気がした。


 それからリリィと昼食をとることにした。リリィは特に好き嫌いはないけれど、外食の経験がなく選ぶ基準が分からないと言うことで目についた場所にはいった。


「……」

「どうぞ」

「ありがとう」


 店員さんに案内されたけれど席に着かずものすごく戸惑っていたので、朝の食事風景を思い出した私はリリィの椅子をひいて座るよう促した。

 ほっとしたようにお礼をいわれたので、正解だったらしい。


「メニューは、おすすめのランチセットでいいかな? ビーフシチューだけど」

「それでお願い」


 私はこういう時、無難なおすすめをまず頼んでしまうのだけど、リリィも同じで問題ないようだ。不審にならない程度に周りを見渡しているリリィだけど、どことなく楽しそうな感じだ。

 街に出てすぐは人波に少しひるんでいたようだったけれど、すぐに気にならなくようだし、順応性が高くて結構好奇心が強いようだ。


「なれているのね」

「え? まあ、そうですね。こういう店は旅をしているとかかせないので」


 食事を終えて店を出て帽子を渡すと、かぶりなおしながらそう感心したように褒めてもらえたけれど、さすがにこれで誇れるものでもない。


「そう。……こういうことを言うと不謹慎かもしれないけれど、旅をするなんて、少し憧れるわね」

「……」


 私の場合はしたくてしたのではなく命令されて魔王退治と言う命がけだったのであれだけど、リリィはお姫様だ。この領地に来たとして、街を歩くことすら許されなかった立場だ。

 それを考えると、今更だけど護衛を断るべきではなかったのでは? いや、だけどいちいち人を連れて歩くのは落ち着かないし、私一人の方が身軽なので万が一があっても楽だ。見栄えはおいておいて、本当に身の安全を考えるならこれが正しい。


「不謹慎なんてことはないけど、旅がしたいなら、これからいくらでもできるよ。リリィには私がいるんだから」

「……その発想は、なかったわ」


 リリィは私の言葉に目をまんまるにして手で口元をおさえた。その反応がなんだか子供みたいで、申し訳ないけどちょっと笑ってしまう。


「私がリリィを守る以上、世界のどこにでも行けるけど、ひとまずはこの領内を見て回ろうか」


 仕事はないに等しいので、旅に出るのもいいかもしれないけれど、仮にも領主としてこの地を知らなければならない。そのついでに、リリィとたくさん楽しめればいい。


「……ええ、それもいいわね」


 私の提案に、リリィは微笑んで頷いてくれた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ