第二十六話 次の目的地は
結局あの後、エリィも同じベッドにやってきて三人で寝ることになったりもしたけど、エリィのおかげで王族一家にだいぶなじめた気がする。まだ一部だけど。
そして予定通り翌日には王都を出立した。泣くのを我慢しながら見送ってくれたエリィには申し訳ないけれど、あまり長居しても忙しいのに迷惑だろうし、予定もあるので。
「うーん、エリィには申し訳ないことをしたね。今度はリリィだけでも一週間くらい滞在するスケジュールをたてようか?」
「あのねぇ、私だけ王宮に滞在なんてしたら、出戻ったのかと思われてしまうわよ。それに、あなただって懐かれていたでしょう」
馬車にゆられながらそう提案すると、呆れたようにリリィはそう言った。家族仲はいいみたいだけど、高い高いとか肩車とか体をつかった可愛がりはあまりないようで大変喜ばれたので、まあ仲良くなれたとは思うけれど。でもあくまで私はおまけだろう。
夜に寝る前も、えー、三人? まあ仕方ないから入れてあげよう。みたいな態度だったし。
「いや、お姉さまが認めるから仕方なく認めてやったやつだよ」
「……あなたにお姉さまと言われると、変な感じね」
「そう? リリィだって、エリィに向かっては私のことエレンお兄さまがーって言ってたじゃない」
「それは話しの流れ上仕方ないじゃない。でも面と向かって言うのはおかしいでしょう?」
「そうかな? 一回呼んでみてよ」
「…………お兄様、趣味が悪いわね」
呆れたまましばし私を見返したけど、私がわくわくしながら待っているので仕方なさそうにリリィはそう言った。
うーん、全然悪くないけれど。エリィの時も思ったけど、末っ子だからお兄様呼びはされたことないから。
そこのお兄ちゃん、とかってその辺の商店のおじさんに声をかけられたことはあるけど、さすがに話が別だ。
「リリィにそう言われると、ちょっと楽しいよ」
「そう言えば、あなたは末っ子だものね。その割に、子供の扱いはうまかったけれど」
「知らないの? 勇者って結構子供受けいいんだよ?」
大きな街ならともかく、全員親戚くらいの小さい村だと緩くて、子供たちに囲まれたり勝手に登られることすらあった。そう言うことが何回もあれば、多少はなれるというものだ。
「……。そう。だけど、お兄さまと呼ばれているからか、お父様も私もエレンと呼ぶしかなかったわ。大丈夫だったの?」
「うん? それは普通に、使用人もたくさんいたからそうじゃない?」
「…………え?」
「え? 普通に、そうだと思うけど」
私が女であることは秘密にするのだから、最初に面談したように使用人も排した本当に知っている人しかいない場所でしか呼ばないものでは? ましてエリィとか使い分けできるわけないし。
「……使用人のことまで考えていなかったわ。それに名前だけなら、別に女性的なあだ名と言うだけで問題ないわけだし」
「まあ、リリィはお嫁さんだからおかしくないけど、さすがに年下の子から女性名のあだ名はおかしくない?」
リリィが最初に普通に部屋を出て外でも私をエレナと読んだ時はちょっとだけ驚いたけど、堂々としているからか単なる愛称として普通にみんな受け入れていた。
おかげで私はリリィからずっとエレナと呼んでもらえて毎日のびのびと過ごさせてもらっている。
だけどさすがにいつでもどこでも、誰も彼もからエレナと呼ばれたいわけじゃない。一般的に考えて男性に女性名のあだ名をつけるのって、可愛がりの一種だと認識されると思う。可愛い僕ちゃん、みたいな感じで。
だから年上からそう呼ばれる分には私自身にも違和感はないし、人から見てもそんなにおかしくないんだと思う。でもさすがに年下から呼ばれたら、単なる愛称じゃなくて別の意味がある呼び名では? と思われるきっかけ可能性があると思う。
と、言うことを説明した。改めて言わなくてもわかっているだろうとおもっていたのだけど、リリィは何故か目をぱちくりさせている。
「なるほど、そう言う考え方もあるわね。少し勘違いしていたわ。あなたがいいならいいわ。これからもしばらくはあの子のお兄さまでいてあげて」
「うん。わかったよ」
真面目な顔で頷いたリリィはそう優しい微笑みで続けた。リリィは頭がいいのに、意外にもそういう考えはなかったようだ。案外、ちょっと抜けてるところもあるらしい。可愛いなぁ。
「じゃあ次はしばらく滞在して、一回くらいエリィをつれて近くに遊びに行こうかな。なかなかお城から出る機会もないだろうし、どう?」
「それは……すごく喜ぶでしょうけど、いいのかしら?」
「まあ、さすがにお義父様に相談はするよ」
さすがに義理の兄弟とはいえ、親の許可なく子供を連れだしたら駄目でしょ。
まあ、また今度の話だ。お義父様には私からも手紙を出してもいいと許可もらって、中を確認せずにお義父様に直通で届く専用の印ももらったので、色々と相談しないとね。
「そう言えば、リリィ、お義父様のことお父様って呼んでるね。以前は叔父様って言ってたように思うけど」
「そうね。本人がいる時はちろんお父様と呼ぶけれど、表現上わかりにくい時もあるから、時と場合によっては叔父様と言うこともあるわね」
「なるほど……?」
リリィには実のお父さんもいたわけだし、区別をつけるために意図的に変えているのか。とそこまで考えて、そう言えばリリィのお父さんについて何も知らない。他国の王族と言うことくらいだ。
お母さまのお墓参りもしていないし、なんだかまだまだ、私とリリィの間には超えるべき壁がある気がする。
とはいえ、無理に踏み込んで言わせても仕方ない。本人が言いたくなる自然なタイミングを待つのがいいだろう。
ひとまず話題を変えよう。
「それはそうと、次出発だけど、いつ行く? 私いつでも出れるけど」
「……そうね。移動距離も短いからそう疲れていないし、明後日にでも出て大丈夫よ」
「ほんと? 無理しないでいいからね?」
「大丈夫よ。早くするに越したことはないもの」
「そう……」
「どうしてあなたの方がいやいやなのよ」
「いやってほどではないけどー……」
家に帰ってから、次に行く場所。それは、私の実家だ。私がお義父様に挨拶をしたように、次はリリィの番だ。私もね、家族に会うこと自体は嬉しいっちゃ嬉しいよ? でも、リリィと一緒のところ見られるの、すごーく恥ずかしい。
あれだけ緊張したお義父様の前でもリリィを見てるとつい顔がにやけてしまうのに、家族の前でとか恥ずかしすぎる。弟となった甥っ子ともまだ全然交流ないし、より気まずい。
「まったく……その後は、海に行くんでしょう? 憂いがない方が旅行も楽しめるでしょ?」
「まあ、そうだね。うん。気持ちを切り替えよう。海の話しようか。海で遊ぶのは私も初めてだから、楽しみにしてたんだ」
立地的に私の実家は領地から海に行くまでの途中にある。海から結構離れているので、まだ領内を全部見て回ってはいないけど、折角遠くまで行くのだからと海にまで足を延ばすことにしたのだ。
うん、リリィの言うとおりだ。行かないわけにはいかないんだし、親に改めて感謝を伝えて安心してもらうのがいいだろう。
海で遊べる時が来るなんて、あの頃は思わなかった。港町や浜辺に行ったことはある。だけどその時は海から襲ってくる魔物を退治したりで大変だった。海の幸は楽しめたけど、のんびり海遊び、してみたかったんだよね。
「それは私も、海を見るのは楽しみだけど、海遊びって何をするのよ? 川遊びみたいに船に乗ったりするのかしら?」
「うーん。私もよくわからないけど、案内してくれる人がいるから安心してよ」
以前港町を助けた際に、平和になって訪れる際にはぜひに、と声をかけてもらった。そう言うことはよくあるし社交辞令なのだろうけど、有名な観光宿泊施設のお偉い人だったので、客として行く分にはちゃんと歓迎してくれるはずだ。
予約手続きもしてもらっていて、色よい返事をもらえているので、あとは向かうだけだ。ちょっと離れていて、ゆっくり馬車旅で片道一週間くらいかかる。
ここより南だし、ちょうどいい気温になっているだろう。一応泳ぐことはできるけど、鎧を着ての訓練だったので遊びで海にはいるのはどんな感じだろう。楽しみだ。
「そうなのね。あなたも初めてなら……行ってからのお楽しみ、ということなのね」
「そうだね。そうだ、朝日が海からのぼるのが綺麗なんだって」
「へぇ。朝日。見たことがないわね」
「あ、そうなんだ」
海の時は見ていないけれど、朝日自体は見たことがある。代わりばんこに夜の見張りをするので起きているのは珍しくない。見晴らしのいい山の上で見た朝日は実に綺麗だった。
うーん、でもさすがに、リリィを連れて山登りは無茶かな。あれも意外と山頂にたどり着いた時は結構達成感があって悪くないのだけど。
山と言えば、雪山があったなぁ。景色はすごくよかったけど、北は魔王がいた場所だ。近づいている確信に緊張の日々が続き、楽しむ余裕はなかった。でも雪遊びは興味があるなぁ。
「ええ……。ふふ。だから、楽しみだわ」
と色々と思考を飛ばしていると、リリィは何やら楽し気に相槌をうってくれた。可愛い。
「うん。私も楽しみ。あとそう言えばだけど、リリィは雪遊びはしたことある?」
「雪? 見たことはあるけれど、遊ぶほど積もっているのは見たことがないわね」
「そうなんだ。それは意外かも。じゃあ、冬は雪遊びをしに北に行こうよ」
「……あなたといたら、飽きないわね」
さすがにちょっと先の予定すぎたのか、呆れたように笑われてしまった。でも遠出するならちゃんと予定をたてないと、私ならともかく、リリィの体に負担になったら意味がないし。
と言い訳しながら、リリィと色んな楽しみを話していると、帰り道はあっという間だった。




