第二十七話 計画
家に帰って、夕食を済ませて自室に戻ると、帰ってきたと一息つく。
お義父様と会うのにかなり緊張していたのもあって、たかが一泊二日だけどなんだかんだ気疲れしていたようだ。
もうすっかり、このお城のような住居が自分の家になっている。ベッドにはいってリリィの手を握る。
昨日は間にエリィがいたので、たった一日ぶりだけどそれだけでなんだか嬉しくなってしまう。
「リリィ、ありがとう」
「……どうしたのよ、急に?」
ごろりと横向きになってリリィを向いてそう言うと、リリィは上を向いたまま目だけ私に向けてくる。薄暗い中で見るリリィの横顔は輪郭が強調されていて、まるでよくできた彫像のようだ。
「リリィのおかげで、ちゃんと話すことができたし、法律も、全部リリィのおかげだから。ちゃんと言っておこうと思って」
「私はただ、提案しただけよ」
「それが大事なんだ。嬉しかったよ」
「……いいわ。感謝の言葉は受け取りましょう。どういたしまして」
照れたようにしながらも、リリィはそう言って少しだけ顔を私に傾けて微笑んでくれた。
可愛い。こんなにもよくしてくれて、なにもかもリリィのおかげなのに。なんでもないみたいに言うリリィ。リリィになにかお返しができたらいいんだけど。
うーん、肉体労働ならリリィより得意な自信があるんだけど。何も思いつかない。何か危険なことがあれば、というのも、その前に対策しろと言う話だし、リリィの足になることくらい?
「リリィ、私にできることがあったらいつでも言ってね。リリィの望みなら、なんでもするから」
「……もう、そんな風に言って」
「え? 変なこと言ったかな?」
どこか責めるような言い方に、首を傾げてしまう。リリィが言いやすくなるよう改めて伝えただけで、ものすごく当たり前のことしか言ってないはずなのだけど。そもそもリリィの言うことを私が拒否するわけないし。
「あのね、いちいちお礼とか、考えなくてもいいのよ。昨日、あなたも言ったじゃない。私のこと、幸せにしてくれるって」
「え? うん」
「私も、約束したはずよ。あなたが幸せになれるよう努力すると」
「……うん。言ってくれたね」
結婚して、本当のことを話したあの日のこと。リリィとなら、幸せになれると思った。
あの時はまだお互いのことを知らなくて、リリィにこんな気持ちを持つなんて想像もしなかった。だけど、安易にリリィと距離をとるような選択をしなくて本当によかった。あの日の私の選択は何も間違っていなかった。
あの時のことを思い出して、胸が温かくて、とくとくと少しだけ脈拍が早くなる。
頷く私に、リリィは私を向いて姿勢を変えた。横向きになり、寝室の薄暗さでもはっきりわかるくらい顔が近くなる。
「だから、私がエレナの幸せの為に考えたり行動するのは、当たり前なのよ。あなただって、私が困っていたら私がお願いしなくても助けてくれるんでしょう?」
「うん、もちろん」
「ええ。その時は、お願いするわね。だから、わざわざそんな風に言わなくたっていいのよ」
「……うん。ありがとう。大好き」
リリィの柔らかい笑みと、そっけないようにしながらもどこまでも受け止めてくれるようなその声音に、私はどこかふわふわするような心地よさに包まれる。
リリィへの思いがあふれて、つい、口から出てしまう。そんな私に、リリィはくすりと笑う。
「ふふ……ええ。私も、好きよ」
ああ、本当に、綺麗で、可愛くて、素敵な人。大好きな恋人。抱きしめて、キスをしたい。そんな欲求が湧いてくる。
「うん……」
「ええ……さぁ、もう夜も遅いわ。寝ましょうか」
だけどいきなりそんなことをしてもいいのかわからなくて、戸惑って無言でただリリィを見つめる私に、リリィはどこか照れくさそうにしてから、そう切り替えて私から顔をそらし、また上を向いた。
「うん、おやすみなさい、リリィ」
「おやすみなさい、エレナ」
だから名残惜しくも私もリリィから目線をはなして上を向く。じっと見ていたら、きっと眠れなくなってしまうだろうから。
「……」
なんとなく手持無沙汰になって、握りっぱなしだったリリィの手を少しだけ指先で撫でてみる。リィの指先はすべすべでほっそりしていて、ずっと触っていられる。
「……エレナ、眠れないのかしら?」
「ん、ごめん。つい」
眠りの邪魔をしない程度の力にしたつもりだったけど、くすぐったかっただろうか。
「ふふ、構わないわ。眠れないなら、寝かしつけてあげるわ」
リリィはそう言って私と握り合っている手を引いて肘をついて身を起こし、ベッドから半身出すようにして右手を出した。
「り、リリィ?」
「ふふふ、よしよし。可愛いわね」
戸惑う私に、リリィは上に乗せた手を動かして私の頭を撫でて、そのまま軽く頬に触れ、首筋にふれてから、布団越しに私の体の上にぽんと手をのせた。
「―」
そして小さな声で、子守唄を歌いながらぽんぽんと寝かしつけにかかった。
いや、あの、確かに昨日エリィが興奮して、どう見ても眠いのに目をこすりながらまだ寝ないと駄々をこねていた時になれた様子で寝かしつけ始めた時は、ちょっといいなぁとは思ったけど。
でもこんな姉がいたらなぁと言うことであって、本当に自分がリリィにされたいわけではないのだけど。
「……」
だけど、優しく私を見つめながらごく自然に寝かしつけようとするリリィを見ていると、まあいいか。と言う気持ちになる。
私はぎゅっとリリィの手を握りながらも目を閉じる。
リリィともう少しくらい、恋人らしいことをしたい欲求もあるのだけど、なかなか、そう言う雰囲気にはならなさそうだ。
でもまあ、急がなくてもいいか。どうせ出発したら私の親と話すまではリリィも緊張しちゃってそれどころではないだろうし。
結婚式の時、誓いのキスをしたけれど、それっきりだ。一度しているのだし、ちゃんと思いあって恋人になったんだから嫌がられはないだろうけど、急にしたらびっくりするだろうし、タイミングをみないと。
できたら、海への旅で少しくらい、そうだなぁ、頬にキスできるくらいの関係になれたらいいな。
〇
ということで、私の実家に向かって出発した。うーん、いざそうなると、リリィだけじゃなくて私もついつい口数が減ってしまう。
だって、なんか、恥ずかしくてそわそわしてしまう。王様に会うための緊張とはまた別の落ち着かないなにかだ。
「ねぇ、リリィ」
「なに? どうかしたの?」
「うん。今日、あんまりおしゃべりできてないから」
「ん? そうだけど、別にいつものことでしょう?」
それはそう。いつも同じ部屋で過ごしていても、それぞれ別のことをしているし、食事中だって寝る前だって、ずーっとおしゃべりしているわけじゃない。
でも馬車での移動は他に何もできない分、暇を感じやすいので、普段よりはおしゃべりすることが多い。お互いに実家についてからのことを考えて気が重くなった結果なのは間違いない。
「そうだけどそうじゃないっていうか……ちょっと、抱きしめたいんだけどいい?」
「……ちょっと、じゃないでしょう。昼間から何を言っているのよ」
呆れた目で見られてしまった。普通に、どうせつい気になってお喋りできないなら、くっついてリリィのぬくもりを感じたいなと言うだけだったのだけど。
昼間からとかいわれると、いやらしいお願いをしたみたいになってしまう。そんなことないのに。
「駄目なの?」
「だ、駄目よ……馬車の中だし、危ないわ」
前は膝枕までしてくれたのに。とは思うけど、でも確かに座面にそれほど奥行きがあるわけじゃないから、膝にのせて座ってもらうとしたら、リリィの下には半分椅子がないくらいになるし、足も反対側に当たってしまうか。
「じゃあ、隣に座ってもいい?」
「まあ、それくらいなら構わないけれど」
「やった」
了解を得たので、すばやくリリィの隣にお邪魔する。側面がぴったり触れるように座って、リリィの右手をぎゅっと握る。今のリリィは手袋をしているので、温かくもつるつるしている。これはこれで撫で心地がよくて気持ちいい。
「……あなたは、いつも変わらないわね」
「んー? そんなことないって。この間も緊張していたし、今も落ち着かないし。だからリリィとくっついて落ち着こうとしてるだけだよ」
「もう……仕方ないわね」
そう言って呆れたようにしながらも笑って、リリィはぎゅっと私の手を握り返して、私の肩に頭を傾けてくれた。それに応えるように私も首を傾げるようにする。リリィの髪に頬が触れる。
いい匂い。ぎゅっと抱きしめるほどの心地よさはないけど、だけど実家に行くことへの心配がどこかに行くくらいには落ち着く。
「リリィ、海についたら、いっぱい遊ぼうね」
「そうね。少しくらいは、羽目を外してもいいわね」
「え、ほんとに?」
「え? ええ……無事に話し合いが終わって、海に行けたら、私だって少しははしゃいでしまうわよ」
リリィにそんなつもりはないのかもしれないけど、はしゃいで羽目をはずすということは、いつもより浮かれるということで、その、もしかして本当にキスができたりして?
ううん、もちろん、無事に終わったらの話だけど。でも別に気が重いとはいえもう結婚してるし、私の親が反対するような要素もないので、無事に終わるに決まっている。
リリィは立場的に、私がどうしても王に会うのを緊張してしまっていたのと同じように緊張しているのだろうけど、どんな話になっても私とリリィの関係はかわらないのだし。
「そっかぁ……楽しみだね」
「ええ。頑張りましょう」
「ん。頑張る」
冷静になれ、にやけるな私。ここで浮かれるのはよくない。親の前でこの顔を見られるわけにはいかない。リリィが好きすぎるのがバレバレになって呆れられてスルー気味に好きにすれば? みたいになっても気まずいでしょ。気持ちよく旅行を楽しめなくなってしまう。
本気で真面目に頑張ろう! 何を頑張るのかよくわかってないけど!
そんな風に、私はリリィとくっつきながら、実家へ向けて前向きに気合を入れるのだった。




